光が収まり、まず周囲を確認した。巨大な壁画があり、自然の中に居る中世的な……神と形容するのがピッタリな後光を背負った者が書かれている。何と言えばいいのだろうか、どうも日本の現代社会とは相いれないというか、言うなれば宗教的な施設に居た。
まず俺は教室とは違う場所に居る事に驚愕した。あんな光で人をどこかに飛ばせるなど、魔法じみた事が起きた事にも。
建物の材質は大理石に似た別のなにかで作られており、広場の様な場所。俺たちの居るところは台座の様になっている。一応俺たちに怪我はないが、平衡感覚が少しぐらついている。立つには少し時間は掛かるが、とにかく周辺の警戒をする。周りには何人も人が祈りを捧げていた。その中から一人の爺さん…と言うには少し若いが、妙齢の男性が出てきた。反射的に俺は皆の前に出た。
「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎いたしますぞ。」
トータス……なんて国はない。ますます魔法じみてきた。そして勇者……勇者?ロトの剣でも持って魔王倒しに行くのか?つかそれ誰だ?そんな大層な奴こん中には居ない筈だが……
「私は、聖教教会にて教皇の地位に就いております、イシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、よろしくお願いしますぞ。」
イシュタル……ねぇ。中々に胡散臭い奴である。宗教というものがそもそも苦手なので、ますます警戒心は増していった。
俺たちは先ほどとは違う大広間に通された。10mくらいある食卓があることから、叔父さんの事務所にあった様な、会合に使う場所なんだろう。天之河が落ち着かせたこともあってか、クラスの皆は騒ぐ事はなかった。まぁ男子諸君はメイドさんに興奮していたのもあるだろうが。……俺?しないと言うのは嘘にはなるが、それ以上に叔父さんの教えが頭の中を満たしていた。
(剛、もしかしたらお前が別の組に捕まる事もあるかもしれねぇ。だが、その時は抵抗するな。抵抗したらどうなるか分からん。相手の要求をまずは聞け。時間稼ぎをしろ。俺が助けに行ってやるからな。)
叔父さんは笑って言ったが、この状況で俺も笑う事は出来ない。こればっかりは叔父さんも手出しが出来ない事だ。それを差し引いても、今抵抗するのは圧倒的不利、と言わざるを得ない。
全員が席に着いたところで、教皇から説明が始まった。ざっと纏めれば……この世界には主に人間族、魔人族、亜人族と呼ばれる種族が生活している。その中で人間族と魔人族は何百年も戦争をしている。勢力は均衡していたが、魔人族が魔物を使役し始めた結果それが破られたとの事。んで、ここの唯一神エヒトが神託を出して俺たち召喚!って訳らしい。
「あなた方は我らにとっての“救い”なのですよ。ぜひその力を発揮し、エヒト様の御意思の下に魔人族を打倒し、我々人間族を救っていただきたいのです。」
恍惚とした顔をしながら言う。やっぱコイツ気持ち悪いわ。一回きりの夜遊び行った時に見ちまったどっかの組長が路上で赤ちゃんプレイしてたくらいには気持ち悪いわ。
っと、話が逸れた。とにかく、そんなんはまっぴら御免……と言いたいが、そうなるとここが敵地になりかねない。そう考えていたが、怒号……と言うには少し可愛すぎる声が響き渡った。畑山愛子先生だ。小柄で童顔な故に皆から愛ちゃんと呼ばれている。因みに担任ではなく社会科の先生。俺はこの先生の事は結構信頼している。
「勝手な事を言わないでください!結局この子たちに戦争させようってことでしょう!そんなの許しません!私たちを早く帰してください!ご家族も心配しているはずです!あなた達のやっていることは」
「先生、今は抑えて。下手を打つと最悪の事態になる。」
「北斗くん……でも!」
