元ロシア最強傭兵、祖国に棄てられて亡命したらトレセン学園のトレーナーになりました   作:武装田んぼ

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お久しぶりです。武装田んぼです。
書き溜めしているのですが遅筆ゆえに遅れております。素早く書ける皆様が羨ましい限りです。



シニア級編
第32話 3年目の始まり


 

 

 年が明けた。世間は正月だなんだと言ってもアルチョムからすればただの休日だ。亡命する前はクリスマス休暇として祝っていたが、わざわざ準備するのも面倒だし、のんびりと過ごしたい。映画を観るか、自家用ジムで身体を動かすか、いっそのこと昼間から酒を飲むか。

 そんなことを考えているとスマホに通知が来る。

 

 テイオー[トレーナー初詣行こ!]

 

 テイオーからのLANEだ。初詣か、よく知らないが昼間から酒を呷るよりマシだろう。軽く準備をして部屋を出た。

 LANEで言われた通りにトレセンの校門に行くと、テイオーに加えて天野トレーナーとマヤノもいた。テイオーとマヤノはお揃いのダッフルコートとマフラーで暖かそうな装い。天野トレーナーも流行のウインターコーデだ。

 

「トレーナーの持ってる服似たものばかりだね」

「アルチョムさんの服ってみんな地味だよね」

 

 マルチカムブラックのタクティカルジャケットにタンカラーのコンバットパンツとブーツ。普段と全く変わらない装い。ここまで来ると安心感すら感じる。

 

「そういえばこの間トレーナーの部屋行ったらジャージ着てたね、黒いヤツ」

「そういえばそうだったね。白いライン入ってるの」

「着慣れてるんだ。変に気取ってカッコつけるよりマシだ」

「でもアルチョムさん他の服も似合うと思うよ?」

「裸じゃなきゃなんでもいいだろ」

 

 テイオーもマヤノももう少しおしゃれしてみたらどうかと言うが、アルチョムにその気はかけらも無い。もっとも裏を返せばおしゃれなどせずともそれなりのルックスを保てる人間であるとも言えるが。

 

「んで、今日集まったのは俺のファッションチェックの為なのか?」

「まあいいや! 初詣行こ!」

 

 そのまま一行は近所の神社へ。各地で様々な宗教施設を見てきたアルチョム。だが、仏教や神道の類は初めてだ。

 ロシア正教会の聖堂やイスラム教のモスクは何度か訪れた。そしてアフリカにいたころはいくつかの伝統宗教の儀式を見たこともあった。

 アルチョム自身は何かの宗教を強く意識したことはあまり無いが、強いて言うならキリスト教徒だろうか。孤児院にいた頃は自分の境遇が少しでもマシになるよう祈ったことや、砲弾が降り注ぐ中、塹壕に身を潜めながら十字を切ったのは一度や二度ではない。

 そんなことを考えながら歩いて神社に向かう。神社はすでに初詣に来た参拝客が長蛇の列を成しており、参拝客が並ぶ参道には屋台が立ち並ぶ。

 

 ……日本の宗教観というものはよくわからない。クリスマスを祝い、神社にお参りに行くのはアルチョムから見ると随分不思議に見える。彼の中で神という存在は正教会の教えに出てくるものだけだからだ。

 まあ、そういう小難しいことを考えるのは宗教家や学者の仕事だ。俺が頭捻ってもどうにもならん。

 アルチョムの目に映る石造りの鳥居。日本に来る前は街のあちこちにあるものだと思っていた。が、いざ来日すると思ったより無いことに地味に驚いた記憶がある。

 

「アルチョムトレーナーは初詣とか初めてじゃないですか?」

 

 天野トレーナーが尋ねて来た。

 

「……そうだな。確かに初めてかもしれない」

「じゃあどんなことするかはわかりますか?」

「神に祈るんだろ?」

「まあ、間違ってはないですが……」

 

 そこから始まる天野トレーナーによるお参り講座。……なるほど、神様に今年の無事をお願いか。いくら科学が進歩しようと、このような行事が廃れないのは人間が未だに神という存在に縛られているためであろう。なら、俺もその縛られている一人だ。

 天野トレーナーの解説を聞き、お参りの作法を一通り学んだアルチョム。すると、右側に記念碑があった。

 

「あの記念碑は?」

「日露戦争の記念碑です。この辺りから出征した兵士とロシアへの勝利を記念するものだそうです」

「……そうか、日露戦争か」

 

 いくらその出自を偽っても中身はロシア人だ。その記念碑を天野トレーナーと同じ視点で見ることはできない。ただ、戦場に向かった全ての兵士に対し、彼もその内の一人として心から強い敬意を抱いているのも確かな事実だ。

