我輩はウマ娘になったポケモンである。 作:てょわわわぁ~ん
我輩はシャドーレイスである。今日は母と、とあるクラブのトレーナー立ち会いの元、そのクラブのコースを借りて走っていた。
繰り返すが、我輩は極めて特異な脚をしており、超常的な能力によって走ることが可能である。
本来からして日常生活に支障がない以上、自由に行動できないことへのストレスは基本的に加速度的に溜まっていく。
なので、週に一度縛られる事なく走りその溜まりに溜まった鬱憤を吐き出すのだ。全力で芝を駆け、駆け、駆け回る。
ああ、しかし。かつて自身の狡猾さの裏に溜め込んでいた戦闘本能が、この体になってからは全くと言っていいほど消化されないのは、本当に腹立たしい。
ポケモンという生き物は、種の本能的な差異はあれど、基本として戦闘本能、闘争心が強い。それが人間たちと共に過ごすにあたって最適化され、規模の大きな街での戦い、それが文化的に根付くようになった結果としてバトルに繋がったのではないかと我輩は睨んでいる。
そして我輩は、そのポケモンであったレイスポスとしての我輩の在り方をそのまま今に引き継いでいるのだろう。
この欲求は、きっとレースに出て他のウマ娘たちと競い合うことで満たされるのだろう。ウマ娘というのは、1着というものへの執着、というより勝負事への熱が高いと聞く。
しかし私にはそれが許されない。特異な脚に、盲目。安全第一と言えば聞こえは良いが、厄介だ。
さりとて物や人に当たるのは論外。
実に難しい。
ここまで悩むのも理由がある。我が愛する妹ライスシャワーがトレセン学園に入学し早くも数年。寮で過ごす時も定期的にやり取りをしていたし、長期休暇になれば自然と帰ってきていたりもしたのだが、今年よりデビューと相なった関係でトレーニングに集中したいと。その為家には一旦帰ってこれないという話である。ここで少しばかり問題が起こったのだ。
端的に言えば、戦闘本能から目を逸らす口実として、同時に本心から家族として愛しているライスシャワーへ構っていたのだが、それが出来なくなり、それまで均衡を何とか保たせていた我輩の中でのバランスが崩れ始めてしまったのだ。これは良くない。
それを両親とクラブのトレーナー、医師や研究者に説明と説得を試みたものの成果は芳しくない。
やはりというか、我輩自身の抱えるリスクでの事故が最も恐ろしいようで、にべもなく断られてしまった。
歯痒い。実に実に歯痒い。これはいっその事、深夜徘徊でも敢行してみるべきか。
⭐︎
(惜しい)
生唾を飲む。元、中央トレセン学園所属。現、小規模のクラブのトレーナーを営む老人は睨め付けるような鋭さでもって、黒鹿毛のウマ娘、シャドーレイスを見据えた。
(あの走りで、目が見えていないだと。あの走りで、脚に問題を抱えているだと。あの走りで、トレーニングをしていないだと)
その事実は、老人自身が脚に触らせてもらい把握している。ウマ娘特有の、人間で言う足首に当たるそれ。球節と呼ばれる足回り。
そこから骨がなく、関節もない。指も爪も付いているのに、骨がない。なのに足は奇形になる事もない。立つ事すら困難を極めるであろう両脚は走る都度に足音に鈴のような音を混じらせる、ただそれだけ。
盲目である以上、足元もある程度慣れてなければ覚束ない筈で。走るなんて土台無理な話である。その筈だったのだ。
そして何より、普段は、トレーニングをしていないのだ。
58秒と幾つか。
芝に並べられたコーンの周りを大きく2周走って、おおよそ1000mを過ぎたタイムがそれだ。
タイマーは握っていなかった。それでも、長年トレーナーを続けていた男の体内時計というものは正確極まった物である。
だからこそ。何もかもが異常である。風を切るように、伸びた癖の強い髪を幽鬼のように揺らしながら、どこまでも楽し気に、そのままじわじわと加速を続けるシャドーレイスを見定めるように。
本当に無理矢理超好意的解釈をするのであれば。骨がないからこそ、足そのものがショックアブソーバーのように働き結果としてグリップ力を高め、極めて高い回転率のピッチ走法で速度と連続的な加速を維持しているのだろう。
しかし幾つも、そしてあまりに大きい穴だらけの理論だ。あまりにも出鱈目。
幽霊がそこを走っていると言われた方がまだわかる。
(それでいて、既にクラシックは走れるだけの下地は十分にある。常識はずれも大概にしてくれ)
母親の方は不安気な顔を隠そうともしない。それが正解で、当たり前の反応だ。
それを嘲笑うかのように振る舞うシャドーレイスがおかしいだけの話なのだ。貴悦を隠そうともしないままの顔で、現に既に2000mを超えているが、ペースが落ちる様子もない。
(……ハナ経由で、なんとか。無理にでも、併走に付き合ってもらうか?)
老人の娘もまた、中央トレセン学園に所属するトレーナーであり、大きなチームを抱える傑物である。話を振れば、きっと無碍にはしないだろう。
それに。
「……苦しいもんなあ、きっと」
『競い合う【熱】を内から吐き出せないウマ娘が、如何なる暴走に至るか』をよく知る側として、万が一のことを考えると、余りにも惜しいのだ。