元ロシア最強傭兵、祖国に棄てられて亡命したらトレセン学園のトレーナーになりました   作:武装田んぼ

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第8話 芽吹く若葉とウマ娘と

 

 

 見事若駒ステークスを制したテイオーとアルチョムの次の目標は若葉ステークスだ。このステークスもリステッド競争に分類され、2着までのウマ娘には皐月賞への優先出走権が与えられる重要なレースだ。何がなんでも落とす訳にはいかない。

 

 しかし、アルチョムは頭の中で樫本代理に言われた言葉が未だに残っていた。

 取り返しのつかない事態。

 

 だが、樫本代理の言うことを素直に聞くかといえばそんな訳ない。あの人の言うやり方はかつてアルチョムが幼い頃に恐怖した大人達の姿そのものだ。

 こちらを押さえつけるために手段を選ばず、子供の自主性や尊厳までも、その一切を否定して管理する。大人の操り人形と何が違うのか。あの人は自分に忠実なロボットでも作るつもりか? そんな奴の話を聞く道理なんざ無い。そしてテイオーもそれを望むワケない。それが答えだ。

 

「ウマ娘それぞれに合ったやり方があるんだ。奴の言うやり方じゃテイオーが嫌がる。トレーナーならウマ娘を第一に考えやがれってんだ」

 

 あの人なりの事情があるであろう事はなんとなく理解できるが、理解するのと従うのは別の話だ。通りかかった樫本代理に睨まれながらもアルチョムはいつも通りのトレーニングを行い、お互いにガンを飛ばし合う。

 

 まるで一触即発。その緊張ぶりはかつての東西冷戦を彷彿とさせる。かつてソ連を名乗っていたロシア出身のアルチョムが〝自由主義〟を唱えているのは何かの皮肉か。

 複雑な顔をしながらテイオーのコーチングをするアルチョム。

 

「トレーナー、どうしたの? 悩み事?」

「……あの代理に言われたことが気になってな。テイオー、俺の指導でなんか不満とか気になるところはあるか?」

「全然。ボクはトレーナーのやり方でいいと思うよ?」

「そうか、ならいいんだ。ただ、なんか不満でも、改善して欲しい所とかあったら遠慮なく言えよ。それはテイオーだけじゃなく俺の為にもなるからな」

「じゃあもっとはちみー奢って!」

「トレーニングに関する話な」

「ケチ」

「ほら、無いなら無いでいいからトレーニングに戻るぞ。……そんな顔すんな、今日ははちみー買ってやるから」

「やったー! じゃあ走ってくる!」

 

 嬉しそうに耳を動かして、走り出すテイオー。ああ、そうだ。テイオーが喜んで走ってくれるのが1番だ。俺がやるべきことは、テイオーがいつでも元気に楽しんで走れるようにそのサポートに徹することだ。相田も沖野も、ウマ娘を優先する方針だった。トレーナーによる管理なんざこちらのエゴの押し付けに過ぎない。

 

 改めて考え直すアルチョム。そんなアルチョムを知ってか知らずか、テイオーは元気にグラウンドを駆け抜けて行った。

 

 

 ────────────────────────

 

 

 阪神競バ場。

 3月下旬のやっと春らしくなってきたこの日に、阪神競バ場の正門前で仁王立ちするアルチョムとテイオー。

 

「気分はどうだ?」

「絶好調! 負ける気がしないね」

「その言葉が聞きたかった。も……」

「もう俺が言うことはない、ってね」

「俺のセリフを取るな」

「トレーナーってこういう映画っぽいの好きだよね」

「まあな。テイオーもちゃんとノッてくれて嬉しいよ」

「マヤノがよく観てる映画でこんなやり取り出てくるんだ」

「いい趣味だな。さて、おしゃべりはこの辺にして、控室に向かうぞ」

 

 関係者証を見せ、控室に向かう2人。

 そしていつものように準備を済ませ、いざレースへ。

 

《一番人気を紹介します。9番、トウカイテイオー》

《いい仕上がりです。ぜひ、ここで皐月への切符を手にして欲しいですね》

 

 相変わらずの注目株だ。アルチョムも少し誇らしくなる。

 

「無敗のクラシック三冠バ目指してんだ。負ける訳が無えだろ」

 

 腕を組み、パドックのウマ娘を眺めるアルチョム。

 

「今年の注目株、トウカイテイオーだ」

「うむ、今回も魅せてくれるに違いない」

 

 パーカーを着た男性とメガネをかけた男性が何か話し合っている。

 

