DIARY OF MERCENARIES: THUNDER RUNNERS   作:コルディアムに脳を焼かれた阿慈谷ヒフミ

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2年越しはさすがに「おお」


MISSION12 TASHGAR

「俺たちはムショから命からがら逃げ出した」

 

「逃げ出したら逃げ出したで、クソ寒いわ飯もないわで何度も死にかけた」

 

「逃げ延びた先には、アメリカ海兵隊がいたんだが...」

 

「...ここでまた、工作員みたいなことをさせられたんだ」

 

 

タシュガル

 

OPERATION:CROSSLINKER

July 16, 2020 1429

Place:People's Republic of China, Tashgar

 

友軍と合流せよ

 

ルイス・“エレステナー”・コール少尉

非契約兵

 

 

 

ムショから逃げ出して2日経った。中国人の追跡は未だに続いている。途中で何度も死にかけた。ある時は追跡に見つかり、ある時は軍用犬に追い回され、ある時は寒さで凍死しかけた。そして今は、空腹だ。もう何日も食ってない。

 

「はぁー...マジで腹が減りすぎて気が狂いそうだ」

「フン、いっそ狂った方が楽かもな」

「マジでなぁ...」

 

俺たち脱獄ブラザーズ──1人女がいるが──は、つい数時間前にそこら辺で見つけたテクニカルに乗って、行くあてもなく中国大陸を旅している。運転はアイリッシュで、助手席にはハンナ。荷台には、レッカー、俺、そしてディマ──名前はディミトリ・マヤコフスキーというらしい──、つまりロシア人がいる。3人でいるには些か狭い荷台だが、少なくとも猛吹雪やら中国兵やら軍用犬やらから逃げ回るよりははるかに快適だった。

 

「このポンコツが...」

 

運転するアイリッシュがそう吐き捨てる。まぁ実際乗り心地は終わってるが、少なくとも荷台に3人詰めの俺たちよりはマシだと思うぞ。どちらかというと、アイリッシュがそう感じているのは疲れによるものが大きいと思う。疲労が溜まると、ちょっとした外部からの刺激を普段よりデカく感じる。そういうことだろう。

 

「私が運転しようか?」

 

俺と同じことを思ったのか、ハンナがアイリッシュに提案するが、

 

「俺なら大丈夫だ、ハンナ」

 

アイリッシュは頑なだった。たとえ、収容所で命を救われたとしても──

 

「本当に大丈夫?私が運転しようか?」

「それだけは無理だな。俺はお前のことは何も知らねぇし、忠誠心のかけらもねぇだろ!?」

 

──つまり、こういうことだ。運転がどうこうというのは些細な話だ。アイリッシュはハンナを信用してはいない。彼女のことはヴェールに包まれている。そしてそれは、恐らく俺も同じだった。

 

「...じゃあ、私の話をすればいいかしら?...私は両親や家族みんなに会わせたくて、ジン・ジエを連れて行った。彼らに希望を与えたかった」

「次の日、チャンの兵士が来て皆殺しにされた。村を焼き払われてしまった」

「減速して」

 

彼女の語りを聞いていたアイリッシュは、車を減速させると

「そうか、俺が知らなかったって言う番だな。なぁ、俺が悪かったよ」

とハンナに謝った。それを聞いたハンナは満足したような笑みを浮かべながら、

「...やっと信頼を勝ち取れた」

と零した。

 

──センチメンタルな雰囲気も束の間、すぐにディマが

「待て。何か来るぞ」

と言った。確かに、ピックアップのエンジン音に混ざり、重々しいエンジン音が聞こえてくる。...まさか。

 

「どうなってやがる!」

 

アイリッシュが毒づきながら車を急停止させる。...予想的中、装甲車両が目前を横切っている。ロシア製か?

 

「クソッタレ...ディマ、あれが何か分かるか?」

「BMP-2...歩兵戦闘車だな」

「バレたら終わりだぞ...」

 

幸いにも敵のIFV(歩兵戦闘車)はこちらに気付かずに過ぎ去っていった。

 

「ゴーゴーゴー!」

 

ハンナがアイリッシュを急かす。目の前には建物がある、一旦あの中に駆け込むのがいいだろう。アイリッシュが車を建物の前に滑り込ませる。

 

「ロシア人よ」

「見られたと思うか?」

「じっとしてれば大丈夫」

「どこが大丈夫なんだ?脱出しようにも奴らはうじゃうじゃいる」

 

アイリッシュとハンナが言い合っている中──後ろから気配を感じた。すぐに銃を抜いて対応しようとしたが──

 

「静かにしろ!」

「急げ、ほら。早く、急ぐぞ!」

 

首に手を回され、車から引きずり下ろされる。目の前には拳銃。もはや抵抗するのも無駄か──いや、そういえば引きずり下ろした奴は英語を話していたな。まさかとは思うが...

 

倉庫に連れ込まれる。引きずられる中で、車が(あらた)められているのが見える。車を検めていたのは、紛れもない、アメリカ海兵隊員だった。

 

 

「急げ、ほら、早く行くぞ」

 

別の海兵が声を上げる。その海兵が倉庫のシャッターを閉めると、俺たちは解放された。

 

「大丈夫か?」

「ああ。あんたの名前は?」

「モリーナだ。おい、カメラとセンサーは?」

 

俺の質問にさっさと答えると、モリーナは他の海兵に声をかける。

「問題ない。あと3分だ」海兵が答えた。

 

「ねぇ、ここは何?監視所なの?」

「ああ、それじゃあ移動だ。お前ら、バレる寸前だったな。その頭、海兵だな」

モリーナにアイリッシュが答える。

「トゥームストーン分隊。第7艦隊」

「ほう、出身は?」

「ブルックリンのイースト・フラットブッシュ」

「高校はサミュエル・ティルデン高校(ティルデン)か?」

ジョージ・ウェスティングハウス高校(GWH)だ」

「ウェスティングハウス?マジかよ、弟と同じだ。親父の店もブラウンズビルにある。こいつらは?」

「レッカーは分隊長。彼女は中国の諜報員だが悪いやつじゃない。そこのロシア人は知らん。アジア系の奴は戦闘機乗りの傭兵」

「空飛ぶ鉄のカラスが地面を這うってか?ナンセンスだな。まぁいい」

「空軍基地の行き方は?」

 

どうやらモリーナとアイリッシュは同郷らしい。そしてハンナの問いに、モリーナが呆れたような顔をする。

 

「さあな?冗談言ってんだろ。お前らの相手を教えてやる。わんさといるロシア軍だ。俺たちは基地を失い旧市街に撤退した。そこのロシア人もスパイなんじゃないのか?」

「俺がスパイだったら、今頃外の連中にお前たちの位置を教えてる」

ディマが鼻で笑う。

 

「彼はスパイじゃないわ、私が保証する。それはそうと、西への移動手段がいる。あなたの上官は?」

「旧市街にいる。1キロ東だ。ブルードームを目指せ、グリーンランド少佐が俺の上官だ。すぐわかるよ。おい、グリーンランド少佐に連絡してくれ!」

 

モリーナが部下に、グリーンランド少佐とやらに連絡を入れるよう指示する。どうやら繋いでくれるらしい。ありがたい話だ。

 

「脱出路はこれだけなの?」

「そうだな、トラックにロシア軍に取られちゃマズイものでも残してるのか?」

「積み荷は泥ぐらいだな」

「ハハッ。おい、レッカーって言ったな。“モリナーズ・ホット・ポケッツ”が親父の店だ。美味いチキンが食えるぜ。お前らみんなで行ってくれよ。じゃあな海兵、幸運を」

 

モリーナはそう言い、そして俺たちはモリーナ達と別れた。

 

 

「街で1番美味いチキンの店だと。腹減ったな。旧市街までいくつも敵陣があるってのに」

 

アイリッシュがぼやく。俺もそうだ。グリーンランドのとこまで行ったら、何か分けて貰えないだろうか。

 

 

倉庫の外には今や誰も住んでいない集落があった。ちょうどそこに、ロシア軍のトラックがやってきて、兵員を降ろした。そして──

 

「クソ、装甲車だ!伏せろ、伏せろ!」

「さっきのBMPか?」

「そのようだな、少尉。この兵数に加えて歩兵戦闘車もいるとなれば、交戦は避けられないな」

「そのようね。回り道はないから、集落を越えた先のゲートを通るしかないわ」

「ロシアがチャンを支えている。情報は正しかったな」

「なんの情報?」

「ダンが命を懸けて入手したもんだ」

 

ダン。初めて聞く人名だ。一体誰だ?

