元ロシア最強傭兵、祖国に棄てられて亡命したらトレセン学園のトレーナーになりました   作:武装田んぼ

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日頃より皆様のご愛読に心から感謝します。お気に入りや評価、感想など大変励みになっております。再度感謝を述べるとともにこれからもどうぞよろしくお願いいたします。



第17話 再起のために

 

 

 テイオーと喧嘩してから6日が経った。

 当初、アルチョムはどうせ2〜3日もすれば頭を冷やしてテイオーの方からこっちに来るだろうとたかをくくっていたが、その楽観視に反し、気づけば6日が過ぎていた。

 

 アルチョムの扱いは専属トレーナーではあるが、専属トレーナーとてその時間を全て担当に使えるほど暇じゃない。他のウマ娘の集団トレーニングのサポートやレース戦術などの座学の講師を務めることもある。

 アルチョムはその英語力を買われ、今年から英語のアシスタントティーチャーとして週に2〜3回ではあるが授業に参加しており、今週は期末試験の採点の補助をしていた。そんなことをしていると時間はあっという間に過ぎていく。

 

 どうにかせねばとは思うが、どうアプローチを取るべきかイマイチわからない。年長者ながら情けないと感じるが、今まで生きてきてこういう経験がほとんどなかったのだ。自らの人間関係の雑さに後悔を覚えた。

 偉そうな口叩けねぇな……、なんて思いながら三女神像前のベンチでぼんやりしていると声がかけられる。シンボリルドルフだ。

 

「テイオーから話は聞いたよ」

「あぁ、会長さん。えっと、それは何というか……」

 

 しまった、と言わんばかりの態度をとるアルチョム。だが、そんなアルチョムとは裏腹にルドルフの様子はいつも通りだ。

 

「待ってくれ。別に君を責めに来たのでは無い。昨日、テイオーが君に取った態度をひどく悔やんでいてね。いろいろ話したんだ。それで君とも話したいと思ってね。今時間いいかい?」

「ええ、もちろん」

「テイオーからいろいろ聞いたんだ。トレーナーがボクの入院からリハビリまであれこれ面倒を見てくれた。それなのにボクは、ってね」

「自分の担当ですからね。それにこうなった原因の一端は自分にあります」

「そう気に病むな。君も知ってると思うが、我々ウマ娘の故障は決して珍しい話ではない。問題はその故障からどう立ち直るかだ。中には故障時の精神的ショックで身体が治ってもターフに立てなくなってしまった娘だっている。それを考えたら君たちは本当によくやってるよ」

「……ありがとうございます。ですが、この俺がテイオーを怒鳴りつけるなんて……」

 

 ルドルフがそう話すが、アルチョムは相変わらず浮かない顔だ。テイオーに対し、感情的な態度を取ってしまったことを悔やんでいるようだ。

 

「それにケンカだって仕方ないことさ。いくら二人三脚の担当コンビといえども結局は他人だ。親友や恋人、家族の間でだってケンカは起こる。ましてやお互いに縁もゆかりも無い2人が組むんだ。意見の齟齬や感情の衝突があってもおかしい話じゃないだろう? 問題はそれをどう乗り越えるか、だと思わないか?」

「……自分が大人げなかったなと、反省してます」

「人間である以上、感情を切り離すことはできない。だからこそ、感情的になってしまった後にお互いに歩み寄って妥協点を見つける必要がある。例え時間がかかってもな。その時はどちらか一方が折れるだけではダメだ。お互いがお互いを見つめ直し、自省する。その上で妥協点を話し合うのだ。そうでなければ今後に禍根を残しかねない」

「まあ、一週間近く間があきましたからね。頭は十分冷えましたよ。それに一人でいろいろ考えることもできました」

「なら、君だってどうすべきか答えは出てるだろう? それにテイオーも君に会いたがっていたぞ。新しい目標を見つけた、ってね」

「新しい目標?」

「それは本人から聞いてくれ。でも、私はそれを聞いた時すごく嬉しかったんだ。ただ私を追いかけるだけだった彼女が、一つの目標を諦めることになっても、自ら新しい目標を見つけ、そこへ邁進しようとしている。私の知らないうちに彼女は成長していたんだ」

 

 そう話すルドルフ。口調こそ普段通りだが、その声から彼女が心の底から喜んでいることが伝わってくる。

 