「俺の叔父が言ってました。誘拐されたなら、相手の戦力と力量が分からない限り行動を起こしてはならないってね。まぁ、もう言っちまった事だし折角だから聞くか。イシュタルさん、そこのところどうなんです?」
そう俺が聞いた瞬間、教皇の顔が少しだけぴくっと動いた。内心物凄いイラついてるんだろう、だがそれを表には出さずに受け答えしてる分確かに教皇の器程度はありそうだ。
「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です。」
「あぁ……でしょうね。」
「知っててお聞きになられたのですか?」
「どうもこうも、考えればわかりますよ。」
生徒全員がショックを受けた様だ。しかし、俺としては予想外ではなく、むしろそうであって当然とまで思っていたから受け流す事ができた。
「何せ召喚、なんて事されましたから。御宅の神サマ……エヒト様でしたっけ?はどうやら人間族に対して入れ込んでる……と言うよりこちら側の神と見受けられる。そんな神サマが人間族の最大戦力をみすみす逃す訳……ありませんからね。」
俺がそう言うと、周りの生徒が次々と騒ぎ始めた。そりゃ俺だって帰りたい気持ちはある、だがそれをここで騒ぎ立てても状況は好転しないのである。ならばこれからどうするかを考えた方が得策ではある。しかし、それを考える前にテーブルをバンッと叩く者が居た。天之河だ。
「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は戦おうと思う。この世界の人たちが滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんてできない。」
何を言っているのか。確かに俺も同族である人間が死にゆくのを指を咥えてみているのは目覚めが悪い。だが、やる事は結局戦争なのだ。恐らく魔人族とて人のなりをしている事だろうし、そこでブレーキが掛かる事は明白である。
「俺は戦う。人々を救い、みんなが帰れるように。俺が世界もみんなも救ってみせる!」
「救う……か、全部。」
天之河の心持ちは素晴らしいものである。それ故に反吐が出る。皆を救うと言いながらそれは果たして本当に皆なのだろうか。彼は正義に囚われて大切なものが見えていない。そう、他人にも自由があるという事。誰が何をしようとも、それが彼の思う悪であれば彼はそれを真っ先に止めてしまうのだ。その一つが、サブカルチャー。よって俺やハジメ、清水は彼の事をよろしく思ってないし、恵理さんも叔父の事があるから彼を嫌っている。
気が付けばここに居る奴らの殆どが天之河の言葉に賛同していた。しかし、俺としてはただで賛同させるわけにもいかない。
「……お前ら、別に俺は止めはしないが先に言っておく。やるからには責任を持てよ。良いな?」
その言葉に頷く者は多いが、その真意を理解する奴はその中にはいないだろう。そして、満足そうに頷きながら俺を注視しているイシュタル。クラスのリーダー的存在と、危険人物を見分けた様だ。まぁ、俺が危険人物なのはそうだが、天之河の御し方をすぐに勘付かれたのはかなり痛い。ハジメも考えた事は同じ様だ。溜息を心で吐きながら、皆を止めようとする畑山先生を見ていた。凄く不憫だなぁ。
神山とか言う教団の本拠地からハイリヒ王国の王宮に向かった俺たち。既に受け入れ態勢は整っており、そこで俺たちは訓練をするのだとか。まぁ戦うと言ったのだからそれ相応の訓練はしなければならない。
……あと国王に謁見したが国王より教皇の方が権力が上なのがマジで危ない。それと異世界でも人の持つ魅力というのは共通であったらしい。白崎が国王の息子のランデル王子からアプローチ受けまくってたからな。流石に10歳だし、白崎は白崎でハジメに一途だしでこうかはないようだ……