 

「アイリッシュ、ダンってのは?」

「前の分隊長だ。長い付き合いだった」

「今は?」

「...海に呑まれた」

 

...命を懸けて、と言った時点で気づくべきだった。

 

「アイリッシュ、すまない、そうだとは知らなくて」

「いや、いい。とにかく、今はグリーンランドの元へ向かうのが先だ」

 

アイリッシュ達に申し訳ないと思いつつ、今の仕事を見定める。BMPは一定のルートで集落を回っている。歩兵は見えるところでは10人近く、といったところか。真正面からぶつかるのはあまり賢明では無い。

 

「何かあの鉄塊をぶっ飛ばすのに使えそうなのはないか?」

「少尉、こいつはどうだ」

 

ディマが指さした先には、装備品の箱があった。その中には対戦車地雷やC4が入っていた。思わず笑みがこぼれる。

 

「こいつはいいね。BMPはバカの一つ覚えで同じところを回っている。地雷置いてぶっ飛ばせば、連中は混乱すること請け合いだ」

 

さて地雷持って置きにいこう、としたところでレッカーに引き留められる。

 

「どうしたレッカー?」

 

レッカーは手で、“その地雷を寄越せ”と示している。

 

「...いいのか?」

「いや、考えようによってはその方がいいかも。少尉が持ってる銃で邪魔な相手を倒していけば、軍曹は安全に行けるはずよ」

 

そういうことだ、とレッカーは頷く。なるほど、確かに俺の銃にはサプレッサーが付いている。ちょうどいいな。

 

「よし、レッカー軍曹。俺が援護する。後ろから見張ってやるから、俺の言うことに従って動いてくれ」

 

レッカーはまた頷くと、地雷を持って飛び出した。

 

「軍曹、そこの物陰に隠れててくれ。家の屋根の上に敵がいる」

 

SR-16を構え、慎重に狙いを定める。バレる隙を与えないよう、一撃で仕留める。風は無し。息を吐いて止め、引き金を真っ直ぐに引く。

 

「ターゲットダウン」

 

声を上げることもなく、ロシア兵は倒れ込んだ。

 

「よし軍曹、行ってくれ」

 

レッカーに指示を出し、地雷を置かせる。素早く3個置くと、レッカーは撤収してきた。

 

「あとは待つだけだな」

 

BMPが地雷にかかるのを待つ。偽装をする暇もなかったから、果たしてかかってくれるかどうか...。

 

家の角を曲がり、地雷を設置した通りにBMPが進む。BMPは速度を緩めることなく、地雷へと近づき──

 

一際大きな爆発音が響く。BMPはまんまと地雷に引っかかり、爆散した。ロシア兵は慌てふためいている。

 

「まだ撃つなよ。もっとロシア兵が集まってきたら一網打尽にしてやろう」

 

アイリッシュの言ったことは正しく、爆発地点にロシア兵が集まってきた。連中の1人が何かを叫んでいる。

 

「ディマ、なんて言ってる?」

「『警戒しろ、周囲を探せ!』って言ってるな」

「連中のリーダーか。まずはあいつを俺が殺る。ほかの奴も始末してくれ」

 

トゥームストーンに言うと、彼らは了解してくれた。

 

「1、2、3で撃ち始めるぞ。...よし、1、2、3!」

 

まずは有言実行、リーダーらしき奴の頭に弾を撃ち込む。ターゲットダウン。だが、敵はまだいる。

 

「混乱につけ込んで撃ちまくれ!」

 

手当り次第にロシア兵に弾を撃ち込む。時間が経てば相手も形勢を立て直してしまう。

 

「敵がさらに集まってきたぞ!」

「さっき見えた奴らだけじゃなかったようだな!」

 

こちらが不利になってしまわないよう、場所を変えながら攻撃を続ける。そのうち敵が減ってきた。

 

 

「ランチャー射手、ダウン!」

 

固定式対戦車ミサイルの射手を倒すと、一旦落ち着いた。ここの敵は倒しきったらしい。

 

「ゲートを抜けましょう!」

 

ハンナに続き、ゲートを抜ける。抜けた瞬間──

 

「うわっ!連中グレネードランチャーなんか持ってやがる!」

 

グレネードランチャーの歓迎を受けた。随分とお熱い出迎えだ。俺たちはコンクリートの壁に隠れてグレネード弾の猛攻を凌ぐ。

 

「クソ、このコンクリートもそう持たない!何とかしないと!」

「何か手は無い!?」

「...少し待ってくれ。俺に任せろ」

 

ロシア人はそう言うと、ついさっきまで俺たちがいた方に駆けていった。

 

「おい、あのロシア野郎逃げたぞ!」

「いいえ、多分彼にも考えがあるんだわ!」

「とりあえず、ディマを待とう!」

 

こちらの味方が1人いなくなっても、敵が手加減をしてくれるわけでもなく。むしろ、浴びせられる弾幕の量は増えていくばかりだった。顔を出す暇もなく、かといって何も反撃しなければ全滅というこの状況。ついにコンクリートの一部が崩れ始めた。ああ、もう終わりだ───そう思った、そのとき。

 

「...?」

 

裏から響く、重々しいディーゼルエンジンの音。...まさか。

 

「おい、ありゃなんだ!?」

「彼よ!」

「げぇっ、ツングースカ持ち出してきやがった!」

 

俺たちの後ろにいたのはロシア軍の自走対空砲、2K22M ツングースカだった。30mm連装機関砲と対空ミサイル、それに銃弾くらいなら心配ない装甲付き。

操縦していたディマがハッチから顔を出す。

 

「さぁ乗れ!」

「あんたSPAAG(自走対空砲)の操縦も出来んのかよ!?」

「説明は後だ!さぁ早く!」

 

ディマに急かされ、ツングースカに俺たちは乗り込む。だが俺たちは5人、それに対しツングースカは4人乗りだ。1人あぶれるが──

 

「...本当にいいのか?」

レッカー軍曹が外にいる、と言い出した。外にいる以上、この車両の装甲の恩恵にはあずかれない。しかし、随伴歩兵が必要だろう、と彼は外に留まった。頼むから撃たれないでくれよ、と思いつつ、俺は砲手席に座った。この前の高速戦闘艇のときといい、最近はまるで使い方が分からないウェポンシステムを使うことが多いな!

 

「なぁディマ、こいつはどうやって使えばいい!?」

「狙って引き金を引け!」

「それをどうやるかって話だよ!」

 

こりゃダメだ、まるで話が通じない。仕方なしに、それっぽいやつをこねくり回す。何とかなりそうだ、と思った瞬間。目の前のコンクリートの壁がついに壊れた。さぁ、暴れ回る時間だ。

 

「これでも食らいな!」

グレネードランチャー射手を30mm機関砲でミンチにする。

 

「グレナディア、撃破!」

「よくやった!」

 

突然の自走対空砲の出現に、ロシア兵は蜘蛛の子を散らしたかのように逃げ出す。

 

「おい、ロシア人共が逃げるぞ!」

「撃たなくていい!奴らに構っている時間も惜しい!」

 

車長席に座るアイリッシュにディマが答える。実際のところ、30mm連装機関砲は連射速度が早すぎて弾切れの心配があるので、温存できるという意味でも無駄な交戦は避けるに越したことはない。...逃げる相手を撃つのはなかなか気分がよろしくない、というのもあるが。

 

「フン、奴ら練度が低かったな...。それでもロシア軍人か」

 

ロシア兵が逃げてもぬけの殻となった集落を抜けている最中に、操縦中のディマが吐き捨てる。

 

「随分毒舌じゃないか。同胞じゃなかったのか?」

「同胞だからといって、それが正当な評価を下さない理由にはならんさ」

 

なかなかシニカルな奴だ、と思っているうちに、集落を抜けた。

 

