DIARY OF MERCENARIES: THUNDER RUNNERS 作:コルディアムに脳を焼かれた阿慈谷ヒフミ
「シンガポールで対艦ミサイルをぶっ潰して、トゥームストーンをヴァルキリーまで引っ張ってくる。それだけのはずだったんだ」
「だが、最後のトゥームストーンを回収するとこで捕まっちまった」
「捕まったあとは酷いもんだったよ。スタンガンに水責め、拷問のオンパレードだ」
「体にはまだその時の傷が残ってる。需要はないから見せないけどな」
崑崙山脈
OPERATION:NONE
July 14, 2020 0853
Place:26th Military Camp, Kunlun mountains
脱出しろ
ルイス・“エレステナー”・コール少尉
囚人番号255705
非契約兵
水責め、スタンガン、それに理不尽な暴力──
このクソッタレ軍事収容所にぶち込まれてからはその毎日だった。もう何日になるか、分からない。独房に入れられて、飯のひとつも与えられない日もあった。
またあの
「255705、お前の上海の任務はなんだ!?」
水をぶっかけながら聞いてくる。んな事聞かれたって知るか。そもそも上海なんてここ数年行ってない。
「クソ冷てぇ...」
「お前の任務はなんだと聞いている!」
「グハッ...。だから何度も言ってるだろうが!俺はルイス・“エレステナー”・コール、アメリカ海軍と契約してたPMCで上海なんてここ数年行ってねぇ!」
「航空兵の癖に随分と口を割らないな、少尉?こいつはどうだ?」
そういうと、あのクソ野郎を俺の服を脱がし、アホみたいに冷たい水を掛け、スタンガンを直接押し当ててきた。
「ああああ!!!はぁ、はぁ、はぁ...」
「話せば楽になるぞ?」
「知ら...ねぇ...ことを...話せるか...」
「どうしても話したくないらしい、なっ!」
「うがっ!」
ボハイは俺を蹴り飛ばすと、クソ気持ち悪い高笑いをした。
「クソッタレの...サディスト野郎が...」
「そんな口を聞くのか、少尉?...はぁ、今日はもういい。せいぜいゆっくり眠ればいい、エレステナー」
そして、スタンガンを取り出すと、今日2回目の電撃を食らわせて来た。1回目とは違い、長時間の電撃を食らった俺は、意識を手放した。
「...ほう。面白い人間が来たもんだなぁ」
意識を手放してどれくらい経ったか。それさえ分からない俺の耳に、男の声が聞こえてくる。中国訛りの英語。俺に向けて言ってるのか...?
「アメリカ海軍のPMCか。なんでそんなのがここにいるか、分かったもんじゃないが」
「あんたは幸運だ。俺と同じ部屋にいるんだから」
「起きてくれ、
その声を聞き、目が開いた。汚い壁に、2段ベッド。クソ収容所の、クソ部屋。何とか手をついて立ち上がると、目の前には中国人の顔があった。この収容所にいる人間だというのに、その目には燃え上がる闘志を感じた。
「起きたな、ルイス」
「あんたは...?」
「そうだな...。俺のことは、フリーマンとでも呼んでくれ。自由のために戦う戦士だ」
フリーマンと名乗ったその男は、次に、俺はこのブロックの地下組織のリーダーだと名乗った。
「待て待て。地下組織?どういうことだ?」
「ここは中国、
「崑崙山脈だと...?」
俺の記憶が間違ってなきゃ、俺がやられたのはシンガポールのはずだ。崑崙山脈なんて、中国大陸の内陸部じゃないか?
「ああ、あんたはシンガポールから来たんだってな。看守連中の話を盗み聞きした。何をしたんだか全く知ったことじゃあないが、今は戦争中だと聞く。多分、あんたは戦争捕虜だろう。もっとも、ただの捕虜ではないと見たがね」
そりゃそうだ、ただの捕虜なら拷問食らう筋合いは無い。間違いなく、俺はただの捕虜としては扱われちゃあいまい。
「で、だったら俺はなんでぶち込まれてんだ?中国でその『政治犯』だとか呼ばれることをした覚えはないんだが」
「そーだな、ここは俺らみたいな連中以外にも、軍隊関連でヤバいことをした奴も放り込まれてる。あんたみたいな、ただの捕虜じゃない人間を突っ込んどくにはおあつらえ向きの場所だ」
「なるほど、で、ミスター・フリーマン、あんたは何やった?」
「この牢屋みたいな国で、自由を叫んだら、ここにぶち込まれたってとこだ。周りのぶち込まれてる連中も同じようなもんだ」
「つまり、その地下組織とやらは、民主派の『政治犯』が集まってできてると?」
「ああ。目的は、ここからの脱出だ。大切なことだから2回言うが、あんたは幸運だ」
「地下組織のリーダーの所にぶち込まれたからか?」
「それもある。だが、それ以上に、最高のタイミングで来たって事が理由だ。少しタイミングが違ったら、あんたはこの牢獄の底で一生臭い飯を食らうことになってただろうさ」
「...最高の、タイミング?」
「じきに分かる...。戦いに備えろ」
そういうと、フリーマンはベッドに座り込み、ぶつぶつ独り言を言い出した。
にしても、戦いに備えろだと?反乱でも起こすのか?それにしては、肝心のリーダーが何もしてないが。あれか、部下に全部やらせるタイプか?だとしたら、俺の気に入らんタイプだ。
「ああそうだ、こいつを渡さないと」
「...?」
ふと何かに気づいたような顔をしたフリーマンは、床に伏せてベッドの下に手を突っ込んだ。何かを探るかのように手を動かした末に、あった、と声を上げた。
「ほら、これだ」
「こいつは...?」
見たところ、スプーンの柄のような金属の先に、ドライバーの芯がテープで括り付けられていた。研がれたのか、かなり鋭利になっている。少なくともただのドライバーじゃあるまい。
「何年もかけて、看守からくすねて来たものを組み合わせた。本当は俺が使おうと思ってたんだが、もう何年も兵隊やってない俺より、あんたの方がいいだろう」
「兵隊...?」
「おっと、その事を追求するのはナシで頼むぜ、ミスター。人は誰しも秘密を抱えてるんだ」
そういうと、フリーマンは今度はベッドに体を投げ出し、上を向いてまた独り言を始めた。
変な男だ───そう思った時、俺の後ろで金属が軋む音がした。
目の前のフリーマンが目を見開いて、飛び上がる。つられて後ろを見ると、扉が開いていた。
