「……という事は、師匠がオレに期待していたことは王族から身分証明書を貰う事であって、女の子になる事ではなかったという訳ですか?」
「そういうことになるわね……」
問いに対し、冷静に答える師匠。
あの後、師匠から詳しい話を聞いたのだが、その内容はオレにとって衝撃的なものだった。まさか、身分証明書を権力者に作ってもらうなんていうダイナミックな手段を師匠は想定していたなんて……。さすが、師匠。師匠は想像を遥かに超えてくる。
……感動している場合じゃないや。変身したのが間違いだったという事は……
「つまり、オレはあの時、間違えていることを知らずに、求められていない女の子の格好で、尻尾をフリフリして喜んでいた、という事ですか?」
「……そうなるわね」
呆れた様子の師匠を見ながら、羞恥に悶える。……穴があったら入りたい気分。とても恥ずかしいし、何より情けない。勘違いで変身してしまった姿で、はしゃぐ姿を見せてしてしまうとは。変身の影響で好奇心が強くなっていたからといって、間違いに気づかずしっぽを振ってしまっていたなんて。……もう、最悪だ。
顔を真っ赤にして俯いていると、師匠が優しく頭を撫でてくれる。その手が温かくて、ついつい甘えてしまいそうになる。……いけない、いけない。自分は人慣れした狼じゃなくて人間。頭を撫でられたからといって、甘えてしまってはいけない。しっかりしないと! そう自分に言い聞かせて、なんとか理性を保つ。
深呼吸をして、心を落ち着かせる。……よし、大丈夫。いつも通りの自分でいられる。そんな風に思っていると、師匠がゆっくりと話し始めた。
「……とりあえず、元に戻ったら?」
元に戻る。……その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がズキリとした。あの時使った変身魔法は、解除することが出来ない魔法である。その効果は永続的なものであり、一度変身すると二度と元には戻れない。つまり、狼少女のまま一生を過ごさなければならないという事。そのことを考え怖くなり、言葉を返すことが出来なかった。
「……もしかして、元に戻れないとか?」
心配そうに尋ねてくる師匠。……彼女に、核心を突かれてしまった。無言でいるオレを見て、師匠の顔はみるみると青ざめていく。そして、こちらの顔、髪、耳、尻尾をぺたぺたと触り始めた。それからしばらくすると、彼女は大きなため息をつく。
「……バカ。どうしてわざわざ不可逆な変身をしたのよ。後の事をしっかり考えなさいよね。……まったく」
怒ったような、呆れたような様子の師匠。確かに彼女の言う通りだ。リスクの多い行動を気軽な気持ちで行ってはいけない。そういったことをする場合は、色々なことをしっかりと考えたうえで行わなければならない。……でも。
「……確かに変身魔法は解除する事が出来ず、変化した姿で一生を過ごさなければいけません。でも、だからこそ受験への決意を固めるのに丁度いいと思ったんです」
「……どういうこと?」
不思議そうな表情でこちらを見る師匠。そんな師匠に、自分の思いを正直に伝える。
「受験に、自分のすべてを賭けようと思いました。時間も、お金も、自分の姿さえも! ……だから、姿を変えることを受け入れました」
オレの言葉を聞いて、師匠は驚いたように目を見開く。そして、真剣な眼差しでこちらを見つめてきた。
「……相当な覚悟ね。そこまでの決心をしていたのなら、私の方から何かを言うことはないわ。ただ……一つだけ約束してちょうだい」
「なんでしょうか?」
「……受験生として、後悔の無いようにね」
そう言って、優しく微笑む師匠。……本当に優しい笑顔。こんなにも素敵な笑顔を見せられてしまっては、それに答えないわけにはいかない。
「もちろんです!」
満面の笑みで答えると、師匠もまた笑みを浮かべてくれた。そして、こちらの頭に手を伸ばす。そして、狼の耳ごと髪を撫で始める。
暖かい手。安心するような、心地良い感覚。どうせなら、このまま師匠に……って、だめっ!
