元ロシア最強傭兵、祖国に棄てられて亡命したらトレセン学園のトレーナーになりました 作:武装田んぼ
時は少し遡り3月1日。
トレセン学園では卒業式が執り行われていた。卒業生達を前に、彼女たちのこれからの進路と将来を心から応援し、自らもそれに続かんという固い意志を壇上に立つシンボリルドルフが語る。その語り口に心を打たれない者はいなかった。
その後、卒業証書授与や来賓の言葉、校歌斉唱などを終え、今年の卒業式もつつがなく幕を閉じる。
「ふう、今年の卒業式もちゃんと終えられたな」
「会長の采配あってこそです」
「いや、エアグルーヴの補佐があったからだ。私一人では何もできない」
「そんなことはありません、我々生徒会は……」
「カイチョー! 卒業式のお話、チョーカッコよかったよ!」
ルドルフとエアグルーヴが生徒会室に向かっていると後ろから元気な声がかけられた。アルチョムと共に卒業式に参加していたテイオーがやってくる。
「おお、テイオーか」
「どうしたテイオー、何か用事か?」
「あ、カイチョーと少しお話ししたくて……」
「あのなぁ、そんな時間があると思って……」
「すまないエアグルーヴ。先に戻っていてくれるか?」
「……はぁ、わかりました。なるべく早く戻って下さいね。まだまだ仕事残っていますから」
「なぁに、戻ったらすぐに片付けるさ」
「テイオー、会長をあまり引き止め過ぎるんじゃないぞ。わかったな?」
少し呆れた様子のエアグルーヴ。とはいえ、ルドルフがテイオーに甘いのはもう慣れたことだ。いつものように、テイオーに軽く注意してから生徒会室に戻っていった。
そんなエアグルーヴを見送り、近くのベンチに座る二人。
「それで、話とは何だ? テイオー」
「うん、カイチョーもさ、来年で卒業なんだよね」
「ああそうだ」
「カイチョーは卒業したらどうするの?」
「今のところはトレセンの大学部に行くつもりだ。もうしばらくはトレセンにいるな」
「そっか。もしかしたら他の大学とか行っちゃうかも、って心配しちゃった」
「それも考えてない訳ではないがな。安心しろ。私の進路はテイオーにも伝えるさ」
「よかった」
「ただ、これだけは言っておく。テイオーは私の進路についてくる必要はない。ちゃんとテイオーが行きたい進路を見つけて、それを自分の力で切り拓いて欲しいんだ」
「うーん、ボクが行きたい進路かぁ」
「今焦って見つける必要はない。ただ、私の進路を目標ではなく参考の一つとして欲しいんだ。それにテイオーが進路で悩むなら、私はいくらでも相談に乗るよ」
「うん、ありがとう」
「それに私以外だって参考にしたらいい。身近な大人……、いや、アルチョムトレーナーはあまり参考にできないな……」
「そ、そうだね……」
テイオーにとって身近な大人として頭に浮かんだアルチョム。だが、二人ともアルチョムの過去を知っている。一切参考にならないとは言わないが、参考にするには少しハード過ぎる経歴だ。
「進路も大切だけどさ、ボク今度復帰戦やるんだ! 大阪杯!」
「そうだったな。随分と久しぶりのレースだが、大丈夫か?」
「もっちろん! 大切な春シニア三冠の一つ目だからね! トレーナーもしっかり調整してくれてるし」
「それは何よりだ。期待しているぞ、テイオー」
「ありがとうカイチョー!」
テイオーの様子が変わる。少し迷ったような仕草をした後、口を開いた。
「……あのねボク、実はすごい悩んだ時あったんだよね」
「そんなことがあったのか?」
「うん、あの時は恥ずかしくて言えなかったけどさ、大樹のウロで大泣きしちゃったぐらいにね」
それからテイオーは語る。自分がなぜ春シニア三冠を目指し始めたのか。クラシック三冠を諦めたが、それでも目標が欲しかった。そしてカイチョーを超えるための目標として思いついたのが春シニア三冠であったこと。だが、菊花賞に出れない、クラシック三冠の夢が絶対に叶わない、そう思うと同時に目標がどんどん曇り、見えなくなってしまった。
でも、ネイチャの菊花賞を見て、春シニア三冠を取る理由が意味がはっきりわかった。
ボクにはボクの走りがある。ボクの走りを見せつけて、ボクの走りで春シニア三冠を獲る。カイチョーを追う走りではなく、ボクの走りで獲らなきゃ意味がない。そう思えるようになった。
