惑星・ディギング~熱砂と氷結の大地へようこそ、蜂が棲まう蜘蛛の船へようこそ~ 作:ジャミゴンズ
延々と続く黄土色のトンネルは途切れることなく、時に視界を水蒸気の白煙で染めながら。
下がり、登り、アップダウンのある起伏を繰り返しつつホーネットは進んでいた。
ホーネットの右側のモニターには、アンズがデータを呼び出して空洞図と予想される現在位置が表示されている。
《土蚯蚓》が削って作り出しただろう道は、構造がとても複雑だった。
無軌道な動きを繰り返して掘られていく為、横の幅も縦の幅も大きさはまばらだ。
上下にもうねるし、場所によっては崩落で塞がっていた。
ミミズが生物である以上、この道も自然に出来たトンネルであるとは言えるかもしれない。
コウのホーネットは機体の左側は殆ど動かなかった。
アンズを抱えているのも左腕だし、損傷はそちらに集中していた為だ。
拾ったインパクトハンマーを右手で握り込んでいる為、重心が右側にどうしても傾いてしまう。
遅々として進まない鈍いホーネットの動きに、コウは内心で悪態をついた。
もうちょっと早く反応してくれれば、こんなに遅く無いのに。
焦れる思いを必死に押さえつけ、コウは気を揉みながらも慎重に脚を動かした。
速度は出ずとも、足場と視界の悪い地下空洞を、僅かな計器と光源で危うげなく進んでいく。
その様子をコウに身体を預けながら眺めていたアンズは、舌を巻いていた。
ホーネット乗りになる訓練では、この機体の重心の感覚を掴むのが、最初の難関だ。
アンズも腕の悪い方では無い。
むしろ総合成績ではトップクラスだったが、初動ではスヤンに笑われた様に、思いっきりすっ転んだ。
ようやく機体の重心を意識的に制御できるようになったのは、いつだったか。 少なくとも一年は掛かっていただろう。
道具を持った状態で走り回れるようになったのも、その位の時期だったはずだ。
シティの訓練所で、高い評価を得ていたアンズでさえ、そんなものだ。
正直、今こうしてコウが機体を十全に扱い操縦しているのを見ると、コウのスキルは数多のホーネット乗りと比べても頭一つ……どころか群を抜いている。
しかもホーネットに乗り込んでからの期間はわずかに五日間。
天才的、と称しても良い。
いかに千年前に、似たような艦外機に乗っていたと言っても、信じられない技量である。
上下に、あるいは左右に揺られながら、アンズは自然に口が開いていた。
「ごめん……」
「ん? どうした、アンズ」
「あたし、ダメね……」
コウがそんな声にアンズへと視線を向ければ、バイザー越しに見える彼女の目尻が潤んでいるのが見えた。
力なくコウに体重を預ける彼女の姿と相俟って、普段とはまったく様子の異なる彼女に目を細める。
「いきなり、何?」
「シップにね、参加するの……初めてだった」
顔を歪ませ、弱弱しい息を吐きながら彼女は語る。
とつとつと漏らす言葉は、アンズ自身のことだった。
初航行のこと、ホーネット乗りとしてシップ・スパイダルに志願したこと、コウを見つけた時のこと。
そして今、この場で遭難することになった切っ掛けとなった原因。
《土蚯蚓》を撃退した時に起きた爆炎の光景に、トラウマが出来た事。
あの衝撃的な光景を振り払えていたつもりだったのに、火成岩採掘時に使った小さな爆発と閃光。
比べても規模が小さな音と光に、頭が真っ白になって身体は意思に反して後退してしまったのである。
「しかもね、そのせいでコウや、皆を巻き込んで……」
「アンズのせいじゃないって。 そんなの気にするなよ」
「さんざん偉そうなこと言ったのに、本当に未熟なのはアタシだった……ふふ、馬鹿みたい」
「……んー、なんかさ、話聞いてるとアンズと俺って似てるのかもな」
「え?」
「前にもちょっと言ったかも知れないけどさっっと!」
急な坂にバランスを崩し、ホーネットの姿勢を器用に変えて態勢を立て直しながらコウは続けた。
「俺も失敗ばかりだったんだ。 まぁ、もう昔の話なんだろうけどな、はは」
そう言って笑うコウに、アンズもつられて薄く笑みを浮かべた。
今度は自分の番、とばかりにコウは語りだしてアンズは下手な励ましをしているのだと思ったのだ。
実際にはコウの話は真実なのだが、冗談めかして笑う彼に胡散臭さを匂わす原因はあった。
「ここみたいに地下じゃないけど、宇宙で遭難するような事故も起こしちゃったことがあるんだ」
「へぇ……」
「本当だぜ。 三日くらいですぐに先生に拾われたけど、あの時は洒落にならなかったっすよ」
コウにとっては苦い記憶でもある。
宇宙艦外機《リペアマシンナリー》で宇宙船の修復実習中に、宇宙空間に飛び出さないよう機体に固定するアンカーを設置し忘れてしまったことがある。
