僕と彼女たちと願い事
今日は七夕。
Fクラスもあんまり似合わないと思うけど
各々の願い事を書いた短冊が笹飾りを彩っている。
「世界で男が自分ひとりになりますように」
「世界中の女性が自分に興味をもちますように」
「アキちゃんと付き合えますように」
「姫路さんと結婚できますように」
…………バカばっかりだ。
今更ながら、Fクラスのバカさ加減を再認識していると
このクラスの清涼剤の二人がやってきた。
「アキ、おはよう」
朝から元気に挨拶してくれるのは……
ポニーテールとスレンダーな身体が特徴の島田美波さん。
普段は料理がうまく、動物が(異性として)好きな優しい女の子なんだけど
ひとたび対応を誤ると全身凶器と化す。
でも、僕以外に技をかけているところを見たことがないな。
「おはようございます、明久君」
鈴を転がすような可愛い声で挨拶をしてくれるのは……
ふわふわの髪と成長著しい胸が特徴の姫路瑞希さん。
普段は学業優秀・品行方正・容姿端麗で文句の付けようがない女の子なんだけど
ひとたび料理をすると一口食べただけで、この世のしがらみから解放される一品を作ってくれる。
「おはよう。美波。姫路さん」
「明久君、何を見てるんですか?」
「アキ、朝っぱらから何をボーっと見てるのよ?」
と、二人から聞かれる。
「うん、今日七夕だからね。みんなの願い事を見ていたんだよ」
「七夕って何?」
美波はドイツからの帰国子女だから、日本の七夕を知らないのも無理はないよね。
「牽牛と織り姫が一年に一度会うという言い伝えです。昔の人は織り姫星に家事などの上達を願えば叶うと信じていたので、多分それから願い事を書くようになったのかもしれません」
さすが姫路さん、物知りだなぁ。
「願い事ねぇ…ホントに叶うのかな」
指をあごに当てて考えている美波。
「まぁ叶ったら嬉しいよね」
短冊に書くだけで勉強しなくてもテストの点が良くなるなら何十枚でも書くんだけどな。
「本人の努力も必要ですが、お願い事を考えるのも楽しいと思います」
いつも一生懸命な努力家の姫路さん。
「せっかくだから二人も何かお願い事を書いてみたら?」
「そうね、本当に叶ったら嬉しいし」
「自分の新しい目標になるかもしれませんね」
と、早速卓袱台に向かって短冊に何かを書いている二人。
さて折角だから僕も何か書くかな。
……ん~、今は特に欲しいゲームとかもないしなぁ。
彼女が欲しいとか書くのも恥ずかしいし……
大体そんなこと書いたら、美波に関節技をかけられて窓から捨てられそうだし。
……なんでそんなことを考えると美波に折檻されるところを想像するんだろ?
もしかして僕って根っからのマゾ気質?
言われると一番嫌なんだけど雄二との同性愛疑惑とか
女装癖があるんじゃないかとか、払拭したい噂だらけだ……なんか悲しくなってきた。
そうして机に突っ伏してさめざめと泣いていると
「何泣いてるのよ、アキ?」
「なんでもないよ。ちょっと考え事してたら悲しくなっただけだよ」
「どういう思考したら願い事を書くだけで悲しくなるのよ」
と、半ば呆れ顔で言われた。
「それより美波はどんなお願い事にしたの?」
気分と会話を変えるため、そんなことを聞いてみた。
「ちょっと恥ずかしいけど笹につるしたら判るしね」
と言って見せてくれた。
『大好きな人がウチの気持ちに気付いてくれますように』
「まず人間の言葉を覚えさせないとダメなんでぃぃい痛だだたぁぁぁっ」
いきなり美波に、僕の左腕の肘に関節技を極められてる。
「アンタがそんなだとウチの願い事なんて一生叶わないわっ!」
なんで美波の願い事が叶わなかったら僕のせいになるんだ?
