元ロシア最強傭兵、祖国に棄てられて亡命したらトレセン学園のトレーナーになりました   作:武装田んぼ

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注意
今回、途中に残酷な描写があります
苦手な方はご注意下さい


第9話 消えない傷跡

 

 

 4月に入った。トレセン学園のあちこちにある桜の木はどれも綺麗に咲き乱れ、グラウンドに鮮やかな色彩を添える。

 

「早い一年だ」

 

 缶コーヒーを飲みながらぼんやりとグラウンドを眺めるアルチョム。テイオーは実家に用事があるとかなんとかで今日のトレーニング予定は無い。

 久しぶりに静かな1日をアルチョムは満喫していた。このトレセン学園に来てから丸1年、亡命から2年と半年か。あの時の自分からは想像できなかった世界で今、自分は生きている。命を狙われることのない平穏を享受している。

 

 平和な空をゆっくりと流れる雲を何も考えず眺める幸せを実感すると同時に思い出す過去。ふと、あの難民キャンプで爆撃に巻き込まれなければ今の自分は何をしていたのか、漠然と疑問に思った。

 

 相変わらず自分を棄てた祖国、ロシアに関しては嫌なニュースばかりだ。中東某国へ軍の増派、アフリカ中部での親露政権に武器供与、挙げ句の果てには隣国への軍事侵攻。

 

 俺はこれらに加担していたのだろうか?

 イカれたクレムリンとオリガルヒ共の手駒として戦争の片棒を担がされていたのだろうか? あるいはあのまま中東のどこかで殺されていたか。今でこそ画面の向こう側の話でしかないが、過去の自分は紛れもなくその〝向こう側〟にいた。

 ふと、左の太腿が痛む。未だに鮮明に思い出される記憶。

 

 

 

 中東某国のとある市街地。かつてロシア空挺軍第76親衛空中襲撃師団、第104空中機動連隊、第1偵察中隊所属、セルゲイ・グルシュコフ伍長としてある作戦に従事していた。

 銃声があちこちで轟き、爆発音が耳をつんざく。

 

「2時の方向、敵のテクニカル!」

「RPGを叩き込め!」

 

 RPG-7を担いだ仲間が遮蔽物を利用しながら、重機関銃を放つテクニカルに接近して行く。その後ろで援護兵がRPK74をテクニカルに向けて発砲した。

 

「セルゲイ、俺について来い!」

「了解!」

 

 小隊長に手招きされ、彼に近寄る。

 

「2ブロック先のアパートに狙撃兵がいる、始末するぞ!」

「了解!」

 

 小隊長に従い、セルゲイを含めた4名がアパートを目指して壁際を進む。

 

「9時の方向! 敵歩兵!」

「先制だ! 撃ち方始めッ!」

 

 AK74Mを構え、アイアンサイトに移動する敵を捉えてトリガーを引いた。がくん、と肩に来る反動でサイトが跳ね上がる。それを腕力で押さえつけ、狙いを修正しながら再びトリガーを引く。2〜3発の連射を繰り返し敵を狙う。

 無論、敵も黙ってやられる訳ではない。遮蔽物の陰から発砲し応戦する。何度か射撃を繰り返していると、トリガーを引いても弾が出なくなった。

 コッキングレバーを少し引いてチャンバーを確認する。マガジンにもチャンバーにも弾薬は見当たらない。

 

「リロード!」

 

 瓦礫の裏に身を潜め、空のマガジンを外し腰のダンプポーチへ突っ込む。そしてチェストリグから新しいマガジンを取り出し装填。

 コッキングレバーを引いて再び発砲した。サイトに捉えた人型が地面に斃れた。すぐに次のターゲットにサイトを移す。まもなく斃れるターゲット。敵の抵抗は消えた。

 

「敵チームダウン! クリア!」

「被害は?」

「レオニードが軽傷」

「レオニード、動けるか?」

「擦り傷です! 問題ありません!」

「よし、行くぞ」

 

 再びアパートを目指して前進する。小隊長が持つ無線機からは絶えず戦況を伝える報告が流れてくる。

 

《敵のテクニカルを撃破! 前進しろ!》

《4時の方向より銃撃! 応戦する!》

《クソッ、民間人がいるぞ!》

《さっさと排除しろ! 作戦の邪魔だ!》

《攻撃ヘリの支援はまだか!》

 

