「アイドルの話になんか、着いていけないわ」
弟子から離れた私、リリア・ファクトは一人呟いた。さっきまでいた少女との会話を思い出す。どうやら、彼女は本気で私たちがアイドルになれると思い込んでいたようね。
そんな事を考えながら歩いていると、次第に心細くなってきた。辺りはもう夕暮れ時だ。城下町にはボチボチと人の姿が見え始めている。一人きりで歩くのは、心細い。大事な人が隣にいないと、寂しい。私は思わずため息をついてしまう。
どうしてこうなったのかしら……。少し前までは、一人で行動していたのに……。
私は一人でいることに慣れているはずだった。だけど今は違う。あの子と出会ってからは、常に一緒にいたいと思うようになっていた。……こんな感情は初めてだった。だから、戸惑っている。自分が自分でなくなるような気がするのだ。
そんなことを考えながら歩いていると、ある声が聞こえてきた。
「ちょっと、大丈夫? 」
誰かの声が聞こえる。……とても、優しい響きを持った声色。だが、それは先ほどの少女の声であった。……なぜ彼女が誰かを心配しているのだろう? そんな疑問を抱きつつ、急いで彼女の元へ向かう。すると、そこには……
「……」
きれいな灰色の耳としっぽを持つ、狼のような少女が横たわっていた。……この子は、私の弟子。苦しそうにしているし、顔も青ざめている。呼吸も荒い。明らかに体調が悪いように見える。
「……あなた、一体何をしたの?」
そう言いながら弟子を見守る少女を見つめる。すると、彼女は慌てた様子で答えた。
「い、いや。特に何もしていないわよ! 突然倒れたんだから」
「……本当に?」
「本当よ!」
必死な様子で彼女は否定してくる。……疑いすぎは良くないわね。反省しないと。
「とにかく。この症状は、急に多くの魔力が失われてしまったことによるものだわ」
少女は冷静な口調で言う。
……魔力を失うということは、生命力を奪われるということに等しい。だから、魔力を持つ人間が一度に多くの魔力を失ってしまうと体調変化を起こしてしまうのだ。
「何か、覚えはある?」
「あるわ」
少女が質問してきたので、それに答えることにする。
……勇者召喚。それは、魔王を倒す為に召喚士が異世界から人間を呼び寄せることである。召喚の影響で呼び出された人間には、膨大な魔力が与えられる。その魔力を使い、魔王を倒す事が求められるのだ。つまり、魔王を倒すまでの間は勇者が膨大な魔力を持つことが望まれることになる。
だが、一人の人間が膨大な力を持つことは本来望ましい事ではない。だから、召喚士は術に細工をして魔王討伐後に勇者の魔力の一部を喪失させるようにしている。そうすることにより、平和が訪れた後の世界で、新たな問題が発生しないようにしているのだ。
魔王を倒してすぐに魔力が失われるわけではなく、しばらく経ってから魔力がなくなるようになっている。今、ちょうどそのタイミングが来たのだろう。……そのことを少女に伝える。
「なるほど。……でも、それにしては衰弱しすぎているわ。何か、様子がおかしい」
少女は不安げな表情を浮かべた。確かに、言われてみるとそうだ。これだけの短時間でこれほどまでに体力を失うというのは普通じゃない。
そんなことを思っていると、不意に少女が私の手を握ってきた。そして、「お願いがあるんだけど」と言ってくる。
「なに?」
「彼女に魔力を分け与えてくれないかしら」
「……なるほど」
少女の提案に、私は乗ることにした。魔力が急に失われてしまったのなら、その一部を戻してあげれば問題ない。そうすれば、元気になるはず。彼女の提案は理に適ったもののように思える。
魔力を譲渡するためには、相手に信頼されている必要がある。心を開いていることが条件なのだ。……目の前の子は、私を慕ってくれている。ならば、簡単に出来るはず。
「分かったわ」
そう言って、私は弟子の方へ手をかざす。目を閉じて集中する。そして、自分の魔力を少しずつ流し込むイメージをする。すると、淡い光が手のひらから溢れ出し、それが弟子のところへ向かう。……だが、上手くいかない。魔力が移ろうとしないのだ。
