元ロシア最強傭兵、祖国に棄てられて亡命したらトレセン学園のトレーナーになりました 作:武装田んぼ
お久しぶりです。武装田んぼです。
少し書き溜めを放出します。ぜひご笑覧ください。
6月上旬のある日。鉛の空が広がり、雨が降るこの日。
いつもの2人に加えてキタサンブラックがトレーナー室にいた。彼らの目的は次に出走するレース、宝塚記念において立ちはだかるであろうゴールドシップの研究だ。いくつかの映像資料を観ながらゴルシの走りを分析し、レースで優位に立てるように対策を練る。
「キタサン、今日も来たんだな」
「まあ特にやることもないですし。それにテイオーさんに宿題教えてもらえますんで!」
「テイオー、あまり教えるなよ。キタサンの為にならん」
「そんなに教えてないよー。キタちゃん結構頭いいからね」
「ならいいんだがな」
「じゃあトレーナーが宿題見てあげれば?」
「無理だ。全部忘れた」
「えぇ、トレーナー前に勉強できたって言ってたじゃん」
「子供の時はな。いくら勉強を覚えても使わなきゃ忘れる」
子供の頃、それなりに勉強が出来たのは事実だ。いつかに話した通り、勉強すれば将来は楽に暮らせると考えていた。が、そんな淡い期待は彼の現実の前に儚く崩れ去り、ロクでもない道を歩むことになった。それでも幸運だったのは軍である程度の座学を学ぶチャンスがあったことだろうか。その時に学んだ知識は今でもまあまあ活きているが、義務教育で学んだことはほとんど活かせなかった。
「さて、今日のトレーニングをやるぞ」
「ゴルシのレース研究でしょ?」
「ああ。あの追い込みにどう対処するか、そこを考えるぞ」
そんな訳でまずは今までゴルシが出走してきたG1レース、ホープフルステークスと皐月賞の映像を確認する。
「改めて見るとすごい末脚ですね……」
「リトルココンもこんな感じだったなぁ」
皐月賞のレース終盤、内側を一気に突いてハナに躍り出る。テイオーが走った日本ダービーでリトルココンがとった戦術と同じだ。
「テイオーは今まで何度も差し対策をしてきた。今回も同じような対策となるだろうな」
「いっそ逃げで走ってみる?」
「いや、今まで通り先行でいい」
「そうなんだ。なんか違う走り方でもやるのかと思った」
「俺は今まで通りで良いと考えてる」
「どうして?」
「テイオーの今の走り方、これはテイオーの強さを最大限に引き出しつつ、脚への負荷を少しでも抑えられる走り方だ。無理に変えて慣れない走り方をしても、実力を出し切れるかどうかわからない」
アルチョムはテイオーの走りに絶対の信頼をおいていた。だからこそ、変に走り方を変えるより今までの走り方で行くべきと考えていたのだ。また、慣れない走り方でケガをするリスクを考えれば今まで通りの走り方で全力をぶつけるべきだ。
「言われてみればその通りだね」
「ただ、ゴルシの末脚は今までの誰よりも脅威だ。スパートをかけるタイミングや、その後の動きは良く考える必要がある」
「ネイチャの時みたいには行かないね」
「ネイチャの末脚とはまた違うからな。どちらかと言えばリトルココンに近い」
「リトルココンかぁ。前のレースは勝ったけど……」
「前のレースって言っても一年前だろ。アテにならん」
そんなやりとりをしながらゴルシの走りを観察する。するとキタサンが何かに気づいた。
「なんか、ゴルシさんの走りにムラのようなものを感じるんですが……、お二人はわかりますか? 例えば今のレースと前のレースだと、走り方が違うというかなんというか……」
「どれどれ?」
キタサンの言葉を聞いていくつかのレース映像を見直す。確かに、ゴルシの走りにはムラというか、振れ幅というか、そんなものを感じた。もちろんウマ娘とてロボットではない。その日の調子や気分によって走り方にムラが生まれるのは当然だ。ただ、ゴルシに関してはそれがあまりにも顕著だった。
テイオー達が観ていた映像でも、レース終盤に目の色を変え、凄まじい追い上げを見せて一着になっている。
「これは……、あれか? スイッチが入るって言ったりするやつか?」
「多分そうじゃない? だって始めと終わりの走り方も表情も全然違うもん」
「ゴルシさんを本気にさせなければいいんでしょうか?」
「そういう問題でもない。キタサン、このレースを観てみろ。ゴルシは最後まで本気じゃないが勝っている」
アルチョムが再生したとあるオープン戦の映像。ホープフルや皐月の時のような走りは一切見せなかったが、最終コーナーで外側から一気にゴボウ抜きして優勝していた。が、先程のレースとは違い、目の色を変えるようなことはなく、その表情からは余裕すら感じ取れる。
「ゴルシさん、素で強いんですね……」
「ま、こうやって実力で掛かってくるなら、こっちも実力でねじ伏せればいい」
「ガチンコ勝負ってやつね、燃えてきたよ!」
「ああその調子だ。よし、まずはコースのおさらいから始めよう」
「「はーい」」
