元ロシア最強傭兵、祖国に棄てられて亡命したらトレセン学園のトレーナーになりました   作:武装田んぼ

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あれこれ書いていたら過去最長となりました。一万字は超えてないので許してください。




第40話 天皇賞春

 

 

 4月29日。

 京都競バ場、正門前。

 そこに並んで堂々と仁王立ちするアルチョムとテイオー。ついに来た春の大舞台、天皇賞春。今日ここで春の盾を手に入れ、春シニア三冠への王手をかけるのだ。だが、そのためには越えなければならない壁がある。

 

 メジロマックイーン。

 一昨年の菊花賞、去年の天皇賞春を制し、ステイヤーとしてその名を轟かせた彼女。天皇賞春の連覇を目指し、テイオーの前に立ちはだかる。その名声は高く、実力は相手にとって不足なし。この大舞台にふさわしい相手だ。だがもちろん、マックイーンに勝つだけでは意味がない。1着になるのが目標だ。

 テイオーにとって初めての3000メートル級レース。復帰以降、長距離レースを想定したトレーニングは重点的に行なってきたが、やはり実戦となれば話は違う。アルチョムの中に不安が残る。

 

「やれるか? テイオー」

「当たり前じゃん。ボクを誰だと思ってるのさ」

「その調子なら問題ないな」

「うん! だからトレーナーは席でボクのことちゃんと見てて。ゼッタイ勝ってくるから!」

「よし! 行ってこい!」

 

 お互いの拳を突き合わせてテイオーは控室に入る。

 大丈夫だ。テイオーはあの様子だ。テイオーを信じろ、セルゲイ。

 そう心の底で呟く。するとなぜか笑いが込み上げてきた。セルゲイか。ああそうだ、俺はセルゲイだ。結局偽名は偽名に過ぎない。だが、その偽名こそが今の俺だ。なら、偽名として、アルチョムとして振る舞わねばならない。

 そしてアルチョムとして関係者席の方へ足を運んだ。

 

 関係者席に着くとすでに相田トレーナーがいた。マックイーンの所属するチームシリウスの担当だ。

 

「お疲れ様です。相田トレーナー」

「こちらこそ、ご無沙汰しております。アルチョムトレーナー」

 

 そう言いながら相田トレーナーの横に座る。

 

「ついに来ましたね」

「ええ。あとは2人が悔いのないレースをしてくれるよう願うだけです」

「そうですね」

 

 そんな会話を交わしてアルチョムはターフを眺めた。このターフを走り切った後、テイオーはどんな表情を浮かべるのか。期待と不安が渦のように混ざり、ネガティブな思考が頭の中を巡り始めるがそれを無理矢理吹き飛ばす。

 今日までのテイオーの努力を信じろ。テイオーを一番信じてやれるのはセルゲイ、お前自身なんだ。

 

 

 ────────────────────────

 

 

 一階コンコース。

 今年リニューアル工事が終わったばかりの京都競バ場に現れたみなみとますお。そこへ駆け付ける2人のウマ娘、キタサンブラックとサトノダイヤモンド。

 

「みなみさーん、ますおさーん!」

「おお! キタちゃんにサトちゃん、久しぶりだね!」

「はい、お久しぶりです」

「いよいよ決戦の時だな!」

「はい! もう私、待ちきれません!」

「俺たちもそうさ! 出走時間が待ち遠しい!」

 

 4人でワイワイ喋りながら観客席へ。キタサンとダイヤは観客席から仕切りのフェンスを飛び越えて関係者席に入った。

 

「……アイツら大阪杯の時にいた2人か?」

「そうです。いきなりアルチョムトレーナーが脅した人たちです」

「人聞きの悪いこと言うな。トレーナーとして生徒を守るためにやったんだ」

「ああいうのは受け取る側の問題ですよ?」

 

 自己弁護を行うアルチョムに対し、正論をぶつけるダイヤ。

 

「キタサンもダイヤも厳しいな……」

「キタちゃんにダイヤちゃん。別に僕たちは怒ってないよ。確かに何も知らないと怪しく見えたかもしれないしさ」

「そうそう、それにもう誤解は解けたなら、俺たちが何か言うことはないよ」

「……あの時は失礼した。君たちが誠実なファンであることはこの2人からちゃんと聞いたよ。しっかりテイオーやマックイーンを応援してくれ」

「はい、もちろんです!」

 