「ここは、公園か?」

「どうやらそうらしいな」

「気をつけて。草木が生い茂ってて、どこに敵が隠れてるか分からない」

「その通りだな。少尉、サーマルを使ってくれ」

 

恐らくこのスイッチで切り替えられるだろう、と教えてくれたので、砲手用サイトをサーマルに切り替える。

 

「結構いるな。奥の方や、茂みに隠れてる奴もいる。撃っていいか?」

「ああ。レッカー軍曹、車両の裏に隠れてくれ」

 

ディマがレッカーにツングースカの裏に隠れるよう指示する。レッカーが隠れたことを確認し、サーマル越しに見える敵を攻撃する。

 

相手は待ち伏せしていたようだが、敵に先制攻撃を仕掛けられるとは思っていなかったらしい。すぐにパニックに陥り、攻撃どころではなくなった。

 

「こいつら本当に訓練してたのか?対車両戦闘の基本がなってねぇぞ」

「相手がヘタクソならそれに越したことはねぇ!」

「油断は禁物よ!」

 

アイリッシュの言う通り、攻撃を受けてすぐ反撃もせず逃げ回るのは、まともな訓練を受けた兵士とは思えない。まるで、素人のような──

 

「...あるいは、本当に」

素人かもしれない、と言いかけた時だった。

 

「クソ!14時方向、対戦車ミサイル!」

「マズい!」

 

アイリッシュが叫ぶ。急いで砲塔を旋回するが、射撃しようとしたその瞬間、ミサイルの発射炎で、サーマル越しの視界が白く染まる。ああ、もうダメだ──そう思った、そのとき。

 

「...え?」

 

白く染まった視界が、突然白と黒のモノトーンの、さっきまで見ていた光景に戻る。向かってきた対戦車ミサイルはめちゃくちゃな方向へ飛んでいき、発射機があった方向を見ると、既に射手は倒れていた。

 

「レッカー、助かったぞ!」

「軍曹、よくやった!」

 

アイリッシュとディマが口々にレッカーを褒め称える。どうやら、対戦車ミサイル射手を発射直後にレッカーが倒したらしい。

 

「...すげぇ」

 

俺はというと、ただこの特殊部隊員に驚くばかりだった。対戦車ミサイルの発射から着弾までは、この距離では1秒にも満たない。その間に反応して倒すなど、並外れた能力であることは疑いようが無かった。

 

「厄介な敵を倒してくれたわね!残りを倒しましょう!」

 

ハンナの掛け声に応じ、各自が自身の仕事に戻る。ディマが操縦し、アイリッシュが敵を見つけ、ハンナが装填する。俺とレッカーは見つけた敵を倒す。対戦車ミサイル射手を倒した以上、もはや残りを倒すのはただの作業と化した。

 

「敵影なし、クリア!」

「前進しましょう!」

 

公園の敵を倒した俺たちは、そのまま前進を続ける。

 

「見ろ、左手にトンネルがある」

「入口付近はクリア!」

「クソ、トンネルの高さが低いな...」

 

ここから進むには、このトンネルを進む他ないらしい。しかし、背が高い戦闘車両であるツングースカが通れるほどの高さは無い。ツングースカとはここでお別れのようだ。

 

 

「クソ、ここは死角だらけだ。クリアリングを怠るな」

「了解、ディマ。どこから飛び出てくるやら」

 

俺たちが入り込んだトンネルは、工事中なのか、配管がむき出しで明かりはペンライトが配管に吊り下がっているに過ぎなかった。お世辞にも、視認性が良いとは言えない。

 

「...よし、こっちはクリア」

「こっちも問題ない。トンネルの中は大丈夫そうだ」

 

曲がりくねっていたが、しかし短いトンネルを抜けた先には──

 

「ロシア兵が走っていってるぞ」

「あれは...」

「見て、橋の向こう!あれが旧市街よ!」

 

集落の向こうに、大きな橋が見える。その先には立派なゲートと外壁があった。旧市街はあの壁の中だろう。そして、グリーンランド少佐も。ロシア軍は橋の方に集中攻撃を仕掛けていた。

 

「ロシア野郎共は全力で攻撃を仕掛けてる」

「奴らはアメリカ軍に集中しているのよ」

「俺たちは奴らの背後を行けるな」

「ああ...最前線までずっと、な」

 

ちょうどロシア軍の裏を突ける位置にいる俺たちは、奇襲を仕掛けるという点では間違いなく有利な位置だ。しかし、俺たちの目的がロシア軍の先にあるアメリカ軍である以上、この前線を突破しなければならない。それはつまり、突破できるまで常にロシア人の相手をしなければならないことを意味する。...この大軍を真正面から相手するのは、5人ではいささか厳しいものがある。

 

「目立たずに進める道はある?」

「どれどれ、何かいい策がないか考えてみよう」

 

俺はSR-16のマグニファイアを倒して覗き込み、敵の動きと位置を確認する。

 

「橋のたもとにT-90、そして橋の下の方にロシア兵がわんさといやがる。右手の建物からも攻撃を続けてる奴がいるな。RPG射手とスナイパーってところか?」

「あの建物を攻略すれば、味方への圧力は少なくとも減るな」

「それにあそこに陣取れば、一方的に攻撃出来る。味方がいると思っていた方から急に撃たれるんだ、そう簡単に反応できるはずがない」

「方針は決まったな。あの建物を制圧し、そこから連中に制圧射撃を加える。対岸のアメリカ人と挟み撃ちすれば、殲滅も不可能じゃない」

「それも隠密に制圧しないと、な。よし、俺が先に行く。サプレッサー付きの銃の方がいいだろう」

「大丈夫なのか?」

「ああ、SERE(生存・回避・抵抗・脱出)の訓練は受けてる。コソコソ隠れて動くのは慣れてる」

 

ディマと俺の話し合いで、方針は決まった。問題は、置いてきぼりにされたトゥームストーンだが...

 

「トゥームストーン、大丈夫か?」

「お前が決めちまうのに文句が無いわけじゃねぇが、今はそれが最適解そうだ。それには文句ない」

「私も。今はそうするのがよさそうね」

 

トゥームストーンの分隊長のレッカーも頷いた。よし、これで問題は無さそうだ。

 

「制圧したら無線で伝える。それまでは撃たないでくれ。バレたら全部台無しだ」

 

言い残して、建物へと前進する。

 

(建物の柱のすぐそばに機関銃手か...。なかなか重装甲と見た。...こいつじゃ、倒せる保証は無いな)

 

普段持っている高貫徹の5.56mm弾ならともかく、通常のM855だといくらか不安が残る相手だ。こういう時は、最も隠密性に優れ、かつ確実な威力を発揮するブツ───ナイフの出番だ。

機関銃手は旧市街のアメリカ軍に釘付けで、後ろには全く気を配っていない。遮蔽物を使いながら、建物のそばにゆっくりと近づく。そして、そのまま建物の外壁にとりついた。機関銃手は、建物の角を曲がったところの柱のそばに居る。

俺は外壁をゆっくり伝いながら、角まで向かう。そして、角を曲がったら──

(お前には悪いが、これが戦争だ!静かに眠りな)

 

ナイフを首元に突き立てる。奴が取り落とそうとした銃をなんとか片手で掴み、そのまま深くナイフを刺し込む。そうしていると、敵兵はすぐに力が抜けていき、膝を崩していった。敵の死亡を確認すると、敵の亡骸と銃を、音が立たないようにゆっくりと地面に降ろした。誰にもバレていなさそうだ。──さて、本番はこれからだ。

 

ゆっくりと、足音を立てないように外階段を昇り、2階を目指す。見たところ、スナイパーがいるのは2階であり、RPG射手は屋上にいるようだった。2階の部屋に入ると、室内ということもあり、戦闘用イヤホン越しでも銃声の爆音が響いてくる。敵は、スナイパー1人とアサルトライフルを持った兵士1人。先程の敵ほど重装甲ではないので、この銃でも十分倒せるだろうが、RPG射手にバレる危険を考えれば、ここもナイフを使う方が賢明だろう。サプレッサー付きの銃かつ、この激しい交戦状態では、バレる可能性は低いだろうが、ゼロではない。低い可能性といえど、リスクを犯す必要は無いのだ。