 

「ちなみに、あっち側には軍艦多摩の慰霊碑があります。太平洋戦争で沈没した巡洋艦だそうですよ」

「詳しいな」

「来る前に下調べしましたので。マヤノに聞かれた時に恥ずかしい所を見せられませんし」

 

 そう言うが、肝心のマヤノはテイオーと一緒にスマホをいじっていた。

 そんなやりとりをしつつ、神社の本殿が近づいてきた。適当に小銭を用意して、順番を待つ。願い事か。とにかくテイオーが怪我しない、いや、させないことであろうか。……まあ、神頼み程度で怪我を回避できたらそれほど楽な話はないが。そんなことを考えていてもその願い以外に浮かばない。

 ところで今日の祈りは今までと同じ神に祈ってよいのだろうか? なんて疑問が浮かぶが、今まで祈ってきた神も随分抽象的なもののような気がする。こういうのは深く考えずフィーリングの方が良いかもしれない。

 ようやく順番が来た。小銭を賽銭箱に投げ入れ、二礼二拍手一礼を見よう見まねで行う。最後に危うく十字を切りそうになったが慌てて礼をして避けられた。

 ……とにかくテイオーが無事に走れるように、あらゆる手段を尽くす。

 もうテイオーが怪我に苦しむ姿を見たくない。ただそれだけだ。

 

「ねぇ、トレーナー! なんてお願いしたの?」

 

 無邪気に聞いてくるテイオー。

 

「テイオーが怪我や故障をしないようあらゆる手段をつくす、と」

「そっか、去年は骨折で大変だったもんね。ボクもちゃんとしなきゃって思ったよ」

「ああ。あれは俺の指導が原因だ」

「別にトレーナーだけが悪い訳じゃないのに。でもトレーナーのはお願いより、誓いみたいだね」

「……言われてみればそうだな。ただ、いくら神頼みしたところで最後に実行するのは俺だからな。最後の最後は神でも運でもない。自分で行動したかどうかだ」

 

 そんなアルチョムの話をテイオーは目を輝かせて聞いていた。

 

「トレーナー、今の言葉すっごいカッコいいね! ボク、感激しちゃったよ!」

 

 そんなテイオーにアルチョムはもう一つ、彼の信条を伝えた。

 

「もう一つ言うなら、最後まで足掻くことだ。あらゆる手段を尽くすんだ。絶対に解決策はある。だから足掻け」

 

 現役時代、彼はあらゆる手段を尽くして生き残ってきた。口にするのが憚られるような手段も少なくない。だがそうしなければ彼は今頃、中東かアフリカ中部のどこかで骸を晒していたであろう。

 そんなアルチョムの話をテイオーはしっかりと聞いていた。これがレースに役立つかどうかはわからないが、決して覚えておいて損になるものでもなかろう。

 

「んで、テイオーはどんなお願いをした?」

「カイチョーを超えるウマ娘になれますように、って。でもトレーナーの話聞いたらボクもなれますように、じゃなくてなります! に変えるべきかも」

「ああその通りだ。最後は自分だ」

「じゃあもう一度お願いしてくる!」

「ちょっと待て、あの列にもう一度並ぶつもりか?」

「ええ、でもお願いしないと」

「大丈夫だ。お願いがちょっと変わっても神様は気づいてくれるさ」

「うーん、でも神様なら気付くよね!」

 

 テイオーが純粋で助かった。あの列にもう一度並ぶのは御免被る。ところでこの後テイオーとマヤノはどうするつもりなのか。

 

「んで、このあとどうすんだ?」

「「ショッピング!」」

「マヤ、トレーナーちゃんに買ってあげたいものあるの!」

「だからボクもついていくんだ。トレーナーも来てよ」

「はいはい」

 

 やれやれと言わんばかりの返事だが、その顔には満更でもないと書かれていた。昼間から酒を飲むより、圧倒的に有意義な正月を過ごせそうだ。

 

 

 ────────────────────────

 

 

 1月4日。

 トレセン学園の始業式はもう少し先だが、この日から学園は開いている。年明け早々にトレーニングに励むウマ娘は少なくない。

 いつもの二人もその中にいたが、今日はもう一人ゲストがいた。

 

「本格化はまだなんだろ? 大丈夫なのか?」

「はい! 身体の丈夫さには自身がありますんで!」

「それにキタちゃんのメニューはボクのやつとは少し違うんでしょ? なら大丈夫だよ」

 