「そうだったんですね。まだまだ甘えてばかりの子供だと……。テイオーには本当に悪いことをしてしまった」

「さっきも言ったが、そうやって気に病んでもどうにもならない。テイオーの成長を見守り、そこから次に繋がって行くよう指導に徹するのがトレーナーの務めだろう?」

「ですね。何度も言われましたが、立ち止まっている時間は無いですね。目標を見つけたってなら、今度こそ叶えてやらねば」

「そうだ。だからこそ、これからもテイオーを支えてやって欲しい。テイオーには君が必要だ」

「そう言ってもらえて光栄です」

「さて、私はそろそろお暇しよう。君たちには期待しているぞ。そしていつか、私を超えて見せてくれ」

「ええ、いつか必ず」

 

 ルドルフは立ち上がり、去っていく。その後ろ姿はいつものように凛々しかった。

 ルドルフを見送った後、アルチョムも立ち上がった。その目は先程とは違い、決意と希望の宿った目だ。

 

「さあ、リハビリ予定の組み直しだ! 来年のレース予定も確認するぞ!」

 

 アルチョムは堂々と歩きながらトレーナー室に向かって行った。

 

 

 ────────────────────────

 

 

 アルチョムが会長と話し合っていた頃。テイオーは一人、トレーナー室の前にいた。帰りのホームルームまでの時間に一言でも話して、また放課後から一緒にリハビリに戻ろうと考えていたのだ。

 

「ボクの方からスカウトしたんだから、ボクの方から仲直りしなきゃ。それにカイチョーといろいろ話し合ったことも言いたいし、次の目標だって見つけたもん」

 

 そう言って深呼吸してから、トレーナー室のドアをノックする。が、返事はない。あれ? と思い恐る恐る中を覗く。人影は見当たらない。隠れて驚かそうとしている? なんて思い、注意深く部屋に入るがよくよく考えたらトレーナーがそんなことするタイプの人間には見えない。

 

「なんだよ、せっかくボクの方から来たのに」

 

 つまんなさそうに口を尖らせるテイオー。このまま教室に戻るのもなんかもったいなく感じたテイオーはなんとなく、トレーナーの机を見てまわる。この前まではある程度整理されていた机の上が、その日は乱雑に書類が積み上げられていた。

 

「この本って……」

 

 積み上げられていた書籍を手に取る。スポーツ医学に関する本だった。他にも、骨折の早期治療や機能回復について記した資料や、再発防止に関する本、骨折治療の論文などが積まれていた。そしてそれらのあちこちに付箋やメモ書きがされていた。

 

「トレーナーはこんなにボクの脚のことを……」

 

 自分のとった態度にひどく後悔するテイオー。トレーナーはどんな時でも、ボクのことを第一に考えていた。そう思うと、あの時自分がトレーナーに対してとった態度や言動がどれほど身勝手なものであったかを痛感した。

 

「それなのにボクは……」

 

 トレーナーに甘え過ぎていたと反省する。いつまでも人に甘えていたらカイチョーを超えるウマ娘なんて夢のまた夢だ。

 

「? これも資料なんだよね……?」

 

 机を見ていたテイオーの目に日本語でも英語でもない資料が映る。パラパラとめくると、レントゲン写真や骨格図などが記載されている。骨折の資料の一つであることは間違いなさそうだ。

 

「何て読むの……?」

 

 初めて見る言語に首を傾げるテイオー。よく見てみると、それと同じ言語で書かれた書類や書籍もいくつか見当たる。今度は他の資料にあった先程のメモ書きを見た。改めて見ると英語の筆記体とは思えない、波線のようなメモ書きがあちこちに書き込まれている。

 

「トレーナーってアメリカ人じゃなかったっけ……?」

 

 トレーナーと一番最初に会った時、確かに彼はアメリカのニューヨーク出身だと言っていた。だが、その手書きのメモは英語とは思えない。出身とは違う国の言葉でわざわざメモを書くとも思えなかった。

 

「トレーナー、ボクに嘘ついてたの……?」

 

 テイオーの心に疑念が抱かれた。その時、チャイムが鳴る。まもなくホームルームが始まってしまう。このまま悩んでいても埒があかないと思ったテイオーは資料を教室に持っていき、誰かに聞こうと考えた。