 

(まずは、お前だ)

 

最初の部屋にいたスナイパーの首元にナイフを刺す。そのまま抜き、次は胸に一刺しする。胸からナイフを引き抜くと、スナイパーはそのまま崩れ落ちた。物音でバレないよう、ゆっくりと死体を床に降ろす。

 

次の仕事にとりかかる。隣の部屋に進み、今までと同じように、首にナイフを突き立て声を出せないようにし、その後心臓を狙ってとどめを刺す。もはや作業と化しているが、近接戦闘は「死」の感覚を直に感じてしまう以上、作業として認識しなければならない。1度でも作業では無いと認識してしまった時点で、もうナイフを握ることは叶わなくなる。そうなった時点で、良い兵士では無くなるのだ。

 

(...次だ、次)

 

自分を鼓舞し、同じようにゆっくりと音を立てないように屋上に向かう。屋上に顔を出そうとした、その瞬間。

 

「!?」

 

バックブラストを食らいかけた。RPGといった無反動砲や携行ミサイルといったものは、その多くが発射時にカウンターマスと呼ばれるものを後方へ吹き出す。このカウンターマスは多くの場合発射時のガスを利用するが、時として鉄粉だったり塩水であったりする。それで発射時の反動を相殺するのだが、このカウンターマスの後方噴射をバックブラストと言う。...この敵兵が使っているのはRPG-7のようだ。もう少しタイミングが悪かったら高温高速のガスをまともに食らって俺は空に舞っていたに違いない。

 

どちらにせよ、この状態ならナイフを持って近づくのは危険にすぎる。発射準備中に気づかれる可能性があるし、発射準備後に近づいても、近づいている途中でRPGを撃たれてバックブラストで吹き飛ばされたら目も当てられない。ここは屋上だ、銃声の反響もないし、この建物の敵は恐らくこいつ以外にはもういない。建物内の敵にバレる心配もなければ、この激しい交戦の音で、外の敵にもバレる心配もない。ましてや、サプレッサー付きならなおさら。

 

急いでSR-16を取り出し、RPGの射撃準備中の敵を狙う。とにかく今は当てる。悠長に狙っていたら、またRPGのバックブラストに吹き飛ばされかねない。

引き金を急いで3連射する。全弾命中したが、まだ生きているらしい。更に3連射してとどめを刺す。最後の弾丸は頭に当たり、そのままロシア兵は崩れ落ちた。これで建物の制圧は完了である。

 

「トゥームストーン、建物は制圧した!」

『了解、すぐ向かう!』

 

トゥームストーンが向かう間、俺は先程倒した敵が落としたRPG-7を検める。...よし、まだ使えそうだ。タンデム弾頭型のPG-7VRが装填されている。こいつなら、爆発反応装甲を積んだT-90にも効果が望めそうだ。

 

『トゥームストーンは位置についた』

「了解、撃つのはちょっと待ってくれ...」

 

敵はまだ誰も気づいていない。まずT-90を撃破したあと、混乱しているうちに一斉射撃で敵を制圧する...作戦というほど凝ったもんじゃないが、まぁ及第点というところだろう。

T-90は、ちょうど建物の下の方にいる。RPG-7を構え、照準器を覗き込む。RPG-7の狙い方は分からないが、こういうものは直感に従って使えば意外とどうにかなる。

 

(戦車の装甲は上面が1番薄い...RPG-7は古いが、上面からなら十分効果があるはずだ)

 

後方確認...OK、吹き飛ばされる可能性のある味方はいない。砲塔上面を狙い、引き金を引く。

 

RPGの弾頭は吸い込まれるようにT-90の砲塔上面に向かっていき、命中した。そのままハッチと貫通孔から火炎が迸る。そして時間を置かずに、砲塔が吹き飛んだ。

 

「ハハッ、装薬に引火して派手に砲塔が吹っ飛びやがった!」

『カセトカ式の欠点だな。しかしこうも派手に飛ぶとは...』

 

ディマが感嘆したんだか呆れたんだか分からない言葉を無線越しに発する。ディマの言う通り、カセトカ式自動装填装置の弱点はトップアタックに弱いところにある。砲塔の下に円筒状に配置された弾薬は、上からの攻撃を受け、引火するとそのまま爆発し、砲塔を吹き飛ばす致命的被害を誘発することもあるのだ。所謂「ビックリ箱」と呼ばれるやつである。──さて、厄介な戦車は吹き飛んだ。ここからが本番だ。RPGを投げ捨て、またSR-16を取り出す。

 

『撃て、撃て!』

『混乱に乗じるんだ!』

 

アイリッシュとディマの声に応じ、下の階に位置したトゥームストーンの各員が射撃を始める。俺も同じように射撃を始める。予想通り、混乱した敵はろくに応戦出来ずに、撃たれるままだった。しかし、どうやら連中の中にもできる奴がいたらしい。

 

「クソ、機関銃か!こっちに撃ってきやがった!」

 

重武装の機関銃手が機関銃をこちらに撃ってきた。すぐそばを横切った弾丸は、恐らく7.62×54mm R──フルサイズ弾だ。当たったらひとたまりもないに違いない。K6-3を思わせるヘルメットを被る機関銃手は、見るからに重装甲で、一番最初にナイフで倒した奴とほとんど同じ格好をしていた。

 

(マズイな...。ナイフを突き立てに向かう訳にはいかん。かといって、あまり時間をかけすぎると他の連中も態勢を立て直してくるかもしれねぇ。さっさと機関銃手だけでも倒さないと...)

 

屋上の縁を陰になんとか隠れながら対処法を考える。重装甲の敵を、確実に排除できる方法は──

 

「...なんだ、すぐ近くにあったじゃねぇか」

 

目の前に転がるRPG-7を睨みつけながら、俺はほくそ笑んだ。

 

「トゥームストーン、機関銃を引き付けてくれ!」

『了解!』

 

トゥームストーンに機関銃手の注意を引きつけるように言う。その間にRPGを手繰り寄せる。予備の弾頭がまだ1発床に転がっていた。その弾頭も手繰り寄せ、RPGに装填する。──役者は揃った。今だ。

陰から体を出し、先ほど機関銃手がいた位置を見やる。奴はまだそこにいた。敵がこちらを向いたのに気づく。──俺が一足早かった。

 

「ぶっ飛べ!」

 

RPGの引き金を引く。装填された成形炸薬弾はブースターで飛び出した後、ロケットモーターに点火し、秒速およそ300mで敵兵へと突き進む。

 

『なんだ!?急に爆発したぞ!』

「俺がやってやった!」

『流石ね!』

 

作戦成功。敵兵は空の彼方へ吹き飛んで行った。そして...

 

「もうあたりに敵はいないか?」

「そのようだ。俺たちが戦っている間に海兵が残りを始末してくれたらしいな」

 

どうやら危機は脱したらしい。

 

 

車両の残骸とロシア兵の死体が転がる橋を渡り、グリーンランドが待ち受ける市街地へ向かう。

 

「クソ、酷い匂いだ」

「右には死体、左手には燃え上がる戦車、まさに地獄だな」

 

橋の惨状に言葉を漏らす俺にディマが首肯する。

 

「トゥームストーンだな?支援に感謝する」

「相当手酷くやられたな、海兵。大丈夫か?」

「ああ、お前たちがこなかったらもっと酷いことになってた」

「気にするな。お互い様ってもんだ」

 

俺と海兵のやり取りをアイリッシュが締める。壁に囲まれた街の唯一の出入口であるゲートを抜けると、そこには廃墟が広がっていた。廃墟の先にそびえ立つデカいドームのモスクが、ここがイスラム圏であることを教えてくれた。

 

目的のグリーンランドはすぐそこだ。海兵に教えてもらった、グリーンランドがいる本部の位置に向かうまでの間に、やたらと海兵から話しかけられた。やれ死線を潜ったようだな、とか、好きにレーションを食っていい(こちらについてはありがたかった...それが幻想だと分かるまでだが)とか。俺達は数日の間に、思ったより海兵の間で有名になっていたのかもしれない。

 

 

「...いやそうは思わない。...は?何?OK、分かった。貴様の都合なんて関係ない、言った通りやれ。こっちはもう3日も食べてないんだぞ」

 

