――放課後
僕と美波と姫路さんの3人で学校の前の長い下り坂を歩いている。
昨日と違うのは、美波と姫路さんが並んで楽しそうに話しているのを
後ろから僕が見ているということ。
昨日は二人とも何か考え込むように静かに歩いていたからなぁ。
今日の方が見ていて二人とも楽しそうなのが伝わってくるから
僕も嬉しいんだけど……しかもこの後、僕のために二人で夕御飯を作ってくれるんだし。
そんな事を考えながら二人を見ていたら
「アキ、何食べたい?」
美波が不意に後ろを向いて尋ねてきたので
「そうだなぁ……」
出来るだけ簡単な手順で作れる物が良いよね。
姫路さんが下手に手を加えなくて済むように……
「塩だけのおにぎりとか良いなぁ」
「ダメよ、アキ。もっとちゃんと食べないと……じゃあ、ハンバーグで良いわよね」
何が食べたいか聞いてきたのは美波だったんだけど!?
「明久君、ハンバーグが好きなんですね……腕が鳴ります」
こちらを向いて小さく手を握り締めて反対の手で腕を軽く叩いている姫路さん。
やる気が溢れているのが見て判る。
そして姫路さんのやる気が大きくなればなるほど
不安で心が押し潰されそうになるのは何でだろう?
「瑞希には負けないわよ……ドイツに居た頃から肉料理には自信あるんだから」
「私だって……明久君が早く元気になれるように頑張っちゃいますっ」
笑顔でお互いの健闘を称えあっているかのような美波と姫路さん。
ハンバーグは確かに嫌いじゃないんだけど……
美波が作ってくれるのは期待出来るだろうから良いとして、問題は姫路さんが作る方だ。
口に合う物を、なんて贅沢は言わないから
せめて人間の身体に合う物を作って欲しい。
とにかく材料を買うところから注意して、変な物を混ぜないように見ていないと。
☆ ☆ ☆
―― スーパー ――
買い物カゴを手に取り、カートへ。
美波がカートを押しながら姫路さんと話していると
姫路さんがポンと手を叩いて
「そうだ、大切な物を忘れていました」
と言って日用雑貨の方へ歩き出そうとする姫路さん。
「瑞希、どうしたの?」
美波が首を傾げて質問をすると
「はい、明久君の骨が早くくっ付くように石膏を入れようかと」
「ちょちょちょっ、ちょっと待った、姫路さん」
「どうしたんですか、明久君?」
僕が止めると首をちょこんと傾げて僕を見上げている姫路さん。
見た目はすごく可愛いんだけど……やろうとしていることがすごく危ない。
「骨折って言っても、僕の腕はヒビが入っているだけで実際に骨が折れている訳じゃないんだよ」
僕がギプスで固定されている左腕を指差しながら説明をすると
「そうなんですか?でも、石膏の主成分は硫酸カルシウムですから豆腐を作る時に使う物ですよ?」
「そうなの?」
「はい。だから、きっと明久君の骨折も早く治ると思います」
にこにこと笑顔で説明をしてくれる姫路さん。
そっか、それなら味が多少変わるくらいで命には問題なさそうだ。
僕がホッと胸を撫で下ろしていると
「どれくらい入れるつもりなのかしら?」
美波が質問をすると姫路さんは頬に人差し指を当てて少し考えると
「そうですね……早く治るようにドンブリ一杯くらいでしょうか」
優しく微笑みながら答えてくれた。
「僕はツナギやタマネギなんか入っていない、お肉だけで作ったハンバーグが好きなんだ」
前言撤回。
それはもう、味云々よりも見た目や食感がハンバーグじゃないよね!?
「そうなの、アキ?」
「そうなの。折角食べるんだから、お肉を食べたって気持ちになりたいんだよ」
僕が右手を握って力説すると……美波が、ぱぁっと笑顔になった。
「はい、判りました」
姫路さんも両手を小さく握り締めて返事をしてくれた。
「判ったわ。アキがそう言うなら……実は日本風のハンバーグは自信が無かったのよね」
「ふぇ、日本風?」
「うん。ドイツに居た頃、よく作っていたのは牛肉だけで作っていたから……アキの口に合うと良いんだけどね」
少し照れながら笑顔でそう答えてくれる美波。
これは……本格的なドイツ仕込のハンバーグが食べられるのかも?
顔がニヤけてしまうのが判る。
骨折した時は姉さんも居ないし、どうしようかと思っていたけど……
美波や姫路さんが夕御飯を作ってくれるって言ってくれた時は嬉しかった。
僕は一人なんかじゃない。
僕の事を真剣に考えてくれる人が……二人も居る。
しかも、その二人が美波と姫路さんと言うのがすごく嬉しい。
僕がそんな事を考えていると……
姫路さんが美波に何か話しかけていた。
(あの……美波ちゃんにお願いがあるんですけれど)
(なに?)
