元ロシア最強傭兵、祖国に棄てられて亡命したらトレセン学園のトレーナーになりました   作:武装田んぼ

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第18話 血を拭うには

 

 

「ねぇ、トレーナーって何者なの?」

 

 テイオーの口から飛び出した疑問。

 

「なんだいきなり。何者だって聞かれたところで俺は俺だ、アルチョム・ルイシコフだとしか言いようが無い」

「そうじゃないの。さっき勝手にトレーナーの机見ちゃったんだ。そしたらロシア語の論文とメモ書きがあったから、トレーナーはアメリカ出身じゃないのって。それによくよく考えたらボクはトレーナーのこと全然知らないんだもん。パパやママがどんな人だったとか、アメリカではどんな風に暮らしていたかとか、学校で何していたとか、好きな人の話とか、どれも聞いたことないじゃん。聞いてもはぐらかしてばっかだし……!」

「あー、それはなんというか……」

「そんなのずるいよ! トレーナーはボクのためにいろんなことを一生懸命してくれる。だからいつかお返ししたいの! でもトレーナーのこと知らなかったらできないの!」

 

 テイオーはそう訴えた。その目はターフの上に立つときのように真剣な眼差しだ

 潮時だな。そう思い、静かに口を開く。

 

「……わかった、長い話になる。少し待ってろ」

 

 そう言い、アルチョムは部屋を後にした。しばらくして戻ってきたアルチョムは買ってきたはちみーとコーラを机に置き、パソコンを開いた。

 

「長話には飲み物が欲しくなるからな。ほら、座れ」

 

 アルチョムの隣にテイオーが座る。

 

「さて、どこから話そうか……。とりあえず俺の生い立ちから一つづつ語っていこう」

 

 そう言うとアルチョムはおもむろにパソコンでGoogleマップを起動し、世界地図を出した。

 

「んでだ、テイオー。俺の名前と出身地、どこだか覚えてるな?」

「うん、名前はアルチョム・ルイシコフで、出身アメリカのニューヨークだったよね」

「ああ、よく覚えてるな。だが残念だ。それは全部偽の情報だ」

「……やっぱりそうなんだ」

「俺の本名はセルゲイ・エゴロヴィチ・グルシュコフだ」

「セルゲイ・エゴロビチ……?」

「セルゲイ・エゴロヴィチ・グルシュコフ」

「そのエゴロヴィチってのは名前?」

「父称が入るんだ。ようは父親の名前だな。欧米のミドルネームみたいなもんだ」

「へぇ〜」

「んで出身はここだ」

 

 Googleマップでロシア南部、バタイスク周辺を拡大する。

 

「ロシア連邦ロストフ州バタイスク。俺が生まれた街だ。テイオーが察した通り、俺はロシア人だ」

「そうなんだ……」

「いろいろ聞きたいことがあるだろうが、続けるぞ。後で聞いてやる」

「わかった」

「俺は1993年の3月にバタイスクで生まれて6歳までは普通の家庭で普通に育ったんだ。父と母がいて、姉がいて。だがな、忘れもしない1999年の9月7日。あの日から俺の人生の全てが狂った」

「何があったの?」

「ロシア高層アパート連続爆破事件。モスクワをはじめ、いくつかの都市で8月から9月にかけて連続テロが起きたんだ」

「テロ事件に巻き込まれたの……?」

「ああ。俺はあの日、モスクワにいる親戚の家に家族で訪れていたんだ。一週間ほどモスクワで過ごしてバタイスクに帰ろうと、モスクワ郊外の駅で列車を待っていた。今でもよく覚えているさ。俺は待合室で家族と一緒に列車を待っていた。そしたらホームに機関車がやって来たんだ。その時の俺は6歳の男の子だからな。機関車を見てくるって家族に言って待合室を飛び出した。そんで機関車を追っかけ始めた直後さ。待合室が爆弾で吹き飛んだ」

「そんな……」

 

 言葉を失うテイオー。アルチョムはウマチューブで当時のニュース動画を探し出し、再生する。

 無惨に積み重なった瓦礫の前で女性のキャスターが何か話している。そして映像が切り替わり、背広を着た白髪の男性が机を囲んで数人の男性と話し合う映像が流れた。その中の一人にテイオーは注目する。