当然、スラスター制御はあったのだが、それでも止まらずに宇宙のかなたにすっ飛んでしまった。
しかも、同僚を巻き込みながら。
単純なヒューマンエラーから発生したミスであり、よくあると言えばよくある事故ではあるのだが、それだけこっ酷く叱られた物だ。
追い打ちに、巻き込んだ友人を一人失いかけたというのが最も堪えた。
なんだかんだあって、結局は救出もできたし仲直りもすることが出来たのだが。
「まだ機体に慣れていなかったっていうのは言い訳だけど、結構きつかったすねぇ」
今のアンズみたいに、と付け加えコウは肩を竦めた。
「でも立ち直れた。 一緒に巻き込んじゃった友達が俺を見兼ねて励ましてくれて。
こんなのは数ある失敗の一つだけどさ、生きて戻れれば何とかなるっす。 だから、アンズだっていつか一流になれるって。
それに、俺の先輩なんだからアンズには頑張って貰わないと」
屈託なく笑うコウは、アンズに顔を向けた。
失敗ばかりしていると物事をネガティブに捉えがちだ。
コウ自身がそうだった。 だからこそ諦めないで励む事の大事さという物を知っている。
宇宙と地上の差はあれど、艦外機を扱う仕事をしているのだから根底は変わらない。
お互いに、駆け出しで失敗するのが当たり前な時期なのだ。
コウから背けているので顔は見えなかったが、アンズは何も答えずに身体の力を抜いていた。
胸は小さく上下していて、呼吸だけが通信で聞こえてくる。
熱中症に怪我、そしてこの状況下で体力・精神ともに限界を迎えて意識を落としたのだろう。
「あぁ……カッコいい事言ったつもりなんだけどなぁ」
一所懸命に励まそうとした身からするとがっかりしてしまう。
しおらしいアンズ、というのは珍しいのかも知れないが、コウは彼女の溌溂とした笑顔や怒り顔が、今は無性に見たかった。
まぁ、それは体調的には無理なのだろうが。
「さって、気を取り直して行くっすよ」
一つ誤魔化すように呟いて、彼は揺れに注意しながら歩く事だけを意識し、地下空洞を進んでいった。
何処までも続く円形状に抉られたような黄土色のトンネル。
その景観に変化が訪れたのは、さらに1時間ほどは進んだ頃であったか。
途中から横穴ではなく、縦穴を地表に向かって登ってきた感覚はある。
アンズが引っ張ってきたデータとシップで更新した地形図を照らし合わせながら、コウはホーネットのパネルを叩く。
見方が間違っていないなら、地表までは800メートルほどまで残っていた。
破れて剥き出しになっている左腕の一部が、じりじりと熱を伝えてきて。
下手に動かしてアンズの負担にならないよう気を付けながら、コウが携帯端末にちらりと目を落すと、気温は111℃まで上がっている。
気温が上がっているということは間違いなく、地表に向かっている証拠だ。
ホーネットの動きは故障部分を差し引いても鈍く、コウにとってはもどかしい反応ばかりを返してくる機体を動かすことは疲労感を加速させた。
地表で作業を行っていた時から何も口にしておらず、空腹感や渇きが酷く気になってくる。
段差や勾配も多いので、集中力の持続も難しくなってきた。
そして今、ホーネットの肩部ライトに照らされて見えたのは、やや大きめの空間であった。
それこそシップ・スパイダルが丸まると一艦、入りそうなくらいに広大に思える。
光源が強くない為、内部全体の構造は見えない物の、ピタリ、ピタリという妙な音を響かせていた。
「なんなんすかねぇ」
コウは気味が悪そうに口を窄めて言った。
地下に広がる広大な空洞そのものは、別に不自然ではない。
《土蚯蚓》を含めて、自然界が作り出す目に見えない地下世界だ。
こうした巨大な空洞が出来上がる事は、大陸惑星であるのならば普通の事だ。
ただ、定期的な間隔で耳朶を打つ音だけは、どうにも不気味だった。
ホーネットが脚を踏み出すたびに、音の反響が大きくなっていく。
おっかなびっくりと進めていたコウは、周囲を見回しながらホーネットを進めていた。
左腕の端末からアラーム。 咄嗟にコウは目線を向けて、動きを止めてしまった。
中空に映し出された警告と、周囲を見回した景色と音の正体を認識するに従って、やにわに興奮する。
「う、うそだろっ……!」
ホーネットが照らした場所に、先ほどの不気味な音が何であるか。
まさか、と思いつつも現実は明確に音の正体を彼に伝えていた。
「水ぅぅぅーーーーっ!」
広大な窪地になっているこの場所に、水があった。
既に気温が100℃を越える環境下で、どうして沸騰すらせずに地下湖水として溜まっているのか。
冷静に考えればありえない事ではないと、コウも判ったはずである。
スヤンに教えられた、あの大地の宝石とも呼べそうな光景を見ているのだから。