(私に……ドイツ風のハンバーグの作り方を教えて頂いてもよろしいでしょうか)
(ウチは構わないけど……どうして?)
(ありがとうございます。ハンバーグはあまり作った事がなくて……それに……)
(それに?)
(……私も明久君に喜んでもらいたいんです)
(そっか……ウチは厳しいわよ?)
(望むところです)
何を話していたのか、声が小さ過ぎて判らないけど……
二人とも何か気合が
牛肉の挽き肉と付け合せの野菜とソースの材料を買ってスーパーを後にした。
☆ ☆ ☆
―― 明久の家 ――
――ガチャ
「ただいまー」
声をかけても誰も居ないんだけどね。
「「おじゃまします」」
二人が僕の後に続いて入ってくる。
とりあえずリビングに案内して鞄とか荷物を置いてもらい、キッチンへ。
すると美波が
「後はウチらに任せて、アキはあっちで休んでて良いわよ」
「そんな……全部任せるのは悪いよ。僕にも何か手伝わせて欲しいんだけど」
本当のところは姫路さんが何か怪しい物を入れないか、見張っていたいんだけど。
僕のそんな思惑とは裏腹に
「アキは怪我人なんだから大人しく休んでなさい」
「そうです。今日は全部私たちでやりますから」
二人にキッチンを追い出されてしまった。
仕方がないのでリビングからキッチンを覗き込んでいると……
「何よ、アキ。そんなにウチらが信用出来ないって言うの?」
美波にキッと睨まれてしまったけど……
僕の命に関わる事だから負けちゃいけない。
「違うよ。その……二人が僕のために御飯を作ってくれるって言うから、その姿を見ていたいんだ」
僕がそう言うと……
「なっ、何よ……アキが望むならウチは毎日夕御飯作りに来てあげても良いわよ」
美波は顔を真っ赤にしながら両手を頬に当てて身体を捻っている。
「わっ、私も……家が近いので毎朝、御飯を作りに来たついでに明久君の寝顔を……じゃなくて、起こしてあげても良いですっ」
姫路さんも顔を真っ赤にして両手を胸の前で組んで僕を見ている。
二人の申し出はすごく嬉しいんだけど……
姉さんもいつ帰ってくるか判らないし、あまり二人に迷惑も掛けたくないしね。
「今日の夕御飯だけで大丈夫だよ。本当にありがとう」
「ちゃっちゃと作るから待っててね、アキ」
「明久君は大人しく見ていてくださいね」
☆ ☆ ☆
二人が真剣に作ってくれていると言うのは見てて良く判る。
どうやら美波が姫路さんに教えながら作っているみたいだ。
「もっと力を入れて
「はいっ、判りましたっ!こうですねっ!!」
――っ!?
みっ、美波……なんて教え方をしてるんだっ!?
なんか二人が捏ねているパテが僕の顔みたいに思えて……むず痒くなってしまう。
「アキ?なんて顔をしてるのよ?」
「きっ、気にしないで続けて……」
☆ ☆ ☆
美波はかなり手際よく、姫路さんに教えながら付け合せの野菜とか茹でたりしている。
やっぱり家でだいぶ家事の手伝いをしているんだろうなぁ。
でも、そろそろお肉を捏ねるのも終わりかな?と思って見ていると……
どうやらパテから空気を抜くみたいだ。
手に持って両手で叩きつけている。
「ほら、瑞希。もっと力を入れないと空気がちゃんと抜けないわよ……今度は坂本とアキが手を繋いでいるところを想像するのよ」
みっ、美波っ!なんて事を言ってるんだよっ!?
すると姫路さんはいきなり固まっちゃって……
「あれ……瑞希、何で顔を赤くしてるのよ?」
「えっと……その……」
姫路さんは僕と雄二で何を想像しているのっ!?