「一体何が起きた?」
「やったぞ!あいつが、あいつがやったんだ!」
「おい、あいつって誰だ?」
「偉大なる協力者ってとこだ!さぁ、行くぞ!自由を求めてな!」
そう言って、フリーマンは俺の手を引いていった。周りの独房でも扉が開いており、囚人が大騒ぎを始めていた。まるでお祭りみたいだ。
「なぁフリーマン、ここからどこへ行くんだ?」
「この階層から1階下に行った所に武器庫がある。そこで俺やあんた、それに仲間たちの武器を集める」
そう言ってフリーマンは通路の奥の扉へと歩を進めていった。大騒ぎしている囚人達も、フリーマンが通ると皆道を開けた。
「フリーマン、あんたがリーダーっていうのは本当らしいな」
「当たり前だ、嘘はつかない」
フリーマンは俺の手を引いて奥の扉まで進んでいき、いざ開けようという時だった。物音が聞こえた。
「待てフリーマン。物音だ」
「クソ、看守共のご来店って訳だ。客は何人いそうだ?」
「1人だな。俺たちなら制圧は難しくない」
「分かった、どうすればいい?」
「フリーマンは囚人の中にでも紛れてろ。俺はドアの死角でも隠れてよう。奴が入ってきたら、このドライバーでズブリだ」
「俺の傑作が活きるな」
フリーマンはそういうと、言われた通りに囚人の中に紛れた。俺はドアが開いた時に横からズブリと行く。スライド式のドアだから、本来なら入ってきたらすぐバレるが、恐らく入ってきても目の前の光景に釘付けになるだろう。
足音がだんだん近づいてくる。なかなか焦って走っているらしい。上等だ、視界が狭まってくれるのは好都合。
──開いた。ドアが開き、看守が1人入ってくる。
『おい囚人ども、早くもど...』
開口一番、中国語で叫ぶ看守の首に、まずはドライバーを横から1突き。すぐに抜いて再度前から首に突き刺す。止めの一撃は目ん玉だ。両目に突き刺して、念の為にドライバーをひと回しする。抜いた時には、既に看守は血を流すだけの肉塊に成り下がっていた。
「静かに仕留められたんじゃないか?」
「...あんた、恐ろしいな。ただの兵隊じゃねぇだろ」
「残念、コントラクター経験はまだ半年もない」
「生まれついての戦争のプロってとこだな...ほらよ」
フリーマンは若干引きながら、看守が持っていたSMGを俺に投げつけてきた。いやまぁ、引かれるだけのことをした自覚はある。でも何分止めは確実に刺したい性分なんで、許してくれ。
投げ渡された銃の側面を見る。刻印には、『JS QCW-05』と書かれていた。05式消音短機関銃か。看守が持つもんじゃあねぇな。
「銃はあんたにやる。代わりに
「ん、ほらよ。予備マガジンはあるか?」
「1個だけだな。無駄撃ちには気をつけろ」
「言われなくとも」
「よし、行くぞ。おい、お前たち!俺はこれから武器庫を開けてくる!それまで待っててくれ!」
フリーマンが囚人たちに呼びかけた。看守の死体は適当に退かしといて、野郎が上ってきた階段を降りていく。
「なぁ、武器庫とやらはまさか下に降りてすぐある訳じゃないよな?」
「流石にそこまで楽じゃあない。この扉を抜けた先にいくつも扉がある。そのうちのこっちから6番目の扉に入ると、まぁまぁな長さの通路があって、そこから中央の監視塔まで続いてる。その通路の右側の13番目の扉を開けた先に武器庫がある」
「聞いた限りだと楽そうに思えるが」
「そうは問屋が卸さないんだ、これが。武器庫を開けるにはカードキーが必要なんだが、生憎とまだ持ってない。なんとかして看守を倒して奪わないと」
フリーマンが言い終えた瞬間、銃声が聞こえた。それも複数。銃撃戦か?
「マズイな、あいつがおっぱじめやがった」
「例のミスター・協力者様か?」
「あいつなら生き残れると信じてるが...早く行かないと」
フリーマンが扉を蹴り開ける。蹴りあけた先に、看守がいた。音に気づいてこちらを向いてきた。
「マズイ、撃て!撃て!」
急いで看守に向けて発砲する。5発ほど撃ち込んでノックアウト出来た。
「今のでバレたと思うか?」
「この銃撃戦だ、サイレンサー付きのSMGをぶっぱなした位じゃ気づきもしない...っとと、こいつは美味しいな」
死体を漁ってたフリーマンが声を上げる。
「何を見つけた?」
「武器庫のカードキー...。こいつの入手が最大の問題だったんだ」
そういうと、フリーマンは『16』と書かれたカードキーを見せてきた。
「なら早く行く他ない」
「ああ。6番の扉は...こいつだ!」
フリーマンが6番目の扉を蹴り開けると、聞こえてきた銃声が一気に大きくなった。目の前には監視塔がある。どうやらあそこでやり合ってるらしい。
「やっぱりな。牢屋の扉を開けるためには監視塔に向かわないと行けない。その監視塔で銃撃戦ってことは、やっぱりあいつと看守がやり合ってることになる」
「撃ててるうちはまだいいだろ。看守の気が向いてるうちに、とっとと向かおう」
ダッシュで13番目の扉に向かう。扉を開けた先には、明らかに今までとは作りが違う、重厚な扉がそびえていた。扉番号は16。
「ここに来るまで、長かった。もう何年経ったか...。自由のための力を手にする時が、今ここに来たんだ」
そう言って、フリーマンは感慨深そうな顔でカードをリーダーにスライドさせる。カードリーダーが緑に光り、ピロンと音を鳴らしてロックを解除したことを伝える。
「さぁ、お待ちかねの武器庫だ」
フリーマンがそう言って開けると、目の前には大量の武器の山があった。
「こいつは...!」
「QCW-05にショットガン、さらにQBZ-95まで...」
「やったぞ、宝の山だ!」
宝の山には弾もあった。QCW-05のマガジンもあるだろう。他に何かないか探し出そうとして、ロッカーを開けた時だった。
「おーいおいおい...。俺の宝をこんなところに置いてたのか...」
俺の声に、武器を漁っていたフリーマンが顔を上げる。
「どうした?」
そこにあったのは。
「俺がシンガポールにいた時に付けてた装備。MSVやSR-16、グロックに防弾プレート。それにC4の起爆装置まで、ひとつ残らずある...」
「お手軽兵隊セットってとこか。てことは」
そう言って、フリーマンは隣のロッカーを開けた。