 

「ねぇこの人ってさ、今のロシアの大統領の人?」

「ああ、この時は首相だった」

 

 テイオーがその映像に映る人物を指差した。 

 その男の刃物のような目つきはこの頃から変わっていない。

 

「このテロに関しては今でもいろんな説が囁かれている。チェチェン過激派の仕業だの、ロシアの自作自演だのな。真相がなんであろうと、俺の家族は戻ってこないし、送れるはずだった人生だって戻らない」

 

 諦観するようにアルチョムは言い、コーラを飲む。

 

「さて続きだ。俺はテロの後、親戚の家をたらい回しにされた。あの時のロシアじゃ、金も稼げない6歳の子供を養えるような家なんてそうそう無かった。例え親戚の子でもな。散々ロシア各地を飛ばされた挙句、結局俺は地元の孤児院にぶち込まれた。その孤児院もひどいもんでな、大人の連中は俺たちを虫ケラのように扱いやがる。そんなんだから子供は子供で固まって大人に反抗するんだ。ホント、クソみたいな孤児院だったよ」

「学校には行ってなかったの?」

「孤児院から学校に通っていた。だからロシアの義務教育過程は卒業している。これでも成績は良い方だったんだぞ。……なんだその目は、嘘なんざ言ってない」

「でも確かにトレーナー頭良いもんね。勉強得意だったの?」

「得意というよりは、勉強して頭よくなれば将来は良い暮らしができるって信じていた、と言うべきだな。そんなことはなかったが」

「どうして?」

「これから話すさ。義務教育過程を終えた俺は半ば追い出されるように孤児院を出たんだ。だがもちろん、いくアテなんざ無い。どうしたと思う?」

「うーん、また親戚に頼るとか……?」

「頼れる親戚がいれば幸せだったんだがな。結局俺は、気づけば地元の不良グループとつるんでいた」

「不良⁈」

「ああ。ゴプニクって言うヤツらだ。ソ連時代から続く伝統ある不良さ」

「えぇ……」

「それからの2年ぐらいは本当に荒れくれていた。元から腕っぷしは強かったからゴプニクの中でもすぐに一目置かれる存在になれたよ。そうして成り上がって行ったのさ」

「不良ってことはケンカとか犯罪とかしてたの?」

「そりゃあな。気に食わねぇ野郎をぶん殴って酒や金を出させるんだ。我ながらとんでもないろくでなしだったよ。あの時の人たちには悪いことをしたな」

「でもそんなことしてたら、警察に捕まったりしない?」

「ああ、捕まったよ。17か18の時か、警察にしょっ引かれてな。俺はそのまま刑務所に入れられるはずだった。だがそこで警官に言われたんだ。なんて言われたと思う?」

「うーん、腕っぷしは強かったんだよね。なら軍隊に行きなさいとか?」

「当たりだ。牢屋か軍隊かって言われたよ。そうなりゃ軍隊を選ぶのは当然だろ? 刑務所に入ったらクソ以下の扱いなのは知ってたからな。軍隊ならまだマシな扱いを受けられる。それに給料だって貰えるしな」

「でもさ、なんで軍隊なの? 日本で警察に捕まった人が自衛隊に行くなんて聞いたことないよ」

「ロシア特有の事情があるんだ」

「事情?」

「ロシアには徴兵制があってな。18歳以上の男子に一年間兵役に就く義務がある。ま、随分前から形だけだがな。賄賂やら汚職やらでろくに機能してない。んで、俺はその警官の息子の代わりに軍隊へ送られたのさ。賄賂代わりとも言えるな」

「えぇ、それ酷くない⁈」

「それがまかり通るのがロシアさ。警察も軍隊も汚職だらけだよ」

「信じられない……。ニュースとかにはならないの?」

「ならないな。ロシア人の大半だってそれを当然のことと思っているし、今更何も思わんさ」

 

 唖然とするテイオー。カルチャーショックというものであろうか。

 