本部らしき施設から、やたらと強い声色の女の声が聞こえる。この声の正体がグリーンランドか。一瞬無線機から外して「トゥームストーンか?」と聞いたら、また無線の相手との会話に戻ってしまった。...いや、それより。3日も食べてないと言ったか?本部でレーションが食えるってのは嘘だったのかよ?ちくしょう、それ聞いて尚更腹減ってきた。

 

「ロシア軍が戻ってくるまでに、全員に食事をとらせたい。レーションをこちらに送れと言っているんだ。ああそうだ、携行食でいい」

 

そういうと、そばにいた海兵にレーションの受け取り準備をするように言った。用事が終わったと見たアイリッシュがグリーンランドに話しかける。

 

「少佐、あ、あの...」

「お前、彼に続け」

 

...彼女はなかなか手強い女傑らしい。アイリッシュにそういうと、さっさと建物の中に戻っていってしまった。

 

「...こいつは、なかなか難しそうな相手だ」

「あいつがグリーンランドだ。いこうぜ」

 

俺のぼやきと不満げな声色をしたアイリッシュの声がやけに響いた。

 

 

彼女の後を追い、建物の中に入る。中には、足を組んで机の上に放り出していたグリーンランドがいた。彼女の目が俺達を貫く。

 

「なぜまだここにいる?」

「手短に言えば、敵陣に阻まれ進めません」

「船に戻りたいんです」

「船に乗りたきゃチケットを買うんだな」

 

グリーンランドはアイリッシュとハンナの要請を一蹴する。だからといってこちらとてはいそうですかと引き下がる訳にはいかない。俺も加勢する。

 

「USSヴァルキリー。今は紅海近くにいるはずのあの船に戻らなきゃならないんです」

「乗り遅れようが知ったことか!私のコーヒーは?」

 

彼女にとっては自分のコーヒーのほうが大切らしい。副官にコーヒーを入れるよう指示して、また手元の書類に目を落とした。冗談じゃない、最悪この戦争の行く末がかかってるんだ。海兵隊のコーヒー1杯で戦争が長引くなんぞ、ドイツ人のジョークよりも余程笑えん。

 

「少佐!西への移動手段が不可欠なんです!」

「3日前、ロシアに飛行場を急襲された。地上部隊も近づいている。供給線は絶たれ、兵力も圧倒されている。今不可欠と言われても、こちらの知ったことじゃないな」

 

グリーンランドにここの絶望的な戦況を端的かつ手短に説明された。向こうも嫌がらせがしたいわけではないらしい。いっそのこと、嫌がらせのほうがまだ交渉次第でどうにかなるのにな──

 

「それを置け!大惨事になるぞ!」

 

急にグリーンランドの声が響き、思考から引き戻される。見ると、アイリッシュが手に四角い弁当箱のようなものを持っていた。...いや、これはC4か。いくら安全性が高いとはいえ、うかつに触るべきものではないものなのはたしかだ。

 

「...ロシアの対空戦力は?」

「鉄壁だ。移動式SAMがダムの下をカバーしているからな」

 

つまり助けの綱は自分たちの面倒を見るので精一杯な上に、仮に移動手段──現実的には輸送機か──を手に入れても撃墜されて中国の大地の肥やしになるのがオチって訳だ。

 

「俺のスーパーホーネットがあればいくらでもSAMくらい吹き飛ばすのにな。クソったれめ...」

「お前は翼を失った兵士か、少尉?」

「そんなところです」

 

叶わぬ願いを呟く俺の一方で、ハンナは別のことを考えていたようだった。

 

「...ダムの下にSAMが?そして私たちは高台にいる。部隊も全て高台に、飛行場までも」

 

壁に貼り付けられた地図を見たハンナが何かを思いついたように呟く。それがどうした、と言う前にアイリッシュが言葉を発する。

 

「民間人たちは?」

「避難済みだ、軍曹」

「民間人はいないのね...」

「そうだ、街は空っぽ。一体何が言いたい?」

「特に意味はありません、少佐。助けていただけないことは残念ですが、この爆薬を喜んで運ばせていただきます。乗り物さえあれば」

 

...アイリッシュは何を言い出すんだ?爆薬を運ぶ?どこに?まさか──

グリーンランドは数秒の逡巡ののち、立ち上がった。

 

「足なら外にある。だが必ず返すんだぞ!言っておくが、私は成功報告以外何も聞きたくない。成功したら西に送ろう」

 

海兵隊の劣勢の打破と敵防空兵器の無力化。それらを同時に解決する方法、それは──

 

「なぁディマ...」

「少尉、何を言いたいのかはわかる。だが今は他に手がないようだ」

「だからって、ダムをぶっ壊すなんてありかよ!?」

 

俺の叫びは、虚しく曇天へと消えていった。

 

 

「レッカー、酷い顔してるな。少し眠った方がいい。ダムに近づいたら起こしてやる」

 

外に止めてあったMRAPに乗り込むと、アイリッシュがレッカーに声を掛けた。酷い疲労のためか、レッカーはすぐに眠ってしまった。

 

「ったく、過去最悪の計画だ...もしかしたら、俺たちはハーグ(国際司法裁判所)送りになるかもしれないな」

「ウソだろ。国際法違反になるのか?」

「可能性としては、十分に」

「でも必要な犠牲よ。仮に私たちが犯罪者になったとしても...」

「どうせ俺は死んだも同然だ...ならば、ここで犯罪者になろうと大して変わらん」

 

世紀の戦争犯罪人となろうとしているというのに、ハンナとディマの覚悟は大したもんである。一方のアイリッシュは、戦争犯罪になるなどとは露ほども考えてなかったようだ。

 

「エレステナー。お前の英語は、相当に日本人訛りだな」

 

唐突にアイリッシュが聞いてきた。これでもかなりマシになった方ではあるが、それでもよく言われることではある。

 

「よく言われる...」

「日本からの移民なのか?」

「そんなとこだ」

「なぁ、民間軍事会社のコントラクターってのは別にアメリカ人にならなくたってできるだろ。ニューオーリンズ条約って言ったか?」

「まぁな。アメリカに来た理由は...そうだな、祖国に見捨てられた、とでも言えば話は早いか」

「どういう事だ?」

「悪いがこれ以上は話せない。人間は、大なり小なり秘密を抱えてるもんだ。それとも、それでは俺を信頼できないか?」

 

俺の問いに、アイリッシュは一言だけ、いや、と答えるのみだった。車内になんとも言えない沈黙が漂う。それは終ぞ、目的地のダムに着くまで破られなかった。

 

 

「ここまでか...」

 

レッカーを起こし、MRAPから降りる。ダムの直前で狭いトンネルがあり、俺たちは降りざるを得なかった。

 

「アイリッシュ?」

 

ふとハンナが声をかける。

 

「なんだ?」

「家にいるって言ってた人たちだけど、誰のこと?」

「女房と子供たちだ」

「なるほどね。エレステナー、あなたは?」

「同居人のおっさんが1人。お袋と親父は多分俺の事を死んだと思ってる」

「本当に...何があったの?」

 

聞いても答えられるものではないのでしょうけど、とハンナを言葉を切った。ハンナの言葉の終わりと同時に、トンネルの向こうから光が見えてきた。光の射す方へ向かうと、そこからは巨大なダムが一望できた。

 

「ああクソッタレ!」

「こいつをほんとにぶっ壊すのか?」

「ええ、これは大きい。爆薬は十分かしら?」

「ああ、配置を間違えなきゃな。...見えるか?中央が弱点だな。最初の爆薬はあそこに設置しよう」

 

ハンナの心配にアイリッシュが答える。アイリッシュの言う通り、ダムの中央部は亀裂と大きな欠けが出来ていた。どうも、あそこを修復しようとしているらしい足場が見える。素人目からしても、あそこが弱点であることは明らかだった。

 

「工学の学位を持ってるの?」

「お前が医療の学位を持ってるようにな」

 

この2人は俺が思っていたよりは勉強ができるタイプだったらしい。さすが、特殊部隊員と要人警護担当である。

 

