「北斗の叔父貴、こんな夜中にどこ行くんです?」
「ちょいと酒とつまみを買いにな。お前もどうだ、一杯付き合わねぇか?」
「俺でよろしいんでしたら……」
「決まりだ、酒屋に行くぞ。心配するな、俺の奢りだ。」
そんな事を言いながら、北斗大我は広い豪邸の扉を開けた。やくざ者の頭であるからして、チンケな家に住んでいる様では示しがつかない。だが、彼はその広い家を持て余していた。数々のゲームの筐体を入れたは良いが、それでも部屋が余る。倉庫やシノギ用の部屋を作っても、まだ余る。
だから、後の部屋は組員に貸し出してしまった。しかもタダで。それ程までに器量が大きいこの男は、小さいながらも影響力が大きくなった七星会をたった一人で纏め上げていた。
「もう一人くらい護衛を連れて来ますかね?」
「……そうだな。あー、城嶋!酒買いに行くぞ!お前も来い!」
「へぇ!分かりやした!」
「財布は要らんぞ、俺が奢ってやる。」
そんな事を言いながら、三人は夜の街に出掛ける。目的の酒屋は商店街の外れであり、住宅街に差し掛かった場所にある。
「しかし叔父貴、この前の取り引きの手腕は見事でした。」
「そう褒めるなよカズ。俺とてまだまだな身だ。」
「会長がまだまだなら、日本のヤクザは全員ドブみてぇなもんでっせ。」
「ヤクザに堕ちてる時点でドブ以下だ。それは忘れるなよ。」
住宅街に差し掛かった。夜9時と言う字間、まだ起きている人間は多いが静かなもの。しかし。
「……叔父貴、この泣き声。」
「あぁ、子どもだ。確かあの家……前っから俺らから借りた金返さんて会議で話題になってたな。」
「行きやしょう、虐待なんて事件は特に拙いっすからね。ここもウチらのシマ、評価は下げさせやしませんよ。」
「っし、大義名分もあるってこんで……カチコミじゃあ!!」
そう言うと、玄関のインターホンを鳴らした。
「おう、ワシら七星会のモンじゃ!ワシらから借りた金早よ返さんかい!!あと子ども泣かすなボケェ!!」
城嶋がそう怒鳴りつけると、なんだなんだと周辺の住民が窓から顔を出した。しかし北斗大我の姿、そして相対している家を確認すると、野次馬は直ぐに顔を引っ込めた。
「早よ開けんかい!!嬢ちゃん、開けられるなら開けれるかいな?」
城嶋が優しめの声で最後に言うが、さっきまで怒鳴ってたから無理だろう。
「……仕方ない、ぶち壊す。下がって警戒してろ。」
「っす!」
腰の据わった正拳突き。30代ながら極道の頭になった実力はとんでもない。ベニヤ板では無いはずの扉が、派手に砕け散った。
「おい!出てこんとアンタら困るで!!子ども連れてっちゃるぞ!!」
「城嶋もう下がってろ!!叔父貴困っとるがな!!」
靴を履いたまま、家に上がり込んだ。こうまでダンマリを決めてるなら、手はある。前っから腐れ縁のある警部に連絡を掛けた。
「……もしもし。」
『こんな夜中に何電話かけとるんや?こちとら眠いんや。』
「真堂さん、ちょいと俺ら例の家にカチコミかけとりまして。」
『あぁ?金返さんって言うとるアレか。カチコミ言うとるが自分ら自首しに来たんか?』
「俺ら来る前から子どもずっと泣いとりまして。」
『あ?』
「ちょいと拙いかも知れんで、来てくれると助かります。」
『……分かった。直ぐ部下連れて行くで。』
電話を切ると、泣き声のする方へと向かった。
「カズ、行くで……そらぁ!!」
扉が蹴り飛ばされた瞬間、男が飛び出して来た。手にはギラギラとした物が握られていた。
「甘ぇんだよ!」
凶器を持った手を掴み、一瞬のうちに背負い投げ。からの腕を引き上げて捻り上げた。