「でもな、ロシアの社会はそれで上手く回っている面もあるんだ。ある人はこう言う。〝ロシアにあるのは汚職ではない。良好な人間関係だけだ〟とな」

「トレーナーも賄賂でここに来たの……?」

「バカなこと言うな。日本じゃ賄賂なんか使えないだろ。死ぬ気で勉強したよ」

「ちょっと安心した」

「そりゃよかった。じゃ、続きだ。俺は軍隊に入れられたが、扱いは一応志願にしてもらえたんだ。そのお陰で俺は第76親衛空中襲撃師団に配属された」

「へぇー、それってすごいの?」

「ああ、ロシア空挺軍って言う空挺部隊にいた。どこの国でも空挺部隊は精鋭だからな」

「そういえば前にシューティングやった時も強かったね」

「俺に言わせりゃあれぐらいできなきゃ戦場で生き残れん。んでな、軍隊に入った時にアルセニーってヤツと出会ったのさ。アイツは俺と違って何不自由なく暮らしてきたヤツだった。そんなヤツがなんで軍隊に来やがったんだ、なんてねたんでたよ。しかもリスクだの自分の限界だの抜かしやがるんだ。最初はどうせただの出まかせ野郎だと思っていたんだがな。ところがどっこい、ヤツは想像以上に肝が据わってた。周りが音をあげてもアーシャは耐えやがるんだ。それを見て俺は確信したよ。コイツは信用に足りる人間だ、ってな」

 

 懐かしむように語るアルチョム。

 

「そうだ、確か写真があった」

 

 そう言うとアルチョムはスマホをいじり、ある画像を表示する。

 この頃から相変わらず厳ついアルチョムと金髪碧眼のハンサムな男が迷彩服を着て肩を組んでいた。

 

「コイツがアルセニーさ」

「わあ、イケメンじゃん!」

「だろ? 自慢じゃないが、この時の俺はだいぶモテたんだ。コイツには敵わなかったがな」

「ねぇ、この人は今どこにいるの?」

「これから話す事件で生き別れになった」

「事件?」

「ああ。俺とアーシャはそれから5年間軍務に就いた。教官に散々しごかれてしばかれて、そして中東に送り込まれた」

「なんか中東っていつも紛争とか起きてるよね……」

「あの辺りは歴史が複雑だからな。民族やイデオロギー、宗教が複雑に入り混じってしまった結果だ。ま、余談はさておき、あの5年間は本当に濃い5年間だった。中東で、東欧で、アーシャと共に何度も修羅場を潜ったよ。んでその後はオリョール・グループって連中にスカウトされた」

「あ、なんか聞いたことある」

「だろうな。今ウクライナでやらかしてる連中だよ」

「どんなグループなの?」

「民間軍事会社ってヤツだ。PMCなんて呼んだりするな。傭兵と似たようなモンだが、ソイツらは金さえ積まれたらどこにだって付くが、PMCは基本的に国にしか付かない」

「軍隊じゃないの?」

「建前では警備会社って扱いだ。やってることはクレムリンやオリガルヒ共の私兵部隊だがな。もっとも、そいつらは俺らの存在を絶対に認めない」

「クレムリン? オリガルヒ?」

「ロシアの政治家と金持ち共だ。いつの時代も戦争を始めるのはこういう連中だよ」

 

 吐き捨てるように言うアルチョム。その目には怒りとも哀しみとも見える感情が渦巻いていた。

 

「まあ愚痴は後にしよう。オリョールに入ってからは東欧に行って、アフリカに行って、そしてまた中東に行ったな」

「いろんなトコ行ったんだね」

「まあな。でも目的は観光じゃない。ろくでもない仕事の為だった。クレムリンの手先になって、殺し屋紛いの仕事ばかりやらされてた。そしてさっき言った事件が来た」

「アルセニーって人と生き別れになったって事件?」

「そうだ。そして俺が亡命することになった事件でもある」

 

 そう言い、アルチョムはあるニュース記事を検索して表示する。

 〝ロシア軍機、中東で難民キャンプを爆撃か? 戦争犯罪の疑い〟

 そして記事には焼け野原になったキャンプの写真が何枚か掲載されている。それだけでも目を覆いたくなるような光景だ。

 