 担任の教師がいくつか連絡事項を伝えてホームルームが終わる。テイオーは持って来た資料を担任に見せようとするが、担任は忙しそうに教室を去ってしまった。

 

「なんだよもぉ」

 

 仕方なくその書類を机上に置いて睨めっこを始めるテイオー。

 

「あらテイオー、帰らないの? って、何読んでるのよ、英語のレポート?」

 

 そこにダイワスカーレットが声をかけてこちらを覗いてくる。

 

「あ、スカーレット。うーん、なんだろ。トレーナーの机にあった書類なんだけど、ほら見てこれ。どう見ても英語じゃないでしょ?」

 

 スカーレットに書類を見せるテイオー。スカーレットもその書類に書かれた言語を見たことがなかった。

 

「そうね……、なんかどっかで見たことある気がするけどわからないわ……」

「2人とも何見てんの?」

 

 そこへまた1人、ウマ娘が寄ってくる。青いツインテールとオッドアイが特徴的な子、ツインターボだ。

 

「あ、ツインブースター。見てこれ」

「だからターボ! んえ、なんて書いてあんの?」

 

 テイオーにツッコミつつ、その書類を見るターボ。だが、ターボもわからないようだ。

 

「外国の言葉でしょ」

「それはわかるんだよ。どこの言葉なのかなって」

「あ、ターボどっかで見たことある気がする! その反対になったRとか、口みたいなヤツとか」

「ボクも何かで見たと思うんだよ。その何かがわからないんだけどね」

「あ、そうだ! タキオンさんに聞いてみましょ! タキオンさん物知りだから知ってるかもしれないわ」

 

 スカーレットが提案する。それにテイオーとターボは頷き、3人はアグネスタキオンが無許可で使用している空き教室に向かう。

 松葉杖で歩くテイオーをサポートしながら3人は移動する。

 

「松葉杖って歩きづらくない?」

「慣れれば楽だよ」

「楽なのはいいけど、あまり無茶なことしないでよ」

「もう、スカーレットも心配性なんだから」

 

 そんな会話をしていると、タキオンがいる空き教室が見えてきた。内側から暗幕が垂らされ、その隙間からは無気味に光が漏れている。

 

「タキオンさん、いますか?」

 

 そんな様子を全く気にせず、スカーレットはドアをノックする。

 

「おや、スカーレット君かい? 今日は何の御用だね?」

 

 ドアが開き白衣を羽織ったウマ娘、アグネスタキオンが現れた。相変わらずマッドサイエンティストを絵に描いたような雰囲気を纏っている。

 

「あ、私じゃないです。テイオーの書類を見て欲しくて……」

「えっと、これなんだけど……」

「ふぅン、どれどれ?」

 

 そう言い、テイオーはカバンの中から先程の書類を引っ張り出してタキオンに手渡した。それを受け取ったタキオンの目の色が変わる。

 

「これは珍しい、ロシアの論文だ」

「「「ロシア⁈」」」

 

 3人が口を揃えて驚く。

 

「なになに? 〝ソ連科学アカデミーにおけるウマ娘の骨折と治療に関する定説と、それに対する西側の研究と新説に基づいたロシア科学アカデミーの見解〟……ほうほう、なんとも興味をそそられる内容だ!」

 

 興味深々にその書類を読み漁るタキオンと対照的に、3人は顔を見合わせて困惑していた。

 

「ロシアってさ、確か今……」

「戦争してたよね……?」

「隣のウクライナって国を攻撃してたわよね……」

 

 彼女らにとって、ロシアのイメージは隣国に軍事侵攻を行う危険な国家でしかなかった。

 

「トレーナーってロシア人なの……?」

「まあそうだろうね。このメモ書きもロシア語の筆記体だよ。初見での解読はまず無理だろうがね」

 

 タキオンが見せた余白のメモ書き。手書きのロシア語でいろいろ書かれているというが、テイオー達にはただの波線にしか見えない。

 

「どのメモ書きも、どうすればテイオー君の治療や復帰に繋がるかトレーナーがあれこれ思案している様子が目に浮かぶようだ」

 

 なんて言われたところで、テイオーはそれどころではなかった。

 

「何でトレーナーはトレセンに来れたの?」

「まあいろいろ思うところはあるだろうが、まずは落ち着きたまえ。ここのトレーナーになれるんだから身元が怪しいことはないだろう。それにこれだけいろいろ君の復帰のために尽力しているんだ。少なくとも悪い人間ではないだろうさ」