 あまり芳しくない戦況だ。

 

「第2、3分隊は地点ボリスⅣまで後退! 第1分隊は合図したら地点ディミトリⅡの交差点まで前進しろ! 残りは現在地を維持! いいな!」

 

 すると小隊長は無線機のスイッチを切った。ハンドサインで合図する。目標のアパートは目の前だった。

 

 小隊長はセルゲイにアパートに入るよう促す。セルゲイは頷き、半開きのドアから室内を確認しつつ屋内に入った。セルゲイに続き展開する4人。

 人影はない。

 先程双眼鏡で確認した際、狙撃兵が潜んでいるのはアパートの3階だった。建物の奥に階段を見つけた彼らは階段を登っていく。常に階段の先に銃を向け一段一段、静かに息を殺し、足音にも細心の注意をはらう。

 

 上から銃声が聞こえた。潜んでいる狙撃兵がターゲットを捉えたのだろうか? 少なくとも動く気配は無い。4人は3階に着いた。

 

 小隊長はハンドサインで狙撃兵が潜む部屋を示す。セルゲイは無言で頷き、手前から二つ目のドアに突入する。こちらを振り返る狙撃兵。だが、その瞬間にトリガーを引き、放たれた数発の銃弾が狙撃兵を撃ち抜いた。

 

「ターゲットキル!」

「クリア!」

 

 斃れた狙撃兵とその横に落ちたドラグノフ狙撃銃。セルゲイは狙撃兵の身体を調べる。トランシーバーのような無線機と周りに散乱する空薬莢と予備マガジンに加え水筒や医療品。彼の胸元には写真が入っていた。3人の幼子と大人しそうな女性が写っている。

 

「ケッ、胸糞悪い」

 

 吐き捨てるように言うセルゲイ。

 小隊長は無線機にスイッチを入れ、命令を出す。

 

「こちら小隊長、地点ディミトリIIIに潜んでいた狙撃兵を排除、第1分隊はディミトリⅡまで前進しろ」

 

 無線機を切り、小隊長はこちらを見てついてくるようにアイコンタクトをする。

 

「一旦戻って分隊と合流するぞ」

 

 小隊長は分隊と合流すべく、アパートの一階に降りる。階段を降り切った直後、銃声と共に先頭にいたレオニードの胸部から血煙が吹き出す。

 

「レオニードがやられた!」

「!ذلك هو العدو」

 

 そして怒鳴り声と共にこちらに飛んでくる弾丸。周囲の壁が次々と弾ける。

 

「敵襲!」

「クソ、感づかれたか!」

「応戦しろ!」

 

 セルゲイは近くの遮蔽物の裏に隠れ、脇から小銃だけ出して応射する。

 

「小隊長、どうします⁈」

「射撃が止むまでは動けない! 分隊が来るまで耐えろ!」

 

 ひっきりなしに飛んでくる弾丸。セルゲイは瓦礫の隙間から敵の様子を窺う。敵兵の1人がこちらに向けてRPG-7を構えていた。

 

「RPG!」

 

 セルゲイが怒鳴った直後、RPGが放たれた。不規則な弾道を描いて瓦礫に直撃し、派手に吹き飛ばされたセルゲイ。激しい耳鳴りと眩暈、そして土煙が方向感覚を奪う。

 

「クソ……!」

「大丈夫か! セルゲイ!」

 

 小隊長はセルゲイを引きずり、壁の裏に連れ込んだ。

 

「セルゲイ! しっかりしろ!」

「自分はまだ大丈夫です……!」

「小隊長! 第1分隊です!」

「助かった!」

 

 平衡感覚を取り戻し、意識もハッキリしてきた直後、先程呼ばれた第1分隊が現場に到着。敵の襲撃隊と交戦する。

 

「敵チームダウン!」

「警戒を怠るな! まだ潜んでる可能性がある」

 

 周囲をクリアリングする部隊。

 

「敵影見えず」

「被害報告」

「レオニードが死亡、負傷が3名」

「負傷者は動けるか?」

「なんとか」

「よし、移動して本隊に合流だ。そのあとでレオニードは回収しよう」

「……ひでぇ匂い。死体ばかりだ」

「一歩間違えりゃ俺らがこうなってた」

「想像したくねぇ」

「……おいセルゲイ、ひでぇケガだが大丈夫か?」

 