「確か、トレーナーが外国人だとかなんとか」

「アメリカ出身だそうだ」

「海外出身のトレーナーは少ないからな。トウカイテイオー共々、目が離せない」

「でも、どんな人なんだろうな。トゥインクルの記事にも名前は載っても写真は乗ってなかったな」

「まあ時々メディア露出を控えたいトレーナーもいるからな。俺も気になるけど」

 

 本人の隣で噂していた。とはいえ、アルチョムは何かアクションを起こす事はなく、その場からさりげなくエスケープする。こっちに気づかれて勘繰られても面倒だ。

 

 関係者席に向かうため場内を歩いていると、中央コンコースの真ん中で今にも泣きそうな幼いウマ娘を見つけた。放っておけないアルチョムは話しかける。

 

「おい嬢ちゃん、こんな所でどうしたんだ? 迷子か?」

 

 ベージュのロングヘアとおでこにはダイヤの形をした流星が綺麗なウマ娘が不安そうにうずくまっている。

 その子はアルチョムに反応してこちらを見る。

 

「ひっ……!」

 

 不安げだった顔が恐怖に染まる。そして目からこぼれ始める涙。慌てるアルチョム。

 

「おい、大丈夫か?」

 

 側から見れば、涙目の小学生高学年ぐらいのウマ娘に身長190センチ近くの大男、更には目つきのキツい外国人が話しかけているのだ。すぐさま警備員が駆けつけてきた。

 

「ちょっと、あなた何してるんですか?」

「ああ良かった、この子が迷g……」

「良かったじゃないです! こちらへ来てください」

 

 アルチョムの腕を掴む警備員。アルチョムは癖で腕を力尽くで振り解いてしまう。警戒態勢に入る警備員とアルチョム。他の警備員が押さえつけようと警棒を構えた。アルチョムは迷わず顔面に拳を叩き込む。開戦の合図だ。コンコースの真ん中で乱闘が始まった。

 

 警備員は4人がかりで襲いかかるも、現役時代に培った軍隊格闘術から繰り出される体術はアルチョムを優位に立たせる。振り下ろした警棒を交わされ、強烈なカウンターをお見舞いされる警備員。背後から近寄った警備員には肘鉄が炸裂した。

 

「ぐえっ!」

「なんて野郎だ!」

「4人がかりでこの程度か⁈」

「ぞ、増援を呼べ!」

「何人でも掛かってこい! 格闘術ってのを教えてやる!」

 

 変なスイッチが入ってしまったアルチョム。現役時代の格闘訓練を思い出し、次の技に繋げていく。洗練された素早い動きでありながら一撃は非常に重い。これでもアルチョムからすれば現役時代より鈍っているのだから驚きだ。

 

 

 

 その頃、観客席近く。ターフに現れたテイオーに近寄っていくウマ娘が一人。黒髪ショートに白いメッシュが特徴的なウマ娘、キタサンブラックだ。

 テイオーとは同じ小学校の出身であり、クラシック三冠を目指すテイオーに強く憧れている。

 

「あ、キタちゃん! 来てくれたんだ!」

「久しぶりですテイオーさん! はい、ダイヤちゃんと一緒に……、あれ? ダイヤちゃんがいない!」

「ええ、ヤバいじゃん!」

「どうしよう、ダイヤちゃん人混み苦手だから困ってるよ……、早く見つけなきゃ!」

「警備の人に聞いてみたら?」

「そうですね! ……えっと、あの、すいません!」

「ん、どうしたんだい?」

 

 キタサンブラックは近くにいた警備員に話しかけた。

 

「えっと、友達とはぐれちゃって、私と同じぐらいの身長でサトノダイヤモンドって名前なんです。んで髪の毛の色は……」

「おでこにダイヤモンドの形の流星があるウマ娘なんだけど……」

 

 テイオーも一緒に説明する。すると、警備員の無線機が何やら鳴り出した。

 

「あ、ごめん、無線だ」

《一階コンコースで緊急事態だ! 容疑者は男性、身長190センチ、髪は茶、筋肉モリモリマッチョマンの変態だ!》

「なんだって⁈ ごめん、行かなきゃいけない!」

 

 警備員は駆け足で去っていく。

 

「よく聞こえなかったけど緊急事態って言ってた……!」

「もしかしたらダイヤちゃんに何かあったのかも!」

「こうしちゃいらない、ボク達も行くよ!」

「はい!」

 

 テイオーとキタサンブラックも警備員の後を追うように駆けていった。

 

 

 

 再び一階中央コンコース。

 警備員が次々と駆けつけるが、挑み掛かってはすぐに床に沈められてしまい、数的優位を活かせないどころかこれでは戦力の逐次投入になりつつある。周りにはいつのまにかギャラリーができ、余興気分で観戦している。

 先程キタサンブラックと話した警備員もアルチョムに挑むが強烈なラリアットを喰らいダウン。その直後、テイオーとキタサンブラックが現場に到着した。

 