「そうだけど……」

「君もニュースを見てたらわかると思うが、ロシア人全員があの戦争を支持している訳じゃない。戦争反対を訴える人だって少なくないのだよ。君のトレーナーだって、日本に来るぐらいだから今のロシアに批判的な立場の可能性の方が高いだろう」

「でも、トレーナーは自分の出身はアメリカだって言ってたよ?」

「そうなのかい? まあロシア人だ、とは言いづらいからねぇ。あとはなんか事情があるとか……」

「事情って?」

「そこまではわからないさ。ただ、この世には本当にいろんな人間がいるからね。答えてくれるかはわからないが、聞いてみる価値はあるんじゃないか?」

「でも、こういうのって聞いたら……」

「ピストルで撃たれてしまう、なんて思っているのかい? さっきも言ったが、ここでトレーナーをやるような人間だ。それに君の復帰のためにここまで手を尽くしているんだぞ? そんなことはありえないさ。それよりテイオー君、この書類を少し借りるよ。今まで見てきた論文とは違う視点が多くてね、私の研究に大いに役立ちそうなんだ!」

 

 そう言うと、タキオンは書類を抱えたままドアを閉めて暗幕の中に消えた。タキオンの教室の前に取り残される3人。そのままここにいる訳にもいかずとりあえず教室に戻ることにした。

 嫌な沈黙が3人を包む。テイオーの頭の中で今朝見たニュースが思い出された。

 

《ロシア軍はウクライナの都市、ハルキウにミサイル攻撃を行い、これまでに37名の死者と多数の負傷者が確認されています。ロシア軍は主にドンバス地域での……》

 

 それでも、今までトレーナーが自分にしてくれたことは紛れもなく全て本物であるのも事実だ。その確証が持てなければ自分から謝りに行こう、なんて考えない。

 

「ね、ねぇ、ボクのトレーナーの正体ってどんな人なんだろね? 実は裏で世界を股にかけるスパイとかやってたりするのかな?」

 

 この前観たスパイアニメを思い出し、おどけて見せるテイオー。だが、2人の反応は薄い。

 

「そ、そうね……。スパイならカッコいいかもね……」

「……なんかこう、悪いヤツとかやっつけてたり……?」

 

 重い空気のまま教室に戻り、2人は荷物をまとめる。

 

「じゃあね、テイオー。あ、カバン運ぼうか?」

「大丈夫だよスカーレット。じゃあまた明日」

「テイオーまた明日!」

「うん、バイバイ」

 

 帰る時にはいつも通りの雰囲気になっていた2人だが、無理をしているのは明白だった。一人、教室に残ったテイオー。

 

 アルチョムトレーナーって何者なの? 

 

 疑問で頭が一杯になる。よくよく考えたら、トレーナーの家族や友達の話をほとんど聞いたことが無かった。

 パパやママがどんな仕事をしているのか、兄弟や姉妹はいるのか、中学や高校でどう過ごしていたのか、どんな友達がいたのか、理事長にスカウトされる前にはどんな仕事をしていたのか、恋人や好きな人はいたのか。そして本当の出身地はどこなのか。

 

 かれこれ一年半近く、トレーナーと組んできたが、今更になって自分がトレーナーのことをほとんど知らないことに気づいた。

 

 やっぱり話さなきゃ。トレーナーはボクのために頑張ってくれてる。だからボクもいつか恩返ししたい。でも、まずはちゃんとトレーナーのことを知るトコロから始めなきゃ。

 

 テイオーはそう決心して、再びトレーナー室に向かった。

 慣れたとはいえ、やはり松葉杖で歩くのは少し苦労する。いつもより時間をかけてトレーナー室の前に来た。

 

「あれ、ドアが開いてる」

 

 その開いてるドアからゆっくり中を覗き込む。机の上の書類を整理しているアルチョムがいた。

 

「お、テイオーじゃねぇか。久しぶりだな」

 

 こちらに気づいたアルチョムがいつものように声をかけて来た。久々に会えたためか少し嬉しそうにも見える。

 テイオーは意を決してアルチョムに尋ねた。

 

「ねぇ、トレーナーって何者なの?」

 

 






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