元ロシア最強傭兵、祖国に棄てられて亡命したらトレセン学園のトレーナーになりました 作:武装田んぼ
日本ダービーに向けてトレーニングに邁進するある日。
「少し見てもらうだけだ。すぐ終わる」
「ボクは大丈夫だよぉ」
「注射しないんだからいいだろ」
「嫌なものは嫌ぁ」
いつもより元気のないテイオー。尋ねてみると今朝からあまり食欲がないと言う。運命のダービーまであと二十日程。ここで何かあれば一大事だ。心配したアルチョムは、無事にダービーで出走するためだと言い聞かせ、あまり乗り気じゃないテイオーを保健室に連れてきた。
「すまない、誰かいるか?」
「あら、お客さん?」
保健室のドアを開けるとそこにいたのはいかにも怪しい金髪の女性。派手な赤い衣装に白衣を着、悪趣味とも思えるメガネをかけていた。
即座に警戒モードに入るアルチョム。
「誰だアンタ?」
そう尋ねながら、脳内の人物データを漁るが人相が一致する人間はいない。
「えーっと、お客さん? ……じゃなくて生徒さんのようね。は〜い、はじめまして! アタシは安心沢刺々美。そこのウマ娘をこの笹針でブスっと……」
「ぴぇっ! と、トレーナーぁ」
その女性は踊るように軽やかな歩きで二人の前に近づくと、懐から光る何かを取り出した。刃渡り数センチ程の針、と言うにはやや大きい、小さい投げナイフにも見える刃物だ。それを見た瞬間、アルチョムの後ろに隠れるテイオー。
それからのアルチョム動きは早かった。その女性を不審者と判断し一瞬で取り押さえる。彼女が手に持っていた笹針を奪い、両腕を後ろに回して力づくで地面に伏せさせた。そして奪った笹針を首に突きつける。
「なんのつもりだ? 何が目的でここにいる? 保健医はどこに行った?」
怒涛の三連続尋問だ。
「ち、ちょっと待ちなさい! アタシはただウマ娘の為に……」
「ウマ娘の為に? ならこの刃物はなんだ?」
そう言い、笹針の刃を首に沿わせた。この時点でなんらかの罪に問われそうだが、アルチョムとしては現役時代に叩き込まれた拘束術を実践しているだけだ。しかし、これではどっちが不審者かわかったものではない。
「そ、その針で秘孔を突けばウマ娘の能力はあっという間に強化されて最強のウマ娘になれるわ!」
「わけわからんことほざいてんじゃねぇ!」
「本当よ!」
「でもそれを刺すんでしょ?」
「秘孔を突くのよ! ケガさせる訳じゃないわ!」
不安そうに尋ねたテイオーにそう返す安心沢。
だが、テイオーの担当トレーナーとしてこんな危なっかしいものをテイオーの体に触れさせるなど断じてありえない。
「そんなオカルト信じるわけないだろ! さっさと本当の目的を吐け!」
「ちょっと、トレーナー!」
笹針を握る手に力が入る。この女性が話すのが先か、アルチョムが針を彼女の首に突き立てるのが先か。アルチョムの言動からこのままでは流血沙汰になるのではと慌てたテイオーが止めに入ろうとする。
「テイオー! さっさと警察呼べ!」
「え、えぇっ⁈」
「早く!」
アルチョムの気迫に押されたテイオー。スマホを取り出して110番にかけようとする。
「あーっ! またあなたですか! 今日こそ逃しませんからね!」
そこへ駆けつけたのは我らがたづなさん。その口ぶりから察するに前から問題を起こしていたらしい。
「やばっ、退散〜!」
そう言うと、安心沢は体をくねらせ、軟体動物のような動きでアルチョムの拘束から逃れる。
「バカな⁈」
驚くアルチョムを尻目に、拘束を抜け出した彼女は保健室の窓から飛び出して姿をくらませた。
「あの女は何者なんだ?」
「前から時々現れる不審者です。笹針とかいう怪しい施術で中には体調を崩したウマ娘もいまして……」
「クソッタレめ」
「ただ、逆に絶好調になって連戦連勝と言うケースもあるんです。本当にごく稀ですけど」
「……マジで何者なんだ」
「我々としても警戒を強化しているのですが、いつのまにか侵入されることがありまして……」
「アメリカのトレセンみたいな警備敷いたらどうだ?」
アルチョムが初めて訪れたニューヨークのトレセン。あそこではM4A1を所持した警備員がいた。それに対し、さすがにあれはやり過ぎですとたづなさんは返す。
やはり、銃器を用いるような警備は日本の学園としてはふさわしくないようだ。さらに、世界的に見てもトップクラスで厳しい銃規制がある日本において、銃を用いた学校警備はいささか過剰防衛と言わざるを得ない。
「次見つけたら絶対に逃さねぇからな」
指を鳴らしながら、逃げていった窓を睨むアルチョム。
「でもよかった。あんな太い針で刺されたら絶対ケガするもん」
「全くだ。危ないったらありゃしない」
「それにボクはあんなことしなくたって最強のウマ娘だしね!」
「ああそうだ。テイオーにあんなもの必要ないさ」
こうして不審者騒動は幕を下ろした。テイオーの様子もいつのまにか普段通りの元気なテイオーに戻っている。とりあえずは一安心だ。
トレーナー室に戻ったアルチョム。テイオーは授業に戻り、午後のトレーニングまでは時間がある。ふと、アルチョムがポケットから取り出したのはさっき安心沢から奪った笹針。その見た目は細い投げナイフのようだ。
こんなものを刺せばどうなるか。想像しただけで痛々しい。じろじろと見ながら、手慰みがてらナイフ回しの要領で軽く回してみる。指と手のひらを器用に使いペン回しのようにクルクルとその針を回し、そして最後にナイフ投げのように画鋲ボードに向かって投擲した。ひょう、と風を切る音と共に飛んでいき、ボードに刺さる。近づいて見てみると深々と突き刺さり、裏地の木板まで貫いていた。
「絶対人間に刺したらマズイだろ、コレ」
ボードから引っこ抜いた針をみながら、この針をどう処分するか、頭を悩ますアルチョムだった。