「やっぱりな...。M240に、詳しい型式は分からんが、プレートキャリアやらなんやらが全部ある」
M240。トゥームストーンのアイリッシュを思い出す。そういえば、彼も俺と同じくぶん殴られてた。もしかしたら、ここにいるかもしれない。
「まぁいい...。使い慣れた銃があるんなら、これほどいいことは無い。全部装備していこう。中国軍のグレネードも拝借してくか」
「一気に兵隊感が増すな」
プレートキャリアを着込み、プレートを挿入し、ライフルに弾を込める。耳にはTCAPSを忘れずに。
「ルイス・“エレステナー”・コール、軽歩兵バージョンの爆誕って訳だ」
「看守なんか楽に蹴散らせそうだな」
さて、とフリーマンが言った。
「俺はアイツらをここに連れてきて、武器を持たせる。ここでお別れだ。M240以外にも、Mk11があった。きっと、あんたの仲間がいるはずだ。あんた以外にもアメリカ人がいるっていう話は耳にした」
フリーマンが名残惜しそうに言った。たった数分しか一緒にいなかった筈なのに、長年の友と別れるような、そんな気分に俺もなった。
「自由のために、か。頑張れよ」
「ああ。生きて脱出して、自由を掴み取るさ」
「ああ。...そうだ、最後に名前を教えてくれ」
「言ったろ、俺はフリーマン。それが名前。自由の為に戦う戦士だ。本名に特段の意味は無い、そうだろ?」
「生きて帰って、また会おうと思った時に名前が分からんかったら話にならんだろ?」
「その時は俺が会いに行く。心配すんな。ルイス・“エレステナー”・コール、アメリカ人。忘れもしないさ」
生き残れよ、兄弟──
そう言って、フリーマンは俺たちが来た道を戻った。
「自由の為に戦う戦士、か。俺らみたいな戦争屋とは話が違うわな」
最後の装備のナイフを収めながら、独りごつ。信念のために戦う人間。そういうのを冷笑していた節が俺にはあったが、フリーマンを見ると、そんな人間をとても冷笑する気にはなれなかった。
未だ銃撃の続く中央監視塔への道を走っていく。奥に1人。そいつを撃つ。サプレッサーの恩恵か、他の看守にはバレていないようだった。
続いて1人、また1人と撃っていく。最後までバレることはなく、やがて銃声は止んだ。監視塔を見上げると、そこには囚人服を着た、見知った顔の男がいた。
「レッカー!」
その声に気づいたレッカーはこちらを向いた。相変わらず何も言わなかったが、あいつはすぐに降りてきた。...別の男を連れて。
「生きてたかレッカー!会えて嬉しいよ!...で、その男は?」
「それはこっちのセリフだ。軍曹、彼は知り合いか?」
レッカーはその問いに首を縦に振るのみで答えた。
「俺は、ルイス・コール。階級は少尉のPMCで、アメリカ人」
「PMCがなぜここにいる?それより、アメリカ人というよりかはアジア系の見た目だが」
「色々あったんだよ...。それよりレッカー、来てくれ。お前の着けてた装備が丸っきり向こうにある。案内するぞ」
普段感情が表に出ない──1日くらいしか一緒にいなかったが、多分そうだろう──レッカーが、珍しく驚いたような顔をした。が、すぐに元に戻った。
3人で武器庫の所へ向かう。フリーマンはアイツらを連れてくると言っていたが、もう既に大半の武器は持ち去られていた。銃撃戦をしてる間に持ち去ったらしい。ただ、ロッカーの中にあったM240などには一切手が付けられていなかった。
「フリーマンに感謝、だな」
「フリーマン?お前はあいつを知っているのか?」
「房から逃げる時に手伝ってもらった。あんた、あいつの言ってた『協力者』だろ?」
「フリーマンがお前に何を言ったのかは知らん。だが、軍曹と共に監視塔から房のロックを解除した」
「やっぱりな、あんたが協力者だ。で、名前は?」
「通りすがりのロシア人だ」
なんだそりゃ、と呆れてレッカーの方を見ると、既に全ての装備を整えたようだった。手にはMk11が握られている。さらに言えば、俺の目が腐ってなければの話だが、M240を背負っていた。
「なぁレッカー軍曹。まさかコマンドーみたいなことする気じゃないだろうな?」
レッカーが頷く。
「じゃあ何のためだ。アイリッシュに渡すのか?」
そう聞くと、またレッカーは頷いた。いやよく持てるな。
「ま、とやかく言う気は無いが...」
ここからどこへ行く。俺が呟くと、ロシア人が口を開いた。
「さっきの監視塔から伸びる通路のひとつに、エレベーターシャフトへ続く道がある。そこを行け。案内するぞ」
そういうと、彼は走り出した。
「嵐を起こすぞ!」
監視塔の横を通り抜け、ロシア人が指差した通路の入口に入る。にしても趣味が悪い入口だ。なんで毛沢東のポスターが貼ってあるんだよ。これだからアカは良くない...
「パック!どこだ、パック!」
久方ぶりに聞いた声が聞こえる。アイリッシュだ。
「聞こえたか、軍曹?アイリッシュの声だ」
「扉が閉まってるぞ」
「開けてくれ、レッカー」
格子戸の奥には、アイリッシュがいた。中国の看守に襲われている。
「またアメリカ人か」
ロシア人が呆れたように言った。一方のレッカーはMk11で看守を撃ち倒した。死体に乗りかかられる形になったアイリッシュが、死体をどかした。
「アイリッシュ!」
「エレステナー、生きてたのか!空港で吹き飛んでたから死んだかと思ったぞ」
「簡単には死なないぞ、っと。レッカー!」
勝手に人を殺すなよ、アイリッシュ。あまりに酷くないか。それはそれとして、レッカーを呼ぶ。なんで呼んだかは分かってたらしく、背負っていたM240をアイリッシュに渡した。
「なんでレッカーがこいつを持ってんだ?」
「武器庫から奪ってきた」
「何してんだ、レッカー...」
武器庫開けたの俺とフリーマンなんだが。まぁ言う必要もないか。
「行くぞ!」
「待て、パック?パックは?置いてくなんてできるか」
「行くぞ。ついて来い。さぁ!」
ロシア人が行くように言う。アイリッシュの叫びには耳も貸さず。多分、パックはここにはいない。しかし、無視されたアイリッシュは不服なようだった。
「パックは?奴らどこに連れてきやがった?」
「お前何を言っているんだ?この先にエレベーターがある。脱出方法はこれだけだ」