 珍しく素直に謝ったアルチョムをキタサンとダイヤは少し驚いた目で見てる。大阪杯の時にテイオーからもいろいろ彼らの話を聞いた。テイオーのデビュー戦からファンとして観戦に来ていたようだ。また、トレセン学園が主催するボランティア活動などにも積極的に参加し、引退ウマ娘を支援する活動にもよく協力しているとのこと。キタサンとダイヤとはボランティア活動の際に知り合ったと言う。

 彼らを見た目で判断した自分を久しぶりに恥じた。人は見かけによらぬもの、と言う言葉を思い出した。

 すると、アルチョムに後ろからかけられる声。振り返るとマヤノと天野トレーナー、その横にナイスネイチャもいる。

 

「おう、天野にマヤノとネイチャか。京都までよく来たな」

「トレーナーちゃんについてきてもらったの!」

「いやぁ、天野トレーナーさんにはホントご迷惑をおかけしてしまって……」

「そんな縮こまらなくて大丈夫だよ。人数多い方が旅も楽しいし。それにネイチャさんがくれたスルメ、めちゃくちゃ美味しくてびっくりしちゃった。また貰えるかな?」

「あのスルメほんと美味しいですよね〜。いいですよ、次はもっとたくさん持って来ますね」

 

 どうやら天野トレーナーとネイチャは想像以上に意気投合したようだ。隣でマヤノがつまらなさそうにしている。そんなマヤノがアルチョムに話しかけてきた。

 

「アルチョムさん、テイオーちゃんは?」

「今控室にいる」

「そうなんだ。じゃあアルチョムさんが行くときついて行こうかな? ネイチャちゃんも来るでしょ?」

「もちろんよ。アタシに勝ったんだからマックイーンにも勝ちなさいって言ってやるわ」

 

 そう言うネイチャ。その表情は不思議と大阪杯の前より、明るそうに見えた。

 

「お、テイオーのトレーナーじゃねーか。今日はビール飲まねぇのか?」

「アルチョムさん、お久しぶりです」

 

 いきなり現れた芦毛のウマ娘、ゴールドシップとライスシャワーがアルチョムに挨拶をする。

 

「そんな毎回毎回酒を飲む訳ないだろ、トレーナーなんだからよ」

「でもアタシの皐月賞で飲もうとしたんだろ?」

「なんで知ってんだ」

「テイオーが言ってたぞ、いつも酒飲もうとするから困るって」

「……勘弁してくれ」

 

 頭を抱えるアルチョム。そうこうしているうちにテイオーからLANEがきた。準備が終わったようだ。

 

「テイオーの準備が終わったようだ。マヤノ、ネイチャ、キタサン、来るか?」

「はーい!」

「もちろんよ」

「もちろんです!」

 

 控室前。マヤノとキタサンが耳をドアにつける。

 

「音楽聞こえるね」

「心絵ですよ、テイオーさんのお気に入りの」

「スパイごっこなんざしてねぇでさっさと入れ」

 

 軽くノックして室内へ。テイオーはスマホから音楽を聴いていた。

 

「テイオー、来たぞ」

 

 アルチョムの声に振り向くテイオーとそんなテイオーに駆け寄る3人。

 

「マヤノ! ネイチャ! キタちゃん! みんな来てくれたんだね!」

「テイオーちゃんの大切なレースだもん! トーゼンでしょ!」

「テイオーさん! テイオーさんが勝つって信じてます! がんばってください!」

 

 テイオーの両手を強く握るキタサン。マヤノもその隣で目を輝かせている。そんな2人に元気よく返すテイオー。

 

「2人ともありがと! おかげでスッゴイがんばれそうだよ!」

「テイオー、アタシからも一言いい?」

 

 そんな様子をアルチョムの隣で見ていたネイチャがキタサンと交代するようにテイオーの前に立つ。

 

「アタシが言いたいのは一つだけ。絶対に勝ちなさいよ? 大阪杯でアンタに負けたのを無意味だと思いたくないから」

 