 アルチョムの前に並ぶ二人のウマ娘。テイオーに加えてキタサンブラックがいた。

 本格化はまだだが、元から身体能力の長けているウマ娘、基礎的なトレーニングは可能だ。そんな訳でキタサンの希望もあり、テイオーと共にトレーニングに参加することになった。

 キタサンと並走するテイオーをドローンで追う。骨折以降のトレーニングでフォームの改善を指導してきたが、ある程度効果が出てきた。

 また、キタサンには基礎トレーニングを行い、テイオーにもそれを見てもらう。何か学べるものがあるだろう。

 

「いいぞ! そのペースでもう一周だ!」

「はい!」

 

 コースを駆け抜けるテイオー。そんなテイオーにキタサンは必死に食らいつく。とはいえテイオーも大きく引き離すわけでもなく、ある程度の距離を保ちながら進んでいく。

 

 ……これがテイオーさんの走り! 目の前で見ると全然違う。アタシじゃ敵わない……! 

 

 キタちゃん、ボクの走りにここまでついてくるんだ。ちょっとびっくりしちゃったよ。でも、だからこそボクもやる気になっちゃうもんね! 

 

 トレーニングの走りとて、テイオーは手を抜くようなことはしない。その表情はレースさながらの真剣さだ。

 力強くターフを踏み込むテイオー。大地を蹴って、芝を抉り、蹄跡を刻みつける。そんな感覚をテイオーは楽しんでいた。

 そんな二人をアルチョムはよく観察し、簡単な分析をした。

 

「……本格化前であれだけ走れるのか。末恐ろしい子だ」

 

 本格化前ではあるが、あれだけのスタミナと脚力を持っているウマ娘は早々いない。キタサンは想像以上のポテンシャルを秘めている。アルチョムはそう確信した。

 並走を終えてアルチョムの前に戻ってきた二人。

 

「トレーナー、どうだった?」

「私の走りはどうでしょう?」

「今ドローンの映像を再生する。まずは自分の走りを客観的に見てみろ」

「なんかキタちゃんのフォーム、ボクのに似てるね」

「そういえばそうですね。あまり意識していませんでしたけど」

「おそらくだが……、キタサンはテイオーの走りを見ながら走ってたろ。テイオーの走り方につられて似たような走りになったのかもしれない」

「そうなんですね。確かに走ってる時はテイオーさんに追いつくことばかり考えてたかもしれないです」

「別に悪いとは言わんが、このフォームがキタサンの強さを発揮できるフォームかどうかはわからん。自分の走りやすいフォームを意識してみろ」

「はい!」

「次にテイオー、フォームは良くなってるな。タイムも上々だ。だが気になったところがあってな……」

 

 テイオーにタブレットの映像を見せながら説明する。テイオーとキタサンは真剣にそれを聞いていた。

 

「よし、じゃあ次はさっき話したことを意識してもう一度並走だ」

「「はい!」」

 

 テイオーとキタサンは再びスタート地点に立ち、勢いよく駆け出した。

 

 キタサンブラックの走りを今度は肉眼でよく観察する。全体的なフォームから脚の運び方、腕の動かし方、体幹など、細かいところまでよく観察しメモをとる。

 ……キタサンはおそらくステイヤー向きの走りだ。先程よりはテイオーの走りにつられていない。今回の走りが彼女の本質に近いとすれば、彼女の主戦場は長距離になるかもしれない。まあ、こうやって分析したところで俺はキタサンブラックの担当ではないし、本格化もまだである。今できることは彼女の走りの特徴をまとめてデータにしておき、本格化以降に活かせるように彼女に渡すことだ。これがあれば早い時期から効果的なトレーニングを組むことができるだろう。その時に誰が彼女をトレーニングするかはわからんが。

 そんなことを考えながら、メモを書き連ねていく。また、このデータはテイオーのトレーニングにも反映できるかもしれない。後でテイオーとも共有しておこう。

 

 そうやってメモをまとめていると、走り終わったテイオーとキタサンがアルチョムの前に戻ってくる。

 

「トレーナー、戻ったよ!」

「戻りました!」

「よし、二人とも良い走りだった。キタサン、どうだ? 走りを意識したらなんか変わったか?」

「まあ、なんとなく……、ですかね?」

 

 あまり自信がないようだ。

 

「今はそれでいい。本格化もまだだから時間はある。それでテイオー、テイオーもキタサンの走りを時々でいいから見てやってくれ」

「うん、わかった!」

「ついでに走りに活かせそうなテクニックを教えるのもアリだ。無理にとは言わんが出来るならやってみろ」

「はーい!」

「よし、休憩を挟んで次はウッドチップコース行くぞ。いいな」

「「はい!」」

 