「確かに医療の学位は持ってるけど...まぁそれはどうでもいいか。本当に確かなの?」

「ああ。内部から破壊すれば問題ない」

「信じるわ。用意はいい?」

「俺は行けるぜ」

「問題ない」

「仕事をしよう」

「...」

 

四者四様の答え方で自身の準備完了を伝える。レッカーはいつも通り頷くだけだった。

 

 

ダムに向けて前進を始める。しかし、運は俺たちに味方してくれないらしい。ヘリコプターのローター音が聞こえる。

 

「クソ、タイミングが悪い!」

「気をつけて。辺りを偵察しましょう」

「レッカー、頼むぞ」

 

全員で警戒しながら前進する。ちょうど俺たちはダムを見下ろせる丘に位置していた。

 

「クソ、どこもロシア軍だらけ。左側面、監視塔に敵スナイパー。その下に歩哨が1人」

「考えて動こう。レッカー、どうする?」

 

レッカーは少し考える素振りを見せると、俺たちに考えを伝えた。まずレッカーが先に下の歩哨をナイフで始末する。続いてほぼ同時にスナイパーも同じくナイフで始末する。とかく、俺たちの存在が悟られないことが重要だった。

 

「OK、スナイパーは誰がやる?」

「俺がやろう」

「ディマ...今更だが、お前の同胞だろ?」

「必要なら、同胞殺しも厭わない。俺の仕事はそういうものだ」

「よし、決まったな。俺とエレステナー、ハンナはレッカーとディマの後ろで援護できる位置に着く。だが発砲は可能な限り避ける。いいな?」

 

了解、と全員が小声で言う。そこからは素早く動く。レッカーはナイフを、ディマは...ナイフ、じゃないな。ドライバーのような鋭い物を手に、それぞれのターゲットに向かった。俺たちは2人をいつでも助けられる位置に着く。

 

「よし、2人ともいいな。1、2、3で襲いかかるぞ。1、2、3、いけ!」

 

俺が無線で2人に伝えると、2人は同時にそれぞれのターゲットを倒した。静かに、確実に。

 

『ターゲットダウン』

「脅威の無力化を確認」

 

なんとか発砲は避けられた。スナイパーのいた監視塔に上り、敵情視察をする。

 

「ああ、ロシア人はダムの重要性を理解してるらしい」

「辺り一面敵だらけ...」

 

簡単にはダムを吹き飛ばさせてはくれないらしい。ロシア人はダム脇の作業現場全体に居座っていた。

 

「見ろ、あそこだ。プレハブの上」

「重装甲の機関銃手か。面倒だな」

「静かにいくのは難しそうね」

 

はぁ、全く。戦闘機乗りだと言うのに、ここ毎日ずっと銃ばかり撃ってるじゃねぇか。気に入らん。たまに撃つから楽しいんであって、こんな泥沼の地上戦は専門外だ。

 

「あーあ、航空支援が死ぬほど恋しいな。俺だったらここ一帯丸ごとJDAM投げ込んで一掃しちまうってのに。それかそもそもダム本体に2000ポンドを何発か落とすけどな」

「無い物ねだりはすればするだけ悲しくなるものだぞ、少尉」

「流石、何も無さそうなところにいた男のセリフは沁みるね...」

 

ディマに言われては俺もあまりどうこう言うことはできん。建設的な議論と行こうじゃないか。

 

「あの機関銃を黙らせたら少しは楽になるだろうな。手は無いか?」

「倒したスナイパーが持っていたSV-98が使える。俺に任せろ」

「ほう、こいつを使ったことが?」

「当たり前だ」

 

全く、このロシア人の頼りになることよ。では機関銃野郎は任せるとして...。

 

「機関銃を倒したら、次はほかの連中だな」

「ここは高台よ。敵を一方的に撃ち下ろせる」

「俺がM240(こいつ)で連中を抑える。その間にレッカーが始末すればいいだろ」

 

そういい、アイリッシュがレッカーのMk11を見る。確かに敵とは少し距離がある、Mk11ならちょうどいい距離だろう。

 

「OK、アイリッシュの案に乗った。俺とハンナは下に降りて横から連中を叩けばいいだろ」

「それが良さそうね。私のP90(これ)じゃ、この距離は少し狙いづらいし」

「お前達2人は持ち場に着いたら連絡しろ。俺が敵の機関銃を倒したら攻撃の合図だ」

 

そうして俺達はそれぞれの持ち場に向かった。

 

 

「ディマ、俺とハンナは位置についた。いつでも攻撃できる」

 

俺とハンナは敵の左側面に位置し、窪みに身を隠している。1人よりも2人の方が何かとリカバリーが効く...にしても、少し狭かった。

 

『了解、準備できたらすぐに撃つ』

「早くしてくれよ」

『急かすな。風はなし、距離も問題無し。3、2、1』

 

無線が切れるや否や、フルサイズ弾の大きな音が山間中に響く。直後、M240の重々しい音が一帯を揺さぶった。

 

「よしハンナ、行くぞ!」

「了解!」

 

敵は監視塔の方に釘付けになっている。アイリッシュのいる方向に弾丸を浴びせている連中の横っ腹を突ついてやろう。

 

アイリッシュの弾幕に身を隠す敵を撃ち抜く。まさかこちらから撃たれるなどとは少しも思っていないだろう。

 

1人、2人と敵を無力化していく。そのうち、銃声に混じって重いサイレン音が響き渡った。

 

「クソ、警報装置だ!」

「壊すわ!」

 

ハンナが反応し、警報を止める。これでいらん敵が来ないといいが...。

 

アイリッシュが足止めしている敵を、ディマとレッカーが遠距離から撃ち抜く。向こうから見えずに隠れている敵を俺達が倒す。単純な十字砲火だが、シンプルイズベストというべきか。非常に効果があった。

 

(攻撃でも十字砲火って効果あんだな...当たり前といえば当たり前かもしれんが)

 

やがて銃声もまばらになってきた。結局こちらにはほとんど反撃という反撃もなく、ほとんどの敵を倒したわけだ。

 

そろそろレッカー達に降りるよう言うか──そう思った矢先だった。

先程聞いたのと同じローター音。嫌な音がこちらに近づいていた。

 

「あれは...?そんな!?」

「クソ、隠れるぞ!」

 

ヘリに見つかってはとんでもない。見つからないように移動しなくては。頼むからこっちを見つけないでくれ──そう祈りながら、手近のプレハブに滑り込んだ。

 

「見つかったと思うか?」

「いいえ。でもずっと上を飛んでる...」

 

さっきの警報装置か。先に壊すべきだった...そう後悔しても、遅いものは遅いが。

 

『おい、そっちは大丈夫か?』

 

アイリッシュからこちらを心配する無線が入る。...大丈夫かどうかでいえば、あまり頷けばしない。

 

「ヘリ野郎がこっちをミンチにしようと旋回してて大丈夫な訳あるか。バレたらマズい、そっちはしばらく静かにしてるべきだな」

『ああ。だがあいつを落とさないと』

「手を探してみる。アウト」

 

ふう、と少し息を吐く。こういう時こそ落ち着かねば。

 

「大丈夫?」

「ああ、少し落ち着かねぇといけないって思っただけだ。もう問題ない」

 

ハンナの方こそ、と言おうとして、止めた。彼女にはどうやら必要なさそうだ。

 

「ランチャーがいる。スティンガーが最上だが...」

「あの高度なら対戦車ランチャーでも充分当てられるわ。私たちを探してゆっくり飛んでいるし」

「ここには...なさそうだな」

 

ランチャー探して三千里...別の建物に行く必要がありそうだ。

 

「別のプレハブに行くぞ。幸いすぐそこにある、ヘリが建物の陰に入ったらすぐ移動だ」

「了解。素早くね」

 

窓の外を見上げる。敵のヘリはまだこちらに気づいていないようだ。それに旋回のパターンが一定だからタイミングが見やすい。

そして、ヘリが背の高い建物の陰に入りそうになった。今がチャンス。

 

「3つ数えたら行くぞ。1、2、3、ゴー!」

 

プレハブを急いで出て、そのまま側のプレハブに駆け込む。

 

「ヘリは気づいていない。大丈夫そうよ」

「寿命が3年は縮んだ...全く」

 