「カズ!コイツ縛っとけ!嬢ちゃん……危ねぇとこだったな。大丈夫か?」
「……うん。」
着衣にも乱れはなし、だが腕を触って驚いた。骨が歪な形でくっついている。虐待が恒常化していた結果だろう。顔にこそ傷はないが、身体、そして精神は壊れ果てているだろう。
「会長!真堂さんが来やした!」
「丁度制圧したとこだ。」
「てな訳で、まぁアンタらは任意同行してもらうで。ええかの?」
「ま、予想はしてました。ええですよ、俺らとてただで済むとは思ってません。」
「出掛けてる母親にも連絡はしとるで。今後の相談は署でやるからの。今はここで手打ち、じゃの。おう、お前ら被疑者連行せえ!鑑識はここで現場調査!」
一応ヤクザ三人も任意同行という形でパトカーへと乗り込んだ。
「で、母親はなんちゅうてるんです?」
「悪びれもせず、恵理ちゃんが父親を奪った言うて発狂しよるんや。で、この件についてなんやが……」
真堂が書類を机の上にばら撒いて、大我に見せる。
「これ、あの両親の出頭要求なんや。」
「出頭要求?」
「児童虐待防止法でな、近所から通報があったんや。んで、これに応じとらんかったから立入調査の準備を進めとったんよ。」
「……なるほど。だがアンタらは間に合わなかった。だがそれを公にすると警察の威信が落ちる。」
「せや。だから、ぬしらにワシが依頼して張り込んでもろてたって事にするんや。この一帯をシマにしとるぬしらは、癪だが住民からも悪いもんは向けられとらん。自然と、口裏合わせてくれるやろ。」
「……大分苦しそうだが、良いだろう。乗ってやる。」
「依頼っちゅう形にはなるが、報酬は出んで?」
「別に良い。俺たちが勝手に首突っ込んだ事だ。」
「ならええわ。」
取調室の扉が開き、真堂の部下が書類を持って入ってくる。
「あーしっかし、両方ムショ行きやけん。あの子どもどこに行く事になるんかの。上から里親でも見つけろ言うとるけど、まぁ厳しいことやけん。人間不信が酷くてな、飯も食わん。」
「……でも無理矢理にでも食わせた方がええのは確かやろ。」
「そが出来たらこっちも苦労しとらんわ。出来ひんから困っとるねん。んでえーっと……あ?お前さんとの面談を被疑者が希望しとる?」
「俺は構いまへんが……」
「そか、アンタが良いなら断る必要もないな。ったく、マル暴やのになんでヤクザと協力せなアカンねん。俺の階級が下がるわ。」
「警部殿、北斗大我をお連れしました!」
「ご苦労さん。面談時間は5分、ええな!そいじゃ、始め!」
「……アンタらは自分が何をしたか分かって」
「お前が……私の男を奪ったの!?何度私から男を奪えば」
「黙れクソアマ!」
北斗の一喝が面会室に響き渡る。だがこの室内の警備は全員マル暴と、警察の監視の意味もあってかあの時の二人で構成されている。怖気づく事はなく逆に警戒を強めた。が、北斗が何もしないのを見て前傾姿勢だった身体を元に戻した。
「自分の罪が何か分かってねぇようだな。テメェの勝手な感情で、子どもを犠牲にするんじゃねぇよ。」
「あの子が……あの人を殺したのよ!それで今度はお前が奪って」
「黙れ。全部アンタの経歴は聞いた。確かにあの事故は不幸な出来事、恵理ちゃんの不注意にも原因がある。」
「なら」
「なら、だと?それを理由にして子どもに当たるなど、アンタが愛した人が泣いてるぞ。千年の恋も冷めやらん、というやつだ。」
「アンタに……アンタに何が分かるって言うの!!」
「全ては分からんさ。だが……お前が愛した人が、何故その命を投げ打ってまで恵理ちゃんを守ったのか。考え直せ。少なくとも…お前がまた連れて来た男のサンドバッグにする為、なんかじゃねぇだろ。」