 小隊長がセルゲイに尋ねる。そう言われた直後、左太腿に激痛が走ると共に立っているのが困難になる。ダラダラと垂れる血はコンバットパンツとブーツを赤く染めた。興奮状態だったためか、負傷に気づかなかったのだろうか。

 

「ガァッ、痛ってえ!」

「今応急処置する。少しジッとしてろ」

 

 幸い動脈は無事であり、命に関わる負傷ではなかったが、左太腿に大きな傷跡が残る結果になった。

 

 

 

 あの時の恐怖と激痛がフラッシュバックする。過去からは逃れられない、と何者かから言われているようだ。

 

「クソッタレ……」

「浮かない様子だな」

 

 後ろからかけられる声。振り返るとシンボリルドルフがいた。

 

「まあいろいろと」

「思えば君がトレセンに来て一年か」

「早いもので」

「正直、君がテイオーと組んでここまで上手くいくとはね」

「我ながら驚きですよ。ズブの素人でもここまでこれるなんて」

「そう謙遜するな。ここまでやれる新人はそうそういない。君の実力は確かなものだ」

「……テイオーの素質あってこそです。テイオーがちゃんと俺の指導を学んでそれを応用できるからですよ」

「テイオーは君を随分と信頼してくれてるようじゃないか」

 

 ルドルフの言葉を聞いたアルチョムは少し俯く。

 

「……信頼ですか。素性もよく知らない俺なんざを」

「その様子だと、君はまだ自分のことをテイオーに話していないようだな」

「話せません。話したく無いんです。話したらテイオーの信頼を失ってしまうのではと……」

「心配し過ぎだと思うが」

「だといいんですが……」

 

 そう言い、遠くを眺めるアルチョム。どうするのがベストなのか解りかねている目だ。そんな目を見てしまうと、ルドルフも安易に話してみたらどうだ? とは言えなくなる。

 

「今すぐ話す必要はない。ただ、テイオーに伝えるべきタイミングがいずれくる。そのタイミングを逃さないでくれ」

 

 そう言い残し、去っていくルドルフ。

 

「タイミング……。ンなもん出来れば死ぬまで来ないでくれ……」

 

 空を流れる雲を見ながらぼやく。この過去を伝えるべきタイミングなんてどんな時だと言うのか?

 そもそも、俺は血に塗れた過去を捨ててここに来たんだ。捨てた過去を話す必要なんか無い、無いはずだ……、無いと思いたい……。

 

 大きなため息が出る。過去の清算はテイオーに話す以外に何か無いのか……? 

 

 

 ────────────────────────

 

 

 いつものグラウンド。いつもの2人。

 

「トレーナー! 今日はさ、川の方でトレーニングしない?」

 

 グラウンドに現れたテイオーは開口一番、川に行こうと言い出した。

 

「構わないが、なんで川に行く?」

「いーからいーから」

「はいはい」

「あ、はちみー買っていい?」

「トレーニングだろ? まあいいや、好きにしろ」

「わーい」

 

 なんだかんだで甘やかしてしまうアルチョム。校門前の販売車でいつものようにはちみーを購入し、ぶらぶら歩きながら多摩川河川敷に向かう。

 堤防の坂を元気に駆け上がるテイオー。アルチョムも負けじと駆け上がる。

 

「トレーナーって結構体力あるよね」

「体力の無いヤツにスポーツコーチが務まるかよ」

 

 春の多摩川。堤防の上の桜並木には若葉の緑が混じり、綺麗なコントラストが目に映る。

 

「トレーナーはその木の辺りにいて!」

「?」

 

 言われた通りにある桜の木の下に佇む。するとテイオーは遊歩道ある場所でキョロキョロ周りを見渡した。

 

「この辺だっけ? ボクが去年転んだの」

「あー、そういやその辺だったな」

 

 なるほど、去年の河川敷での出来事を振り返っているのか。

 

「そういやさ、なんであの時ボクについてきたの?」

「会長に言われたからな」

「それだけで?」

「……まあ、放っておけなかったってのもある」

「へぇ〜、それってボクに興味あったってこと?」

「興味はあったが、それはテイオー以外のウマ娘にだってあったさ。みんな個性的だし、夢のために一生懸命だ」

「じゃあ、ボクじゃなくてもついて行ったの?」

 

 少しやっかむように言うテイオー。

 