 休憩を取る二人。その間にアルチョムは先程のメモをまとめていく。貴重なデータだ。このデータをどう活かすか。テイオーのトレーニングやレース対策に、そしてキタサンの本格化以降に。データの使い道は無限だ。

 

 

 ────────────────────────

 

 

 始業式も終わり、トレセン学園は三学期に入った。いつもの二人は今日のメニューを終え、トレーナー室に戻ったところだ。

 

「ねぇトレーナー、商店街で買いたいものあるんだけどさ、トレーナーも来てくれない?」

「なんで俺が?」

「まあいいから」

 

 テイオーからの誘いを断るに断れず、結局ついて行くことになった。

 

「トレーナーありがと。今月ちょっとピンチだったんだよね〜」

「俺はテイオーの財布になった覚えはないぞクソッタレ」

 

 どうやらテイオーは今月のお小遣いを使い過ぎたようだ。ここは厳しくいくべきと頭ではわかっているが、結局買ってあげてしまった。

 ……テイオーの実家はかなり裕福な家庭だった気がするが。お小遣いもそれなりに貰っているのでは? まあ、他人の金銭事情をあれこれ詮索すべきではないし、大した買い物でもないならたまには買ってあげてもいいだろう。そんなことを考えながら歩いていると小さな人だかりを見つけた。テイオーが興味本位でそこに向かう。

 

「トレーナー! くじ引きだって!」

「へぇ」

「トレーナーやらないの?」

 

 商工会の建物の前に置かれた仮設テント。そこでどうやら福引のイベントが行われているようだ。テーブルに置かれた抽選器がガラガラと景気の良い音を鳴らす。

 ふと、さっき貰ったレシートを見ると一回分の福引き券が印刷されていた。

 

「一回だけできるっぽいな」

「じゃあやろ! ボクこういうの強いんだよね〜」

「なら、期待してるぞ」

 

 早速列に並び、順番を待つ。その間に景品を確認した。特賞、温泉旅行券。一等賞、東京マイアミランドチケット。二等賞、最新タブレット端末。三等賞、ニンジンハンバーグ。四等賞、ニンジン山盛り。五等賞、ニンジンパック3本入り。以下ハズレ。

 ……なぜここまでニンジンを推してくるのか不明だが、どれが当たっても損はないだろう。ハズレは別として。

 前の客が抽選器を回して、落胆の声を上げる。そしてニンジン一本とポケットティッシュを貰って去って行った。

 

「さて、どっちが回す?」

「ボク、こういうの強いけどトレーナーは?」

「さあな。考えたこともない」

「じゃあ一緒に回そ!」

 

 一緒に回そ! なんて言いながら、アルチョムが取っ手を持つ前にガラガラとテイオーは回し始めた。そして受け皿に落ちる赤玉。

 

「おめでとうございます! 一等のマイアミランドチケットです!」

「! やったぁ!! トレーナー! マイアミランドだよ!」

「やるじゃねぇか」

 

 特賞ではないが、一等のマイアミランドチケットを一発で引くのは強運と言うほかない。

 

「ではこちら景品になります」

 

 綺麗な封筒に入ったマイアミランドチケット。どうやら二人分のようだ。

 

「やったぁー! やったぁー!」

 

 封筒を掲げて大はしゃぎだ。

 

「でもよ、それ今貰ったところでいつ行くんだ? そんな時間しばらくないぞ」

「うーん、そうだよね……」

「ちょっと貸せ」

 

 テイオーから封筒を貰い、期限を確認する。

 

「……来年の2月まで有効だとよ」

「なら、慌てて行かなくていいね。落ち着いたらにするよ」

「だな。それに二人分だ。その時に友達と行ってこい」

「はーい」

 

 封筒をテイオーに返し、二人はトレセンに戻っていく。来年か……、まだ一月中旬の今だと随分先に思えるが、うかうかしているとあっという間に過ぎるのが一年だ。そしてこの一年はテイオーにとっても、そして俺にとっても忙しい一年になるだろう。

 

「ねぇトレーナー、トレーナーはマイアミランド行きたい?」

「……いや、興味ないな」

「ちぇー、つまんない」

「俺が興味ある人間に見えるか」

「でもトレーナーとでも面白そうだな、って」

「マックイーンとかマヤノとか、キタサンとかカイチョーだっているだろ」

「ま、まだまだ先だしねっ。それに今のボクはやらなきゃいけないこと沢山あるし」

「そうだ。大阪杯、負けるわけにはいかねぇだろ?」

「もちろん!」

 

 並んで歩く二人を茜色の夕日が照らす。今年も忙しくなりそうだ。

 

 






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