惑星・ディギング~熱砂と氷結の大地へようこそ、蜂が棲まう蜘蛛の船へようこそ~   作:ジャミゴンズ

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二十二話 灼熱の大地へ

 

 

「ついたっ! 水!」

 

 機体に制動もかけず、半ば半身を飛び込ませるようにして操縦席を抱えたまま湖水に飛び込む。

 耐水性や衝撃などの細かい事は考える時間はなかった。

 電源が落ちてしまえばこの場所から脱出する方法が無くなってしまう。

 噴出する地下水の中で、泥塗れになっても採掘を続けることが出来るホーネットだ。

 ちょっとやそっとの水圧で、ショートするような軟な構造などしていないだろう。

 コウの乗っていた《リペアマシンナリー》が基になっているのだ。

 この惑星ディギングにおいて、彼が絶対に信頼できる数少ない《祖人》の利器である。

 水位は随分と落ちていたが、予想通り間に合った。

 

「っ! 来たなっ!」

 

 まるで水を奪いに飛び込んできたホーネットという異物に抗議するように、ヌッっと水面から顔を出してコウへと岩の塊が動き出す。

 コウの眦が下がった。

 バイザーの奥に揺れる瞳は、人類災害の《土蚯蚓》を真っすぐに見据え、口元は一文字にピタリと引き締まる。

 泥塗れの顔が、満身創痍の身体が。

 隻腕の鋼鉄の蜂が、巨躯のバケモノへと相対する。

 これが最後のチャンスだ。

 

「来いよ! 来やがれっ! お前なんか、俺はぜんっぜん、怖くねぇ!」

 

 コウの叫びに応えるかのように。

 いや、単純に水場に現れた異物に対して不快感を示したかのように、《土蚯蚓》はコウへと迫った。

 巨躯からは想像もできない運動性を遺憾なく発揮し、全てを押しつぶす土壁が高速でうねりだす。

 しかし、それはコウにとってはもう恐ろしいものでは無かった。

 極限状態において吹っ切れてしまって居た。

 そもそも、この脱出方法こそ命を懸けた一度きりのゲームのようなものだ。

 ホーネットで抱えている水が地下空洞の中で切れてしまえば終わり。

 零しても、誘導を失敗しても終わりだ。

 轢き潰されるか、それとも黄土の壁に叩きつけられるか。

 機体そのもののエネルギーが切れてしまえば俎板の鯉となるようなものだ。

 それが何だ。

 生き抜く為に足掻くのを止めるくらいなら、最初から落ちた時に死んでいれば良かったのだ。

 千年生き続けてきた。

 こんなところでは死ねないんだ。

 

 跳躍。

 水の飛沫と白煙を巻き上げて、コウの意思が鋼鉄の蜂を動かして、唸りを上げて飛翔をする。

 目標を見失ったように《土蚯蚓》はその身を捩じり暴れだす。

 

「うわあああああああっ!」

 

 悲鳴のような、気合のような雄たけびを上げて、コウはその背にしがみついた。

 ミミズの上で蜂が這い回り、あるかも分からない頭に向かって必死に登る。

 暴れまわる地面が衝撃となって蜂を揺さぶって、抱きかかえていたアンズのヘルメットがコウのバイザーとかち合って割れた。

 飛散する特殊なガラスが、眼の下の皮膚を突き破る。

 痛みはなかった。

 目を瞑ることもしない。

 失明したとしても、全てが終わった後にまとめて悔いれば良い。

 

「うおおぉぉぉっ! 行けえぇ!」

 

 叩きつけるように、コウはホーネットが抱えていた水を《土蚯蚓》へとぶつけた。

 それまで無軌道に暴れまわっていたのに、水を認識した瞬間から指向性を持って《土蚯蚓》は想像通りに誘導に従っていく。

 ある種、本能なのだろう。

 何よりも優先されるのは水であり、その為に地下を泳ぐのだ。

 水場を通り過ぎ、モニターに表示された空洞内の地図を見ながら、コウは水を抱えて張り付いた。

 ミミズの鼻面に近い体表に、卓越した機体制御で水を落としていく。

 じわり、じわりと岩に似た体表が水を求めて姿勢を変えて行った。

 警報が鳴っていた。

 エネルギーの残量を構ってはいられない。

 どうせ乗るか反るかだ。

 