キタサンがホワイトボードを用意し、アルチョムはペンでボードに書き込んでいく。レースも戦場も常に想定外の出来事は起こり得るものだ。その想定外に対して臨機応変に対応できるかどうかは今でも散々やってきた。
今回のレースは恐らく、その応用編となるであろう。そのことをテイオーに伝え、3人で対策を考え始めた。
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メジロマックイーンは大きなため息を吐いた。理由は今、彼女の目の前で荒ぶっているウマ娘ゴールドシップ。マックイーンの骨折が治り、レースへの復帰を目指したリハビリが始まってから早3週間。ライスシャワーはよくリハビリに協力してくれるし、ゴールドシップもリハビリを妨害するようなことはしない。が、貢献するようなこともしない。
「ゴールドシップさん、先程から何をしてるんですの?」
「見りゃわかんだろ、1人将棋だよ」
「なぜジムで将棋してるんですか」
「頭脳トレーニングだよ」
「わざわざジムに来てまでやらなくても……」
「なんだ? ゴルシちゃんをハブるつもりなのかぁ?」
「別にそういうわけでは……。はぁ、もう好きにしてくださいまし」
とりあえずゴルシは放っておくことにする。これ以上関わっても面倒が増えるだけだ。相田トレーナーもマックイーンのリハビリを優先している部分もあるが、若干放置モードに入っている。が、それでもどうにかなるウマ娘なのがゴールドシップだ。もっとも、それが裏目に出てしまうことも少なくないが。
「あ、マックイーンたち来てたんだ」
するとジムに現れたのはテイオーとアルチョム。ランニングマシンでのトレーニングのためにジムを訪れていた。
「マックイーン脚の調子はどう?」
「ええ。だいぶ良くなって来ましたわ」
「ここの管理人さんから復帰のリハビリについてアドバイスを貰いまして。おかげで順調に進んでます」
「そういやこの前話した時にテイオーのリハビリのことを随分と質問して来たな。彼がここに入ってくるのがあと一年早けりゃテイオーのリハビリももっと上手くできたかもな」
しばらく前にジムの管理人と話す機会があった。その時に、アルチョムは彼からテイオーのリハビリについていろいろと聞かれたのだ。アルチョムはその時のリハビリの内容や予定表、スマホで撮影したリハビリ映像を彼のパソコンに送り、彼はそれを見ながら効果的なリハビリやトレーニングについていろいろ模索していたという。
なお、アルチョムはそのお礼として時々コーヒーを淹れてもらっている。
「そういえばトレーナーこの前も管理人と話してたね」
「彼のトレーニングに対する知見は確かなものだ。あれだけの知識があればトレーナーとしても十分やっていけるだろうよ」
「もしかして結構すごい人?」
「かなりすごい人だ。昔は格闘技もやってたんだと」
「格闘技? それならトレーナーも強いんじゃない?」
「彼がやってたのはルールに則った競技だ。戦場での敵の無力化とは全然違う」
「そうなの?」
「戦場にルールなんざ無いからな。それに、競技では勝つことが目的だが、戦場での目的は殺傷だ」
「殺すのはダメでしょ」
「戦場ではそうも言ってられん」
アルチョム自身、ある程度格闘技には自信がある。が、それはあくまでも不意の近接戦闘に於いて敵兵を殺傷するのが目的だ。ナイフや拳銃、場合によってはその辺に落ちてる瓦礫すらも使うような戦闘とリングの上で正々堂々向かい合うのとは訳が違う。
そんな会話をしているとこちらに近づいて来たのはゴルシ。
「お、ゴルシじゃん。なんか用?」
「テイオー、今からアタシと勝負しようぜ!」
「いいねぇ〜、何で勝負するの?」
すると、ゴルシは将棋盤を床に置き、座布団を二枚用意した。
「将棋じゃい!」
「ふ〜ん、頭脳戦でボクに挑むとはね……。後悔しても知らないよ?」
「それはこっちのセリフだぜ!」
「頼むから普通のトレーニングしてくれ」
そんなアルチョムの声はテイオーに届かない。挑まれた勝負にはいつも全力で応えてしまうテイオー。良いことではあるが、もう少し時と場合を考えて欲しくもある。
「トレーナーもアドバイス頂戴!」
「将棋のルールなんか知らんぞ」
「トレーナー昔軍隊いたじゃん。だったらこういう、センリャクだっけ? そういうの知ってるんじゃないの?」
「そういうことやるのは参謀や士官の仕事だ。俺はソイツらの命令を聞いて動いていただけだ。てかそもそもトレーニング予定どうすんだよ」
「ちゃんとやるよ! 後で」
頭を抱えるアルチョム。こうなると言っても聞かなさそうなので、とりあえず対局を見守ることにした。その間、スマホで将棋のルールを調べてみる。
チェスよりやや複雑だが、勝敗のルールは大体同じだ。もっとも、アルチョムはチェスもロクにやったことが無いが。軍やPMCにいた時は主にトランプをやっていたが、ボードゲームをやるチャンスがほとんどなかった。確かに士官の連中がよくやっているのを見たし、上官から勧められたこともあったが、結局やらず仕舞いだった。