そこまで語ったテイオー。少し照れくさそうにルドルフを見る。
「こんなこと、本当はもっと早くにわからなきゃいけないことなのにね。骨折して、夢を諦めて、みんなの走りを見て、ようやく気付いたんだ」
テイオーの話を聞いたルドルフ。悩んでいたことを聞いて、思わず過去の自分と重ねてしまう。〝皇帝〟と称され、圧倒的実力で数々のレースを制したが、その間に葛藤や挫折が無かった訳ではない。自分がそうであったように、テイオーも悩みながら前へ進み、何かを得るのだろう。
「そんなことはない。テイオーはよく学んでいるよ。それに私だって自分の走りというものに気づいたのはダービーを獲った時だ。あの時、それに気付かなければクラシック三冠は獲れなかったかもしれない」
「……そうだったんだ。カイチョーはそういうのを最初から気付いていたのかなって思ってたよ」
「私もテイオーと同じ人間で、そしてウマ娘だ。思うよういかないことばかりだし、悩むことだって珍しいことじゃない。結局は悩んだ時に解決策を見つけ、そして行動できるかどうかだ」
「……! トレーナーも似たような言ってた! 最後の最後は自分で行動したかどうかだって」
トレーナーの言葉を噛み締めるように言うテイオー。トレーナーとカイチョー、テイオーにとって身近で、尊敬する人生の先輩に同じようなことを言われた。
トレーナーは自分の想像を絶する世界を見てきて、カイチョーは自分が憧れてきた世界を駆けてきた。そんな二人から同じような言葉をかけられたテイオーは今一度、その言葉を強く肝に銘じる。
「私の伝えたいことをわかってくれたようで何よりだ。それにテイオーは私にはないものを持っている」
「カイチョーにないもの?」
「いざという時の行動力だ」
「行動力……」
「私はどうも後々のことが頭をよぎって二の足を踏んでしまう。そうしてチャンスを逃してしまったのは一度や二度じゃない。その点、テイオーはいざという時に迷いがない」
「うーん、動かなきゃって思った時にはもう体が動いちゃってるんだよね、ボク。それに何もしないで後悔するのは絶対イヤじゃん」
「それはそれで素晴らしいことだ。ただ、後先考えずに行動するのは少し考えものだな」
「あはは〜……、トレーナーにも言われたなぁ」
トレーナーにも言われた、と言う言葉を聞いてルドルフは少し笑った。きっと彼はテイオーが考える前に行動してしまい、それにしょっちゅう振り回されているのだろう。それでも真摯にテイオーと向き合っているアルチョムの姿を想像すると、やはり彼がテイオーの担当トレーナーになって正解だったと思う。
「……本当にアルチョムトレーナーはテイオーのことをよく見ているな」
「そうだね。でも、あんなに心配しなくてもボクは大丈夫なのに」
「大人というのはそういうものだ。特に彼のような人柄ならなおさらな」
そう言い、微笑むルドルフ。やはりあの男を見込んだ自分の目に狂いはなかった。そんなことを思う。
本音を言えば不安だった。あの経歴だ。彼の頭の中で我々をどう捉えているのか全くわからなかったし、半ば博打のような部分もあった。だが、彼はこちらの想像以上に真剣にウマ娘達と向き合う人物だった。彼は少なくとも、ウマ娘達の前で表裏のある態度は取らない。もちろん、取ろうと思えば取ることも彼ならできるはずだし、そうでなければ亡命まで戦場で生き残るのは不可能だっただろう。
それでもそのような態度を取らないのは彼の信念か、あるいは誠実さか。どちらにせよ、彼ほどテイオーのトレーナーに足り得る人物はいない。
「さて、まだまだ話したいことはあるだろうが私も仕事が残っていてね。すまないがここらでお暇させてもらうよ」
「えー、残念。でも今日はカイチョーにボクの考えたこと、ちゃんと話せてよかった!」
「私もテイオーの話を聴けてよかった。また時間があればテイオーのいろんな話を聞かせて欲しい。ではまたな」
そう言ってルドルフはテイオーの頭を撫でてから立ち上がり、次のレースも期待しているぞ、と残して去っていく。テイオーはそんなルドルフの姿を目に焼き付けていた。
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トレセン学園のグラウンド。
