元ロシア最強傭兵、祖国に棄てられて亡命したらトレセン学園のトレーナーになりました 作:武装田んぼ
トレーナー前日譚になります。
都合上、残酷な描写や軍事描写が多くなります。ご注意下さい。
中東某国。
この国では長年の政情不安により、政府軍と宗教過激派による内戦が続いていた。また、親露政権の政府に対し、親米路線を掲げる反政府勢力も現れており、混乱は収まりそうにない。
そんな中、ロシア軍拠点の隅で椅子にもたれかかる男。ブーニーハットを目深に被り、顔は見えない。椅子の傍らにはAK12*1とマガジンがいくつか並ぶ。そんな彼の前を砂煙を巻き上げながら通り過ぎるのはロシア陸軍が運用する主力戦車、T72B3だ。
「ったく、もう少し静かにしやがれ」
帽子をとり、戦車を恨めしそうに睨む男。セルゲイ・グルシュコフ。
焦茶のアーミーカットにどこか威圧的な灰色の瞳。顎に残る傷跡は彼が修羅場をくぐってきたことを物語る。数年前まではロシア空挺軍に所属し、いくつかの作戦に従事した。
「いつも寝てるアンタが悪いんだろ」
隣でスマートフォンをいじっていた男が笑う。
「いいか? アーシャ、俺らみたいな連中はこういう所じゃないと寝れねぇんだ。ここならまず弾は飛んでこないからな」
椅子から身を起こし、アーシャと呼ばれた男を機嫌悪そうに見た。
アルセニー・クロパトキン。セルゲイとは空挺軍時代からの長い付き合いだ。威圧感のあるセルゲイと違い、白金のショートカットと蒼い瞳、そして整った顔立ち。セルゲイとは対照的に明るく親しみやすい印象を覚える。
「セリョージャ、落ち着け。次の出番まではまだ時間あるからよ」
アルセニーは宥めるように笑う。セルゲイは深くため息をついた。
彼らは正規軍の兵士ではない。PMC(民間軍事会社)オリョール・グループの構成員だ。もっとも、そのPMCはバックにロシア政府がついており、表沙汰にはできない仕事をこなすいわば私兵部隊とも呼べる存在だ。
セルゲイをリーダーとし、5名のチームでこの国に送り込まれた。彼らに与えられた仕事は敵対勢力に潜む西側工作員を探し出し、無力化すること。無論、生死は問わない。
彼らはこの国に潜入して早四ヶ月。しかし未だ西側工作員を見つけるどころか、痕跡すら掴めていない。
「出番ねぇ……。上の連中が言ってた西側工作員って本当にいるのか? 未だ尻尾すら掴めてねぇぞ」
愚痴をこぼすセルゲイ。彼らは何かしらの成果をあげなければロシアには帰れない。
「でもアイツらの勢力を考えたら西側の支援無しには無理だろうよ」
反政府勢力は当初こそ民兵の寄合程度であったが今では武装勢力といえる規模となり、その装備は
彼らはアメリカで最も有名なアサルトライフルをカスタマイズして装備しているのだ。
さらに防弾ベストを身に纏い、戦術も非常に洗練されている。おそらく、いや確実に支援を受けているであろう。
しかし、肝心の証拠が見つからないのだ。民兵にAR15の出所を問いただしても、私物だの敵から奪っただのとしか帰ってこない。拷問しても同じ答えなのだから困る。そうこうしてる間に時間は経っていき、今日に至る。
「お前ら、予定が変わった。今すぐ仕事だ」
背後からドスの効いた声がした。
振り向くとロシア軍派遣部隊の少佐がクリップボードを持ちながら仁王立ちしている。
見せられた地図にはボールペンで丸やら矢印が描かれていた。その丸を指差しながら少佐は話す。
「この辺に難民キャンプがある。ここに反政府勢力の連中が最近、頻繁に出入りしている。難民の中に西側工作員が紛れ込んでいる可能性が高い。どんな手段を使ってでも探し出せ」
そう言うと地図を机の上に放り投げた少佐は踵を返し、去ってしまった。
「また軍隊の下請けか」
セルゲイがぼやく。余計なこと言うなと言わんばかりにアルセニーがどついた。
「あいつ機嫌悪くなるとクソ面倒なの知ってるだろ」
「ハッ、俺たちはヤツらの使いっ走りのために来たワケじゃねぇだろ」
そう愚痴をこぼし、傍に立てかけてあるAK12を持ち、予備のマガジンを確認する。
そして、移動用のバンに向かった。
「あれ、仕事かい?」
バンの後部から顔を出したのはセミョーン・ハキーモフ。セルゲイらと同じオリョールグループのコントラクターだ。かつてはロシア海軍歩兵で工兵として、機材の整備などをしていたと言う。
