光り輝くステージ。目の前には華やかな衣装を身に纏った女の子、カグヤちゃんの後ろ姿。歌を歌いながら踊り続ける。その姿はとても尊く、会場にいる全ての観客を魅了する。
……そんな彼女の後ろで私、グレーテルは仮面をつけて踊っている。いわゆる、カグヤちゃんのバックダンサーという奴ね。
この仕事を始めた頃は、舞台に立つのが怖くて仕方がなかった。大勢の人の視線を感じる、それだけで足が震えてしまってた。まあ、今ではすっかり慣れてしまったけれど。
怖かったけれど、私はこの仕事を止めなかった。……その理由は、カグヤちゃんへの憧れ。彼女のようになりたいと、心の底から思っていたから。
「アイドルってみんな言うけれど、実は私は月のお姫様~」
カグヤちゃんの歌が聞こえる。『月夜の歌』というタイトルの歌。……私がカグヤちゃんに憧れるようになったのは、この歌のこのフレーズを聞いた時だったかな。
普段はアイドル。多くの人たちの心を掴む陽のヒロイン。……しかし、本当は月のお姫様。神秘に包まれ誰にも知られることのない陰のヒロイン。この二面性に惹かれたのよね。……歌の中だけの設定だという事は分かっているけど、それでも魅力的に感じてしまう。
……とにかく、その時から「二面性」の魅力が頭に焼き付いて離れなくなった。私は二面性の虜になり、こうして今も仮面をつけ続けている。手前味噌ではあるが、私は「可愛らしい」顔をしている。なので、それが仮面によって隠されていることを考えるだけで興奮してしまうのだ。
カグヤちゃんを知る前の小さいころから、私はアイドルが好きだった。当時は何故好きなのか分からなかったが、今なら分かる。アイドルは、「二面性の塊」なの!
アイドルだって、普段は普通の人間。私たちと同じように学校に通って、友達と遊んで、勉強をして、恋をする……。同じ人間。だから、アイドルは普段は普通の少女。
でも、ステージに立った途端に、その子はアイドルに変わる。まるで魔法のように、別人になってしまう。笑顔を観客に振りまく、異質な存在へと変わる。観客たちからの異常な愛を受け止める、神をも超える存在へ変わる事すらある。…………素敵。
だから、私もアイドルに憧れた。そして、カグヤちゃんを知ってからは本気でアイドルを目指すようになった。……いつか、カグヤちゃんの隣に立ってみたい。一緒に歌って、踊ってみたい。その想いがあったからこそ、私はここまで頑張ってこれたんだ。
「……皆さん、ありがとうございました。これで、曲は最後になります」
曲が終わり、カグヤちゃんがマイクを通して喋り出す。すると、観客席から拍手が巻き起こった。その音を聞きながら、カグヤちゃんは深く頭を下げる。……そして、そのまま言葉を続けた。
「今日は皆さんに、発表があります。それは……」
息を大きく吸い込み、少し間を置いてからカグヤちゃんは言った。
「新メンバー加入です!」
おおっ! と、周囲から歓声が上がる。突然の発表に驚くそぶりを見せつつも、どこか納得している様子だった。プロデューサーさんが事前に新メンバーを匂わせていたのかもしれない。しかし、みんなワクワクを隠せないようで楽しそうな表情をしている。
「……グレーテルちゃん、出ておいで」
カグヤちゃんの言葉と共に、私は仮面を取った。羽織っていたマントを脱ぎ棄て、アイドル衣装があらわになる。そして、ゆっくりと歩きながらステージの中央へ向かう。
スポットライトに照らされながら、私は観客に向かって微笑む。……眩しい。目がチカチカする。思わず目を細めてしまう。けれど、ここで怯んでいる場合ではない。堂々と胸を張って、笑顔を浮かべ続ける。そして、カグヤちゃんの横に立ち彼女と一緒にお辞儀をする。
……そう、私は今日からアイドル。あこがれだったホロプリズムの新メンバーとして活動することになるのだ。
ここまでの道のりは決して楽ではなかった。ホロプリズムのメンバーになる為に、血反吐が出るほど努力した。ホロプリズムの新メンバーに求められているほんわかとした雰囲気を身に着けるために、表情はもちろん、口調や仕草まで徹底的に鍛えた。必死になってプロデューサに自分を売り込み、ようやく手に入れたチャンスなのだ。