「……どうしたの? 早くやってちょうだい」
焦った様子の少女が言ってくる。
「えぇ」
そう返事をし、もう一度やってみる。しかし、結果は同じだった。何度繰り返しても、同じだ。
「はぁ、はぁ」
横たわったまま意識を失った彼は、荒い息をしている。全身から汗が吹き出ていて、顔色も悪い。このままではまずいかもしれない。
「……一体、どうしたのかしら。私の魔力を一切受け付けない」
そう呟くと、私は彼に近づき、額に手を当てた。彼の体温を感じる。……熱い。これは相当熱が出ているようだ。私は、魔力を変換して水と布を作りだし、おしぼりを作る。それで彼の汗を拭いた。
「う……」
私が汗を拭いていると彼が少しだけ反応を示した。……よかった。まだ、生きているみたいね。私はホッと胸を撫で下ろした。だが、安心はできない。なぜなら、今もなお魔力が減っていっているからだ。魔力がなくなると、生命力が奪われていく。このままだと死んでしまうだろう。
「……とにかく、急いで病院に連れて行かないと」
私はそう言うと、彼を背負い、病院へと向かった。先ほどの少女も私の後を追って来る。私たちは無我夢中で走った。人通りの少ない道を選びながら、ひたすら走る。病院を目指して。
……何かが、オレの体の入りこもうとしてくる。それは、とても暖かいものだった。まるで、母親に抱かれているような感覚。だけど、どこか懐かしさを感じさせない不思議なもの。そんな矛盾したものが入り混じったような、そんな感じ。
だが、オレはそれを拒んでしまう。なぜか分からないけど、拒絶してしまうのだ。すると、それはとても悲しそうな感覚を伝えてきた。それは、とても寂しそうだった。
……ふと考えてしまう。この世界に来てから、果たしてオレは成長することが出来たのだろうか。
確かに、魔物を倒す力は増えた気がする。この世界に来た頃と比べれば遥かに強いだろう。この世界の知識だって、師匠からいろいろと教わって増えてきた。……だが、それだけだ。オレは、人間として成長できているのだろうか。
前の世界にいた頃の自分と、今の自分は違うと思う。確かに、あの時のオレはダメな奴だった。学校にもまともに通えず、引き籠っていた。他人と話すことも出来ず、いつも一人ぼっち。……あの頃とは違い、今の自分には魔物を倒す力がある。大切な人だって出来た。
でも、それでも……。
「……っ!」
オレはそこで目が覚めた。ここはどこなんだ? 頭がぼんやりしていて、よく思い出せない。……確か、女の子と話して、それから……
「起きたのね!」
いきなり声が聞こえた。その方向に目を向ける。すると、そこには見覚えのある少女がいた。……そうか、思い出してきたぞ。オレは、彼女の目の前で倒れてしまったんだ。
「……大丈夫?」
「あぁ、大丈……くっ」
心配そうに少女が問いかけてきたので立ち上がろうとしたのだが、その瞬間体に激痛が走り、倒れてしまう。……情けないな。これくらいで動けなくなるなんて。
「無理しないで。貴方は魔力を失いすぎたのよ」
「……魔力を失った? どういうこと?」
少女の言葉に疑問を覚え、質問をする。魔力を失うとは、どういうことなのだろう? 魔法を使うのに必要なのは魔力である。それを失うということは、魔法の行使が不可能になるだけなのではないか? というか、そもそもオレは魔力を失うほど魔法を使ったのか? そんな疑問が浮かんできたのである。
「……今はそのことに言及しないわ。とにかく、今は魔力を戻さないといけないの」
少女はそう言うと、オレの胸に手を当てた。そして、目を閉じて集中し始める。しばらく経ってから、彼女は手を離した。そして、こちらに向かって微笑みかけてくる。
少女の手に淡い光が集まり始めた。そして、それがゆっくりと移動していく。まるで、風船のように。
そして、彼女の手から離れた光がオレの体へと入っていく。……先ほどと、似たような感覚を覚えた。同じような温かい感覚。……そして、オレはまたしてもそれを拒絶してしまった。すると、またもや悲しい感情が流れ込んでくる。