「さぁ、どうだろうな。そう言うテイオーはついてきたトレーナーが俺じゃなかったらどうしてたんだ? それでも担当組んだか?」

「あー、またトレーナーはそうやってはぐらかす」

「はぐらかしたつもりはない。わからないだけだよ。ただ、あの時のテイオーに興味をひかれたのは事実だ」

「へぇ〜、ボクはキミじゃなかったら多分組まなかったと思うな」

「……でもあの時はトレーナーなんて誰でもいいみたいな話してなかったか?」

「最初はそう思ってたよ。でもね、キミは他の人となんか違うなって思ったの。言葉だとよく表せないんだけど、キミがボクの走りを見てる目がさ、他の人と違うように見えたんだ」

 

 思い出すように言うテイオー。その瞳は確信を得た、と言いたげに輝いていた。

 

「そんな変な目してたか?」

「変な目じゃないよ。なんて言えばいいのかな? このトレーナーとならボクは最強のウマ娘になれる……! って直感で感じたみたいな?」

「まあ理屈であれこれ考えるより、そういうフィーリングの方が上手くいくこともあるけどよ」

「それにこの辺で転んだ時駆けつけてくれたトレーナーってすっごく頼もしく見えたし」

「それはただ心細くなっている時に親切にされたからそう思えるだけだ。そういう時に近寄る人間はあまり信用するな」

「えー、そうなの?」

「ああ、特にその人間の素性をよく知らない場合はな。こっちを利用しようって腹積りかもしれん」

「トレーナーはそんな風に見えなかったけどなぁ」

「多分駆けつけたのが俺以外のトレーナーでも、頼もしく見えたと思うぞ」

「そんなことないと思うな。だってあの時他のトレーナーが来てキミと同じことしても、ボクはあの時のモヤモヤの正体がわからなかったと思うし、それじゃモヤモヤも晴れないからそのトレーナーを信頼できなかったと思う」

「……なるほど」

 

 テイオーがなぜ俺を見たことでそのモヤモヤが晴れたのかはわからない。ただ、こちらがテイオーを見た時に難民の子供を思い出したように、彼女も彼女でこちらを見て何かを思い出したり、あるいは何かの確信を得られたのかもしれない。テイオーの瞳の輝きはそう語っていた。何にせよ、今はお互い上手くいってる。それで十分だ。

 ふと、ルドルフに言われた言葉が頭をよぎる。

 

 〝テイオーに過去を伝えるべきタイミングを逃さないでくれ〟

 

 一瞬、ルドルフの言うタイミングは今なのではないか? と考える。

 

「なあ、テイオー」

「なあに、トレーナー?」

「……すまん、何でもない。忘れてくれ」

「変なの」

 

 話しかけたはいいが、いざ口にしようとすると言葉が出ない。それを話せば、中東やアフリカで出会ったの難民の子供のようにテイオーの顔からあどけない笑顔が消えてしまうかもしれない。そう考えると、過去を話す気が瞬く間に失せてしまった。

 

 自分の過去を話したばかりにこの子が笑顔を失うのは耐えられない。例えその笑顔が偽りとも言える自分の姿に向けられたものであろうとも。

 

「てか、さっきからお喋りばっかで肝心のトレーニングはどうすんだ?」

 

 気を取り直し、本来の目的に集中する。そうすれば少しは過去を考えなくて済む。

 

「ちゃんとやるから大丈夫だよー」

 

 そう言ってストレッチを始めるテイオー。脚を重点的に全身のウォーミングアップをしていく。その動きはしなやかさと力強さを兼ね備えている。アスリートとしてみれば理想とも言える身体性だ。

 

「相変わらず身体柔らかいな、テイオーは」

「へっへー! なんたって前屈で新記録出したモンネ!」

「俺も昔はもうちょい身体柔らかかったんだがなぁ」

 

 腕を回しながら現役時代を思い出すアルチョム。前屈も後ろ反りも最近は思うように曲がらない。

 

「年でしょ」

「時々容赦ないなテイオーは」

「じゃあさ、あっちに向かって走るからトレーナーは見てて!」

「他の人もいるから気をつけろよ」

「はーい」

 

 ポニーテールと尻尾を揺らしながら走って行くテイオー。過去のことを忘れるようにテイオーを見つめるアルチョム。過去を伝えるべき時はいつ来るのか? 

 

 






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