どうやらドローンをいじっていたようでバラされた部品と工具がバンの中に散らかる。
「さっさと片付けろ。少佐殿の機嫌が悪くなる前に出るぞ」
「マジかよ、今日は暇だって言ってたろ」
「知るか、急げ」
「あいよ」
セミョーンは渋々、部品や工具をまとめ始めた。
「んで、ペトロフはどこ行った?」
「さっき武器庫のヤツらと話してたぜ。ジリノフスキーも一緒じゃねぇの?」
「ったく、あちこち行きやがる」
セルゲイとアルセニーは少し離れた武器庫に向かう。
「武器庫になんの用だ、アイツら?」
「知らね、ロケットランチャーとか譲ってもらってたりしてなw」
「ロケットランチャーなんざ何に使うんだよ」
呆れ顔のセルゲイ。いくらバンがあるとはいえ、余計な荷物は減らしたい。
そうこうしてる間に簡易な掩体壕のような武器庫に着く。
「ペトロフ! ジリノフスキー! いるか?」
「お、セルゲイ、アルセニー、いいところに来た。運ぶの手伝ってくれよ」
顔を見せたのはヴァシリー・ペトロフ。先程名前を呼ばれたジリノフスキーとは共にロシア陸軍自動車化狙撃兵部隊に所属していた。チームではマークスマンを担当している。
「西側のいいウィスキー5本と交換してもらったんよ」
自慢気に地面に置かれた木箱を指差す。
「これRPG-27じゃねえか、いらねぇよ」
その木箱は使い捨て対戦車擲弾発射器*2、RPG-27を2発収めた箱だ。
「何に使うんだこんなもん、さっさと返してこいよ」
「戦場では何があるかわからん、常に対策をしろって口煩いヤツは誰だい」
「それはロケットランチャーを持ち歩けって意味じゃねぇ」
「あ、あとこれも譲ってくれたぜ」
ガチャリと机に置いたのはPKPペチェネグ汎用機関銃。2000年代にロシア軍で採用された新式の機関銃だ。
「もういい好きにしろ。ただし、持ってくならお前が運べよ」
セルゲイは諦めた。ただ彼自身、なんか使い道があるやも知れず、と思った部分もある。
武器庫を後にするセルゲイをヴァシリーとミハイル・ジリノフスキーが重そうに木箱を担いで追いかけていく。
ミハイル・ジリノフスキー。ペトロフと同じ自動車化狙撃兵出身。部隊では衛生兵をしていた。チームでもメディックとしてサポートを行う。
バンに木箱と機関銃を積み込み、チームもそれぞれ準備を行う。
防弾ベストを着なおし、弾薬が装填されていることを確認してからマガジンをポーチに入れていく。
そして各々の得物を構え、マガジンを装着。セーフティとチャンバーが空であることを確認する。セカンダリも同じだ。さらにそれぞれ必要なツールや小物を念入りに確認し、バンに乗り込む。
PMCコントラクターといえど戦闘に遭遇する可能性は低くない。最悪の状況に備え、万全を期す。
彼らを乗せたバンは野営地の出入り口で門番の兵士に会釈をしてから一路、難民キャンプを目指す。
「西側工作員と接触した場合は可能な限り生かして捕縛せよ、情報を引き出すまでは殺すな、だとよ」
助手席でタブレット端末を眺めながらセルゲイが言った。
「殺せだの生かせだの、コロコロ変わるから困るよ、全く」
運転席のセミョーンが愚痴る。
「そもそも工作員がこっちに捕まるような生っちょろいヤツか?」
アルセニーが言う。
「あの手この手で反撃するだろうな。最悪グレネードで自爆ぶちかますかも知れん」
「だよなぁ、殺るだけでもめちゃくちゃ手を焼くのに生捕りなんか無理だっての」
荒れた道を4時間、西の空が紅に染まり始めた時、目的地のキャンプが見えてきた。
粗末なバリケードでできた入口の前でバンを止める。
「あなた方は?」
警備員が車に近寄ってくる。彼の肩からかけられたスリングには紛争地帯ではお馴染みのアサルトライフル、AKM*3がぶら下がっていた。
「ロシア軍から派遣された。この辺で宗教過激派の活動が確認されている。それを調査したい」
そう言い、何枚かの書類を見せた。
「わかりました。中に入るのを許可します。くれぐれも騒ぎを起こさないでくださいね」
警備員はゲートを開けてくれた。会釈してからキャンプに入る。
「代表者はいるかい?」
バンを降りて近くを歩いていた男性に尋ねる。