運命の大阪杯まではあと2週間を切った。
「「「ありがとうございましたー!」」」
「はい、皆さまお疲れ様です。また明日頑張りましょう」
時刻は18時を過ぎ、トレーニングを終えたチームカノープスが南坂トレーナーにお辞儀をして解散する。
「ネイチャさんはあと一時間の延長トレーニングですね」
「はい、よろしくお願いします」
「大丈夫ですよ。もうすぐですからね、大阪杯。万全の態勢に仕上げましょう」
すると、そんな二人の様子をツインターボが隣で見ていた。
「ターボもまだトレーニングしたい!」
どうやら彼女も延長希望のようだ。
「ターボさんの今日予定していたメニューは全て終わっていますが……」
「ターボももっと走る! そしてネイチャと一緒にテイオーに勝つんだ!」
「わかりました。簡単な延長メニューを用意しますので少しお待ちください」
南坂トレーナーがスマホをクリップボードの上に置いて、ボールペンで何かを書き込む。
「ではターボさんはこちらのトレーニングを行いましょう」
「ええー、何でネイチャと違うの! それじゃあテイオーに勝てないじゃん!」
「トレーニングと言うのはそれぞれの脚質や能力に応じたものでなければ意味がありません。これはターボさんにふさわしいメニューなのです」
「そうよターボ。それに自分にあったメニューじゃないと強くなれないし、それじゃあいつまで経ってもテイオーに勝てないわよ?」
「うぅ、わかった……。ターボ、そのメニューでがんばる」
「はい、よろしくお願いします」
照明塔に照らされたターフに立つ二人のウマ娘。南坂トレーナーが合図を出すと勢いよく走り出した。
その様子を南坂トレーナーは静かに見守る。ツインターボの走りは……、いつも通りといえばいつも通りだ。最初から全力で駆けていく。そしてネイチャ。だが、その走りは菊花や有マの時のような彼女らしい走りではなかった。
……またテイオーさんを意識しているのでしょうか? そんなことを考えながらネイチャの走りを観察する。その走りは決して悪い走りでは無い。フォームや体幹などはしっかりしているし、関節系への負荷がキツいような走りでもない。ただ、ネイチャが菊花や有マで発揮した走りの
それはネイチャもわかっていた。
自分の脚がまるで言うことを聞かない。
走っていても、どこかで次の一歩を躊躇っている。
どうして? ようやくここまで来たのよ? やっとテイオーと全力で勝負できるチャンスなのよ? そのチャンスを棒に振りたいの? 頭の中でそんな言葉がこだまする。それを無理矢理振り払うようにがむしゃらに脚を動かすが、それでもスピードは落ちていく。そしてついに、ターフの真ん中で止まってしまった。
「何で走れないの……?」
その時ネイチャの脳内に流れる記憶。いくら全力を出しても決して埋まらない差。ずっと追いつけなかったあの背中。テイオーの背中だ。その背中がさっきからずっとネイチャの意識を支配していた。
今回もダメなんじゃないか。そう思ってしまう。急に自信が揺らいできた。待ちに待った勝負なのに、やっと巡ってきたチャンスなのに、少しでも負けてしまうかもと、そう思った瞬間に脚が動かなくなる。そこに駆け寄るターボ。
「ネイチャ大丈夫?」
心配そうにこちらを覗き込む。
「う、うん。だ、大丈夫。大丈夫だから」
言い淀みながら返す。が、その言葉とネイチャの様子の乖離はあまりにも大きかった。
「大丈夫じゃないよ、ターボにちゃんと話して」
ターボはネイチャの瞳を真っ直ぐに見た。さすがにこうなると誤魔化せない。
「……なんて言えばいいのかな? またテイオーに負けちゃうかも、って思っちゃってね……」
「負けたってまた勝負すればいいじゃん!」
「そうかもしれないけど……」
確かにターボの言う通り、また勝負すればいい。でも、それでもずっと勝てなかったら? なんて言葉が浮かんでしまう。ようやく見つけた自分の走り。でもそれで勝てなかったらどうすればいいかわからない。
「そうかもしれないけどさ、これから何回勝負しても勝てないんじゃないかって思っちゃうのよ……。そう思っちゃったらもうダメなの……! アタシじゃ絶対に敵わないって思い込んじゃうの!」