「いけえええぇ!」

 

 もうどれだけの速度で《土蚯蚓》が走っているのかすらわからない。

 その速度は、少なくともホーネットの全力疾走よりは遥かに速い。

 円環状に刳り貫かれた闇のトンネルを駆け上る。

 ライトに唐突に照らし出された、突き出た岩盤が見えた。

 避けられない。

 

「ううぅっ! くそぉっ!」

 

 瞬時の判断。 

 来る衝撃に備えてコウは歯を食いしばって、ホーネットの右足から自分の右足を抜いた。

 水に誘導されて速度を上げ続ける《土蚯蚓》の頭の淵に食らいついた、蜂の脚が轟音をあげて吹き飛んでいく。

 大質量に跳ね飛ばされまいと、力いっぱいアンズを抱きしめて。

 シップまでの片道切符を逃すわけには行かない。

 どれだけ闇の中を走って来たか。

 ジリジリと上昇する熱波に肌を焼かれて。

 暗闇が光を捉えたのはその数分後だった。

 

「光っ!」

 

 モニターに表示された地形図は、その先がもう無かった。

 生き残るための確かな光明が、視界に入る。

 だというのに、あと少しだというのに、急に《土蚯蚓》の動きが止まった。

 加えて唯一の光源だった、ホーネットの左肩に装備された投光器がその力を失っていく。

 ホーネットの警報は鳴り止み、かすかな電子音だけを耳朶に響かせていて。

 気が付けばエネルギーは切れていた。

 鋼鉄の蜂が決して離さなかった容器は、慣性に耐えられずにその腕から飛び出して行ってしまって。

 

「ぐうぅぅ……諦めるかよぉ! ここまで来たんだっ!」

 

 絶望的な状況がむしろ、コウを奮い立たせていた。

 自分が抱えているアンズから、鼓動を確かに感じる。

 それが何よりもコウの気力を高めていた。

 

「み、水がっ! 欲しいっ! んだろうがぁああ!」

 

 既に反応無くなったホーネットから、コウはアンズを抱えたまま転げるように飛び降りた。

 《土蚯蚓》の背中から振り落とされないように、必死に片腕だけでしがみついて。

 それは確実に死に近づく行為。

 だが、たった一つの解法でもあった。

 

「くれてやるっ! ありったけ!」

 

 生身の右腕に、あらぬ限りの力を込め。

 コウは破れた艦外作業服の下腹部にあいた穴から、自らのイチモツを取り出して。

 およそ十時間に及ぶ、人体にたまった排泄していなかった水を放出した。

 《土蚯蚓》は敏感に水を感知していた。

 その性質は、コウにとって最後の救いだ。

 進む。

 先にあるのは二つの恒星が輝き、焼き尽くしている大地。 

 煮立った湯に焼かれている様に、視界がゆがんで。

 進む。

 その瞳にはハッキリと捉えた、円状の暗闇の道の終わり。

 焦げた頭髪の匂いが鼻孔を突く。

 進む。

 表層を埋める土砂を削り取った先に、確信を持って存在する。

 蜂の帰るべき場所があるから。

 

「ジュジューーーーーーーーーーっ!」

 

 身体を猛烈に焼く熱風を受けながら、コウは全ての力を振り絞って叫んだ。

 もう後は全てを任せるしかないから。

 でも信じられた。

 ジュジュが居る事は確信できていた。

 だって、コウを、アンズを。

 違う、蜘蛛の船に居るすべての人達を諦めないで、生還を待ち続けてくれた彼女が。

 信頼できないはずがない!

 

 そして。

 そしてコウは、灼熱の大地に帰還を果たした―――

 

 

 

「放水! 今っ!」

 

 艦橋にジュジュの張りのある命令が矢のように飛んだ。

 視界に捉えた大地から吹き出るようにして出た《土蚯蚓》の突出。  

 その先端からは、ホーネットに乗ってすら居ない、スダボロになった艦外作業服だけを着ている人影が、空に高く放り出されていた。

 

「ボッシさん! コウとアンズを!」

 