……どうしてなんだろう。なぜ、受け入れることができないんだろうか。自分でもよく分からなかった。
「やっぱり、出会ったばかりの私じゃ上手くいかないわね」
少女はそう言ってため息をついた。どうすればいいのだろう。
……どうしてオレは、この子を心配させたうえで、迷惑をかけてしまっているのだろう。そう思うと、急に自分が情けなく思えてきた。
そもそも、オレは初対面の彼女に失礼な態度を取りすぎてしまったのではないか。彼女を受験生だと早とちりしてしまったり、彼女にとって大切なグループ名をきちんと呼んであげなかったり。これでは、彼女が怒りたくなるのもしょうがない。
「……あの、ごめんなさい。こんなに迷惑をかけてしまって。失礼な態度もたくさん取ってしまって……」
オレは素直に謝ることにした。すると、彼女は少し驚いた表情を見せる。
……長い沈黙が続く。
しばらくして、彼女が口を開いた。
それは、意外な言葉だった。
「気にしていないわ」
「……え?」
「だから、別に気にしてなんかいないと言っているの」
思わず聞き返してしまうと、彼女は少し怒った様子で言ってきた。……嘘をついているようには見えない。本当に気にしていないようだ。
「寛容なんですね」
オレがそう言うと、彼女は首を横に振る。
「違うわ。ただ、…………ううん、何でもないわ。とにかく、私は気にしてはいないということ」
彼女は大きく息をつくと、椅子に座った。そして、机の上に置いてある本を手に取り読み始めた。
気にはなるけど、これ以上追及するのは止めよう。そう思い、オレも黙ってベッドの上で横になった。
「……今ので、すべて分かったわ」
突然、声が聞こえてきた。その方向を見てみると、師匠が腕を組んで立っている。
「……師匠、来てくれていたんですね」
オレは師匠に声をかける。すると、師匠は小さく笑って言った。
「当たり前よ」
師匠が近づいてきて、オレの手を握る。……何だか照れくさいな。そんなことを思ったが、師匠の顔を見るとそんな気持ちはすぐに吹き飛んでしまった。とても真剣な顔つきをしているからだ。
「魔力を失った影響で、弱気になっている。……よく考えてみれば当たり前の事だわ。今まであった力が突然なくなってしまったんだもの。精神に作用してもおかしくはないわよね」
「……え?」
師匠の言葉に呆然としてしまう。……魔力がなくなったことが、精神的に影響している? そういえば、あの少女も魔力がなくなったとか言っていたけれど、どういう事だろうか。それに、突然なくなったというのは一体……
頭の中で様々な考えを浮かべるが、うまくまとまらない。……とりあえず、今は話を聞くことにしよう。師匠はオレの手を握りながら、優しい声で語りかけてくる。
「今までのアイドル少女……いえ、私への立ち振る舞いを後悔しているんでしょ? 」
彼女からの問いかけに、動揺する。……たしかに、そうだ。言われてみてようやく自分の心に気づく。
オレは、アイドル少女だけではなく、師匠に対しても失礼なことばかりしてきた。彼女に対して、馴れ馴れしすぎたのだ。本当は人と慣れ合う事が怖い癖に。……どうして、あんな態度を取ってしまうんだろうか。
……そうだ、自分は師匠に依存していたんだ。以前冒険中に魔物の毒にやられていた時、師匠は助けてくれた。そのときの事が嬉しかった。あの人なら、オレを見捨てたりしない。そう思って彼女にしがみついていたんだ。
でも、それは間違いなんだ。師匠だって人間なんだ。こちらに構っている暇なんて無いし、世話をする義務もないはずだ。……それなのに、オレは彼女に甘えてしまっていたんだろう。それで、押しに弱い彼女は断り切れずに……。
「今まで心の奥の奥にしまっていた感情。それが、魔力を失った影響、そして、慣れない少女との会話によって表に出てき始めてるみたいね」
師匠は淡々と語る。
彼女は心を奥底を読んでいるのか? いや、そんなはずない。……でも、当たらずとも遠からずかもしれない。たぶん、オレは怖かったんだと思う。自分がどんな態度を取ればいいのか分からなくて。だから、あんなにも失礼な態度をとってしまった。