あと飯。飯は確かに美味かったが皆暴飲暴食しすぎである。んで、俺はその食事の最中にハジメ、そして清水にさりげなく話しかけた。
「……大丈夫かお前ら。」
「なんとか……」
「俺もなんとかって感じだ。」
「これからだが……まぁハジメはいつも通りだとして、清水。こっから戦争が始まる。お前は天之河と俺、どっちにつく?」
「当然北斗だ。だってよ、お前の方が慎重だし天之河より強そうだしな。」
「ならいい。部屋は割り当てられてればどこ使っても良いんだろ?なら三人部屋の方が良いし、行動するにも三人一緒の方が良いか?」
「そうだね……でも、最初に知識を詰め込んだ方が良さそうだしなぁ。」
「己を知り、敵を知れば百戦危うからず。」
「孫子だったか?」
「そうだ。あー……俺もう一人話さねぇといけねぇ奴いたな。」
「中村さん、だったっけ?」
「一応叔父さんの養子だからな、こっちも面倒見ねぇといけねぇ。」
「今行って来いよ。早い方が良いだろ?」
「いや、ここじゃこの後呼び出す程度に済ます。」
「?……まぁ良いけど。」
そうして俺が飯を程々にして食い終わったとき。
「中村さん。この後ちょいと良いか?」
「……分かった。」
「え、え?もしかして北斗くんと恵理ちゃんの関係ってそういう関係!?付き合ってるの!?」
「そんな訳ねぇだろボケ口。血が繋がってねぇいとこみてぇなもんだ。」
「鈴をボケ口って呼ぶのひどくない!?」
「今のは鈴が悪いでしょ。」
「エリリンまでぇ……え、そんな仲悪かったっけ?」
「プライベートな問題だからな、これ以上踏み込むなよ。」
そう忠告し、俺はこの部屋を後にした。ハジメと清水はもう部屋に行っている様だ。情報の乱流を感じながらも、俺は恵理さんを待つ事にした。
「来たか……って谷口さんも居るのか。」
「良いでしょ、私の親友なんだから。」
そっけなく言う恵理さん。彼女がいいなら別に構わないが……
「大丈夫かお前。叔父さんはここには来れねぇぞ。」
「分かってる。」
「とにかく、お前はここでちょいと叔父さんから離れて自立せんといかん。」
「叔父さんって?」
「あー、まぁ言っちまえば俺の街に居たやくざの元会長だよ。俺はその甥っ子で、コイツがその養子。」
「えぇ!?え、二人ともそっちの道に行くの!?」
「いや行かねぇよ。行こうとしてもその叔父さんにぶん殴られて止められるから。」
ボケ口の早とちりに辟易しながら、彼女の様子を見る。一応今は落ち着いている様には見えるが、その実不安で心が圧壊しそうだろう。
「とにかく、もししんどくなったら俺を頼れ。そうすりゃ―」
「誰がアンタに頼むもんか。」
そう言い、彼女はこの場を去って行ってしまった。
「あ、おい!……ったく。」
「え、ホントに仲悪いの!?」
「まぁな……その叔父さん絡みでな……」
「え?」
そう目をぱちぱちとさせる谷口。さっき初めて聞いたなら、それは確かに知らないのも無理ないだろう。
「アイツな、叔父さん……つまりアイツから見た親父に恋しちまってるんだよ。」
「え……え!?禁断の恋!?」
「血は繋がってねぇけどな……とにかく、俺はその叔父さんから色々と手塩に掛けて貰ってる。叔父さんが入れ込んでる俺に対して良い感情は抱かねぇ。」
「独占欲……ってやつかなぁ?」
「それは知らん。が、とにかく俺を頼れっつっても全く聞かねぇか。ここで谷口さんが来てくれてたのは何の計らいか……」
俺がどうも出来ないなら、一番仲の良い奴に頼むまで。頼まずにひどい結果になる位なら、恥も外聞も捨てた方が身のためだ。
「谷口さん、アイツの事任せても良いか?」
「何をすればいいか分からないけど……頑張ってみるね!」
「頼むぜ。アイツが居なけりゃ叔父さん悲しむからな。」
無論、それは俺にも当てはまる……がな。
今日は本当に疲れた、早く部屋に帰って休む事にした。尚、緊張やらアドレナリンのせいでろくに眠れなかった。