☆ ☆ ☆
テーブルの上には二枚のお皿の上にそれぞれハンバーグが載っている。
美波の前には……
ハンバーグにかかっているのはデミグラスソースだろうか。
姫路さんの前には……
大根おろしがハンバーグの上に載っているので、おろしハンバーグみたいだ。
付け合せの野菜は二人とも一緒で
ジャガイモやミニキャロットの茹でたヤツにインゲンとほうれん草のバターソテーかな。
黄色がかった白と薄い赤と濃い緑が綺麗にお皿を彩っている。
でも時計を見ると……五時半より六時に近い時間だった。
流石にまだ陽は落ちていないけど、早く帰ってもらわないと何かあったら危ないし。
「すごく美味しそうだね。本当にありがとう。でも二人ともそろそろ帰らないと……」
僕が二人にお礼を言うと……二人が僕の肩を掴んで椅子に座らせて両脇に座り
「はい、アキ。あーん」
「明久君、あーんです」
二人とも満面の笑顔で僕にハンバーグを差し出している。
「最初の一口だけでもアキに食べさせてあげたいの」
「明久君が食べてくれたら帰りますから」
真剣な表情になり僕を見つめてくる二人。
その二人の真剣な眼差しに……強い想いを感じる。
それならきちんと食べて二人にお礼を言わないと……
美波と姫路さんの作ってくれたハンバーグの感想を
ちゃんと、この場でっ!!
僕は胸の前で手を合わせて指を組むと……
「……天にまします我らが父よ……」
「アキ?何やってるのよ?」
美波と姫路さんが不思議そうな顔で僕を見ているけど
「二人が作ってくれた物だからね。ちゃんと味わって食べたいんだ」
そして生き残って無事に感想を言うために……
「――アーメン」
食事の前に神様に祈るのって普通は感謝なんだけど
僕の場合は生きていられますようにってお願いだからなぁ。
十字を切って……さて。僕の思いは無事、天に通じたのだろうか。
まず、美波の方を先に頂く。
おそらく問題無いと思うので……
先に姫路さんの方を食べて何かあったら大変な事になるからね。
――ぱくっ、もぐもぐ……
美波が少し不安そうな顔で僕を見ている。
肉汁とソースが良い具合に混ざってて
お肉にも程よい塩加減と胡椒の味がしてすごく美味しい。
「うん、美味しい。お肉の焼き加減といい、ソースの味といい、文句のつけようが無いよ。ありがとう」
僕が笑顔でそう言うと
「アキ、気に入ってくれたのね。ウチ、嬉しい」
美波はすごく安心したように微笑んでくれた。
さて次は姫路さんのか……僕は覚悟を決めて姫路さんのを頂く。
――ぱくっ、もぐもぐ……
姫路さんも不安そうな顔で僕を見ている。
肉汁が感じられる程度に残っているんだけど
それが大根おろしのおかげでキツく感じないですんなり食べられる。
お肉の塩加減も時々ピリッと来る胡椒の塩梅もちょうど良い。
「うん、これも美味しい。大根おろしがさっぱりとしてるから、いくらでも食べられそうだよ」
僕が笑顔でそう言うと
「良かった……明久君が喜んでくれてすごく嬉しいです」
姫路さんもすごく安心した表情になり、嬉しそうに手を胸の前で組んでいる。
「二人とも本当にありがとう……僕のためにこんなに美味しい物を作ってくれて」
二人に向かって頭を下げると
「ううん……アキが喜んでくれるのが嬉しいから」
「そうです。明久君が幸せなら私も幸せなんですから」
☆ ☆ ☆
そして二人が帰って……
僕は残りのハンバーグを全部食べた。
美波は家事の手伝いもあるのに僕のために作ってくれて……
姫路さんは美波に作り方を聞いてまで、ちゃんと作ってくれたのに疑うなんて……
二人に申し訳ない気持ちで一杯になってしまう。
あんなに魅力的な女の子たちがなんで僕なんか好きになってくれたんだろう。
こんな取り得も何かに打ち込んでいる訳でも無い僕なんかに……
お皿の上に残っている付けあわせの野菜を見ながら考えてしまう。
そう言えば、帰り際に美波が『野菜もちゃんと食べるのよ』って
悪戯っぽく笑いながら言っていたっけ。
美波はきっと葉月ちゃんに接するみたいに世話を焼きたかったのかもしれないな。
そして姫路さんも『野菜も食べないと早く治りませんよ』と
優しく諭すように言ってくれてたな。
姫路さんも僕がきっと野菜を食べないんじゃないかって心配してくれてるんだな。
僕は二人のそんな想いに答えるために……
ハンバーグでお腹一杯だけど、きちんと食べるか。
ちゃんと味わって……
――ぐはっ!?
美波のインゲンとほうれん草のバターソテーは
あの悪戯っぽい笑顔は……これの事かっ!?
とりあえず水で口の中を何回も洗い流して……
しばらくしてから姫路さんの方のお皿に手をつける。
まったく美波の悪戯にも困ったもんだよ、と思いながら食べていると……
…………気が付いたら朝の七時だった。
やっぱり姫路さんの料理は油断しちゃいけなかった。