「パックを置いて行けねぇよ」
「いいか!俺はこんな所で死ぬ気はない!残りたいなら好きにしろ」
ロシア人がさっきより語気を強めて言う。アイリッシュも言い返そうとしたが、俺が肩に手を置いてそれを止めた。
「落ち着けアイリッシュ。多分、パックはここにいない」
「なんでそう言い切れるんだ」
「武器庫にあった俺たちの装備は、ロッカーに収められてた。他の奴とは違ってな。ロッカーに収められてたのは3人分。俺と、レッカーと、それにアイリッシュ、あんたの分だ。パックの銃は?」
「M16A4...」
「少なくとも、M16A4はなかった。おそらく、ここにはいない。まずは脱出を優先しよう」
そういうと、渋々ながらアイリッシュは納得したようだった。納得してくれたならいい。
エレベーターシャフトへ通じる通路は、もう目の前にあった。既に武器を持った囚人が数人、そこにいた。さっきフリーマンと脱獄した時に見た奴はいない。俺たちがいたところとは別のブロックの連中だろうな。んで、ここを直進すればエレベーターだ。そこを昇れば自由は俺のものとなる。まぁ自由が簡単に手に入ったらなんの苦労もないわけで。つまりどういうことかと言うと。
「やっぱりいるかぁ...」
「敵か?」
「ああ、ミスター・ロシアン。看守が何人もいやがる。仲間はいるが」
囚人の方を見る。正直戦力として数えられるかは怪しい。このロシア人は多分戦えるクチだろう。まぁ戦力として含めたとて、結局4人しかいないが...。
「ここを通る他ない。奴らを倒すぞ」
「オーケー、ロシア人。レッカー、合図してくれ」
アイリッシュが言うと、レッカーが頷いた。頷くが早く、指を連中に指した。攻撃の合図だ。
「了解、軍曹!撃ちまくれ!」
「トゥームストーンのお通りだ!」
最初に射撃したのは俺だった。後ろを向いていた看守をまずはぶち抜き、続いて遮蔽に隠れようとした奴を倒す。戦力として数えられるか怪しかった囚人達も、アイリッシュと共に制圧射撃を加えてくれた。当たらんくても、相手の頭を出さずに済むだけでも助かる。
「なぁ軍曹、あのドラム缶撃ったら面白いことになりそうじゃあないか?」
俺が指差したドラム缶は、あからさまに燃料が詰まってそうな見た目をしていた。普通なら間違っても撃たないようなドラム缶。しかし、戦闘においてはこれも武器となる。
軍曹が何発かドラム缶に撃ち込むと、遮蔽に隠れていた看守が数人吹き飛んだ。それにビビったのか他の看守もめちゃくちゃに撃ち返してきたが、そんなものが当たるはずもなく、むしろこちらに撃ち倒されるだけになった。アホか。
「クリア!」
「ふん、あっけないな」
ロシア人が余裕こいて言う。まぁ軍隊経験ある俺らに比べちゃ、看守なんざ赤ちゃんみたいなもんだ。俺は新兵もいいとこだけどな!
「あれが、エレベーターだ」
俺たちが目指したエレベーターが、そこにあった。ロシア人は見たところ何年もぶち込まれてたらしい。ここを昇るのは、なかなか感慨深いんだろうな。
「この道で本当にいいのか?」
「そうだ」
「どうして助けてくれるんだ?」
アイリッシュが矢継ぎ早に疑問を投げかける。最後の質問には、ロシア人は少し間を置いて答えた。
「いや、助けられているのは俺だ。お前たちがいなければ、ここまで来ることも出来なかったはずだ」
「お互い様ってことだな」
「そうだな、少尉。よし、アメリカ人、エレベーターを昇るぞ」
ロシア人に言われ、レッカーがエレベーターのレバーを操作する。よし、例の囚人達も着いてきてるな。ここまで、長かった。
「...このシャフトを降りてから随分経つ。レッカー軍曹、このアメリカ人は相棒だろ?大丈夫か?」
レッカーが頷く。俺もアイリッシュのことは少しは知っている、俺も頷いておくか。
「少尉、お前もこの男を知っているのか?」
「ああ。つい何日か前に命を助けられた。そこの、レッカー軍曹にもな」
「俺もお前も、軍曹やこのアメリカ人に命を助けられているな」
全くだ。タイタンの時といい、トゥームストーンには感謝しかない。
「うう、クソ寒い。ここは、シンガポールだろ?」
アイリッシュがロシア人に聞いた。そうか、アイリッシュはここが崑崙山脈にあるなんて知らないのか。
「はは、ジョークか。面白い奴だな...ケホッゴッホ...」
こんな所でまともに治療が受けられるはずがない。ロシア人がどんな病気か知らんが、咳が辛そうだった。ここから出て、全てが終わったら病院にでも連れてくか。
「俺はアイリッシュ...お前はレッカー...こっちがエレステナー...。パック...ああそうか、パックはいないのか...」
「何が、起こっている?なぁ、見当もつかんか?」
囚人にロシア人が問うたが、囚人は中国語でなにか返すだけだった。俺も中国語が分かれば良かったんだがな...。
「知らんようだな。すぐに分かるさ」
収容所の奥底にぶち込まれてたはずにも関わらず、ロシア人はこの戦争について何か知っている素振りを見せた。
「なぁ軍曹、ロシア人は何か知ってるのか?」
小声でレッカーに聞いてみたが、首を横に振るだけだった。フライトシューティングゲームの主人公かよ、レッカーは。
そんな事を思っていたら、エレベーターは上階に着いたようだった。ただし、自由はやはり簡単には得られないらしい。どうやらすぐに出口、という訳には行かないようだ。死ね。さっさと家に帰らせろ。
「先に行かせよう。弾除けだ」
いやロシア人意外とやばいこと言うな。ドアを開けて、囚人を先に行かせながら言うことかよ。言うことかもしれねぇ。でもやっぱ普通は言わねぇよ。
「早速銃撃戦か...」
「のんびりは出来ないぞ、海兵。出口は近い」
「分かってる、ロシア人」
エレベーターが着いた先は荷物の集積場らしい場所で、荷物やらトラックやらが大量にあった。すでに囚人の一部が交戦を始めていた。俺達も続くべきだな。...そして、トラックが通るであろう、集積場の中央にある通路の先にあったのは。
「おっと...あれは」
「どうした、エレステナー」
「見ろ、アイリッシュ。あそこだ。ゲートがある。連中片付けて、さっさとこんな寒いとこからはおさらばしようぜ...!」