「3年近く前に起きた難民キャンプ爆撃事件だ。俺達はこの現場にいた」

「何が起きたの……?」

「国に棄てられたんだ。ロシア軍機が俺らもろともキャンプをロケット弾で吹き飛ばしやがった。年寄りと女子供しか居ないキャンプをな」

「そんな、ひどすぎる……」

「挙げ句の果てには追撃部隊まで送り込んで来やがった。返り討ちにしてやったがな。信じられなかった、信じたくなかった。俺が命をかけて尽くしてきた祖国のお返しがこれだからな。どうするべきか全くわからなかった。そしたらアーシャに言われたんだ。この惨劇を世界に知らしめろってな」

「それでどうしたの……?」

「100キロ近く歩いて、国境を超えて隣国行った。その国はアメリカと関係が深いからな、アメリカの政府関係者と接触して、持ってきた書類やデータを渡して亡命したんだ。あれ以来、アーシャの行方はわからない。そっからはテイオーの知ってる通りだ。仕事探してたら理事長にスカウトされて、日本に来た」

 

 そこまで語り、アルチョムはまたコーラを飲む。テイオーはアルチョムの経歴に驚きを隠せない様子だ。

 

「どうして昔の話をしないんだろうって思ってたけど、これじゃ話せないよね……。無理言ってごめんね、トレーナー」

「謝ることはない。俺もいつかは話さなきゃいけないとは思っていた。やっと話せてスッキリしてるよ」

「……ねぇ、いろいろと聞きたいんだけどいい?」

「ああ。どんな質問でもいい」

「その……、今起きてる……、戦争をさ、どう思ってるのかな、って」

「……本気でバカげた戦争だよ。あの戦争には何の意味もない。大統領とクレムリンのクソッタレ共がおっ始めた無意味な戦争だ」

「やっぱそう思うんだ……」

「あの戦争はロシアに何のメリットも無い。ただただ、ロシアがその信用を失っていくだけだ。その先に何がある? 何も無いだろ。それとな、俺が一番辛いのは、愛した祖国が落ちぶれていく様を、悪者になっていく様をただ見ることしかできないんだ。それが本当に辛い」

 

 アルチョムの目に涙が浮かぶ。テイオーはそれを見つめることしか出来なかった。

 

「どうにかして戦争を止められるなら止めたいさ。でもな、俺にそんな力は無い。俺はな、散々な目にあってきたが、それでもロシアを愛していたんだ。愛しているんだ。俺の愛するロシアに戦争なんかいらない。例え仮初めだろうが、裏で俺らみたいな奴らが銃を撃っていようが、平和であるべきなんだ」

 

 灰色の瞳が潤んで、涙が溢れる。いつもの威圧的な目が、今はあまりにも弱々しく見えた。

 

「ロシアに、俺の祖国に戦争なんか必要ない」

 

 しばらく黙り込んだ後、アルチョムは静かに言った。その発言の重さはテイオーでもよくわかるほど、複雑な想いが込められていた。

 

「……ロシアの国民は何も言わないの?」

「言わないんじゃない。言えないんだ。戦争をやめろ、なんて言えば警察に捕まる。ニュースで見たろ」

「そういえばそんなニュースしてたね……」

「ロシアはずっと昔から、それこそ帝政時代から国民が政府に口出しできないようなシステムを築き上げてきた。それは今も形を変えて残ってる。だからロシア国民は諦めてる。何を言ってもムダだ、ってな」

「そんな国だったんだ……」

「そんな国だよ。でも俺はそれを知った上で国に尽くした。命をかけて戦って、どんな命令にも従った。俺はな、軍隊でもPMCでも真っ黒な仕事を繰り返してきた。中東でも東欧でもアフリカでも銃を握って、戦って、人を殺した。この手を血に染めてまで、俺は国に尽くした。そうするしかなかった、それしかなかった。俺みたいな人間にはな……」

 

 どうしようもなかった、と言うような表情を浮かべるアルチョム。そんなアルチョムにテイオーは恐る恐る聞いた。

 

「そのさ……、トレーナーはそうするしかなかったって言うけど、その時はなんのために戦ってたの? お金の為? ロシアの為?」

「……何の為だったんだろうな」

 

 今になって冷静に考えると、自分が戦っていた理由が全くわからない。

 国家、民族、イデオロギー、国益。これらの単語が浮かんでは消えていく。生活の糧を得る為、というのはあったがそれだけかと問われれば違うと答えるだろう。あの時は確かに国の為、というのがあった。だが、それは自分の行為を無理矢理納得させる為に考えていたに過ぎない。

 

 俺は何の為に銃を握っていたんだ? 