「そこはダメです、ししょー!」
「……あら? 嫌だったかしら?」
「今は敏感なんです」
「……そう」
残念そうな声を出す師匠。少し寂しそうな顔をしながら、手を引っ込めてしまう。だが、すぐに気を取り直したのか、今度はこちらに質問してきた。
「ところで、その耳としっぽ……本物?」
そう尋ねてくる師匠。なので、師匠が見やすいようにその場でクルリと一回転する。狼少女の証である灰色の狼の耳に、ふさふさのしっぽ。そのどちらもが、しっかりと動く。その様子を見た師匠は、興味津々といった感じに、こちらをじっと見つめていた。
「この耳と尻尾の毛並み……リトルウルフのものね」
オレの耳と尻尾を観察しながら話す師匠。なんだか、動物博士みたいでカッコいい。
「何を思ってリトルウルフに似た姿に変身したのかしら?」
首を傾げながら、師匠は疑問を口にする。なので、正直に答えることにした。オレがリトルウルフの毛皮を変身魔法の媒体にした理由を。
「……そのモンスターの顔が、人気アイドル『ホロプリズム』のカグヤちゃんに似ているからです」
「??」
師匠は意味がよく分からなかったらしく、困惑している様子。……しまった。説明不足だった。もう少し詳しく説明することにする。
「実はですね……」
大学に侵入したときの事から狼少女に変身した時までの事を全て説明する。落ち着いてしっかりと話を聞いてくれる師匠。そのおかげで、スムーズに話すことが出来た。
「……なるほどね。その姿がアルマード・ディベラーの好みの姿だという訳ね」
話を聞いて、納得した様子でうんうんとうなずく師匠。その後、呆れた表情になり、軽く愚痴をこぼす。
「全く、権力者は嫌になるわ」
師匠の愚痴に、思わず苦笑いしてしまう。
「……そういえば、近頃ホロプリズムが何か発表するらしいですよ?」
話題を変えるために、ホロプリズムについて師匠に話してみる。外に出たときに誰かが話していたのを思い出したのだ。
「発表? 一体何を発表するのかしら?」
「さあ?」
話題を変えたのはいいが、オレも師匠もホロプリズムには興味がなかったため、それ以上話を広げることは出来なかった。そのため、その後は二人とも黙り込んでしまい沈黙の時間が流れる。……これでは、いけない。何か話さないと。
「そういえば、師匠。師匠はオレが大学に侵入して裏情報を入手することを想定していなかったようですけれど、その割には落ち着いて聞いてくれましたよね」
気まずい空気を払拭するために、さっき思っていたことを口に出す。すると、師匠は無表情でこちらを見つめて答えてくれた。
「学大に侵入して裏情報を入手することなんて、ジュケナディアではよくある事だわ」
「え!?」
師匠はとんでもないことを口にした。……よくある事?
「……ジュケナディアには、学大の裏情報を極秘に入手して、それらを考察して楽しむ層が一定数いるのよ。そういった人たちが、よく大学に侵入するの。だから、私もその侵入者たちを取り締まったり、逆に潜入したりして楽しんでいたわ」
「……へぇ」
師匠の言葉を聞き、呆気に取られてしまった。……まさか、そんなことが起こっているとは思わなかった。というか、そんなことがあっていいのだろうか?
「まぁ、私が小さい時の頃の話だから、今はどうか知らないけど」
「そうなんですか」
師匠の言葉を聞いて安心した。さすがに今も同じような事をやっているとしたら、ちょっと引いてしまう。
「……まあ、話はこのくらいでいいでしょう。とにかく、今は身分証明書を作り直すことを考えましょ?」
「はい!」
師匠の問いかけに返事をする。
「まずは名前ね。その姿でマナト・ハヤカワは違和感があるわ。……マナ・ハヤカワなんてどうかしら?」
「……そうしましょう」
正直、あまり気乗りしないが仕方ない。他に思いつくものは無いし。
「それじゃ、写真屋行って写真を撮ってもらいなさい。それから、王族達のところへ行って身分証明書を作ってもらうのよ」
「わかりました!」
師匠の指示に従い、家を出ていく。だが、その前に一つだけ確認したいことがあった。
「あの、師匠。王族との交渉には自信がないので、付いてきてくれませんか?」
恐る恐る師匠にお願いしてみる。だが、師匠は困ったような顔でこちらを見た。
「嫌よ。森を出たくないし、人とも会いたくない。王族なんてもってのほか」
師匠は眉をひそめ、そっぽを向いてしまう。……はぁ、やっぱりダメだったかぁ。人嫌いの師匠は森から出ようとしないんだよね。分かってはいたんだけれど、一応頼んでみたのだ。
……仕方ない。一人で行くか。
その後、なんだかんだあって身分証明書の獲得に成功した。左上には写真屋で撮ってきた狼少女の顔写真が貼られており、見ていると不思議な気分になる。これが自分の身分証明書だとは……。
まあいいや。とにかく、これをお金と一緒に封筒に入れて『ジュケナディア学園大学』へと送くっちゃおう。期限はまだ残っているけれど、早めに送るに越したことはない。……さあて。厄介事も終わったし、これから受験勉強頑張ろう!