希望を得たのも束の間、看守が続々とやってきやがる。無視出来ればいいんだが、そういう訳にも行かんのがなぁ。
「気をつけろ、レッカー。援護するぜ」
「軍曹、前へ出すぎだ。少し戻った方がいいんじゃないのか?」
前へ出ていったレッカーを引き止める。すぐにこっちの方へ戻ってきた。ここで死なれたらさすがに困る。
「メインゲートが開いてる、急ぐぞ!速く、確実に動け!」
「はっ、ロシア野郎は随分とご存知のようだ!」
「話をするのはここを出た後だ、アメリカ人!」
「何とでも言え、イワンが」
「落ち着けよ、アイリッシュ」
なんだか知らんが急にアイリッシュがロシア人に悪態をつき出した。信頼できるかどうかはさておき、ロシア人の協力がないことには出るのがキツくなりそうなのは確か。アイリッシュさんや、少々落ち着いてくださいな。
「まずは1人、続いて2人、と」
「銃の腕前もなかなかだな、少尉」
「そっちもだなロシア人。さては元軍隊だな?」
「何とでも思うがいいさ...」
「じゃ、俺の中じゃ適当にスペツナズ辺りと思っとくかな」
ロシア人は何も返さなかった。まさか図星か?だったら尚更機嫌損ねちゃいかんな。実際、たった今も看守2人をかなりの速さで倒していた。ただもんじゃああるまい。スペツナズだったら納得ってもんだ。...まぁスペツナズって兵隊の中じゃ中の上くらいらしいが。もしかしたらスペツナズだったのは元で、その後別の部隊に引き抜かれたのかもしれん。知らんが。
「おっと、危ねぇ!弾がかすった!」
「上から来てるぞ!」
「排除するんだ!」
今度は上か。虫みたいにうじゃうじゃと...!撃ち下ろされるんじゃ分が悪いが、じゃあ昇ろうとなるとハシゴを使うことになる。使ったら、その間に撃たれてこの世から永久ログアウト確定だ。分が悪かろうが下から撃たなきゃならん。まずはこちらに近い方から。3発撃ち込んだら倒れた。奥にいる奴は柱に隠れた。彼にはグレネードをプレゼントしよう。投げ物の訓練は得意じゃあなかったが、意外とどうにかなるものらしい。
「隠れてたやつは吹き飛ばした!」
「まだ敵はいるぞ...って、嘘だろう!?」
「どした、ロシア人?」
「クソ野郎、ゲートを閉めやがったぞ!」
「なんだってアイリッシュ、冗談はここを出た後でいくらでも聞いてやるぞ...ってガチじゃねぇか!」
「どうやって脱出するんだ!?」
「いや、落ち着け。ゲートの横にコントロールルームがある。あそこに向かうぞ!」
どうやらロシア人は本当によく知っているらしい。常々、味方でよかったと思う。こういうのは年季の入った知識ってことかねぇ。
いかんいかん、考えてる場合じゃない。敵はまだ何人もいる。サイトを覗き、敵に弾を当てることに意識を集中させる。1発。倒れ...いや、まだ動く。往生際の悪い中国人め。頭をよく狙って撃つと、そのまま倒れ込んだ。バイバイ。
「おい、そっちはどうだ!」
「アイリッシュ、こっちは1人やった!そっちは?」
「レッカーがあらかた片付けた!」
「よし、行くぞアメリカ人!あのゲートを開くんだ!」
ロシア人の掛け声に合わせて、コントロールルームに向かう。コントロールルームには人影はなかった。代わりに監視カメラの映像が数多く映し出されていた。
「なぁミスター・ロシアン、このゲートはすぐに開くのか?」
「いや、少し時間がかかる。心配ない、俺に任せろ」
「こいつが上手くいくといいが。なぁ、レッカー?」
アイリッシュが疑いを向ける中、ロシア人はキーボードをおもむろに叩き出した。少なくとも、俺に出来ることはなさそうだ。待つこと数十秒。キーボードを叩き終えたロシア人が感慨深そうな声で呟いた。
「この日を...俺はずっと、この日のことだけを考えてきたんだ...。ゴホッゴホッ...。体はもう、ボロボロだ」
彼に、何があったのか。下で通りすがりのロシア人としか言わなかった以上、俺たちに教えてくれそうもないか。フリーマンといい、過去を隠したい人間ばっかり出会うな...。
なんて、場に合わないようなことを考えていたところに、中国語の無線が聞こえてきた。...コントロールルーム内のスピーカーからだ。
「おい、今のなんて言ってんだ?」
「ヘリコプターだ!連中の増援が来るぞ!ゲートを動かすまで時間がいる」
ロシア人が言い終えてすぐ、ヘリのローター音が聞こえてくる。...過重労働にも程があるんだが。もう戦いたくないんだが??
「聞こえるかレッカー?ヘリだ!」
「アイリッシュ、それにレッカー!戦いは任せた!」
「何言ってんだコール!?お前も戦うんだろうが!」
アイリッシュが言うと、隣にいたレッカーが無言でグレネードランチャーを押し付けてきた。...なんでM320があるのかはもう突っ込まない。そんな気力もない。もうなんとかなれーッ!
「奴らがすぐに来るぞ!備えろ!クレイモアでも何でも使え!」
「はいよー...」
このやる気のなさで戦争していいのかについては大いに議論があるだろうが、俺にとってはもうどうでもいい。M320にグレネード弾が装填されていることを確認。敵が来るはずの所は...恐らく、屋根が一部無くなっている所からだろう。それ以外に来ようがない。撃ち方?そんなもんゲームで習った。詳しいことは知らん。大概こういうのは引き金引けばどうにかなるようになってるもんだ、多分。
クレイモアを置いているレッカーから予備の40mmグレネードを貰ったりして、あらかたの準備を終えた時には、ローター音がほぼ真上から聞こえてきていた。見上げると、ヘリが屋根のないところでホバリングしていた。
「来たぞ、ヘリが上空にいる!」
機数は...3機か。まずいな、ローターがあるから当たり前のことだが、それぞれ距離を離してホバリングしている。手前の1機になら当てられるだろうが、照準器があるとはいえど、撃ったことのないランチャーで奥の2機に当てられるかどうか──
「クソ、やばいってもんじゃねぇぞ!」
思考の沼にハマっていた俺を引きずり出したのは、アイリッシュの叫ぶ声とヘリのドアガンの発砲音だった。よりによってガトリングときた。たかだか4人にガトリング付けた汎用ヘリ3機を持ち出すか普通!?物陰に隠れてたからいいものの...