そんなことを思い出しつつ、適当に検索して見つけた将棋の戦術を紹介するサイトを眺めていた。
「あーっ! ボクの角行がぁ……」
「そしてこのまま王手だ!」
「フッ、まだだよゴルシ」
「何⁈ その香車は……!」
「君の香車を使わせてもらうよ!」
なんか盛り上がっている。まあ楽しんでいるならよしとしよう。そんなことを思いながら盤上を見る。敵味方が盤上で入り乱れている。これでは上手く砲撃支援の要請ができないな、なんて思うが、将棋に砲撃という概念はない。
「やったーっ! ボクの勝ちぃ!」
「くっ、我がゴルシ軍を破るとは……。だが、いずれ第二第三のゴルシが貴様を討つであろう……。それまで勝利の余韻に浸っているがよい!」
「終わったな。さ、トレーニングに戻るぞ」
「頭使ったから疲れたぁ」
「バカなこと言ってんじゃねぇ、トレーニング予定狂うだろうが」
「でも疲れたんだもん」
「はちみー買ってきてやる。それ飲んd……」
「トレーナー、どれやればいい? どんなトレーニングでもどんと来いだよ!」
「この手に限る」
はちみーを飲ませてからトレーニング再開。この様子ならしばらくは座学をやらなくて良いだろう。多分。
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宝塚記念まであと3日に迫った6月下旬。すっかり蒸し暑くなり、日も長くなった。
夕陽に照らされたグラウンドで走り込むウマ娘、テイオーだ。宝塚に向けた最後の追い込みとして自主練をしていた。
「テイオーお疲れ。ちゃんと水分摂ってる?」
ベンチで休憩していると、後ろから声がかけられた。振り返るとナイスネイチャがいる。トレーニング終わりのようで、荷物をまとめたバッグを肩からかけながら手を振っている。
「あ、ネイチャ。どうしたの?」
「さっき練習終わってね。テイオーはまだ走るの?」
「うん、もう少しだけどね」
「ちゃんと水分とりなさいよ?」
そう言うとネイチャは持ってたスポーツドリンクをテイオーに渡した。
「ありがとうネイチャ。喉渇いてたんだ」
「渇く前にとった方がいいわよ? 特に今の時期は」
「そうだね。気をつけるよ」
「んで、どうなのよ? 自信のほどは?」
「宝塚のこと? バッチリだよ!」
「なら、期待してるわよ」
すると、テイオーはまたスタートラインに立つ。
「あ、ネイチャも一緒に走る?」
「……いいわ。ちょっと走り足りなかったし」
バッグを置いて肩を回したり簡単なストレッチをしてからテイオーの隣に立つ。
「ボクは本気を出すつもりだけどネイチャは?」
「アンタが本気なら私だって本気を出させてもらうわ」
「そうこなくちゃ! じゃあ行くよ。ヨーイ……」
「「スタート!」」
掛け声と共に飛び出す2人。前を走るテイオーと一バ身ほど後ろを追うネイチャ。
誰かと一緒に走るのは楽しい。
今日のトレーニングはマヤノと一緒だった。この前はキタちゃん。今はネイチャ。みんなそれぞれの走り方があって、それぞれのペースがある。それはボクも同じ。ボクの走り方やペースはみんなにどんな風に見えているのかな?
そんなことを考えながら、コーナーを駆け抜けて坂道へ。湿度が高いせいか、汗がとめどなく出てくるがそれを気にせず、グングン前へ前へと進んでいく。
湿った重い空気とは裏腹にテイオーの脚は軽かった。目の前まで来たレースへの期待、その胸の高まりを静かに待てるほどテイオーは大人じゃない。そんな胸の高まりはトレーニングの疲労すら吹き飛ばし、テイオーの脚を前へ前へと突き動かした。
そして最終コーナーを抜け直線へ。2人はほぼ同時にスパートをかけ、一気にゴールを目指す。そのまま並んでゴール。息を切らしながら2人はターフの上に座り込む。
「はぁ、はぁ……、ボクの、勝ち、だね、ふぅ……」
「ほとんど、同じだわ……、はぁ、はぁ、同着よっ」
周りを見回すが誰もいない。これではどっちが勝ったかはわからず仕舞いだ。テイオーはゆっくりと呼吸を整えてベンチに戻り、ドリンクを飲んだ。
「はぁ〜、全力出しちゃった」
「アタシも。もう動けないわ」
ネイチャもテイオーの隣に座ってドリンクを飲む。
「テイオー。宝塚記念、絶対勝ちなさいよ? アタシだってマックイーンだって、期待してるんだから」
「もちろんだよ。負ける気なんてこれっぽっちもないから」
そう言い、右手を強く握る。
「だからネイチャ、ボクのチョーカッコいい姿を見逃さないでね!」
そしてネイチャの方を見てウインクした。その仕草に少しドキッとしてしまう。テイオーの主人公オーラは眩しすぎる。
「わかってるわよ。……おっと、もうこんな時間なのね。早く寮に戻らなきゃ」
「わ、そうだね。フジキセキが心配しちゃう」
パタパタと家路を急ぐ2人。宝塚記念はもうすぐだ。
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