時計を見ると、残り時間は1分。奴の顔には反省の色も全く見えず、ただ憤怒しているだけ。溜め息を吐くと、北斗は立ち上がった。
「……真堂さん。恵理ちゃんは、俺に任せて貰えますか?」
「あん?」
「俺が首を突っ込んだ事件なんだ、最後まで責任取らせてくだせぇ。」
「……無理やで。アンタが極道な限り、恵理ちゃんにも危険が及ぶかもしれんしなぁ。」
「じゃあ、俺がここで組を抜けると宣言したら?」
「は?」
面会室に、どよめきが広がる。それもそうだ、極道の現人神と謳われるこの人物が、いきなり極道から抜けると言い出したのだから。
「ちょ、ちょい待ちんさい会長!正気すか!?」
「正気も正気だ。俺は最後まで筋を通し抜く。」
「七星会は……七星会はどうなるんですか!」
「今まで通りだ。この街の保安、そして全極道の緩衝材となる。」
「無理です!確かに若頭も良い人ですが……そんな、全国の緩衝材になどなれません!会長の手腕あってこその」
タイマーが鳴り響いた。面会室に居られる5分が経ってしまった様だ。
「……最後面会じゃなかろうてなぁ。とにかく終わりじゃ、ほなコイツ連れてきや!」
「んで、どうするんや今後。」
「俺の意志は変わらん。極道を辞めて、カタギになるだけだ。」
「会長……」
「いいかカズ、極道ってのは確かに世渡りも腕っぷしも必要だ。だけどな、それ以上に必要なのは筋を通すって事だ。」
「筋を、通す。」
「殴ったから殴り返した。これは筋が通っている。じゃあ見られたから殴った。こういう時はどうだ?監視されていたならそれは筋が通っているが、たまたま別の組員に買い物を見られただけなら、それは筋なんざどこにも通ってねぇ。こうだからこうした、行動を起こしたなら必ず結果が着いてくる。結果を受けて責任を取り、また行動するのが筋を通すって事だ。」
「……でも、会長のそれはやり過ぎです。」
「人間、確かに取れる責任の最大値は決まってる。だけどな、極道ってのはやらかしたらそれを超える責任を取るもんだ。今回はそれだ。警察の世話になって組に迷惑を掛けてる上、地域にも少し揺らぎをもたらしている。」
「でも会長……」
「良いか、ここが俺の引き際だ。そろそろ俺も充電しなきゃなんねぇ。流石に身体壊せば色んな極道が活発になる。だが、責任を取って辞したならそれはまだ俺が復帰する可能性もあるという事だ。まだ抑止力にはなる。」
「……会長。」
「すまんな、カズ。最後に我儘言っちまってよ。俺ももう40のカウントダウンってのが始まってる。人生、泥ん中で終わるなんざもったいない。お前らも早く足洗って、娑婆の空気吸いな。それが一番ってもんさ。」
そう言うと、吸っていたタバコの箱を握りつぶした。中身の入ったそれをゴミ箱に捨てると、真堂に言う。
「って訳で、俺は一週間後くらいからカタギだ。それっから手続きするなら文句はないだろ?」
「ふん……まぁ問題ないと言えばウソにはなるが、何とかなるやろ。逮捕歴も書類送検歴もない。ならほぼ文句は出ないやろな。」
「まぁ……恵理ちゃんが頷くかどうかに掛かってるんだがな。」
「せやなぁ……」
見上げた夜空は、街の光によってひたすらに黒い空間が広がっていた。
あの人は。
あの人はどこにいるのだろうか。
僕を、深い闇の中から掬い上げてくれたあの人。
また、会いたい。
会いたいのだけれど、あの人はやくざ。
会えるわけがない。
僕が保護されているのは、警察なのだから。
だと言うのに……
「よぉ、今日からよろしくな。
なんて馬鹿な人なのだろうか。
こんな