「明久君、できました」
そろそろ肘がありえない方向に曲がろうかという時、姫路さんがやってきた。
「……美波様、ご勘弁願えないでしょうか」
「仕方ないわね」
何とか許してもらえたようだ……卒業までに関節の可動域が360度になる気がする。
そんな肘をさすりながら
「姫路さんはどんな願い事をしたの?」
「すごく恥ずかしいのですが」
と、頬を赤らめながら見せてくれた。
『大好きな人がわたしの気持ちに気付いてくれますように』
…………あれ?美波と同じことを書いてる?
大好きな人って僕の知ってる人なんだろうか。
この二人の笑顔を見るためなら喜んで協力してあげたいけど
大好きな人というのは、きっと何のとりえもない僕のことじゃない。
そう思うと寂しいような悔しいような、なんともいえない気持ちに……
「アキはどんなお願いにしたの?」
と、美波に聞かれた。
「あ、まだ書いてないや」
そういえば悲しくなってて何も考えてなかった。
「わたしたちのだけ見るのはずるいですよ」
「早く書きなさいよ」
僕が二人に詰め寄られていると、そこへガラッと扉を開けて鉄人がやってきた。
「おまえら席へつけ、ホームルームを始めるぞ」
「あ、鉄人来ちゃった。後で書くよ」
「書いたら見せなさいよ」
「何を書くのか気になります」
二人とも渋々といった感じで席へついた。
☆ ☆ ☆
――お昼休み
いつものように皆でお昼ご飯を食べ終え、雄二は霧島さんに連行されて行き
秀吉は部活の準備に行き、ムッツリーニはデジカメを持ってせわしなく教室を出ていったので
珍しく僕と美波と姫路さんの三人でゆっくりしていた。
「アキ、願い事は書いた?」
「うん、さっき授業中に書いたよ」
「アンタねぇ、授業はもっとまじめに受けなさいよ」
と、少し怒られた。
居眠りとか漫画を読んだりするよりは良いと思うんだけどな。
「どんなお願い事を書いたんですか?」
興味津々と言った面持ちで聞いてくる姫路さん。
「ウチらのだけ聞くって事はないわよね…さっさと白状しなさい」
「えっとね」
二人に一枚の紙切れを見せる。
『大切な人の気持ちが通じますように』
「………」
「………」
あれ?
二人して顔を見合わせてる……僕、何か変なことでも書いたかな?
「アキ、これはどういう意味?」
「明久君、これはどういう事ですか?」
二人一緒に聞かれた。
「どういうも何も……今の僕の願い事かな」
正直なところ、今は何かしたいわけでもないし
勉強のことをお願いしても実力以上の点数が取れるとは思えない。
それなら、この二人の願い事が少しでも叶えば良いなと思って……
「願い事って思いつかなかったから、僕の分も二人に使ってもらえたら良いかなと思って」
なんか二人とも俯いちゃったよ……またマズいこと言っちゃったかな。
「アキってば……なんでいつもそうなのよ」
「明久君はいつも他の人の為に……」
二人とも頬を赤らめて目が潤んでいるような気がする。
そんなに好きな人へ思いを伝えたかったのかな。
僕の願い事にしては、会心の出来だったと思うけど
なんか面白くない……落ち着かないというか妬ましいというか。
二人で何か小声で話している気がするけど、僕には聞こえない。
僕も自分の気持ちがもやもやとして整理がつかないので何も言えないまま時間が過ぎた。
すると二人が僕を見て……
「アキ、放課後に話があるから」
「明久君、わたしたちに付き合ってもらえますか」
二人に放課後に付き合うように言われた。
…………誰に伝えればいいのか、こっそり教えてくれるのかな?