とりあえず難題はクリア。しかしヘリから隠れて動くのは目的じゃない。ランチャーを探さねば。

 

「ここはいくらか武器があるな。ここならランチャーもあるかもしれねぇ」

「グレネードランチャーがあるわ。どうかしら?」

「悪くはねぇが、ちと使いづらいかもな...っと、こいつは」

 

緑色の木箱を開けると、中にはRPG-7が。

 

「こいつはいい。見たところピカピカの新品だ」

「使えるの?」

「さっき使ったばかりだ...」

 

早速撃ち込みに行きたいが、下手なところから撃ってもいいとこミンチだろう。一発で仕留めたい。

 

「ハンナ、グレネードランチャーがあったって言ってたな。ヘリがここの真上近くまで来たら、適当に外に撃ってくれ」

「居場所を晒すようなものじゃ?」

「むしろ爆発したところに気が向くだろ。その間にRPGでドカンだ」

「分かった、やるわ」

 

話が早くて助かることで。さて、最後の確認だ。RPGの弾頭は装填よし、安全装置は...まだ掛けておくか。ろくにゼロインなんてしてないが、近距離で撃つ以上問題ないだろう。相手もそれなりに図体があるし。

 

「来たわ!」

 

ローター音が近づく。やがてそれは、ほぼ真上に達する。

隣からグレネードランチャーの軽い発砲音が聞こえた。それが合図だ。

俺が外に出るのと榴弾の着弾はほぼ同時だった。急ぎセーフティを解除、ヘリを狙う。奴は爆発地点に釘付けだ。

 

「それが、命取りだ!」

 

その大きさに反してあまり大きくない衝撃が、肩越しに伝わる。成形炸薬弾はそのままヘリに命中、砕かれたローターは空気を切り裂いて不快な音を立てながら、地面に堕ちた。

 

「全く、空にいる時はロケット弾を食らわねぇようにしねぇとな...こんなんにはなりたくねぇ」

『ヘリの撃墜を確認。俺達も下に向かうぞ』

「了解。待ってる」

 

とりあえず一安心か...。気が緩まった途端にRPGの重さが体にのしかかる。

 

「今のは凄かったわね。流石よ」

「外したら反撃でミンチ確定だしな...。どうにかなって良かった」

 

 

 

降りてきたレッカー達と合流し、ダムの天端に向かう。天端の上の敵はまばらだった。

 

少ない敵を排除しながら進んだ先にはエレベーターがあった。

 

「ダム内部行きエレベーターか」

「内側から壊せるならそれに越したことはない。降りるぞ」

 

エレベーター、ねぇ。鉄のカゴにはどうもいい思い出がない。ロープウェイで落っこちたのだって、つい2日前の話だった。

 

「ま、なるようにしかならんね...」

 

俺の呟きは、動き出したエレベーターの金属音にかき消され、消えていった。

 

 

「しかし大したもんだなハンナ」

 

エレベーターの中でアイリッシュが言う。急にどうしたのかと彼を見る。

 

「普通、護衛官ってのは戦闘能力は求められないはずだが」

「やるしかなかっただけよ」

 

ハンナの答えは、力強さを感じるものだった。

 

「土壇場どころではない窮地も乗り越えてきたんだろう。秘密探偵は無敵、といったところか」

「そういう訳では無いわ、ディマ。身についたものは消えないだけ」

「なるほどな」

 

身についたものは消えない──ディマの顔は、その言葉をここにいる誰よりも理解しているようだった。

 

「ジン・ジエの警護はどれくらいやってきたんだ?」

「ずっと彼といた訳ではないわ。志願して編入させてもらったの」

「ほう、どこから?」

「残念だけど少尉、女の秘密はここまで。あなただってあなたのこと全ては教えてくれなかったでしょう?」

 

なるほどな、と苦笑する。それは確かにその通りだ。教えられること、そうでないこと──距離感こそ関係維持のコツか。

 

「でも真面目な話、チャンは敵で、あなた達と私は同じ側に立っている。全てが解決したら...もちろん勝利するのは私たちだと信じているけど...」

 

ハンナの言葉が一瞬途切れる。エレベーターの駆動音以外には何も聞こえてこない。

 

「祖国は、私を必要とするはず...私は本当の自分を忘れる訳にはいかない」

 

──祖国は自分を必要としている、か。必要とする祖国がない俺には、なんだかあまりピンとこなかったが。でも言いたいことは分かる。ここの全員がそうだろう。鉄のカゴが、やけに小さく感じた。

だが、現実は感傷に浸る暇をこれっぽっちも与えてくれないようだ。突然エレベーターの照明が落ち、停止する。

 

「故障か?」

「電力を切られたらしいな」

「注意して。降りられる場所だけど、敵がいるかもしれない」

 

ちょうど電気が切られたのは、内部通路の階だったようだ。目的地には着けたから、まぁ悪くは無い。

 

「ロシア人、先頭に立て。後に続く」

「了解した海兵」

 

ディマに続き、各々がエレベーターから降りる。

 

「前方クリア」

「右よし」

 

慎重にクリアリングしていく。左側には、遠くまで通路が続いていた。瞬間、ロシア語の声が聞こえてくる。

 

「クソ、ロシア人が来るぞ!」

「私が爆薬を仕掛ける!その間制圧を!」

「よし、俺達が制圧する!行くぞ!」

 

アイリッシュに従い、3人で制圧を行う。アイリッシュが機関銃で制圧している間、ディマとレッカーが怯んだ敵を1人1人確実に倒す。俺はアイリッシュに混ざって援護だ。

 

「ハンナ、まだか!?」

「これで...よし、設置完了!」

「次に向かうぞ!」

 

どうやらC4で1箇所吹き飛ばすだけでは足りないらしい。まだまだロシア軍との交戦は続きそうだ。

 

「通路に敵が残ってる!少しづつ前進して片付けるぞ!」

 

敵が減り、少し射撃が止んだら次の障害物へ...その繰り返しだ。やることは変わらない。制圧し、その間に精密射撃を食らわせる。

 

「よし、通路クリア!レッカー、お前の出番だ!」

 

次のC4設置はレッカー軍曹の仕事だった。信管を挿入し、起爆装置の電源を入れる。

 

「まだ設置する場所は!?」

「通路はここで終わりだ、外に出る!」

「足場か!」

 

外から偵察した時、ダム外側には足場が組まれていた。それを使って最後の目的地へ行くらしい。

 

ドアを蹴破り、外に出る。雄大な自然...などと言っている暇はなかった。

 

「クソ、ここはなんて高さだ...!」

「ああチクショー!」

「文句を言っている暇はないぞアメリカ人、行くぞ!」

 

命綱無しで足場を渡るのはスリリングでは済まない体験だ。クソ、高所恐怖症になんて場所通らせやがる。

 

「気をつけろ、向こうにロシア人だ!足場の上に陣取ってる!」

「スナイパーもいるわ!」

 

こんな場所で死んでたまるか。まずはスナイパーからだ。高所にいるスナイパーを倒し、次は制圧射撃を加えてくる連中にダメ元で撃つ。

 

「デカいパイプが見えた!最後は俺が仕掛ける!」

 

アイリッシュがダムの洪水吐に最後の爆薬を仕掛けに行く。ちょうど亀裂の真下に当たるところか。あいつの邪魔はさせない。

 

アイリッシュの機関銃に比べれば大した射撃量ではないが、それでもディマやレッカーの援護にはなるだろう。制圧射撃を継続する。

 

「設置完了!いつでも爆破できる」

「ようやくか!行くぞ!」

 

アイリッシュの爆薬設置が終わった。よし、これでひと通り仕事完了。あとは逃げるだけだ。こっちまで巻き込まれてはたまらん。ディマとレッカーのお陰でかなり敵は減ってきた。

 

「で、どこに逃げるんだ?」

「戻ったところでエレベーターは使えないわ。このまま足場を進んで」

「本当に続いているのか?」

「そう願って」

 

ひでえギャンブルだな、畜生。今日は間違いなく人生最悪の日だ。僅かなロシア兵を蹴散らしながら、足場をただひたすらに前進。しかし、しばらく進んだところで足場がなくなってしまった。

 