 テイオーを真っ直ぐに見つめる瞳。その瞳にはあの時の悔しさとそれ以上の期待が映っていた。そんなネイチャの気持ちをテイオーはしっかりと受け止める。

 

「もちろんだよネイチャ。あの時よりももっともーっと強いボクを見せてあげるから、その目に焼き付けね」

「言ってくれるじゃない。期待してるわよ」

 

 この主人公キャラめ! なんて思うが、その主人公やみんなのおかげで前向きになれてきたのも事実だ。なら、主人公には主人公らしく振る舞ってもらおう。

 

「トレーナーは何か言いたいことあるの?」

「無い。好きに走ってこい」

「だと思った。じゃ、行ってくるね」

 

 テイオーの返しに軽く口角を上げるアルチョム。テイオーを信頼しているからこそ、何か言うべきことはないのだ。

 ……いや、本音を言えばある。ただそれはレースをどう走れとか、どんな戦術を取るべきだとか、レース中は誰に気をつけろとかではない。

 無事に戻ってこい。ケガをせず、ゴール板を駆け抜けていつもの笑顔を見せてくれればそれでいい。それだけだ。

 そんなことを考えながら、パドックに向かうテイオーの背中を見送る。

 まだまだその背は子供だ。だが、それでもその背中に頼もしさを感じた。

 ウマ娘は人の想いを乗せて走る。

 その言葉を静かに思う。テイオーの背中にはどれだけの想いが乗っているのだろうか。

 

「テイオーさんの背中、今までで一番かっこよく見えます」

「マヤも惚れちゃいそう」

「ホント主人公よね、テイオーってさ」

 

 そんな言葉を漏らす3人。アルチョムも同じようなことを考えていた。

 

「さ、席に戻るぞ。ここで固まっていても邪魔だからな」

 

 アルチョム達が席に向かい始めた頃、マックイーンの控室にはチームシリウスとサトノダイヤモンドがいた。準備を終えたマックイーンに相田トレーナーが話しかける。

 

「マックイーン、調子は?」

「いつも通りです。問題ありませんわ」

「よし、なら大丈夫だな!」

「はい!」

 

 新しい勝負服に身を包んだマックイーン。それまでの黒いコートから白いジャケットに変わったその勝負服はまるで空の果てまで駆けて行きそうな優雅さがある。

 

「マックイーン! ゼッタイ勝てよー! そーじゃねーとゴルシちゃん、水風船で巨大イカをしばきに行っちまうからな!」

 

 相変わらず何を伝えたいのか、何がしたいのか全くわからないが、マックイーンを鼓舞しているのはわかる。

 

「マックイーンさん、テイオーさんは強いウマ娘さんだけど、マックイーンさんはもっと強いウマ娘さんだって信じてるから! だからがんばってくだひゃい! あぅ、噛んじゃった……」

 

 そう言いマックイーンの手を握るライス。最後に噛んじゃうのも、彼女の気持ちの表れなのだろう。そんなライスにマックイーンは笑顔で返す。

 

「ええ、そうですね。テイオーさんは強いウマ娘です。例え私がいくら強かろうと、油断はいたしません」

「今日はマックイーンさんの走りをしっかり勉強させていただきます! がんばってください!」

 

 ライスシャワーに続いてサトノダイヤモンドがマックイーンの手を握り、目を輝かせながら言う。

 

「ありがとうございます、ダイヤさん。今日の私の走り、それだけではなく、出走する全てのウマ娘の走りを勉強してください。私を見ているだけでは、私の後追いしかできませんから」

「はい! 勉強になります!」

 

 そこへ控室のドアをノックする音が。

 

「どちら様で?」

「マックイーン、久しぶり」

「マックイーンさん、お久しぶりです〜」

 

 現れたのはメジロドーベルともう1人、ボリュームのある鹿毛をふんわりと靡かせるメジロブライトだ。

 

「ドーベルにブライト、今日はわざわざありがとうございます」

「礼には及ばないよ。マックイーンにはいつもお世話になってるし」

「はい〜、マックイーンさん、今日はがんばってください」

 

 ふんわりとした調子で話すブライト。その言葉を聞いていると不思議と悪い緊張が解けてくる。

 