「ええい、これでも食らってろ!」
半ばヤケクソになりながら、勘でドアガンナーとの距離をおおよそ掴み、M320の照準器に合わせる。こちらに気づかれる前に...発砲。
「やったぜ、仕留めた!」
ドアガンナーに直撃したグレネード弾はそのままキャビン内を吹き飛ばした。パイロットにも当たったらしく、そのままヘリは墜落していった。合掌。
「おい、奥の連中が降りてくるぞ!」
「降下中は無防備だ!撃て、撃て!」
降下中の敵に3人で集中砲火を浴びせる。大体、3人合わせて6人くらいって所か。2機目の中にいた連中は大概片付けることは出来たようだが、3機目から降りてきた連中に関してはまるで倒せなかった。
「発砲はしなくていい!レッカーが置いたクレイモアに引っかかるまで隠れてろ!」
アイリッシュが声を上げる。確かに下手にこちらを危険に晒す必要も無い。俺たちはクレイモア先輩が中国兵を始末して、連中がびっくりしてる時に仕掛ければいいのだ。
待つことおそらく数十秒。早速爆発音が聞こえてきた。どうやら誰かさんが引っかかったらしい。
「撃て!」
俺が声を張り上げると、レッカーとアイリッシュが呼応して敵兵に銃弾の雨を浴びせる。爆発に混乱しているところに更に銃弾の雨、連中はまさにパニック状態。あーあ、可哀想に。
「ふぅ...こんなもんか。案外あっさり終わったな」
「クリア!全員倒したぞ!」
アイリッシュの声が上がる。思ったよりは楽に敵を倒せた。さあて、外の世界をロシア人にご開帳してもらお───
「!?」
コントロールルームへ踵を返そうとしたとき、左頬を銃弾が掠めた。
「敵だ!まだいるぞ!」
「どこにいる!」
「14時方向!距離があるぞ!」
「OK、問題ない!」
敵の姿を捉える。この距離は...マグニファイアを使っても撃てるか分からん。銃声も大きめだったし、この距離を上手く射撃してきたあたり、スナイパーかも知らん。
「とすれば...」
遮蔽に一つ一つ隠れつつ、エレベーターで俺たちが昇ってきたほうへ。動きは素早く、相手に的を絞らせないように。
「エレステナー、何やってる!?」
「始末する!アイリッシュ達は下がってろ!それか制圧射撃でも加えててくれ!」
「ああクソ...分かった、流れ弾を食らうなよ!」
アイリッシュとレッカーの銃撃をバックコーラスに、進むことしばらく。
「結構戻ってきたな...。そろそろ頃合いか」
この遮蔽から顔を出せばあいつがいたところが見えるはずだ。マグニファイアをずらし、ターゲットがいるだろう所に銃口を向けた、その時。
「!?」
「!?」
目の前に、スナイパーライフルを持った中国兵が現れた。
このとんでもない邂逅に先に反応したのは、相手だった。
「うがっ...!」
スナイパーライフルで殴りつけてくる。一体どれだけの重さがあるんだかないんだか知らないが、確かな質量が痛みとともに伝わってくる。地面に転んだ俺に、あいつはスナイパーライフルの銃口を向けてくる。SR-16は転ばされた時に手放してどっか行った。このままだとあの世ゆきだ。
「それはご勘弁被る、なっ!」
痛みに耐えつつ、右足を素早く回して相手の体勢を崩させる。今度転ぶのはあいつの番だ。チャンスは逃さない。腰のホルスターからグロックを取り出して、6発ほど撃ち込んで相手はダウンした。
「危ないったらねぇな...」
「エレステナー、何があった?」
「スナイパーとちょっと暴力的なダンスを...」
「殴り合いをしたんだったらそう言えよ...」
「元はと言えばアイリッシュとレッカーがあいつが移動したのを俺に伝えなかったのが悪いだろうが」
「....」
「それは...まぁ、悪い」
レッカーが無言で俯く。やめろ、あからさまに落ち込まれるとこっちも悪いことした気分になる。
「...ま、あれだ。俺たちは生き残ってる。それでチャラにしてやる。俺は優しいからな。で、ロシア人のほうは?」
「そうだ、おいロシア人、早くゲートを開けろ!」
「ああ、分かってる、分かったから落ち着け...よし、これでいけるはずだ」
ロシア人が言った途端、金属製の重たそうなゲートが開いていった。
「よし、いいぞ、開いていく!」
「こんな寒いムショからはおさらばだ!」
ガタンと音を鳴らし、ゲートの動きが止まる。ゲートは全て開き切ることはなく、3分の1くらい開いたところで動きを止めた。
「あ...おい、止まっちまったぞ!」
アイリッシュが叫ぶが、当のロシア人のほうは全く意に介する様子はない。むしろ不敵な笑みを浮かべている。
「上々だ。下をくぐれるだろ、問題はない」
まぁ言うことはごもっともだが。しかし普通は開いたら最後まで行くもんだと思うが、このゲートの仕組みは一体どうなってやがるんだか。
「...まぁ、確かに問題はないな。レッカー、先に行けよ。俺とエレステナー達はお前に続く」
「俺が続くのは確定ですかい...まぁいいか。軍曹、先に行ってくれ」
レッカーが伏せる。くぐると言ってもしゃがんで通れるほど大きくは無いので、必然的に匍匐前進を余儀なくされる。
レッカーが通った後を、俺も匍匐前進した、その時。
「!?ッてぇ...!」
後頭部に重量物の殴打を食らった。目の前のレッカーも、同じように、横に飛び出してきた中国人に殴り倒された。
一瞬のブラックアウトののちに、俺は他の3人が銃を手放し、地に手をついている光景を目撃することになった。中国人は3人。それぞれが、アイリッシュ達に銃を向けている。そして、アイリッシュに銃を向けていたのは。
(ハンナ...あのクソ女...!)
中国人のうちの1人がアイリッシュとロシア人の首根っこを掴み、顔を上げさせる。アイリッシュの顔は、明らかな憎悪に満ちていた。そして、この状況では何も出来ないという苛立ちにも。
ハンナが銃口をアイリッシュに向けた。どうやら俺たちはここで終わりらしい。目を瞑りながら、来世に思いを馳せる。グッバイこの世界、コントラクターになろうだなんて思うんじゃなかった。次はもっとまともな仕事に就けれたらいいな───
銃声が響く。銃声は...2発?目を開けると、ハンナ以外の中国人2人が頭から血を流して倒れていた。銃をホルスターにしまったハンナがレッカーに駆け寄る。
「ごめんなさい...」謝罪の言葉を口にしたハンナの背後を、アイリッシュが襲う。
「てめぇ、このクソアマが!」
アイリッシュがハンナを中途半端に開いたゲートに叩きつける。揉み合いになったアイリッシュとハンナを、ロシア人が強引に引き離す。
「お前この女を殺す気か?たった今助けられたところだろ!?」
「落ち着いて、アイリッシュ!」