でも二人一緒にってことは同じ人なのだろうか。
この二人に好かれるって、どれだけ羨ましいんだ。
僕が、やるせない気持ちで一杯のところに
ちょうど雄二たちが帰ってきて午後の授業が始まった。
☆ ☆ ☆
――放課後
二人が並んで歩くのを少し後ろから見ている。
特に会話もなく学校の帰り道にある公園についた。
たしか、ここは葉月ちゃんにぬいぐるみをプレゼントした場所だ。
あれから一年か……月日が経つのは早いなぁ、とか思い出に耽っていたら
二人がこちらを向いて
「「(アキっ)(明久君っ)」」
と、同時に呼ばれた。
「はいっ」
と、いきなり呼ばれたので背筋を伸ばして直立不動の僕。
その僕へ二人が近づいてきて
「アキ、あの短冊に書いてあった大切な人って」
「わたしたちのことで良いんですよね」
と真剣な表情で聞いてきた。
「もちろん、そうだよ」
僕にとって、この二人はとても大切な友達だ。
だからこそ、二人が想っている人って、ものすごく気になる。
今日一日、授業に全く身が入らなくなるくらいだ。
普段から、授業にはあんまり集中してないけど。
…………でも、今日はずっと美波と姫路さんの事を考えていたな。
僕には関係がないって判っていても……やっぱり少しは期待したかった。
「やっぱりそうなんだ」
「明久君嬉しいです」
二人とも、ぱぁっと花が咲いたような笑顔になる。
何故だろう……
この笑顔が僕以外の人へ向けられるのかと思うと
胸が締め付けられるような……心が押し潰されそうな気がする。
「ウチの好きな人は……」
指でくるくる円を描くようにしている美波。
「わたしの好きな人は……」
胸の前で手を合わせて指を絡めている姫路さん。
二人とも顔が真っ赤になっている。
そりゃ、好きな人を言うんだもんね……恥ずかしいのも当たり前だ。
少しでも二人が言いやすくなるように、と思って
僕はありったけの元気を振り絞って出来るだけの……
…………うまく笑えているか、全然判らない顔で
「僕が、二人の気持ちをちゃんと伝えるから……」
……『安心して』って一言が言えなかった。
僕は今……絶対に笑っていない。
そんな人間に安心して大切な想いを託す事なんて出来るわけがないじゃないか。
二人の方をまともに見る事が出来ずに……僕が俯いていると
美波が、僕の左手を両手で包むように握り締めて
姫路さんが、僕の右手に自分の指を絡めるように握ってくれて
両手から伝わる温かさが僕に勇気をくれているようで……顔を上げると
二人の……
今まで見た事がないような優しくて綺麗な笑顔に、ドキッとしてしまう。
そして二人が……
「アキなの」
「明久君です」
…………はい?
何で僕の名前が聞こえたんだろう。
ついに僕は耳までバカになったのか。
それとも考えすぎて、僕にとって都合のいい言葉に変換されたのだろうか?
僕が二人と手を繋いだまま、二人の顔を交互に見ていると
美波と姫路さんがチラッと顔を見合わせてから、僕を見て
「やっぱり想像もしてなかったって顔ね」
「気がついてもらえてないのは判ってましたが…」
二人して何を言ってるんだろう。
僕が硬くなっているのを見て冗談でも言ってくれているんだろうか。
でも、そんな感じには見えないな。
…………と、言うことは美波と姫路さんは僕に告白している?
いやいや、それはあまりにも僕に都合が良すぎるだろ。
しっかりしろ、僕。
でも…………
その後、何も言わない二人。
やっぱり僕に言ってくれたのかな。
「……前から瑞希と話していたんだけど」
「明久君がはっきりしてくれるまで待ちますかって……」
「でも、さっきアキがウチらのことを大切な人って言ってくれて嬉しかった」
「わたしたちがきちんと伝えれば、わたしたちのことを真剣に考えてくれるんじゃないかって……」
二人が言ってる事はちゃんと聞かないといけない。
二人ともすごく大切な……僕にとって、とても大切な人たちだから。
「答えは今すぐ出さなくて良いからね」
「返事はゆっくりで良いですよ」
「さすがに卒業まで返事しないってことはないわよね」
「出来ればクリスマスは一緒にすごしたいです」
二人ともまだ少し赤い顔をしてるけど普通に話してくれている。
でも僕の方はまだ思考が止まったままだ……二人をまともに見れない。
「じゃあ、アキ。また明日学校でね」
「明久君。また明日からよろしくお願いしますね」
そう言って二人は公園から出ていった。
僕はと言えば……
まだ地面に足がついてる感じがしなくて
足を何処へ踏み出せば良いのか、判らない状態だった。