「マックイーン、秋天の時も言ったけど、マックイーンの走りでいけば絶対に勝てるから。応援しているね」

「ありがとうございます、ドーベル。そうですね、私の走りをご覧に入れて見せますわ」

「マックイーンさんの走りは私の憧れでもあります。私もいつか必ずマックイーンさんに続きたいものです」

「ブライト、そう言うのは私が勝ってから言うものでしてよ? でも、その期待を裏切らないよう、全力を出させていただきますわ」

 

 そして6人はマックイーンを見送り、席に戻った。

 

 

 ────────────────────────

 

 

 パドックでのお披露目が終わり、地下バ道にて。テイオーとマックイーンが並んで歩く。

 

「もしかしてボクにビビっちゃった?」

「まさか。このまま勝ってしまうのが申し訳ないぐらいですわ」

「そのヨユー、レースの最後まで保てるかな?」

「テイオーさんこそ、途中でスタミナ切れになって座り込んだりしないでくださいね」

 

 なんて軽口を交わしながらターフに立つ。彼女達が姿を表すと、会場に大歓声が湧き上がった。その大歓声に笑顔で手を振る2人。そして堂々とゲートに入った。

 

《各ウマ娘、ゲートイン完了。まもなくレースがスタートします》

 

 一斉に開くゲートと綺麗に飛び出すウマ娘達。3200メートルの激闘が始まる。それぞれの脚質や作戦に合わせて自然とバ群が形成された。

 テイオーは先行バ群後方、いつもの位置だ。対するマックイーンは先行バ群の前方、逃げウマ娘の後を追う位置で走る。周囲を確認しながら、テイオーはアルチョムに言われたことを思い出す。

 周りのペースに飲まれるな。自分のペースを守って走るんだ。

 自分のペースを守って走る。

 それを意識しつつ、バ群後方からマックイーンを注視する。

 速くもなく、遅くもなく。バ群を引き離すような走りはしない。

 まだレースは序盤だ。最後までスタミナを温存するには、ここで前に出過ぎるのは禁物だ。バ群に合わせながら淀の坂を登り、スタミナの浪費を避ける。

 

《ウマ娘達は現在第3コーナーを抜け第4コーナーへ。ここで順位を確認します。現在一番手は11番ザンバーハ、二番手に注目の5番メジロマックイーン、14番トウカイテイオーは現在六番手となります》

《まだレースは始まったばかりですからね。それぞれどう動くか、目が離せません》

 

 第3、第4コーナーを抜け直線へ。左側からは歓声が絶え間なく続く。だが、それに気を取られることはない。唯一の例外はアルチョムだけだ。だが、アルチョムは何も言わずいつもと変わらぬ様子でテイオーを見守る。

 

 わかってるよ、トレーナー。ボクの走りを信頼しているんだね。なら、裏切るわけにはいかないね! 

 

 一瞬だけアルチョムと目を合わせ、直線を駆け抜けていくテイオー。そのまま第一、第二コーナーを抜けて2回目の直線に入る。すると先程のザンバーハに変わり、ハナに出たフリルドオレンジがぐんぐんと前へ進んでいく。

 

《おっと、ここで8番フリルドオレンジがハナを進んで行きますが、少しペースが速いようですね》

《掛かってしまったかもしれません。長距離では冷静さが大切ですから、早めに冷静に戻れると良いのですが》

 

 そんなフリルドオレンジにテイオーは気を取られつつあった。

 

 ま、まずい。前の子に気を取られていた。冷静に、冷静に……! 

 

 アルチョムとのトレーニングを思い出す。アルチョムはトレーニングによくドローンを用いるが、時々そのドローンを走っているテイオーの前で飛ばしたりする。いつぞやにはニンジンをドローンに括り付けて飛ばしたこともあった。アルチョムが思い付いた対策の一つだ。周り、特に前を進むウマ娘に気を取られず、自分の走りに集中する。そうすれば少なくとも周りにペースを乱されてしまうようなことは避けられると考えたのだ。

 

 テイオーは周囲を確認して前を向く。アルチョムに言われた方法だ。なるべく視界を広く保ち、自分の状況を把握する。かつてアルチョムが戦場で生き残るためにやっていた方法の応用でもある。

 

 再び迫ってくる淀の坂。ここを越えればラストスパートだ。

 

《ウマ娘達が再び淀の坂を登り第3コーナーへ! 誰から仕掛けるか!》

《メジロマックイーンがスタミナで押し切るか、トウカイテイオーがスピードで差すか注目です》

 

 最終コーナーで逃げのウマ娘を追い抜かし、ハナに立つのはメジロマックイーン。その芦毛を靡かせ走る姿はまさに白羽の矢。

 そんなマックイーンを追うように、テイオーも一気に加速を始める。

 

 ここからが勝負だッ! 