「トレーナー何してんの⁈」

「ダイヤちゃんこんなとこにいたの⁈」

 

 床に伸びる警備員達の真ん中で唯一抜きん出て並ぶ者無しと言わんばかりに立つアルチョムとすこし離れた場所で理解の追いついていない顔のウマ娘。キタサンブラックが言っていたサトノダイヤモンドだ。

 

「ダイヤちゃん大丈夫⁈」

「あ、キタちゃん。うん、多分大丈夫……?」

「トレーナーなんで警備員と戦ってんの……?」

「コイツら俺の話も聞かずに挑んで来たからな、稽古をつけてやったまでだ」

「ワケワカンナイヨー」

「あ、あなたもしかしてトレーナーですか?」

「ああそうだ。これを見ろ」

 

 また一人駆けつけて来た警備員にポケットから関係者証を取り出して見せつけた。

 

「さ、先に見せてくれればこんなことには……」

 

 時すでに遅し。とはいえ、アルチョムが不審者ではないことの証明と、そしてキタサンブラックはサトノダイヤモンドと再会できた。

 なお、後日アルチョムがトレセン学園に戻った際、理事長とたづなさん、樫本代理の3人からこっ酷く叱られたのは言うまでもない。

 

「ダイヤちゃんのことを心配して声をかけてくれたんですね、ありがとうございます!」

 

 お辞儀して感謝を述べるキタサンブラック。

 

「放っておけない性分でな。何事もなくて良かった」

 

 にこやかに返すアルチョム。

 

「あ、自己紹介します! 私、キタサンブラックと言います。今年から私もトレセン学園に入学するのでよろしくお願いします!」

「サトノダイヤモンドです。キタちゃんと同じく今年からトレセン学園に入ります。まさかテイオーさんのトレーナーだとは知らず……、先程は失礼しました」

 

 聞いたところによると2人でトウカイテイオーのレースを見にきたはいいが人混みの中ではぐれてしまったとのこと。

 なんにせよ、お互いにちゃんと無事再開できた。

 

「ごめんねダイヤちゃん、今度はちゃんと手を握ってるから!」

「ふふ、ありがとうキタちゃん。じゃあこれからはしっかり繋いでるね」

「キタちゃんもダイヤちゃんも良かった。じゃあボクはもうレースだから行くね!」

 

 手を振りながらターフに向かって行くテイオー。アルチョムも関係者席に向かおうとするが、後ろから声がかけられた。

 

「あの、レース始まる前で申し訳ありませんが、少し事情聴取を……」

「……はいはい。レース始まる前に終わらせてくださいね」

 

 アルチョムは事務所に行き簡単な事情聴取を受けた。

 

「あなたの言う通りならあのウマ娘が迷子らしくて声をかけたら警備員に絡まれた、と」

「はい。その通りで」

「わかりました。この件は双方の勘違い、ということで処理しましょう」

「……はぁ」

 

 あちら側から面倒な事案にしたくない、という意図がひしひしと伝わってくる。もっとも、それはアルチョムも同じだ。幸か不幸か、アルチョムに倒された警備員の中に病院での治療が必要な者はおらず、医務室で対応可能との話であり、ゆえに大事にならずに済んだのであろう。

 

「んで、聴取は終わりですか? 担当のレースを見届けたいんですが」

「申し訳ありません。まだいくつかの書類に記入していただかなければならず」

「さっさとしてくださいよ」

 

 そう言われ、数枚の書類が机に並ぶ。アルチョムはボールペンで必要事項を記入していった。しかし、急いでいる為か字が雑になるのに加えて生来の悪筆が重なり書かれたのは未知の言語だった。

 

「ちょっと、ちゃんと書いてくださいよ、これじゃ誰も読めません!」

「ったく、注文多いな……」

 

 再びボールペンを握り、新しい書類に書いていくアルチョム。ふと壁に掛かったモニターを観ると出走ウマ娘のゲートインが完了していた。

 

「おい、レース見た後で出来ないのか? これ」

「申し訳ありませんが規則でこうなってるんです。記入してもらうまで解放できません」

「……なあ、二万ぐらいやるからさ? な? いいだろ?」

「賄賂なんてダメに決まってるでしょう! そんなこと言ってる暇あったら書いたらどうです?」

「チッ、頭の硬い連中だ」

 

 ロシアだったらこれで帰れたんだぞ! (※)なんて思うがここは日本。賄賂で警備員を買収できるような環境じゃない。渋々アルチョムはそれらの書類に記入し、解放されたのはレースも終盤に差し掛かりつつあるときだった。

 

「あの警備員連中、全員倒した方が早かったんじゃねぇか?」

 