 

 しばらく考え込んでしまう。そんな様子を心配したテイオーが口を開く。

 

「ご、ごめん、変なこと聞いちゃって……」

「いや、謝ることはない。あの時は生き残ることばかり考えていた。強いて言えば自分の為に戦っていたのかもしれない。自らの命と居場所を守るために……。身勝手な話だな」

「……でも、トレーナーが軍隊に入った理由考えたらそうなっても仕方ないんじゃない?」

「残酷な話をするが、例えばテイオーにとって親しい人間が殺されたとしてだ。さっきの理由で殺したと言われて納得するか?」

「! そ、それは……」

 

 それを言われた途端、テイオーは口をつぐんでしまう。

 

「何にせよ、俺はそうするしかなかった。だが、それで俺のやってきたことが正当化されることはない。人殺しの罪を死ぬまで背負っていくことになる」

 

 そう言い、アルチョムは自分の右手を見る。何度も(カラシニコフ)を握り、引き金を引いてきた手。あの引き金の重さ、腕と肩に来る反動、鼻をつく硝煙の匂い、そして分解から結合まで。今でもハッキリ思い出せる。恐らく、いや確実に死ぬまで覚えているだろう。

 

「……さて、俺が語るべきことは全て語ったつもりだ。その上で言っておく。俺の過去を知った上で契約解除したいなら構わない」

「なっ、なんで契約解除のハナシになるのさ!」

「俺の過去を聞いただろ。俺の過去から考えれば人に何かを教え伝える資格はない」

 

 アルチョムが重いトーンで言う。改めて自分の過去を振り返ると、テイオーを教え導くにはもっと適任がいる。アルチョムはそう考えつつあった。先程の決意は今までの偽りの自分だからできた決意だ。偽りの自分の決意になんの意味があるのか。過去に流した血の前で、その手で仕留めた人間の前で同じことを言えるのか。そんな考えが脳内を支配した故の発言だった。

 テイオーは少し黙り込んだ後、アルチョムを真っ直ぐ見て口を開く。

 

「……そんなのトレーナーが勝手にそう思ってるだけじゃん……! トレーナーがどんな人間だったとしても、ボクのために一生懸命やってくれる人だからボクはそれに応えたいの!」

 

 アルチョムに迫ったテイオーは続ける。

 

「トレーナーの話を聞いて思ったの、そんな過去があってもトレーナーはボクにちゃんと向き合ってくれたんだって。努力してくれたんだって。ボクはそれがわかって嬉しかったの。あの時、河川敷で出会ったのがトレーナーで良かったって思ったの。皐月もダービーも、トレーナーと一緒に勝てて良かったって思ったの。今のボクは心からそう思ってる」

 

 横に座っていたテイオーが脚を庇いながら立ち上がり、アルチョムを真正面から見つめる。その瞳はテイオーが何一つウソを言ってないことを示していた。

 

 

「だから見るべきは過去か、ボクか、ここでハッキリして」

 

 

 テイオーの口から放たれた言葉にアルチョムは驚くと同時に嬉しく思い、そして反省した。

 最も向き合うべき存在のテイオーと本当の自分で向き合うことを恐れて、自分が一人で身勝手に考えていた。逃げようとしていた。我ながら幼いなと自嘲しつつ、テイオーの瞳を真っ直ぐに見つめて返す。

 

「……テイオーだ。俺が見るべきはテイオーだよ。俺の大切な担当バ、トウカイテイオーだ」

「わかってんじゃん」

 

 少し潤んだ瞳で嬉しそうに笑うテイオー。久しぶりにテイオーの笑顔を見た。

 