自分は今、憧れのカグヤちゃんの隣にいる。ステージの上という夢のような空間で、彼女と肩を並べている。この瞬間は、私の人生で最も幸福な時間として記憶されるだろう。
……そして、これから私の人生で最も楽しい時間が始まる。そう、これから私は「元ホロプリズムバックダンサー」で「現ホロプリズムメンバー」という二面性を持つアイドルとして認められることになるだろう。影の要素と光の要素、両方備わった人物として多くの人に認知されることになるだろう。……ああ、なんて素晴らしいの。
観客たちの歓声の中、ライブが終了する。私はカグヤちゃんと共に舞台裏へ消えていく。……いよいよ、私のアイドル人生が始まったのだ。
カグヤちゃんの後を追い、舞台袖に入る。すると、カグヤちゃんは足を止め、こちらを振り向いた。そして、私の方を見ながら口を開く。
「これからよろしくね、グレーテルちゃん」
カグヤちゃんは笑顔で言う。彼女の笑顔はまるで太陽のようだ。見るもの全てを魅了してしまうような魅力を持っている。この子の近くにいるだけで、心が安らいでいくのを感じる。
「はい、よろしくお願いします。カグヤ先輩」
私は彼女のことを「カグヤ先輩」と呼ぶことにした。……正直、気恥ずかしいけど仕方ないよね。私は後輩なんだから。
「じゃあ、また明日ね。……あ、そうだ。これあげるよ」
彼女はポケットの中から何かを取り出した。そして、それを私に差し出してくる。
「えっと……これは?」
「すっぱい飴だよ。緊張した後のリフレッシュにちょうどいいよ」
「あ、ありがとうございます」
私はカグヤちゃんから小さな包み紙を受け取る。そして、それを開いて中に入っている黄色い飴玉を口に放り込む。うーん……。レモンの味かな? 正直、あまり酸っぱくな…………酸っぱぁいっ! 急に来た、急に来たよ酸っぱいの!
何!? 一体どうなってるのコレ! 舌が痛くなるくらいに辛いんだけど! あまりの衝撃にトイレに行きたくなっちゃったんですけど! ……せっかくのカグヤ先輩と一緒の状況だけれど、今はトイレに行かなくては。
「……トイレ行ってきます、カグヤ先輩」
「いっトイレ……なんちゃって」
カグヤ先輩のギャグが気にならないほどに、私は切羽詰まっていた。急いでトイレへと向かい、用件をすます。……ふう、危なかった。危うく漏らしてしまうところだった。私はホッと息を吐いてから立ち上がる。そして、手を洗ってトイレから出る。……その時だった。
「グレーテルちゃんですよね。あなたの二面性に惹かれました」
突然話しかけられたので、驚いて声がした方を振り返った。そこには、私より少し背の高い女の子が立っていた。カグヤちゃんのファンだろうか。
そんなことより。『あなたの二面性に惹かれました』だって? ……その言葉を待ってたの!
ふふふっ、ついに私の『二面性』が世間に認められた。「元仮面のホロプリズムバックダンサー」で「現ホロプリズムメンバー」という私の持つカッコイイ二面性が世間に認知される日が来たのだ! 私は喜びを隠しきれずにニヤついてしまう。しかし、すぐに気持ちを引き締めて表情を整える。そして、目の前に立つ少女の方を見た。
「影で頑張って来たんですね」
少女は私に向かって言う。陰で頑張ってきた? ……その通りよ! カグヤちゃんの影として、必死に後ろで踊っていたんだから! それで、今は現ホロプリズムメンバー。これが、今まで頑張ってきた成果。
「おかげさまで、日の目を見ることが出来ました」
私は胸を張りながら答える。……だが、私の言葉を聞いた少女は首を傾げた。そして、不思議そうな顔をしながら私を見つめてくる。
「……まだ気が早いんじゃないんですか?」
少女はそう言いながら、軽く欠伸をする。……これは、どういうこと?
「受験の日は当分先ですよ? 気を抜いたらダメですからね」
呆れた表情で私に忠告する少女。……受験の日? 一体何の話?