「これから会いにいくところだよ。ついてくるといい」
「助かる」
セルゲイは男についていく。だが、その目は男の一挙手一投足を注視していた。万が一を警戒しているのだ。
AK12のマガジンは外してあるが、太腿のホルスターには世界的に普及している傑作軍用拳銃、Glock17が即座に撃てる状態で納められている。
「このテントの中だよ。あれ? 入らないのかい?」
「あなたの用事が済んでからでいい」
数分後、さっきの男が出てくる。
「待たせてすまないね。先を譲ってくれて助かるよ」
「どうも」
会釈するセルゲイ。
「失礼します。あなたがこのキャンプの代表者で?」
セルゲイはテントに入り、机の前にいる男に尋ねた。
「いかにも。私はアディーブ・スィナン。このキャンプの代表だ。さっきの男から話は聞いたよ。んで用事はなんだい?」
クーフィーヤを頭にかぶった髭面で細身の男性が手を差し伸べる。
セルゲイは握手し、手短に自己紹介をする。
「セルゲイ・グルシュコフ。よろしく頼む」
そしてそのまま、本題に切り込んだ。
「んで、この辺りで活動している反政府組織の情報は何か知っているか?」
「反政府組織? うーん、このキャンプに来るのは政府の役人か国連の支援グループぐらいだからなぁ……、あとは時々行商のキャラバンが来るが」
「国連のヤツらとか行商の連中に怪しい人を見なかったか?」
「どうだろうねぇ。そもそもここに来た人全員の顔や人相を確かめた訳じゃないからなぁ」
腕を組み、思い出すように天井を見るアディーブ氏。
セルゲイはアディーブ氏の表情をよく観察するが、嘘をついているようには見えない。
そのまましばらくアディーブ氏と話したが、得られた情報は宗教過激派の活動がやや活発になったことぐらいだ。すでに把握してる情報をもう一度聞いても意味がない。
「わざわざ時間を割いてくれて感謝する。また何かあったらその時は協力を願いたい」
会釈してテントを去ろうとする。
「君たちの期待に添えなくてすまないね。おっとこんな時間だ。ここで一泊していったらどうだい?」
「これ以上長居する気はないが……」
「さっきも話したようにこの辺りには宗教過激派が潜んでいるかもしれん。下手に移動すれば危険だ、特に夜間ならなおさら」
「……厚意には感謝するが」
断るつもりのセルゲイ。するとアディーブ氏が机の上のスマホを確認し始めた。
「あ、そうだ。明日ここに行商のキャラバンが来るらしいんだ。もしかしたら君たちが欲しい情報を持ってるかも知れないぞ」
「……わかった。チームの連中と話して来る」
セルゲイはテントを後にし、バンに戻る。
「……てな訳だ。キャラバンを待つか、さっさと戻るか、だ」
「待った方が良くね?」
口を開いたのはアルセニーだ。
「明日キャラバンが来るんだろ? 接触してみる価値はあるさ。それに今のところ収穫無しなんだから、拠点に戻っても少佐の野郎にどやされるぞ」
「夜間に運転すんの結構しんどいからパス」
運転手のセミョーンが言う。
ペトロフとジリノフスキーも戻るメリットが無い、との意見だ。
「わかった、キャラバンを待とう」
一泊する旨をアディーブ氏に伝え、彼らは簡易的な夜営の準備を行う。
適当に晩飯を食べ、交代で見張りを立てながら休眠をとる。
いつもと変わりの無い夜営のルーティンだった。そして東の空から夜は明けていく。
────────────────────────
キャンプが次第に朝日に照らされていくにつれてテントから人々が出てきて活動を始める。
「あら兵隊さん、おはよう」
熟年の女性が穏やかな笑顔で挨拶してきた。アルセニーも笑顔で返事をする。
「おはようございます。今日も晴れそうですね」
「そうね。洗濯物が乾くから嬉しいわ」
なんて世間話をしながら彼らは活動の準備を始める。
朝食を摂り、アディーブ氏のテントに向かう。
「おはよう、アディーブさん」
「おはよう、兵隊さん」
「昨日話していたキャラバンがいつぐらいに現れるかはわかるか?」
「すまんな、日にちはわかるが細かい時間はまちまちなんだ。今日中としか言えないよ」
テーブルに置いたスマホを確認しながら彼はそう話す。
「そうかい。しばらく暇だな」
