元ロシア最強傭兵、祖国に棄てられて亡命したらトレセン学園のトレーナーになりました 作:武装田んぼ
皆さまお久しぶりです。武装田んぼです。
ある程度書き溜めしたので放出します。ぜひご笑覧いただければ幸いです。
夏休みが終わり、トレセン学園も2学期に入った。秋のG1戦線を控え、ウマ娘たちもそのトレーニングにより一層熱が入る。
そんな9月下旬のある日。
トレセン学園のグラウンドを走る1人のウマ娘がいた。日はすっかり暮れて秋の綺麗な夜空が広がり、彼女の影を照明塔のライトが照らす。
「はぁ、はぁ、まだまだっ……!」
息を切らしながら額の汗を拭い、再び走り出すそのウマ娘。ナイスネイチャだ。彼女は菊花賞への出走を控え、トレーニングに打ち込んでいた。
「ネイチャさん、もうそろそろ終わりにしましょう。門限を過ぎてしまいますよ?」
南坂トレーナーが諭すように話しかける。
「寮長には許可取ったから、あと一時間は走らせて」
「……最近オーバーワーク気味ですよ。それでは却って逆効果です」
「……トレーナーだって聞いたでしょ、テイオーの骨折の話。テイオーが菊花に出れないってなった時のみんなの反応っ……!」
そう言うとまた、地面を蹴って走り出した。
時は3ヶ月ほど遡る。テイオーの骨折のニュースはあっという間に日本中を駆け巡り、テイオーの無事や回復を祈る声が次々と上がった。が、それと同時に出た声が菊花賞への落胆だ。
無敗のクラシック三冠ウマ娘の誕生を期待していた世間は、テイオーが菊花賞に出走できないとなり落胆の声が相次いだ。学園の管理やトレーナーの責任を問う声もあったが、それ以上に言われたのは菊花賞に出走するウマ娘に注目すべき子が他にいるのか? という声だ。それだけテイオーが注目を集めていた証左とも言えるが。
それが悔しかった。わかってる、自分が普通のウマ娘だってことぐらいわかってる。注目を集めるようなウマ娘ではない。テイオーのキラキラには敵わないのは百も承知だ。だからこそ、菊花の舞台で勝負したかった。あの背中に追いつきたかった。だが、それも叶わない。
どうすればいいかわからないまま、ネイチャはとにかく走り込んだ。走り込んだ先に何かがあると信じて。
それをわかっているが故に南坂トレーナーも止めるのを躊躇ってしまう。
腕時計を確認して、ネイチャの走りを静かに見守る。
「あと一時間だけですよ。そしたら終了してくださいね」
静かなグラウンドにネイチャの足音だけが響く。昼間にはよく整備されていた芝は一日中ウマ娘が走り回ったためかだいぶ荒れ気味だ。だが、そんなことはどうでもいい。追いかけるべき背中が見えない中、ひたすらに走って自分と向き合おうとしていた。
若駒ステークスでの惜敗からずっと追いかけてきた背中。ただ、皐月賞や日本ダービーを制した姿を見て、絶対に敵わないと感じていたのも事実だ。
日本ダービーの走り。リトルココンとの接戦を制したあの姿は、憧れの一言では表せないほど様々な想いを抱いた。あのシンボリルドルフに並ぼうと日頃から努力している結果なのだ、と思うが同時に天性の才というものを感じた。
努力では決して超えられない壁、才能。
それは持てる者と持たざる者を隔てる壁でもある。こうなると最早努力云々ではなく、生まれた時の運としかいいようがない。
〝素晴らしい素質〟なんて名前のクセしてこの有様なのだから嫌になる。
日中からずっと走っていた脚が限界を迎えようとしている。それでも走っていた。走るしかなかった。が、意志に反してスピードが落ちていく。
「もっとがんばれるでしょ……! このポンコツ!」
ヨレヨレになりながらも足を止めようとはしない。ふと前を見ると、テイオーがいた。白い王子様のような勝負服をバッチリと決めて、観衆の注目を一身に浴びるテイオー。そしてネイチャの方を振り向いた直後、前へ走り出した。
「待って……!」
手を伸ばすも届くはずもなく走り去っていくテイオー。どうにか追いかけようとしたその時、脚がもつれて態勢を崩してしまう。
「わ、わっ!」
転ぶ! と思った直後、彼女の身体は両腕に支えられた。顔を見上げると南坂トレーナーが心配そうにこちらを覗く。
「大丈夫ですか?」
「え⁈ あ、はい、どうにか……」
バランスを立て直して南坂トレーナーの腕から離れると、彼はネイチャに言った。