「受験アイドルマナ・ハヤカワ改めグレーテルちゃん。受験は本気でやらないとファンが減りますよ」
……へ? 受験アイドル、マナ・ハヤカワ? 何を言っているの、この子は。私が困惑していると、彼女はさらに続けて言った。
「私は、本気で受験に取り組むアイドルだと思ってあなたに魅力を感じました。どうか、期待を裏切らないでください」
……彼女の言っていることは、良く分からない。ただ一つ言えることは、彼女が私に感じた魅力的な二面性は、『受験生』が『アイドル』をしているという二面性であって、「元仮面のホロプリズムバックダンサー」が「現ホロプリズムメンバー」になった事ではない事である。……わけ分からない。
「では、失礼します。グレーテルちゃん」
そう言って、彼女は立ち去っていった。
……受験生と間違われるなんて、聞いてない。私は肩を落とし、ため息を吐いたのであった……。
この後何度かファンから声を掛けられる機会があったが、その度に私は受験生アイドルとして勘違いされていった。残念なことに、誰一人として私が元バックダンサーであったことに触れる人はいなかった。それほどまでに、受験生アイドルの印象が強すぎるのだ。そんな素振りは一度も見せたことがないのに。
「……もう嫌だ」
私は泣きそうになりながら呟いた。どうしてこんなことに。私はただ、影と光の二面性を持つ人物として認知されたかっただけなのに。『受験生とアイドル』とかいうダサい二面性を持った人物なんかだとは認識されたくない。……っていうか、なんで私が受験生なのよ! 何処からその概念が生まれてきたのよ。 私は怒りに任せて壁を思い切り殴る。しかし、手から伝わる痛みで冷静さを取り戻した。落ち着け、私。感情的になるのは良くない。……そうだ、こういう時こそ深呼吸。ひっひふー、ひっひふー。
「……カグヤ先輩に相談しようかな……」
私はそう思い立つと、すぐにカグヤ先輩の楽屋に向かった。ノックをしてドアを開ける。すると、そこにはカグヤ先輩の姿があった。彼女は椅子に座ってパソコンをいじっているようだった。私の姿を確認した彼女が、こちらに声をかけてくる。
「……グレーテルちゃんって、もしかして受験生なの?」
突然の質問。私はカグヤ先輩が何を言っているのか分からずに、首を傾げる。受験生? どうしてカグヤ先輩までそんなことを言ってくるのか。その答えは、カグヤちゃんのパソコンをのぞき見することで明らかになった。
ジュケナディア学園の受験者リスト。そこに、私そっくりの女の子が載っていた。……私に、そっくりな受験生がいる? という事は、もしかして。
「何か話題になってるよ、そっくりだって。グレーテルちゃんの顔出しからちょっとしかたってないのに不思議だねー」
私の気持ちを察してなのか、カグヤちゃんは明るく言う。
私と、とある受験生がそっくりだという事が速攻で話題になった。それは、つまり……? 私はある結論に辿り着くと、恐ろしくなった。……まさかね。
私は恐る恐るホロプリズムのファン掲示板を確認する。……すると。
【朗報】新メンバー特定【ホロプリズム】
1 名無しさん
ホロプリズム新メンバーの正体が判明した
2 名無しさん
>1 マジ?
3 名無しさん
ネタばれ:新メンバーは受験生のマナ・ハヤカワ氏
4 名無しさん
受験生がアイドルかよwww
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昨日の段階で既に、ホロプリズム新メンバー=受験生(マナ・ハヤカワ)であることが掲示板内で噂されていたのだ。インパクトの大きさから、そのことが掲示板の外まで広まってしまったのだろうか。私は慌てて自分のスマホをチェックする。……すると、案の定、ネットニュースで取り上げられていた。
……ここまで大事になってしまったのなら、諦めなければいけない。影と光の二面性を持つ人物として認知される事を。
私が受験生であるという誤解は、解くことが出来るかもしれない。しかし、初デビュー時の印象を覆すことはできないだろう。『受験生』の印象が強すぎて、『元バックダンサーが新メンバー』という印象が薄れてしまったのだ。もう二度と、取り戻すことが出来ない。
……私はただ、泣き叫ぶことしか出来なかった。
「私が何したっていうのよぉっ!うわぁあああん!」