「じゃあさ、次にボク達がどうすべきか、トレーナーならわかるよね」

「ちゃんと脚を治してターフに戻る」

「もちろん! でねトレーナー、ボク新しい目標見つけたんだ!」

「そういや会長からも聞いたな。テイオーが新しい目標見つけたって」

「なんだと思う?」

「……春シニア三冠か?」

「ピンポンピンポーン! よくわかったね、トレーナー!」

「前に調べたことがあったからな。未だに達成したウマ娘はいないとかなんとか」

「だからボクが達成するんだ! カイチョーを超えるウマ娘を目指すなら、カイチョーが達成してないのを達成しなきゃなれないでしょ!」

「そうだな。なら、ちゃんとリハビリを終えて、医者から許可が出たらすぐにトレーニングを再開するぞ」

「うん! もちろんだよ!」

「……さっきはすまなかったな。契約解除なんて言って」

「いいよ。でもさっき言ったことは全部ホントのことだから。トレーナーの過去がどんなでもボクを見てくれるなら、ボクはそれに全力で応えるよ。だってボクのトレーナーはキミだけだから」

「いい子だな、テイオーは。……そうだ、これを渡そう」

 

 アルチョムはおもむろに首元のネックレスを外す。そのネックレスには鈍く光る薬莢がぶら下がっている。

 

「何これ?」

「薬莢のお守りだ。昔、中東で作戦中にゲリラの襲撃を受けたんだ。俺達の車列が攻撃されてな。この顎の傷もその時のヤツさ。俺は負傷した隊長を庇いながら近くの建物に逃げ込んだ。そしたら敵に出くわして、至近距離で撃たれたが弾は全部逸れた。弾切れになった敵はそのまま逃げて行ったよ。その時の薬莢をいくつか拾ってきたんだ。逸れた弾のように不幸も逸れていくだろうってな」

「へぇ〜。んで薬莢って何?」

「弾薬の火薬が入ってるやつだ。この中の火薬の力で弾丸がすっ飛んで行く」

「へぇ、初めて知った」

「知らなくても困らないけどな。んで、そのお守りをテイオーにやる。コイツを持っていれば、あの時の弾丸みたいに不幸が逸れていくだろうさ」

「ありがとう! あ、でもトレーナーのぶんは?」

「スペアがある。気にすんな」

「じゃあもらうね! ありがとう、トレーナー!」

 

 さっそくネックレスを首にかけるテイオー。アルチョムも机からスペアを取り出して首元にかけた。

 

「これでボクたちはもう無敵だね!」

「ああ、無敵だ」

 

 自分の幸運を噛み締めると同時に、これも何かの運命だとアルチョムは考える。俺は幸福になる資格が無い訳じゃない。だが、この幸福を分け与える義務がある。なら、逃げるなんてあり得ない。過去と、自分と向き合い、前に進むんだ。

 

 トレーナー室を西日が照らす中、2人はお互いの拳を突き合わせた。それは再び進み出すための合図だった。

 

 





誤字脱字などございましたらご報告願います。

なお、作中においてロシア高層アパート連続爆破事件に触れましたが、史実において駅が爆破された事実はありません。ストーリー上のフィクションです。ご注意下さい。

今回主人公の過去および軍歴などに関して以下の文献、ウェブサイトをを参考にしました。

文献
小泉悠・JSF・高町紫亜・CRS@VDV・くまのり・かるとぅりん・まきのや『イラストでまなぶ!ロシア連邦軍』株式会社ホビージャパン 2015年

速水螺旋人・津久田重吾『いまさらですがソ連邦』株式会社三才ブックス 2018年

小泉悠『ロシア点描 まちかどから見るプーチン帝国の素顔』PHP研究所 2022年

マラート・ガビドゥリン 小泉悠監訳 中市和考訳『ワグネル プーチンの秘密軍隊』東京堂出版 2023年

ウェブサイト
TBS NEWS DIG Powered by JNN「軍の大半はプーチンを嫌っている」ウクライナ侵攻に参加したロシア兵が覚悟の証言 単独インタビューで語った“ロシア軍の実態”| TBS NEWS DIG
https://youtu.be/ETAqX-h6c2I 1月20日視聴


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