「無茶しすぎです。これでケガでもしたらどうするつもりですか?」
「……だって、いくら努力したってアタシじゃ追いつけないんだもん……」
そう返すと南坂トレーナーは困った表情を浮かべる。
「でも勝ちたいの! 追いつけなくても勝ちたいの! 勝ちたかったの!」
誰もいないグラウンドにネイチャの叫び声がこだまする。どんなウマ娘もレースに出る以上は皆同じことを想う。
勝ちたい。誰よりも速く、誰よりも強く。
「勝ちたかった! でも菊花にテイオーはいない、アタシは何を目標にすればいいの⁈」
南坂トレーナーは何も返せなかった。若駒ステークス以降はネイチャの希望もあり、そのトレーニングは対テイオーを主眼に組んできた。いくつかのオープン戦に出走し、菊花賞への足固めもしてきた。
それが3ヶ月前に無意味になった。それでも、菊花賞という大舞台に立つ為に努力を重ねてきたのだ。だが、菊花賞が近づくにつれ、テイオーが出走しないという現実に実感が湧いてくるとどうすればいいのかわからなくなってしまった。
「それにテイオーを見たでしょ? 菊花に出れないってなってもあんなに明るく振る舞ってるじゃん……! アタシはどう接して、どうすればいいのよ……」
テイオーは骨折後も今まで通りに振る舞っている。彼女がずっと目標にしてきたクラシック三冠を諦めたというのに、だ。入院中のお見舞いの時も、テイオーは普段のテンションで会話していた。さらにこちらが合宿から戻って来れば、新しい目標ができたと高らかに宣言する。
そんな様子を見ていると、テイオーがどんどん先へ先へと進んで、遠い存在になってしまうような感覚に襲われる。いや、最初からテイオーは遠い存在だったのだ。所詮自分は普通のウマ娘。テイオーのようなキラキラした存在を超えるどころから並ぶことすらおこがましい話なんだ。
そう自分に言い聞かせた。そう自分を納得させようとした。頭では理解できている。だが、理解したところで胸の奥の感情が収まることはない。むしろ、より憧れが強くなり、並びたい、勝ちたいと言った願望がとめどなく溢れてくる。そしてそれは涙となって、ネイチャの頬を伝った。
「うっ、ううぅ……」
滲む視界と、頬を伝う涙。その雫がポロポロとターフに落ちる。
「……は、ははっ、な、なんでアタシ泣いてるのかしら……? 泣く理由なんて無いのに……、バカみたい……」
「ネイチャさん、あなたの気持ちは痛いほどわかります。ですがもう時間です。明日のために着替えてから寮に戻ってください。今後については、明日また話しましょう」
そう言うと南坂トレーナーはネイチャにハンカチを差し出した。受け取ったネイチャはそれで涙を拭く。
南坂トレーナーもどう動くべきかわかりかねていた。こういう時こそ、しっかり導いてやるのがトレーナーとしての理想であるのだろう。が、それができるような人間であれば目の前のウマ娘が泣くようなことには恐らくならない。
ネイチャの荒かった呼吸が落ち着いてくると同時に、気持ちも落ち着きつつあるようだ。涙で湿っぽくなったハンカチを返すと、彼女はベンチに置いてある自分のバッグからポケットティッシュを取り出して鼻をかんだ。
「……ごめんなさい、いろいろ取り乱しちゃって……」
「大丈夫です。ネイチャさんが努力を積み重ねてきたのは僕が一番わかってます。だからこそ明日、これからについてカノープスのメンバーと一緒にしっかり考えましょう」
「そうする。遅くまで付き合わせちゃってごめんね、トレーナー」
「構いませんよ。もう暗いですから、気をつけて帰ってください」
「はい、また明日」
「また明日」
荷物をまとめてグラウンドを後にするネイチャ。その様子を静かに見送ると南坂トレーナーはトレーナー室に向かう。あれやこれやとやることが多く、片付けなければならない仕事がまだ残っていた。
「この様子だと、今日中には帰れませんね……。はぁ、手際の良い皆さまが羨ましいです」
トレーナー室に戻り、ノートパソコンのキーボードを叩きながら、事務仕事を片付けていく。チームメンバーの出走予定を確認しながらトレーニングの予定の修正を行い、グラウンドやジム、プールの利用申請を行い、いくつかの日報を記入していく。そんな作業を繰り返しているとあっという間に時間は過ぎて行った。