惑星ディギングは、灼熱と酷寒の世界であり、地球の4倍以上の大きさである。
岩石惑星としては巨大で、地球とは大気圧力にも差が大きい。
地表は400℃を越える高温に達し、生物はおろか植物すら生えない乾いた大地。
同時にマイナス200℃を越えて、空気すらも氷結する大地でもある。
凍り付いた大地が恒星に炙られて溶けだすのは、考える迄も無く水だ。
それら水分の多くは熱されて中空に気体となって消えゆくが、大地に沁み込んで乾いていくのも存在する。
地下深くに潜れば潜るほど、大地の表層の熱は失われていくのだ。
そうして蒸発しなかった水は、土や砂利に沁み込んでいく過程で濾過されて、真水となって地下空洞に落ちて行く。
もちろん、地下深くに水が潜り込みすぎれば、今度は惑星のマントルからから立ち昇る地熱によって蒸発していってしまうが。
地層そのものが侵食や堆積物などにより出来上がることを考えれば、水は必須なのである。
理屈はともかく、コウとアンズにとって救いとなるのは間違いが無い現実だ。
ゆっくりと、しかし出来る限り急いで巨大な水たまりの淵にホーネットを中座させると、コウはアンズを起こす為に声をかけた。
「アンズ、水っす! 飲めるっすよ!」
ところが、彼女は揺さぶっても荒い息を上げるだけで反応が薄かった。
左手の個人端末でアンズのバイタル情報も監視しているので、死んでいない事だけは確かである。
コウは一旦、彼女を起こすことは諦めた。
まずは自分自身の渇きを癒すことを優先したのだ。
こんな場所に溜まっている水を飲んで平気なのか、という思考は過らなかった。
むしろどんな泥水でも構わない、と考えていたのだろう。
ヘルメットを脱ぎ捨て、頭から突っ込むように水たまりに顔を付ける。
水しぶきが上がり、顔を打つ。
それは酷く温く、いや、むしろ熱いくらいであったが、乾いた肌へと沁み込むようでもあった。
口を開ければ気泡が生まれ立ち、喉を潤せば口内にたまった砂利を削ぎ落していく。
「っっかぁっ!」
極上とまでは言わないが、涙が出てしまいそうになるほどは嬉しい。
身体に水分が染みわたり、僅かに痺れていた指先に力が戻る。
何度も手で顔を洗いながし、分厚い手袋で口元と顔を拭って、コウは情けない声をあげた。
「あぁ~~……最高っす……」
至福を堪能しつつ、もう一度水面に顔をつけて出来る限りの水を口内に含む。
水分が必要なのは自分だけではない。
むしろアンズの方が速やかに求められる。
自分で動けない以上は、彼女の水分補給の方法は限られていた。
「んんんんっふ」
意味不明な言葉を放ちながら、彼は走ってホーネットの前に横たわるアンズに駆け寄った。
頬を目一杯に膨らませ、彼女の頭を持ち上げてヘルメットのバイザーをおろすと、顎を開かせる。
年齢の近い女の子だとか、そうしう細事を気にすることは全く無かった。
無理やり口をつけて水を流し込むと、案の定アンズは咳込んだ。
嗚咽により逆流する水が、口どころか鼻から漏れだしてたいた。
それは確かな生きているという証左。
現状においては醜さを覚えるより、酷く安心が胸をつくものであった。
「げっ……えぅっ……」
「アンズ!」
「うぅ……こ、コウ……」
「水だよ! 水があったんだ!」
突然の、そのままの意味で水を浴びせられた彼女は、薄く瞼を開いて声を出した。
水と言う単語に気付くと、コウの腕の中でゆっくりと首が巡る。
薄闇に浮かぶ水面が視界に入り、アンズは小さく笑みを浮かべて口を開いた。
「ふふ……ほんとだ……初めてみた……」
知識としては地下に水が溜まることを知っていたアンズも、実際に見るのは初めてだった。
こうして直面すると、どうにも現実感が薄い。
それはこの、暗すぎる世界のせいかもしれない。
ぼんやり湖水を見つめていたアンズが、緑色を捉えて目を瞬かせた。
「ぁ」
「どうした?」
「コウ……植物が……」
「え?」
震える腕を持ち上げて、アンズが向けた指先を目で追えば。
コウも水ばかりに意識が向いていて気付かなかったが、そこには確かに植物が生えていた。
雑草のようなものが、無軌道に点々とその芽を出していて。
黄土の大地に確かに根付いて、だが、確かに緑を茂らせて存在を主張している。
「はは……すげぇ。 なんか、思わぬ発見っすね」
「ほんとね……」
「オアシスって奴なのかな」
しばしホーネットに照らされる範囲で雑草に向けていた目も、やがて二人は顔を見合して笑い合う。
「アンズ、もっと水を飲んで。 水分を補給しよう」
「ええ、じゃあ……お願い」
作業開始から4時間以上もぶっ通しでホーネットに乗っていた事もあって疲労も募っている。
コウとアンズはこの地下のオアシスで、休憩を取ることにしたのだった。