 ジュジュの声が早いか、ボッシの乗り込んだホーネットが白煙を吹き上げるのが早いか。

 弾丸のように飛び出したボッシのホーネットが、唸りを上げて《土蚯蚓》へと向かっていく。

 ホーネットに乗ったクルー達は、《土蚯蚓》がボッシの救出活動を妨げないよう、命がけの放水での誘導を行う。

 大地を削る、けたたましい轟音をあげて迫る人類災害。

 その音が野獣のような唸り声をあげているようだった。

 《土蚯蚓》の真横を、1メートルすらないギリギリの間隔でボッシは躊躇いなく駆け抜けていく。

 熱砂の大地に現れた巨躯は、闇の中で全容が見えず相対するのとはまた違う。

 生々しく体表を焼く腐臭と、僅かに身を捩るだけで大地を抉る、全身が凶器となるバケモノで。

 それでも一直線に、ボッシはコウとアンズに向かって加速していた。

 

『気持ちわりぃ音を立てやがって、うるせぇクソがよ。 そんなに死にてぇのか!』

 

 通信越しに、ホーネットの駆動音が一際大きな電子音を奏でて、何かが引かれたような機械的な音と共に、スヤンの声が響いた。

 シップ。

 その蜘蛛の頭に設置されているのはデッキだ。

 左右に太陽光パネルが敷き詰められて、普段ならばこの時間には影も形もないはずの一匹の蜂が。

 どんな生物だろうと命を刈り取る、死神の砲台を前に立っていた。

 ほぼ時を同じくして、ボッシのホーネットから白い塊の緩和材が、コウとアンズの落下地点に射出される。

 大量の水に向かって突き進む《土蚯蚓》が、散水装備によって噴き出している中空へと顔を向けて腹を出す。

 スヤンは口を歪ませ、ジュジュは叫んだ。

 

『今ぁぁっ!』

 

 言われるまでもない。

 スヤンは歯を食いしばり、右腕の引き金を引いた。

 音速であるマッハを越えて迫る、逃れる事の出来ない死の榴弾が蜘蛛の頭から飛び出して《土蚯蚓》の横っ腹を直撃した。

 爆発・衝撃。

 中空に弧を描いていた放水された水が、一瞬で気化するほどの熱波が舞い上がる。

 

『ざまぁみやがれっ! はっはー! 糞ったれがぁー!』

『シップ、前に進めて! ボッシ! コウとアンズは!?』

 

 爆発の影響か、ジュジュの声に返事はなかった。

 突如、ジュジュの命令で動き出した蜘蛛に揺られ、スヤンのホーネットが足を滑らせて転倒する。

 間髪入れずに文句が飛んでくるが、ジュジュはそんな彼の言葉には構っていられなかった。

 

『放水はそのまま続けていて! ボッシ、聞こえる!?』

『………―――艦長』

 

 長い。

 そう、ジュジュにとって長かった沈黙を破って、ボッシの通信が回復する。

 先んじて声を上げようと口を開こうとして。

 

『生きています。 早急な手当てが必要なので医療質の1番と2番の用意を』

「ぁ……」

『くっく、本当かよっ、信じられねぇ! くそったれ! 生きて戻りやがった! 最高にイカレてやがるっ! ハァーッハッハッハッハッハッハッハッハッハァーっ!」

『艦長?』

「……全ホーネットを回収! コウとアンズの治療を最優先! シップを着けてくだしゃい』

 

 言葉尻を噛みながら、ジュジュはその場でペタリと床に腰をおろした。

 ジュジュの命令通り、灼熱の大地への放水は続けられて、ボッシの周辺に泥をまき散らしながら水蒸気に包まれていく。

 気化熱によって周囲の温度は多少引き下げられ、ボッシは予備の冷風のコードを機能するかどうかも分からない。

 ボロボロになった艦外作業服へ接続して、風を送っていた。

 スヤンの陽気な、耳に触る大爆笑が通信越しに聞こえ、その笑い声に交じってクウルの控えめな声がジュジュの耳朶に響いた。

 

『おかえり……』

「……ええ、おかえりなさい……」

 

 追従するようにジュジュは呟き、艦橋でへたり込む。

 窓一枚を隔てた視界の中には、灼熱による水蒸気を巻き上げながら、七色の虹を描く水の軌跡を追いかけていくものだった。

 綺麗だった。

 ただの自然現象だが、それはもう天の祝福に等しいものだと、ジュジュは思った。

 きっともう、二度と見れない幻想的な虹だ。

 ジュジュは心の中でそう、この虹と水が折り成す景色を絶賛した。

 

 

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