────────────────────────
栗東寮の一室。テイオーとマヤノの部屋。
テイオーは眠れない夜を過ごしていた。菊花賞まであと一ヶ月を切った。一日一日と、その日が近づいてくると、自分が出走できないという実感がじわじわと強くなってた。それが悔しくて辛くて悲しい。
〝無敗の三冠ウマ娘〟というずっと追ってきた目標を一生達成できない、という現実を飲み込める程、テイオーの精神は大人じゃない。もっとも、例え大人だったとしても、そう易々と受け入れられるような人間は少ないだろうが。
骨折がなければ確実に出走して、ゼッタイに勝ってた。そう思うと胸が強く締め付けられる。心が引き裂かれるような感覚に襲われる。
ふと窓の方を見ると、夜空には綺麗な秋月が浮かぶ。
「菊花賞、出たかった……」
不意に漏れた小声。ベッド右側のコルクボードには〝目指せ無敗の三冠ウマ娘〟と書いた紙が貼ってある。
テイオーはマヤノを起こさないよう静かにその紙を剥がし、ジャージに着替える。そして紙を持ったまま静かに部屋を後にした。スマホで確認した時刻は0時2分。みんなが寝静まった寮は真っ暗で少し怖いが、その静けさに不思議な安心感を覚えた。
こっそりと階段を降りて下駄箱へ。そこから外履きを持って裏口にいく。カギを静かに開けて外に出た。
秋のひんやりとした空気がテイオーの体を包み、鈴虫の合唱が響く。つい最近まで熱帯夜にうなされていたのが嘘のようだ。テイオーはそのまま静かにトレセンの方に向かった。
正門脇の出入り口。生徒証を読み取り機にかざすと、電子ロックが解錠されて入れるようになる。履歴は残るだろうが、問題が起きない限りチェックされることはまず無い。そうしてテイオーはある場所に向かった。
大樹のウロ。
トレセン学園の敷地の片隅にある古い切り株だ。その内側は完全に朽ち果てて、ポッカリと穴が空いている。その穴に向かってウマ娘達が悔しさやつらさをぶつけるのだ。
日中であればこの辺りにもウマ娘がいて、気ままに過ごしていたり、ウロに何かを叫んだりしているが、この時間であれば誰もいない。いるハズがない。
周りを見渡した後、テイオーは持ってきた紙をその場で破いて、その紙片をウロの周りにばら撒いた。
そしてテイオーはウロの中に向かって叫ぶ。
「菊花賞に出たかった!」
「無敗の三冠ウマ娘になりたかった!」
「カイチョーみたいになりたかった!」
大声を出して、その気持ちを吐露する。それと同時に目から涙が溢れ出てくる。
「なんで……、なんで、骨折なんかしちゃうんだよぉ……」
弱々しく呟き、そのまま子供のように泣きじゃくる。
「皐月だって勝った……! ダービーだって勝ったの……! 次は菊花なのに……、なのに……!」
「なんで……、なんでっ……!」
「なんでボクは菊花を走れないの……! なんでなんだよぉ……!」
「走りたいよ! みんなからスゴいって言われたい! でも骨折なんかしたらボクは……! ボクは……、うぅ、わぁぁぁぁ……!」
一人大声で泣き喚く。わざわざ深夜に来た理由だ。誰にも見られたくなかった。マックイーンにもマヤノにもネイチャにも、もちろんトレーナーだってこんな風に泣き喚く姿は見せたくなかった。人の前で泣き喚いたところで走れるようになるわけじゃない。でも、どこかで泣き喚いたりでもしないと現実に押しつぶされてしまいそうになる。
だから今、全力で泣き喚くんだ。
小学生の時に見た憧れの姿。そこを目指してひたすら努力を重ねてきた。
そして厳しい勝負の世界で勝ち上がってきた。
「あんなに走ったのに……! みんなと走ったのに……! なんでぇぇ……!」
次々と思い出す記憶。小学生の大会で圧倒的勝利を収めたあの日。選抜レースでカイチョーに全く歯が立たなかった後、トレーナーと組んだあの日。デビュー戦で勝ったあの日。皐月、ダービーを制したあの日。
無敗の三冠ウマ娘に確実に近づいていたが、骨折がそれまでの努力を水の泡にした。
「菊花に出たいよぉ……! 一着になりたいよぉ……! なんで、なんで出れないんだよぉ……!」
再び涙が溢れ出す。視界の脇にある破れた紙片に冠の字が書いてあった。テイオーはそれを拾うとさらに破いた。
菊花に出たい。菊花の舞台で一着になりたい。でもそれは叶わない。
悔しい、悔しい、悔しい!