師匠には、全てお見通しだったというわけか。
「……どうして、オレが悩んでいることが分かったんですか?」
疑問に思い尋ねる。すると、彼女は優しく微笑みながら答えた。
「貴方は私と一緒だから」
「え?」
思わず聞き返す。すると、彼女は恥ずかしそうに顔を背けた。……そういえば、前にもこんな顔を見せていたような気がする。
しばらく経ってから、彼女はこちらを向いてきた。そして、こちらに視線を合わせずに呟くように言う。……頬を赤らめながら
「……一緒にいて楽しいって思えたのは久しぶりだったの。それも、ずっと一緒にいたいと思える人に会えるのは」
「それって……」
オレが言いかけると、彼女は慌てて口を開く。
「べ、別に変な意味じゃないのよ。勘違いしないで。恋愛的な意味じゃないから」
早口でまくしたてる彼女。……何だか可愛いなと思ってしまう。
「……とにかく、私も後悔していたの。あなたと話す度に。いつも後悔していた。なんでもっと愛想よくできなかったんだろうって」
彼女は、どこか寂しげに笑う。その笑顔を見て胸が苦しくなった。
「あなたと私は同じ。他人との距離感を上手くつかめないでいる。だから、他人との間に距離が離れていく。……だからこそ、あなたと私は分かり合る。そう思ってお互いに依存し合っていた」
彼女の言葉を聞いて、心臓が高鳴っていく。……それはまるで、オレが心の奥底で思っていた事を代弁しているかのように感じられたからだ。……まさか、師匠も同じ気持ちを抱いていたとは。
「あなたの考えていることはお見通し。だって、私と同じだから。お互いに上手く関われなくて、後悔の気持ちでいっぱいになっている」
彼女は、こちらを見ながらそう言ってくる。その表情はとても優しそうだった。
「……オレ達は似た者同士だった、ってことですか?」
「えぇ」
彼女が小さくうなずく。……その仕草が可愛らしく見えてしまった。
「大事にされているようで、実は嫌われてしまっている。そんな不安を抱えながらも、お互いに依存し合っている。……そういうところは、本当にそっくりよ」
師匠が微笑みを浮かべる。
……そうなのか。自分だけじゃなく、師匠も同じ気持ちを抱えていたんだ。何だか嬉しい気持ちになってくる。
しかし、それと同時に心の中に小さな痛みが走った。……何だろう、この気持ちは。
少しの間、無言の時間が流れる。
しばらく経ってから、師匠は椅子から立ち上がった。そして、彼女は窓の外を見る。空はすっかり暗くなっており、星が見えるようになっていた。……そろそろ、帰らなきゃいけない時間かな。
そう思い、オレもベッドから起き上がる。……しかし、体は思うように動いてくれない。それどころか、全身の力が抜けてふらついてしまう。
やっぱり、体の調子が悪い。オレは立ち上がれないまま、床に倒れ込んでしまった。すると、師匠がこちらに近づいてきて、体を支えてくれる。
何とか立ち上がりたいのだが、体がいうことを聞かない。どうしようと思っていると、師匠がこちらを見つめてきた。……綺麗な瞳をしている。
しばらくの間見つめ合ったあと、師匠はオレの額に手を当ててくる。……ひんやりとした手が心地よかった。
そして、彼女の手から温かい何かが伝わって来る感覚。…………だが、やはりオレはそれを拒絶してしまう。
すると、師匠は悲しそうな顔をして手を離す。……オレは何も言わずに彼女から目をそらしてしまった。そんなオレの様子を見て、師匠はため息をつく。
また、迷惑をかけてしまった。……オレは一体何をやっているんだろう。恥ずかしい気持ちを抑えながらも、心の中を教えてくれた師匠。それに対して何も応えないまま、オレは逃げようとしている。
最低だ。……こんな自分に嫌気がさしてくる。
……オレと師匠は、やっぱり違う。豊富な知識を生かして、様々な分野で活躍している師匠。そんな人と、こんなに情けない奴が同じだとは思えない。彼女は優しくしてくれる。そんな優しさに甘えて、依存してしまう自分が許せない。……どうして、オレはこうなんだろうか。