ハンナとロシア人の2人に制されるアイリッシュ。しかしその語気が弱まることはない。
「よくも見捨てたな、消え失せろ!」
「説明させて!」
「ざけんな!信義のかけらもねぇチャンの犬が!」
「違う!チャンはジン・ジエを殺したかった!私の任務は彼を守ることだった!」
...ん?流れ変わったぞ。ジン・ジエを守ることだって?でもジン・ジエはもう殺されたはずだ。その疑問はアイリッシュも同じようだった。
「それでどうなった!奴は死んじまったぞ!」
「違う、死んでない。彼は...」
ハンナが言いかけた瞬間、2人を抑えようとしていたロシア人が苛立った声を上げる。...間が悪いことで。
「いい加減にしろ、ガキども!このままここで死にたいのか!?ほら行くぞ、銃を取れ。ケンカは後だ、急げ」
その声にハッとした...というよりは親に叱られたガキに近いか、口論を止めたハンナとアイリッシュは納得いかない様子ではあるが、銃を取った。レッカーと俺も続く。
「一体何が何だか...そう思わないか、軍曹?」
俺がレッカー軍曹に投げた問いに、本人は(いつもの事だが)答えなかったが、俺の問いとは関係なしにアイリッシュが呟いた一言が、この場の、おそらくはハンナを除いた全員の心情を的確に表していた。
──「こんなの信じられねぇよ」と。
「そろそろここを出るぞ。軍曹、ゲートを開けるのを手伝ってくれ」
ロシア人の声にレッカーが反応する。わずかなゲートの隙間から見える外の景色には1面の銀世界が広がっていた。ここは中華人民共和国は崑崙山脈、そりゃ雪景色の1つも2つもあるか。
レッカー軍曹がゲートに手をかけた時、ハンナがレッカーの手を止めて、何かを渡した。
「レッカー、これをあなたに」
彼女が渡したものは双眼鏡のようなものだった。
「タックスキャナーを取っといたのか?」
アイリッシュが声を上げる。おそらくは何かしら使えるものなんだろうが、少なくとも見たところはただの双眼鏡にしか見えなかった。
ハンナから渡されたタックスキャナーなるものを仕舞いこんだレッカーは、ロシア人と共にゲートを開ける。外は快晴だが、風がバカみたいに強かった。囚人服1枚だけじゃなくてよかった、ウン。
「クソ寒いったらねぇ、一体どこなんだ、ここは?」
「あれを見ろ、自由だ」
アイリッシュの問いを無視してロシア人がケーブルカーを指差す。...ボロいが確かにケーブルカーだ。寒いしこんな訳分からんとこからは早く逃げ出したい。さっさとあのケーブルカーに辿り着きたいものだ。
「さぁて、行こうぜトゥームストーン」
俺の声にレッカー軍曹が頷き、ロシア人とアイリッシュ、そしてハンナも軍曹に続く。
「ハッ、監獄にはおあつらえ向きの場所だな...待て、タワー付近に敵のパトロールだ!」
ロシア人が奥にあるケーブルカーのタワーを指す。
「タワーだけじゃない、岩陰近くにもいやがる...」
「排除するべきね」
今のところ見えるのは手前と奥の岩陰に1人ずつ、計2人。手前のやつは奥にいるやつを見ていない。
「可能な限り静かに行こう。よし、手前のやつと奥のやつを同時にやるぞ。レッカー軍曹、奥のをやってくれ。手前のは俺が」
レッカー軍曹に小声で言うと、彼も頷いた。
決まれば後は早い。すぐに静かに、かつできるだけ早く岩陰の近くまで移動する。軍曹も移動したようだった。彼に見えるよう、指を3本立てる。3、2、1でぶっ刺すという訳だ。
(3、2、1、今)
目の前の中国兵に襲いかかり、喉仏をかっ裂く。何も言わず仏さんとなった。
「進むぞ」
無線でレッカー軍曹と待たせていたアイリッシュ達に言う。ケーブルカーは奥の岩のところで右に曲がり、架かっている橋を渡った先、小高い場所にある。
レッカー軍曹が奥の岩の先の橋の方を覗いたとき、彼が俺たちに対して待て、のサインを出した。
「一体どうしたんだ...」
軍曹の元へ寄り、彼と同じく橋の方を見る。
「クソ、検問か。見張りは5人ってとこだな」
「さっきまでみたいに静かにとは行かねぇぞ、どうすんだ?」
「人数ば同等、先制攻撃を仕掛けて一気に行くぞ」
「ドンパチか、面白い」
「だろ、ロシア人」
検問にいる見張りは先制攻撃で手早く始末することと相成った。そして、レッカーが敵に指を指す。やれ、という意味だ。発砲開始。
「奴らを撃て!」
「遮蔽物に隠れて進め!」
「奴らを倒せ!」
俺、アイリッシュ、ロシア人の声がこだまする。もちろん発砲すればすぐに気づかれる。相手もこちらに気づいて銃口を向けてきたが時既に遅し。最初の5人は倒せた。...5人は、な。
「クソ、装甲車だ!」
「どうやって倒す!?」
「橋の方に足場がある!あれを使って装甲車に近づきましょう!」
ハンナの言う通り、橋の横には足場があった。足場は橋の架かっている方まで続いている。確かにあれを使えば装甲車の裏を取れそうだ。
「名案だ!誰が行く!?」
俺の声に、レッカーが頷く。レッカーの手元には、検問からくすねてきたのだろうか、RPG-7が握られていた。
「よし、誰が行くかは決まった!クルマを破壊するアテもある!軍曹が行ったら、援護射撃をしてこっちに連中の気を引かせるぞ!」
「了解!」
「分かった、少尉」
決まるが早く、レッカーが飛び出す。
「よし、集中砲火だ!」
「レッカーに奴らの目を向けさせるな!」
レッカー以外の俺たち4人で中国軍に集中砲火を浴びせる。誰かが弾幕はパワーだとか言っていたが、奴らはそれを実感していることだろう。
だが、相手もやられてばかりじゃない。なんせ相手にはMGを積んだ装甲車がいる。装甲車はまともに撃ち合いができる相手ではない。こちらに装甲車の目が向いているということは、レッカーから敵の気を逸らすという意味ではいいが、今度はこちらが危険にさらされるということと同義でもある。装甲車の掃射がこちらに浴びせられ、遮蔽に隠れたその時。突如爆発音が鳴り響き、装甲車搭載の機関銃の、バカでかい射撃音が止んだ。
「やったな!大手柄だ!」
「見事だ、軍曹」
ロシア人と共にレッカーに賛辞を浴びせる。面倒なのは排除した。前に進む道が開けたのだ。橋の上には敵はもう居ないが、橋の向こう側にはまだ敵がいるので、レッカーと同じく俺たちは足場を使って向こうへと渡る。
「左手の小屋に敵がいる!」
「手榴弾を投げる!」
言うが早く、アイリッシュがグレネードを小屋の中に投げ入れる。中国兵の叫び声は、グレネードの爆発音にかき消された。
「いないか?」
「制圧した!」
ロシア人が答える。ケーブルカーは目の前の坂を登ったすぐ先にある。出口は近い。
「坂から来るぞ!隠れろ、身を隠せ!」