ボクなら勝てた! ゼッタイに勝てた!
カイチョーと同じように無敗の三冠ウマ娘になれた!
そんな想いがまた心の底から溢れ出す。
「でも、ボクは……」
「もう一生なれない……、なれないんだ……、うぅ、うわぁぁぁぁぁ……!」
声が枯れそうなぐらい大声で泣き喚く。泣きじゃくったせいか目は赤く腫れ、大声を出したため、喉が痛くなってくる。それでも涙は止まらない。そんな様子を夜空に浮かぶ月は何も言わずに見守る。
これでもかという程泣きじゃくった後、しばらく呆然と座り込んでいた。
「春シニア三冠、獲る意味あるのかな……」
あの時、新たに目標にした春シニア三冠。だが、それを獲ったところでクラシック三冠の代わりになるものじゃない。
カイチョーすらスゴイと思うウマ娘になる。なんて目標を決めてずっと走ってきた。でも、今のボクじゃどう頑張ってもそんなウマ娘になれると思えない。
そう思った途端、自分が何を目指せば良いかわからなくなってしまう。
「ボクは何を目指せばいいの……?」
静かに浮かぶ月にか細い声で問うが、聞こえるのは鈴虫の音色だけだ。
どうしようもない虚無感がテイオーを襲う。こんな気分は初めてだ。経験したくなかった。いつも何かを目指していた。夢があった。今のボクにそれがあるの? 春シニア三冠がクラシック三冠の代わりになるワケないじゃん。そんなのでカイチョーを越えるなんて絶対に無理。
じゃあボクはどうすればいいのさ。
骨折する前までは目標がハッキリと見えていた。あの後も、自分なりに目標を見つけたつもりだった。でもそれはつもりでしかなかった。それに気づいた途端、どうするべきかわからなくなってしまった。ここまで考えがまとまらないのは初めてだ。頭の中に広がるモヤモヤが心に重くのしかかる。
ふと、ポッケからスマホを取り出して時刻を確認する。午前0時43分。寮を抜け出してから30分以上ここで泣いていた。
「そろそろ戻らないと……」
ゆっくりと立ち上がって寮に戻る。これからどうすればいいかわからない。でもここで朝まで月を眺める訳にもいかない。重い足取りでテイオーは寮に戻った。
────────────────────────
テイオーが去ったあと、大樹のウロの前に一人の男が現れた。南坂トレーナーだ。
20分ほど前に仕事が終わり、疲労感でくたくたになりながらトレーナー寮に戻ろうとしていた時、大樹のウロの方から声が聞こえた。
何事かと思って行ってみると、テイオーが泣きじゃくっている。南坂トレーナーはそれを静かに見守っていたのだ。本来なら注意して、寮に戻らせる立場であるのは理解している。
だが、あの様子を見てしまうとそんなことを注意するのがあまりにも気の毒だ。
結局万が一のことが無い限り、最後まで見守ることにした。
ウロの周りに散乱した紙片を拾う。
「め……せ……、無敗……、三……、マ娘……」
拾い上げた紙片を簡単に組み合わせてみる。くしゃくしゃになり、破れた紙片からテイオーの悔しさややるせなさがひしひしと伝わってくる。
「ネイチャさん、テイオーさんも貴女と同じように悩んでいるようですよ」
そんな独り言を呟いてから散らばっていた紙片を集めた。
「さて、困りましたね……。このことをネイチャさんに伝えるべきでしょうか……」
テイオーがこんな時間に一人で来ていた理由はなんとなく察せられる。他人には絶対に知られたくないのだろう。だからこっそりと深夜にここでその思いの丈を吐き出したのだ。
だが、テイオーだってあれだけ悩んでいることをネイチャが知れば菊花賞への熱意を取り戻すきっかけになるかもしれない。テイオーに固執気味な思考を変えられるかもしれない。そう考えるとなんとも複雑な気持ちだ。
そしてもう一つ。このことをアルチョムトレーナーに伝えるべきかどうか。テイオーの性格から考えれば自ら伝える可能性は低いが、下手に話せば彼は混乱するだろう。それに他の担当ペアの関係に口出しするようなマネは気が進まない。
「明日のトレーニング後、ネイチャさんの様子を見て考えましょうか」
そう言って頭を掻く南坂トレーナー。こうして彼の長い一日は終わった。
誤字脱字などございましたらご報告願います。