元ロシア最強傭兵、祖国に棄てられて亡命したらトレセン学園のトレーナーになりました 作:武装田んぼ
皆さまお久しぶりです。
いろいろありまして忙しかったのですが、少し落ち着いて参りましたので再開します。
ぜひご笑覧いただけたら幸いです。
「ええっ! ココンアメリカに行くの⁈」
その日のトレーニング後、トレーナー室でクールダウンをしていたテイオーがスマホを見ながら驚いた。その声に反応したキタサンブラックがテイオーのスマホを覗き込む。
リトルココン[私アメリカへ留学することになった]
彼女らしい短くシンプルな文章。だが、それを見たテイオーとキタサンは話し合っていた。
「アメリカ行くなんて初めて聞いたよ」
「テイオーさんも初めて聞いたんですか?」
「うん。この前の感謝祭だって普通に参加してたし」
「そうでしたね、びっくりです」
「ああ、なんかそんな話樫本代理がしてたぞ」
そこへ割って入ってきたのはアルチョム。デスクチェアにどっかりと腰を下ろしながらタブレットを触っていた。
「ニューヨークのトレセンとの交換留学プログラムだかなんだかで行くとよ」
「へぇー。てか知ってるなら教えてよトレーナー」
「俺だってこの前聞いたからな。今度テキトーに話そうと思ってた」
「そういえばアルチョムトレーナーってアメリカ出身なんですよね? なんでニューヨークのトレセンに行かなかったんですか?」
キタサンはアルチョムの過去を知らない。テイオーにも喋るなと厳命しているため、知る由もない。そのためかキタサンが尋ねたのと同時にテイオーはアルチョムの顔を見た。
「秋川理事長にスカウトされたんだ。それまでは違う仕事してた」
「違う仕事、ってなんですか?」
「軍のトレーニングインストラクターだ」
偽の経歴を伝えるアルチョム。亡命後に作られた経歴はCIAがセルゲイのスキルや特徴と矛盾の無いように、そして証人保護プログラムを適用できる形で作られたそれはセルゲイを完全な別人たる〝アルチョム〟として社会に溶け込ませている。
「軍隊にいたのは聞いたんですが、インストラクターもしていたんですね!」
「ああ。退役した後少しの期間だったが。んである時知り合いに秋川理事長を紹介されてな。それでスカウトされた」
「スカウトされるなんてすごいじゃないですか! それだけすごい人だって思われたんですよ!」
偽の経歴でもそれを信じて、と言うよりは真に受けて誉めてくれるキタサン。そんな彼女の真っ直ぐな瞳を向けられるとなんとも言えない心苦しさがあるが、事実を語る訳にはいかない。
テイオーとアイコンタクトを取り、口裏を合わせながら、話をリトルココンの留学へ戻していく。
「ボクも海外のレース出てみたいなぁ」
「テイオーさんならいけますよ!」
「そうだな……。来年考えてみるか」
「え、ホントに⁈」
「まあ、テイオーの調子と周りの状況次第だがな」
「周りの状況って?」
「俺が受け持っている英語の授業とか、あるいはテイオー以外に担当するウマ娘が出てくるかも知れないだろ?」
「ボク以外に誰担当するのさ?」
「……キタサンとか?」
テイオーと一緒に視界に入ったキタサンをあげるアルチョム。彼自身、キタサンを担当するのもアリだとは考えていた。キタサンも割と乗り気のようで、私からもお願いします! なんて元気に返す。
それを見ていたテイオーはキタサンとチームを組めるかもしれないことを嬉しく思いながらも、アルチョムが他のウマ娘を担当することに少しジェラシーを感じてしまう。そんな複雑な感情をかき消そうとテイオーはココンの留学に話を戻す。
「んでさ、ココン来週末にアメリカ行くんだって」
「らしいな」
「ボク、見送り行きたいんだけど2人は?」
「俺は構わないが」
「うーん、私は……」
キタサンが少し考えている。去年のダービーでキタサンは初めてココンに会ったが、その時の態度が刺々しかったためか、少し気が引けるようだ。
「大丈夫だよキタちゃん、ココンもいろいろあったんだって」
「いろいろ……、ですか?」
それからテイオーはココンから聞いた過去のエピソードをキタサンに話す。
シューズの件や、それが原因で仲間はずれにされた話をキタサンはしっかり聞いていた。
「……だからあの時はあんな風に言っちゃったみたい。あの時はボクもカチンてきたけど、そんな話聞いたらいろいろ考えちゃうよね」
そう言い、キタサンを見たテイオー。キタサンの表情は何か思うところがあったのか、いろいろ考えているようだ。
「……そうだったんですね。けど、そういうのはもっと早く言って欲しかったです」
「それはその通り。あんな態度取られちゃうとみんな嫌な気分になっちゃうし」