出口が遠くなりました。どうしてくれるんですか。ゴキブリのように湧き出てくる中国兵の波に対応する。とりあえず岩陰に身を隠す──が。
「うおっと!」
「大丈夫か、少尉!」
「アイツらグレネードランチャーなんか持ってきやがった!」
なんということでしょう、グレネードランチャー様のお出ましです。こうなるとどうしようもありません、すべてがおわるまでみをかくしましょ──
「擲弾手を排除したわ!」
いい仕事をするじゃないですかハンナさん。俺たちをこんな訳の分からん寒いとこまで連れてきたのを許すわけではないが、それはそれとして借りができた。
あとは有象無象の歩兵ばかり。右手のコンテナ周りにいた敵およそ5人を倒す。続いて坂からまた増援がやってきた。
「チクショウ、いつこの地獄は終わるんだ!?」
「アイリッシュ、もうすぐだ!とにかく弾を撃ちまくれ!」
坂から駆けずり下りる敵兵に弾幕を張る。こんな時には60発マガジンが役に立つ──
なーんて思ってたら弾切れ。SR-16のボルトがホールドオープン──要するに弾切れを知らせた。
「弾切れだ!誰かカバーを!」
「任せろ!」
弾幕貼りはロシア人が引き継ぐ。その間にマガジンリリースボタンを押してマガジンを引き抜き、新しいマガジンを挿入、ボルトキャッチを叩いてリロードをする。その間に、ロシア人の弾幕は止んだ。
「やったか?」
「ああ、もうすぐだ!」
中国兵の死体が転がる坂を登る。ケーブルカーのデカい鉄塔と、送電用のデカい鉄塔の2つがそびえ立っていた。坂を登りきろうとしたとき、ヘリのローターが空気を切り裂く音が聞こえた。
「レッカー、お客さんよ!」
ハンナの声にレッカーが小さく頷くと、(まだ持ち歩いていた)RPG-7をヘリに叩き込んだ。対戦車擲弾を食らったヘリコプターは不協和音を奏でながら白銀の大地に堕ちていった。
「軍曹、これが終わったら対戦車兵に転属した方がいいぜ!さぁ、いくぞ!」
坂の上にも出迎えが大勢いた。鉄塔のふもとのコンテナに隠れたりしている中国兵には手榴弾をプレゼントしつつ、見える敵には弾丸をプレゼント──
「!?」
デジャヴ──じゃない。本日2度目、弾丸が頬を掠めた。銃声的に送電塔の上にスナイパーか。
「軍曹!俺が気を引く!スナイパーに1発ぶちかましてやれ!」
岩陰に隠れ、無線で軍曹に伝える。返事はないが、まぁいつもの事だ。で、どうやって気を引くか?簡単だ。銃を物陰からチラつかせればいい。ちょうど足元には中国兵の死体と奴の手持ちのショットガンがある。こいつを物陰からチラつかせる。俺のSR-16は?と、思うかもしれんが、あいにくSR-16は高いのだ。スナイパーにバラバラにされたら発狂しちまう。
「さーて、引っかかってくれよ...」
ショットガンを奴から取り上げると、物陰の外にチラつかせ──
(ビンゴだ!)
案の定スナイパーは発砲した。まんまと引っかかってくれたな、それがお前の失敗だ。
「撃て!レッカー軍曹!」
俺がレッカーに無線で伝えると、それに従い軍曹はRPGを送電塔に撃ち込んだ。鉄塔はデカい音を立てて、スナイパーを巻き込みながら崩れていった。下にいた増援の中国兵を巻き添えにして。
「...クリアか?」
「そのようだ。ケーブルカーに向かうぞ」
案外呆気ない終わりだったが、ともかくこれで一息つける。俺たちは都合よくあったケーブルカーのゴンドラに乗り込む。
「いくぞ、逃げるんだ!」
「ふぅー、寒い寒い...」
「呑気なものだな、少尉」
「俺は寒いのには耐性がないんだ、ロシア人」
アイリッシュが扉を閉めると、ロシア人がゴンドラのスイッチを入れる。そして、ゴンドラは不安になる軋みと揺れを発しながら、動き出した。整備不良か?
「金属か。俺らバケツに入った魚か」
「いい考えがあって?アイリッシュ」
「お前、ジン・ジエは生きていると言ったな」
アイリッシュとハンナの会話にロシア人が割り込む。そうだ、ジン・ジエだ。俺もそれを聞きたかった。ナイスだロシア人!
「チャンは殺し損なった。彼はUSSヴァルキリーに乗ってる」
「つまり、お前の『亭主』か?」
「亭主?どういうことだ?」
俺には話の流れが見えてこない。
「ええ、CIAの偽装工作。コール少尉は知らないでしょうけど、私の任務は彼を守ること。でも彼の居場所がチャンに知られるのは中国にとっては死活問題」
──USSヴァルキリーに乗るHVT。...ピーターズ大佐が言ってた要人2人ってのは、ハンナとジン・ジエのことだったのか。
「なるほどな。ハンナ、あんたはジン・ジエの護衛で、ジン・ジエはあんたの旦那ということにしたんだな」
「話が早くて助かるわ。そういうことにして、USSヴァルキリーに彼と私を回収してもらったの」
「中国の死活問題?知るか、あの船に乗る全員の危機だ」
「俺たちにできることなんてないさ」
ジン・ジエの居場所がバレるのを死活問題と語るハンナに文句をつけるアイリッシュ、そして諦めたことを言うロシア人。
「お前そもそも誰だ?おい、こいつはなんなんだ?」
そしてアイリッシュはロシア人に問を投げかける。確かに、このロシア人が何なのかは気になるが──
「うおっと...。クッソ、大した作戦だな?」
ゴンドラがまたもや激しく揺れる。もうこれから中国製の乗り物にはあまり乗りたくないな、と心の中で思う。
「さっきから文句ばかりじゃないか、アイリッシュ?」
「この状況に文句は何一つないのかよ、エレステナー」
そりゃひとつどころか言おうと思えば百や二百くらい出てくるが、と言おうとした時、ヘリのローター音が聞こえてきた。
「ヘリだ!こっちに来る!」
やってきたのは機関銃とロケットを装備した武装ヘリ。うん、こちらを狙ってきてますね。
ヘリの正面がゴンドラを捉えると、すぐさま銃撃を仕掛けてくる。ゴンドラの窓は割れ、酷くゴンドラが揺れる。窓の下に身を隠して耐える───が。
ついにこの整備不良ゴンドラは耐えきれなくなり、ケーブルが引きちぎれた。ゴンドラが空を舞い、皆も空を舞う。
(くっそ、こんなのありかよ!?)
必死に手すりに掴まり、ゴンドラが落ちるその瞬間を待つ。
山肌にゴンドラが落ち、滑り落ちる。
その時、ロシア人が割れた窓からゴンドラの外へと投げ出されそうになるのが見えた。
「クソ、ロシア人!手を取れ!」
それは、ほぼ反射だった。手に、しわがれた手の感触が伝わる。
「みんな大丈夫?」
「俺は生きる...。ロシア野郎とエレステナーは?」
「痛え...。ロシア人、立てるか?」
「ああ...助かったよ、少尉」
「ならいい...レッカー軍曹も...大丈夫そうだな」
「立って。道はまだ長い」
ちょっと兵器ネタ思いつかないんでなしで