この世界の知識なんて全然ないし、力だって失ってる。つまり、オレはただのダメダメな高校生でしかない。この世界じゃ、特別凄いことができるどころか、師匠なしじゃ普通に暮らすことだってできない。それどころか、軽はずみな行動で大きな被害を生み出してしまうかもしれない
もし、学大に合格したとしてもそれは同じだろう。大学は魔法の場所なんかじゃない。いくら授業を受けたところで、それをうまく使いこなせるとは限らない。キャンパスで如何にして人脈を広げていけるかが大切なのだが、当然オレにできるわけがない。
そもそも、学大に合格する可能性だってほとんど無いようなものだ。……きっと、彼女は呆れていたんだろうな。可能性のない学大を受けようと張り切っていた俺に。
「……ごめんなさい」
気づけば、オレは謝ってしまっていた。
「……え? 何が?」
師匠は不思議そうに首を傾げる。
「こんな情けない男で……」
そう言いかけた時、彼女はオレの口を手で塞いできた。突然の出来事に驚いていると、彼女は小声で囁いてくる。
「それ以上は言っちゃ駄目」
「……」
黙ってうなずくと、師匠は口から手を離してくれた。
「初めて学大に行きたいと思った時の事を思い出してみて?」
師匠は優しい口調で言う。
……あの頃は本当にワクワクしていたのを覚えている。あの頃の自分は、今よりもずっと輝いていた。でも、今は……
「……人は、常にワクワクした気持ちでいることはできない」
「え?」
師匠の言葉を聞き返す。
「人間は、いつも幸せでいることができない生き物なの。気持ちが優れない事だって何度もある」
真剣な眼差しで話を続ける師匠。
「だけどね、ワクワクを思い出すことはいつでもできる。たとえどんなつらい状況になったとしても。……だから、あなたはまだ大丈夫よ」
そう言って、彼女は微笑んでくれた。……そして、オレに何かを手渡してくる。
「これを使って。とっておきよ」
そう言われて渡されたのは、紙の束だった。……これは、もしかして。
「……これは、『去年の』学大の過去問。本当なら直前まで取っておくべきだけれど、気合を入れるためには必要でしょう?」
そう言うと、師匠は悪戯っぽく笑った。
去年のものとはいえ、過去問の中では一番最新に近い過去問。つまり、一番価値のある過去問。今やってしまうのは非常にもったいない。……でも、それでも何故かやってみたい。そう思い始めてしまった。
「ふふっ、いい目になって来た。……学大を目指し始めた時みたいね」
彼女は嬉しそうな表情を浮かべながら、小さく呟く。……確かに、そうだ。この過去問を目にした瞬間から、心が躍り始めている。まるで、魔法をかけられたかのように。オレにはまだ、受験に対しての好奇心が残っていたのか。
「さぁ、過去問を始めましょうか」
師匠が微笑む。……その笑顔を見た途端、心の中に勇気が湧いてきていく。
「……はい!」
オレは力強く返事をした。
魔法式
問一
潜在魔力値56の魔術師が、魔力濃度73%炎魔素32%の湿原で『フレイムバレット』を最大出力で放った時の火力指数を求めなさい
問二
火力指数32%の『フレイムアロー』と火力指数10%の『ウオーターアロー』が衝突したとき、お互いに打ち消し合うか。〇か×で答えなさい。
・
・
・
・
……うう、分からない。魔力濃度だとか、火力指数だとか、ちんぷんかんぷん。やっぱり、オレには無理なのか。諦めて、別のことをやったほうが……。
歴史
問一
『ジュケナディア勇者追放事件』『マルセデナ王妃婚約破棄事件』『一般召喚士聖獣召喚事件』『ジュケナディア森フレイムドラゴン出現事件』これら四つの事件を、それぞれ起こった順番に並び替えなさい。
問二
上記四つの事件の内、首謀者が『ジョナサン・モルダー』の事件を一つ選びなさい。
・
・
・
・
これらも、オレにとって分からない問題。手も足も出ないや。……でも、何だろう。さっきまでモヤモヤしていた気持ちが、急にスッキリしてきてるような気がする。
「どう? 少しはやる気を取り戻したかしら?」
「……はい。おかげさまで」
師匠が尋ねてきたので、オレはしっかりと答える。