「あー、もし暇ならば、こんなことをお願いするのは心苦しいんだがね、暇があれば力仕事を手伝ってくれないか? どうしてもここは女性や子供、年寄りが多くてね。もちろん、手伝ってくれたなら、多少なりとも報酬を出すさ」
それは俺らの仕事じゃねぇ。
口から出そうになる本音。だが、こちらが高圧的な態度を取れば相手も警戒し、得られるはずの情報も逃してしまうかもしれない。彼らはまだ全ての情報を話したとは限らないのだ。
面倒だが引き受けよう。これで情報が無ければ、その報酬とやらを根こそぎふんだくってやる。
「……わかった。2、3人そちらを手伝わせる。そのかわり、報酬はちゃんと出してくれよ」
「本当かい? ありがたい話だ。できる限りの報酬は用意しよう」
頭を深々と下げながらアディーブ氏はセルゲイと握手をしようとするがセルゲイは軽く睨んで断る。
コイツは俺の本心をわかっているのか、いないのか。まあいい。情報か、金かだ。
「おい、セミョーン、ペトロフ、ジリノフスキー、ちょいと難民たちを手伝ってこい」
「いきなりっすな」
ペトロフがこちらを見る。
「安心しろ、タダ働きにはさせない。俺たちが協力的だと思わせて情報なり金なりを吐き出させる」
こうして3人はキャンプの作業を手伝い始めた。
セルゲイとアルセニーはキャンプ内を見回りながら情報収集を続ける。が、一通り回っても大した情報は手に入らなかった。
ふと、腕時計を見る。午前10時を過ぎた辺りだ。
「ねーねー、兵隊さん」
後ろから声をかけられた。子供が4人、こちらを見ている。
「ん? どうしたんだい君たち」
アルセニーはしゃがんで目線を子供たちに合わせた。
コイツは同じロシア人からすれば珍しいヤツだ。無駄に人懐っこいし、愛想がある。
「兵隊さんは何しに来たの?」
「悪い人を探しに来たんだよ」
「悪い人ってドロボー?」
「うーん、爆弾や鉄砲でみんなをいじめる人かな?」
「兵隊さんはそんなことしない?」
「うん、僕たちはそんなことしないさ」
そう言い、爽やかな笑顔で子供の頭を撫でるアルセニー。
「君たちはちゃんと手伝いや勉強してる?」
「してるよ」
「うーん、がんばってるけど……」
「よしよし、ちゃんと手伝いや勉強してるえらい子ならキャンディをあげるよ」
アルセニーは腰のポーチから飴玉を取り出して子供たちに配る。
「兵隊さんありがとう!」
「さ、これ食べてがんばるんだぞ」
「はーい!」
めいめいに駆け出していく子供たち。
「お前子供の扱い上手いな」
「んー、そうか?」
「俺はあんな上手くできん。いつも怯えられちまう」
「そりゃアンタの目つきがキツいからな」
「整形でもしろってか」
「さあな。目つきだけじゃなく、相手の立場に立ってみたり、お互いを理解しようって態度を見せるとか? セリョージャは友好的に振る舞っても表面上だけじゃん? 割と見抜くもんだよ、子供ってさ」
そう言いながら走っていく子供たちを眺めるアルセニー。
「こうやって目線を子供に合わせるのも結構大事なんだぜ。上から見下ろされたら無意識に怯えちまう。だから目線を合わせるんだ」
「その知識、この仕事じゃ役に立たないだろ」
「雑学として学んだだけさ」
セルゲイはさっきの子供たちに無意識のうちに自分を重ねていた。
ロシア南部の町、バタイスクで生まれた彼。全てが狂ったのは6歳の時だ。旅行で訪れたモスクワで起きたテロによって家族を失った。
その後、親戚をたらい回しにされ、孤児院に入ったが扱いは決して良いものではなかった。15の時に孤児院から半ば追い出されるように出ていき、ゴプニクのグループに入る。
しばらくは荒れくれた生活を送っていたが、17の時に警察に御用となり牢屋か軍隊かと言われ、軍隊を選んだのだ。そんな少年時代を思い出していた。
テロ、紛争。どちらも子供は常に被害者だ。あの子らはどこからここへ流れ着いたのか。これからどこへいくのか。
戦場に情は持ち込まない彼だが、境遇故か子供を見るたび様々な思いが込み上げてしまう。が、上手く接することができない。そんなもどかしさを抱えながら遠くの空を眺めた。
その時、何かがこちらに向かって飛んでくるのが見えた。
「なんだあれ?」
双眼鏡を覗き、飛行物体を観察する。
「Su-25?」
彼の目にロシア空軍の攻撃機が2機映った。
誤字脱字などございましたらご報告願います。