 

 だが、思うように進まない。確かに脚は動いている。スピードが落ちているわけでは無い。だが、加速できないのだ。

 

 走れているのに……、前に進まない……! 

 

《メジロマックイーン、ハナを駆け抜ける! トウカイテイオーは現在4番手! このままだと苦しいか!》

《思うように脚が伸びてない様子です。スタミナ切れではなさそうですが……》

 

 必死に脚を動かすが前に出れない。隣のウマ娘に並ぶのが精一杯だ。マックイーンの背中が少しづつ遠ざかっていく。

 

 ボクは……、ここまでなの? 

 

 そう思ったその時、テイオーの頭の中にアルチョムから言われたある言葉を思い出した。

 

〝最後まで足掻け〟

 

 初詣の時にアルチョムが語った彼の信条。最後の最後まで足掻くこと。それをふと思い出したテイオーはただがむしゃらに脚を動かした。もう今は走るしかない。とにかく全力で、がむしゃらでもなんでも走るんだ。

 少しづつ、スピードが上がっていく。遠ざかりつつあったマックイーンの背中にジリジリと近づいていった。

 

 いける、やれる! 

 

 すでにレースは最後の直線へと入り、大詰めを迎えていた。観客席の歓声も次第に大きくなる。

 きっとボクが負けたくないって思っているのと同じぐらい、マックイーンも負けたくないだろうね。でもね、ボクはそれ以上に楽しいんだ。マックイーンも楽しんでたりするのかな。

 さっきの不安はすでに消えた。それまでの調子を取り戻したテイオー。もうこのレースに怖いものなんかない。

 全力で芝を踏みつけ、抉れた芝は宙を舞う。

 

 勝負だよ、マックイーン! 

 

 やはり来ましたわね、テイオー! 

 

 全力で足掻きながらテイオーはマックイーンとの差を縮めていく。

 

《トウカイテイオー、一気に上がってきた! なんという末脚!》

《先程まではマックイーン優位でしたが、わからなくなってきました》

 

 がむしゃらに加速したせいで、想像以上にスタミナを消費してしまった。だが、それでもテイオーの脚は衰える気配を見せない。

 

《残り200! トウカイテイオー、メジロマックイーンに並んだ! このまま差すか、メジロマックイーン逃げるか!》

 

 このまま逃げ切りますわ! 

 

 ボクの全力をぶつけてやる! 

 

 ぶつかる2人の意地。

 大切な友達だからこそ、負けたくない

 大切な友達だからこそ、前を譲りたくない。

 大切な友達だからこそ、一番カッコいいボク(優雅な私)を見せたい。

 

 

 絶対は……、ボクだっ! 

 

 高く高く、羽ばたきますっ! 

 

 

 お互いに一歩も譲らず、翡翠の大舞台の上を駆け蹄跡を刻みつけていく。

 一瞬で通り過ぎたゴール板。決着はついた。

 

《トウカイテイオー、メジロマックイーン! トウカイテイオー、メジロマックイーン! 今同時にゴール!》

 

 2人はスピードを落として止まる。全く意識していなかったが、止まった場所もほぼ同じだった。

 お互いに顔を見合わせる。そしてそれまで走ってきたターフを振り返った。

 

 初めて挑んだ3000メートル級レース。脚が破裂しそうなぐらいパンパンで、息切れも酷い。心臓もこんなにバクバク鼓動しているのは初めてかもしれない。だが、それと同時に走り切ったと言う達成感が心の底から湧き上がってくる。

 

 やったんだ、ボクは走り切ったんだ。

 

 そんな実感が湧いてきた。とにかく今は結果を待つだけだ。

 

《現在写真判定を行なっております。着順の確定までしばらくお待ちください》

 

「勝ったのはテイオーさんですよね……?」

「……あ、ああ。テイオーだ、テイオーに決まってる」

 