問題は、全然解けない。でも、オレの心の中にはある感情が生まれていた。それは、ワクワク感だ。こんな難題にぶち当たったというのに、オレは今、胸が高鳴っている。きっと、オレはこういうのを求めていたんだろうな。
自然学
問一
『リトルウルフ』の毛皮をジュケナディア森で焼いたとき、おびき寄せられるモンスターの名前は何か。
問二
ジュケナディア赤黒草と、絶対に混ぜてはいけない液体は何か。次の中から選びなさい。
1.水 2.聖水 3.リトルウルフの涙 4.生命の雫
・
・
・
・
やっぱり自然学の内容も全然分からない。……でも、もっと多くの知識があれば解けるはずなんだ。そう思った瞬間、オレの頭にある考えが浮かぶ。
社会学
問一
『戦闘において、サポート役の仲間を軽く見る』『努力で得た姉の幸せを横取りする』『自分が天才であるのを自覚せずに自分と同じことが出来ない幼馴染を見下す』『武器を装備しながら冒険者ギルドに入る』この4つの中から最もリスクの少ない行動を選びなさい
問二
転生者は王族にため口を使ってもよい。〇か×で答えなさい。
・
・
・
・
相変わらず答えが分からない。……でも、それが当たり前なんだ。勉強してなかった問題が、急に分かるようになるなんてこと普通はない。勉強することによって、問題が解けるようになるんだ。……一生懸命勉強したら、今まで全く分からなかったことが次々と分かっていく。そして、そのことが楽しくなるに仕方がない。……これって、もしかして。
異世界学
問一
ジュケナディアはスタデリィの中で最も大きな国である。同じように、日本は地球の中で最も大きい国である。〇か×で答えなさい。
問二
日本がある事で有名な地球には、魔法が存在していない。しかし、地球にある多くの国々はジュケナディアよりも裕福である。なぜならば、魔法の代わりとなる技術が存在しているからである。その技術を次の4つの中から1つ選びなさい
1.魔術 2.妖術 3.呪術 4.科学
・
・
・
・
なんか、この科目だけ凄く簡単なんだけれど。……日本で長い間生きていた経験のおかげだね。もし自分がジュケナディア人だったら、そう簡単には解けなかったに違いない。
やっぱり、経験することが大切なんだ。人と関わる事だって、受験と一緒なんだ。勉強していない状態だと、何もかもが分からない。でも、一度でも分かってしまえば、後は自分でどんどん進んでいける。
そう考えると、なんだかワクワクしてきた。自分を抑えることが出来ず、思わず尻尾を振ってしまう。恥ずかしいはずなのに、恥ずかしいと感じないほど興奮している。
ふと、師匠の方を見る。彼女は優しく微笑みながらオレのことを見ていた。……うん? オレは少し違和感を覚える。彼女の視線が、いつもと違うような気がしたからだ。何が違うのかと聞かれると困るが、どこか雰囲気が違った。具体的に言うと、オレの尻尾を凝視している……もしかして。
「あの……師匠。そんなに見られると……」
「……えっ!? あぁ、ごめんなさい! でも、触っちゃうわ!」
「えっ、はっ、はい!」
オレの言葉を聞いた途端、師匠が飛びつくように近づいてくる。そのままモフモフの尻尾を撫で始めた。
気持ちいい……。さっきまで悩んでいたのが嘘みたいに、心が満たされていく。ずっと、こうして貰っていたいな。…………あっ、そうだ。師匠に伝えないと。
「師匠とのかかわり方、少しずつ覚えていくよ。今はまだ難しいけど、いつかはきっと。受験と同じように、少しずつ勉強していくから。……TS狼っ娘は受験生!ってかんじでね」
笑顔を浮かべて、彼女に告げた。すると、頭をポンッと叩かれる。
「ふふっ、大事なことが分かったみたいね。……それじゃ、私の魔力を受け取ってくれるかしら」
師匠の手のひらから、何かがオレの体の入りこもうとしてくる。それは、とても暖かいものだった。まるで、母親に抱かれているような感覚。だけど、どこか懐かしさを感じさせない不思議なもの。そんな矛盾したものが入り混じったような、そんな感じ。
そして俺はそれを……受け入れた。