 ベクトルの間違った後悔をしながら関係者席に向かって駆けていく。そして関係者席に着き、ターフを眺めるとテイオーがハナを切りながら最後の直線を駆けていた。

 

「いいぞテイオー!」

 

 思わず声援を送るアルチョム。その声援に応えるように、テイオーは一着でゴール板を駆け抜ける。

 

「やったぜ、さすがだよ!」

 

 右手を振り上げて喜びを表すアルチョム。

 

「テイオーさん……、素晴らしいです! 私もいつか一緒に……」

「キタちゃん、ホントにテイオーさんに憧れているんだね」

「うん、あんなカッコいい走りできるウマ娘なんてそうそういないよ!」

 

 無邪気に瞳を輝かせるキタサンブラック。その眼差しにすこし嫉妬しつつも、テイオーの走りに魅せられているサトノダイヤモンド。

 

「私達もトレセンであんな風になるのかな?」

「本格化が始まってからじゃないとだけど、いつか2人でああやってターフに立ちたいね」

「うん! 一緒に夢を駆けよう、ダイヤちゃん!」

「そうだね、キタちゃん」

 

 2人のウマ娘はテイオーの姿を見ながら約束を交わした。2人しか知らない小さな約束。それでも2人にとってみれば大切で大きな約束だった。

 

 若葉ステークスを制したテイオーは皐月賞への優先出走権を入手した。初のG1にてクラシック三冠の一つ目。皐月賞。ここに出走できるだけでもウマ娘達の中で言えばエリート中のエリートだ。最精鋭と言っても過言ではない。アルチョムもそれは理解していた。

 

「次のレースは今までとは違うぞ。わかってるな?」

「もちろん。でも、ここで負けてたらカイチョーを超えるなんて絶対できないもん。だから勝つ」

「……よし、そんだけ言えるなら十分だ」

 

 テイオーの頭に手を置いた。

 

「さ、トレセン戻るぞ」

「うん!」

 

 

 ────────────────────────

 

 

「あの樫本め、若葉ステークスの後からさらに当たり強くないか?」

 

 若葉ステークスから一週間。どうやらただでさえ悪かったアルチョムの印象は乱闘の一件で地の底に堕ちたようで、樫本代理からはすれ違う度に小言を言われるようになった。もっとも、それにいちいち皮肉で返すアルチョムも問題だが。

 

 まもなく4月。トレセン学園は春休みを迎えていた。とはいえ、皐月が間近に迫るテイオーは今日も今日とて、アルチョムと共にトレーニングに打ち込む。

 

《トウカイテイオーさん、お荷物が届いております。事務所までお越しください》

「もしかして……!」

「あっ、おいどこ行く⁈」

 

 アナウンスの直後にテイオーは事務所に駆けていった。アルチョムもテイオーを追う。

 

「トレーナー! 見てみて! ボクの勝負服届いた!」

 

 丁寧に梱包された箱を開け、勝負服を取り出すテイオー。

 

「ねえ! 着替えていい?」

「ダメって言っても着替えるだろ」

「じゃあ着替えるからトレーナー出て行って!」

「はいはい」

 

 そのままトレーナー室を後にし、スマホをいじりながら時間を潰す。

 

「そういやそろそろクワス切れるな。買っとこ。あ、サワークリームも無くなるな。忘れる前に買っちゃえ」

「トレーナー、もういいよー!」

「ん、入るぞ」

 

 トレーナー室に入る。部屋の真ん中で三本指を立ててポーズを決めるテイオー。

 

「カッコいいじゃねぇか! 似合ってるぞ」

「ふっふーん、なんたって無敵のテイオー様の勝負服だもん! カッコ良くて当然じゃん!」

「王子様らしくまとまってるな。御伽噺の主人公みたいだ」

「でしょでしょ!」

「赤いマントもいいアクセントになってる」

「このマント? いいよね!」

 

 くるりと一回転し、背中のマントがはためく。

 

「これ着てるとなんだか全身に力が漲ってくるよ!」

「ま、衣装ってのは着るだけで気が引き締まるモノとかあるしな。随分前から色々考えてたんだろ、そのデザイン」

「うん、去年のデビュー戦の後、すぐにデザイン始めてもらったんだ! こんなカッコいい服になるなんて感激だよ!」

「そりゃ良かった。デザイナーさんにはちゃんと感謝しとけよ」

「そうだね! 三冠獲ってお礼しなきゃ!」

 

 嬉しさのあまり部屋の中を跳ね回るテイオー。それを見るアルチョムの顔にも笑みがこぼれていた。

 

 

 






(※)出典…小泉悠『ロシア点描 まちかどから見るプーチン帝国の素顔』PHP研究所 2022年

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