 不安そうにアルチョムに尋ねるキタサン。その尋ねに返すアルチョムの声色もどこか自信がないようだった。

 関係者席のウマ娘やトレーナー達もどちらが勝ったのかわかりかねている様子だ。アルチョムすらその表情は硬く、固唾を飲むようにテイオーを見つめていた。

 

「大丈夫よ、テイオーを信じなさい」

 

 だがそんな中に1人、ネイチャの表情だけは違った。真っ直ぐにテイオーを見つめる瞳は、テイオーの勝利を信じてやまない瞳だ。

 

「ネイチャちゃん、わかるの?」

「なんとなくよ、なんとなく」

 

 マヤノの問いに笑いながら返すが、ネイチャの中にはちょっとした確信があった。レース最終盤のあの末脚。大阪杯の時よりもずっと速く感じた。ただ、それはネイチャの個人的な感覚だ。それゆえの〝なんとなく〟である。

 

 ターフの上ではテイオーとマックイーンが何も言わず、静かにターフビジョンを見ていた。その様子からは2人の心情を読み取ることは難しい。

 

《写真判定の結果をお伝えします》

 

 短いような長いような時間が流れる。そこへ流れるアナウンス。それまでの喧騒が嘘のように会場が静まり返り、その誰もがこの世紀の対決の結果に耳を澄ます。

 

《一着、14番トウカイテイオー、二着、5番メジロマックイーン。以上で着順を確定いたします》

 

 そのアナウンスと共に会場に湧き上がる大歓声。祈るように手を合わせていたキタサンの表情がパァっと明るくなり、テイオーに向かって元気に両手を振る。

 

「……! テイオーさーん! やりましたねー!」

「……やった、やりやがった! やったなテイオー! さすがだぜぇ!!」

 

 拳を大きく振り上げ、大声でテイオーを祝福するアルチョム。その顔は普段の強面からは想像できない、嬉しそうな表情で目を輝かせていた。

 

「……テイオーさん、おめでとうございます。今回は負けを認めなければなりませんわね」

「マックイーン……」

「……次は絶対に負けませんわ」

「次もボクが勝ってみせるよ」

 

 そう言いいたずらな表情で笑うテイオーをマックイーンは抱きしめた。

 

「ま、マックイーン……⁈」

「この間のお返しです。テイオーさんにとって私が特別なら、私にとっても特別ですから」

 

 マックイーンに抱きしめられたテイオーは照れ臭そうにマックイーンを抱き返す。

 

「さ、ファンの皆様がお待ちですわ」

「うん。ありがとう、マックイーン」

 

 そしてテイオーはウィナーズサークルに立ち、観客席に向かって大きな声で感謝を伝えた。

 

「みんなありがとーー!! ボクが勝てたのは、みんなの応援のおかげだよー!!」

 

 ウィナーズサークルで手を振るテイオーを見つめるマックイーン。その目から溢れる涙。

 悔しい。

 本気で悔しくて悔しくて仕方がない。

 でも、ここまで悔しいと思えるのは負けた相手が貴女だから。あの時の私に新しい気づきを与えてくれた、あの時の私の潔白を誰よりも信じてくれた貴女だから。

 だから悔しい。でも、どこか嬉しかった。そして次、貴女と走るレースが今から待ち遠しい。

 

「……次は絶対負けませんわ」

 

 マックイーンは自らの決意を小さく呟いた。

 

 やってくれた。

 テイオーは天皇賞春を勝った。

 ウィナーズサークルで手を振るテイオーを見ながら、アルチョムはその姿を目に焼き付けていた。そしてその目から流れる一粒の雫。その雫を見たネイチャがいう。

 

「アルチョムさんや、泣くのはちと早すぎやしませんか?」

「……ははっ、その通りだな。次の宝塚も勝たなきゃ意味がない。けど、いろいろ昂っちまってな」

 

 すぐに涙を拭うアルチョム。だが、そう言うネイチャも油断すれば涙が溢れてしまいそうだった。その場はどうにか取り繕ったが。

 ターフに戻り、今度は2人並んで手を振るテイオーとマックイーンを見る。紙吹雪の中で輝く2人の笑顔は太陽よりも眩しかった。

 

 





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