感情的になるネイチャ。そんな様子のネイチャを見て、ターボは少したじろいだ。
多少自信を得たところで心の底にある卑屈さを塗り潰せはしない。ちょっとした自信というペンキが少しでも剥がれて、塗り潰したはずのダメな自分を直視してしまえばその自信にはなんの意味も無くなる。
「だからアタシなんか……」
「だからってネイチャはまだ勝負もしてないのに諦めるの? 骨折したんじゃないでしょ!」
そんなネイチャに発破をかけるように今度はターボが声を荒げた。
「うっ……、そうだけど……」
「それにテイオーって諦めないじゃん。骨折して菊花出れないってなっても毎日リハビリしたりトレーニングしてたじゃん! 有マではルドルフ会長にセンセンフコクしたんだよ? あのチョー強い会長に! それにネイチャだってテイオーから勝負しようって言われたんでしょ!」
ターフの真ん中でターボはネイチャに言う。
彼女もネイチャと同じようにテイオーをライバル視しているが、距離適正や脚質などの関係から同じレースに出走したことはない。が、レースがダメならと、ゲームやら何やらでなにかと勝負を挑んでいる。戦績はあまり芳しくないが、何度負けようとも挫けず、工夫に工夫を凝らして再び勝負を挑む姿勢は見習うべきものがある。
「だからネイチャも諦めちゃダメ! 100回負けても101回目でテイオーが疲れて勝てるかもしれないでしょ!」
そんなターボの言葉を聞いたネイチャ。その言葉に少し吹いてしまった。
「何がおもしろいのさ!」
「いや、だって100回も勝負したらこっちだって多分ヘトヘトよ? それじゃあ二人とも勝負どころじゃないでしょ?」
「あぅ……。そ、そうかもしれないけど!」
「もぅ、わかったわよ。ターボの言いたいことはわかったわ。そうね、また負けたら、なんて考えるのは100回負けてからにするわ」
まさかターボに諭されるなんてね。そう思うとさっきの自分が情けなくなる。どうもマイナス思考が働きがちだが、このままうじうじ考えていても埒が開かないのはわかってる。そのマイナス思考を吹き飛ばすように、ネイチャは走り出した。
「あっ! ネイチャ先行くなー!」
走り出したネイチャを追うようにターボも駆け出す。
今度は脚もよく動く。なんか吹っ切れた気がする。とにかく今は大阪杯でテイオーに勝つことだけを考える。その先に〝キラキラ〟があると信じて。
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ネイチャがグラウンドで走り込んでいた頃、トレセン学園内のジムにて。
いつもの二人も大阪杯に向けたトレーニングをしていた。
「ジムが閉まるまであと一時間。メニューはさっき伝えた通りだ」
「はーい」
「わざわざ管理人に頭下げて延ばしてもらったからな。やれるところまでやるぞ」
「管理人ってあのいつもコーヒー飲んでるちょっと怖そうな人?」
「ちゃんと話せばわかってくれる人だ。さ、時間を無駄にしないためにもやるぞ」
「わかった!」
そう言い延長トレーニングに励むテイオー。そんな姿を眺めながら、アルチョムは考え込む。
G1大阪杯。テイオーの復帰戦となる重賞レース。ここで勝利を飾ることができれば、それは無敗記録の更新と、春シニア三冠の第一歩としてテイオーの大きな自信となるだろう。だが万が一、負けるようなことがあれば……。いや、トレーナーである俺がそんなことを考えるべきではないのは百も承知だ。
「テイオー、ちょっとアドバイスがある。これをよく観てみろ」
タブレットで手本となるトレーニングの映像を再生しながら、身体の動かし方や、効率的な鍛え方のコツを教えていく。
テイオーの走りに不安を持っている訳ではない。テイオーの実力を疑っている訳でもない。ただ、この大阪杯はネイチャも出走する。菊花と有マの走りはアルチョムの脳裏に強く焼き付いていた。あの走りから感じた勝利への執念。
だが、テイオーはその執念との真っ向勝負を望んでいる。それは俺も同じだ。なら、俺がすべきことはテイオーを万全の状態に仕上げること。実力を最大限に発揮できるよう、綿密な調整を行うこと。
運命の復帰戦はもうすぐだ。
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