彼女の刺々しい態度の理由がわかった。でも、だからこそもっと素直に振る舞って欲しかったなんて思ってしまう。あんな態度では作らなくていい敵まで作ってしまうかも知れないし、味方になってくれるはずの人も遠ざけてしまうかも知れないのだ。
「でもわかりました。私もお見送りに行きます」
「うん! じゃあトレーナー、予定空けておいて!」
「あいよ」
そう言うとアルチョムはタブレットを開いて、予定の調整を始めた。
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それから十日程経った土曜日。
羽田空港国際線ターミナル、出国ゲート前。
キャリーケースを持ったリトルココンの周りには、樫本代理とビターグラッセが彼女の見送りに来ていた。また、乙名史記者も彼女のお見送りと取材のために来ているようだ。
「ココン、ホントに行くんだな」
「今更やめるなんて言うと思う?」
「そうだけどさ、お前がアメリカに行っちまうと考えるとなぁ」
「何? 寂しいの?」
「ち、ちげーよ!」
寂しいの? と尋ねられ、慌てて否定するビターグラッセ。どうやら図星のようだ。
「そう? 寂しいなら毎日電話でもしてあげようかと思ったけど」
「だから違うっての!」
愉快なやりとりをしている2人。そこへやってきたのはテイオーとキタサン、それとアルチョム。
「ココン! アメリカでもがんばってね!」
「テイオー? まさか来るなんて……」
「でもLANEで空港と出発の日時教えてくれたじゃん? それって来て欲しかったんでしょ?」
いたずらっぽく聞くテイオー。そんなテイオーに対し、別にと返すが彼女の耳は嬉しそうに動いていた。
「あの、ココンさん。これ、どうぞ」
キタサンは多少緊張した様子で彼女に何かを差し出す。それは青いお守りだった。
「あ、それ昔ボクにくれたやつと同じお守りじゃん!」
「はい、あの時と同じように作ってみました」
そう言い、テイオーがポーチから取り出したものは、彼女がトレセンに入学する際にキタサンからもらったお守り。
手作り故か少しほつれてしまっているが、キタサンの想いがしっかり込められた立派なお守りだ。
「い、いいの……?」
そんな大切なものをもらって良いのか、不安げに尋ねるココン。
「いいんですよ。でもその代わり、もっとみんなと仲良くしてください」
「……努力するわ」
そう言い、キタサンから貰ったお守りを大切にしまう。その次は、樫本代理がココンに話しかけた。
「ココンさん、貴女はまだまだ強くなれます。ですから、貴女のやりたいようにがんばってください。走りたいように走ってください」
「はい、樫本トレーナー」
「でも、これだけは守ってください。絶対に無理せず、そしてケガをしないこと。これは絶対です」
「はい」
樫本代理の目をしっかり見つめ、深く頷くココン。彼女も樫本代理がなぜケガを心配するのかをよく理解していた。
「ココン、日本に戻ってきたらまたレースで勝負しようね!」
「いいわ。次はアタシの背中を見せてあげるから覚悟なさい」
「次だってボクが勝つから」
そう言うとテイオーは拳を突き出した。それにココンも拳を突きつける。
「トレーナーは何か言いたいことないの?」
「今更代理と似たようなこと言っても仕方ないだろ」
アルチョムとしても、話せる内容は樫本代理が言っていたことと大差ない。
無理をせず、ケガをせず。
故障してしまい、レースに出られなければ元も子もない。トレーナーという立場である以上、結局はこういう話に行き着く。
すると、アナウンスが流れた。そろそろ出国審査の時間だ。
みんなに手を振りながらゲートへ向かうココン。テイオー達も元気に見送り、彼女が人混みに消えるまで手を振っていた。
「行っちゃいましたね」
「次帰ってきた時、どんな話聞かせてくれるかな」
そんなやりとりをするテイオーとキタサン。その隣にいたアルチョムは腕時計を見て、帰ろうとする。
「さて、帰るぞ」
「えー、せっかくここまで来たんだから少し遊んでからでもいーじゃん」
「そうですよ! すぐ帰るなんてもったいないです!」
だが、テイオーとキタサンはまだ遊びたいようだ。
「……まあいいか」
「テイオーさん! どこ行きますか?」
「あそこ! ほら、ウマスタで話題になってた店!」
「あの店、すごいバズってましたよね! 早く行きましょう!」
キタサンとテイオーの後を追うアルチョム。お見送りに来たんだか、遊びに来たんだか。まあ、それを考えるのは後でもいいだろう。
樫本代理の目から逃れるように、アルチョムも2人を追って人混みに消えていった。