「クソ、足場が途切れてるぞ!」

「ハシゴに飛びかかって!」

「なんだと!?」

 

おい冗談だろ、と言う暇もなく、手本と言わんばかりにハンナが飛んでいってしまった。そんな、さっき国が必要としているなんて言ってたのに自殺行為をするなんて───

 

「───さぁ、早く!」

 

嘘だろ、しっかりハシゴを登りきって向こうの足場に行ってるじゃねぇか。

しかもレッカー、続いてディマも向こうに行きやがった。残ったのは俺とアイリッシュ。

 

「どうした、行くぞ!」

「早く来て!」

「...」

 

ハンナ、ディマ、レッカーの3人の目線が俺達に突き刺さる。

 

「なぁ、本当にやるのか...?」

「クソ、なんでこんな羽目に!」

 

なんだってこんなことをしなきゃならん。だが───今更戻れもしない。選択肢はない。

 

呼吸を整え、助走のスペースを作る。今までの人生で出した1番のスピードで、ハシゴへ。

 

「うおりやぁぁぁぁ!」

 

手に感じる、確かな金属の冷たさ。どうやらハシゴを掴めたらしい。眼下の景色は見なかったことにして登る。

 

「はぁ...はぁ...俺、生きてる...」

「クソッタレェェ!」

 

俺が登り切ってすぐ、アイリッシュも覚悟を決めたらしい。重い機関銃をぶら下げていたが、なんとかこちらまで飛びかかることが出来たようだ。

 

「まだ終わりじゃないぞ、とにかく進め!」

 

全く、一世一代の大ジャンプをしたばかりだというのに、このロシア人は。少しは休ませてくれ。

 

そのまま足場を上りつつ、ダムの端に向けて進む。だが、現実は非情だった。

 

「...こいつは!」

「足場が切れてやがる!」

 

なんてこった。もうこれ以上進めねぇ。かと言って戻ることもできやしない。それなら、せめて任務は完了させるしか。

 

「やるしかない。レッカー!」

「爆破して!」

 

アイリッシュとハンナに応じ、レッカーが起爆スイッチを押す。瞬間、爆発音が聞こえた。爆発に思わず足場から落ちそうになり、ギリギリで柵を掴む。

 

「どうなったの?」

「爆発音は2つだけだった」

 

置いた爆薬は3つ。まさか、1個起爆出来なかったのか?

 

「クソ...そんな、お願い...」

 

ハンナの祈るような声。頼む、爆発してくれ───そんな祈りが届いたのか、一際大きな爆発が洪水吐から起きる。爆発はダムの亀裂を拡大させ、コンクリートの壁を崩落させる。

 

「やった!よかった...」

「ったく、ヒヤヒヤした...」

「流されちまえ、クソッタレ共!」

 

崩落した壁からは文字通り滝のような水が押し寄せ、眼下の全てを洗い流していく。亀裂はさらに進み、やがて左右へと───待て、左右?

 

「クソ、待って!ダメ、ダメ、待って!」

 

コンクリートの塊は容赦なく足場を破壊していき、それは俺達のいる所も例外ではなかった。

 

「これだから地上戦なんて嫌なんだ畜生!」

「マジかよ...」

 

最後に見たのは、ダムの下へと落ちていく4人の姿だった。

 

 

 

 

「...い、おい!」

 

体中が痛む。擦り傷だかなんだか分からんが、水が染みてやたらと痛い。目を開けた先には、ディマがいた。

 

「ディ...マ...」

「無事か、少尉!」

「あんなとこから落ちた割には...無事なんじゃねぇかな...」

 

感覚だが、骨折したような痛みはない。人間って意外とどうにかなるものなんだな...。

 

「そうだ...3人は...」

「ああ、あそこだ」

 

そう言ってディマが指さす方に顔を向ける。見ると、アイリッシュがレッカーを引きずり出しているところだった。

 

「...がアイリッシュを引きずり出した」

「それは言わないでくれ、ハンナ」

「まったくなんて悪運。アイリッシュなんて呼ばれるわけだ」

 

アイリッシュの方はハンナに引きずり出されたらしい。ともかく、全員無事そうでなにより。

 

軽く泥を払って立ち上がると、ローター音が聞こえてきた。まさか───そう思って見上げた先にいたヘリはロシア軍ではなかった。アメリカ海兵隊のUH-1Y───きっとグリーンランドだ。

 

「行こう、ディマ。俺は大丈夫だ」

「全く、とんだ頑丈さだな」

「ここにいる全員がそうさ」

 

レッカーを引きずりだしたハンナ、アイリッシュと合流し、UH-1Yの着陸した地点へと向かう。

 

「行くぞ。あいつには貸しがあるからな」

「ああアイリッシュ、しっかり返してもらおうぜ」

「ジン・ジエが無事だといいけど」

 

着陸したヘリからは予想通り、先程見た女傑の顔が覗いた。

 

「必ず返せと言ったはずだ、クソッタレのろくでなしの大馬鹿どもが!」

 

海兵隊式の礼の言葉であることは口調からも明らかだった。差し出された手を取り握手する。

 

「全く、この手で絞め殺してやるところだ。よくやった、レッカー。これで対空兵器は停止した。スカイブリッジがこれで使用可能になる」

 

ヘリに乗っていた海兵隊員が何人か降り、ヘリが飛んでいく。...本当に俺達は移動手段を手配して貰えるんだろうな?

 

「少佐、送っていただく件は...」

「手配しよう。西へ運べばいいんだったな。準備が整うまで2分待て」

 

どうやら約束を反故にする女ではないらしい。その事にほっとする。しかし、2分で準備して飛べるようにするなんて、どうするんだか。

 

「おい!」

 

海兵に肩を叩かれ、リュックのようなものを背負うように言われる。いや、リュックというよりはパラシュート降下に使う機材に見えるが。他の4人も同様だった。

 

「USSヴァルキリーはスエズ運河に向かっています」

「心配ない、スエズには行ける。船がそこにいるなら、猫の手も借りたい事だろう」

「そりゃどういうことだ?」

「口の利き方に気をつけろ。中国軍がスエズ運河北部を抑えた。だが必ず取り戻す。ヴァルキリーはクソ溜めにいるんだ。グッドラック」

 

よかった、ヴァルキリーはまだ沈んでいないか。アングリーシー作戦は一応成功に終わったらしい。問題といえば、ヴァルキリーはグリーンランドの言うようにクソ溜めに前進中という点か。EMPで通信がぶっ壊れて状況が分からないんだろうな。

 

「ありがとうございます!」

「いや、礼を言うのはこっちだ。出してやれ!」

 

そう言ってグリーンランドは去っていった。グリーンランドの背後の海兵が、気球を膨らませて空高く上げる。ああ、これはあれか。いわゆるフルトン回収って奴だ。この気球を輸送機が掴みそのまま人員を回収していく───

 

「...おい」

 

嘘だろ。てことは、つまりそういうことだろ。

 

「もしチャンが運河を制圧したら、ジン・ジエは奴の手に落ちる。船に戻らないと」

 

ハンナがレッカーに話しかけているが、全く耳に入らん。脳みそに血が回らなくなってくる。

 

「クソ...ここで死んでた方がマシだったぜ」

「大丈夫か、海兵。名前の由来はスコッチ・ウィスキーか?」

「3年も飲んでないぜ、ロシア人...」

「ノートルダムに行ったから?」

「いいや」

 

3人の会話の輪に入る気にもならん。何言ってるのかは耳に入るが意味が分からなくなってくる。その声に混ざって響く輸送機の無慈悲なエンジン音。音の方向を見ると、回収設備を機首に付けたC-130がこちらに来るのが見えた。

 

「ハンナ、ディマ、アイリッシュってな、呼ばれてるのは...うわぁぁ!」

 

瞬間、アイリッシュが引っ張られて情けない声を出す...が、すぐに遠くへと消えていった。

続いてハンナ。

次にディマ。

そしてレッカー。

最後は......クソ、なんで1番最悪な役回りが俺に───!

 

「うわあああああ!!!」

Von Voyage(良い旅を!)

 

すぐに体は生身のまま雲を突き抜け、空高くへ───そして、目的地のスエズへと向かっていった。

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