元ロシア最強傭兵、祖国に棄てられて亡命したらトレセン学園のトレーナーになりました   作:武装田んぼ

59 / 62

皆さまお久しぶりです。武装田んぼです。
さまざまな事情やら何やらで本編の更新が遅れてましたが再開します。
クリスマスイブに投稿するような内容ではありませんがご笑覧頂けたら幸いです。



第48話 インターネットやめろ

 

 

 千葉県にある閑静な住宅街。

 東京都との県境に位置するこの街はいつもの夕暮れを迎え、どこからともなく、ツクツクボウシの鳴き声が聞こえる。そんな住宅街にありふれたとあるマンションの一部屋。

 

「母さん、これ。今月の分」

「あら勇輝、今月もありがとうね。いつも助かるわ」

 

 そう言い、若者が母親に5万円が入った封筒を渡して自分の部屋に戻る。クーラーが少し寒いくらいまで効き、カーテンを閉め切った部屋の照明は昼間からつけっぱなしだ。その部屋に置かれたデスクで2枚のモニターを観ながら動画編集に勤しむ若者。

 ベタついた髪に指紋の付いたメガネ、痩せ気味の体型で肌は不健康に色白い。

 

 西澤勇輝。就活に失敗し、しばらくはニートをしていたが、3年程前からまとめサイトの運営とウマチューブに動画を投稿して収入を得ている。そしてその収入の一部を家に収めて、彼なりの親孝行をしていた。

 

 しかし、そのまとめサイトも投稿する動画も、特定の集団や革新派の主張を揶揄し、ただひたすら騒ぎ立てそれを貶めるようなものだ。そんな彼は引退したウマ娘を支援する団体を誹謗中傷する動画を編集していた。

 彼はウマ娘を蔑視していた。もっとも、ウマ娘にいじめられり、暴行を振るわれた経験がある訳ではない。

 

 彼は就活中、ある大手企業の面接に応募した。その会社はウマ娘の社会進出支援で有名な企業であり、ウマ娘の応募者も少なくなかった。

 彼は書類審査こそ通過したが、問題は面接の時だった。彼は元来の内気な性格と、極度の人見知りでまともな受け答えが出来なかったのだ。結局それが原因でお祈りメールを受け取ることになる。立て続けにお祈りメールを受け取っていた彼にはかなりのショックだった。

 

 また、彼の通っていた大学はGMARCHに含まれる大学であり、自分の学歴にそれなりの自信があったのだ。そんな自分が落とされるのは何かの間違いだ。彼は次第にそう考えるようになっていく。

 そんな彼がたどり着いた結論は、ウマ娘の社会進出により自分の席が奪われた、というものだった。社会は少数派であるウマ娘を優遇し、真の弱者である自分を捨てた。そんな考えが彼を支配していた。それゆえ、彼は自分の活動を世直しの一種とすら考えていた。

 

 もちろん、ウマ娘がいなかったとしても、彼がお祈りメールを受け取ったことに変わりはない。大学のキャリアセンターにでも相談すれば、多少なりともマシな結果になったであろうが彼はそれを怠ってしまった。

 

 そして彼はこの日もウマ娘の支援団体を誹謗中傷する動画を投稿した。派手なサムネイルに過激な煽り文句。そして合成音声によって流される事実無根の内容。

 真面目腐ったバカ共が騒ごうが知ったことじゃない。真の弱者を救済せず、特権を有しているウマ娘なんかを優遇する社会に問題があるのだ。

 

 彼は次にウマッターを開いた。すると彼の目に入ってきたのは熊谷大臣のツイート。その内容はウマ娘のレース、競バの公営賭博化法案を提出したというものだ。また、それに加えてトレセンの教育方針への介入も書かれていた。

 

 ついに国が動いた! やっとウマ娘共から特権が剥奪される! やっぱり俺たちの熊谷大臣だ! 

 彼は熊谷大臣の熱烈な支持者であった。心の底から湧き上がる優越感。先程までの動画編集の疲れも吹っ飛び、彼はまた動画編集を始めた。

 

 自分の活動が世の中のためになろうとしている。彼にはそんな確信さえあった。母親の晩御飯の呼びかけすら無視し、彼は熊谷大臣の法案を支持する動画の編集を続けた。

 

 

 ────────────────────────

 

 

 熊谷大臣を筆頭とする与党タカ派が公営賭博化法案を提出したというニュースは瞬く間に日本中に広まり、世論は大騒ぎとなる。

 

 そして、トレセン学園のウマ娘達にも大きな動揺が広がっていた。

 秋川理事長は急遽全校集会を開き、状況の説明とトレセン学園はこの法案に断固反対であると伝え、世論にしっかりと訴えていくことを明言した。ただ、やはりURAの理事会がその法案に賛成したという事実は生徒達を動揺させるのに十分なものだった。

 だがもちろん、URAが完全に公営賭博化に賛成かと言えばそうではない。

 

 理事会が賛成したと先述したが、それは多数決の結果だ。URA副理事長を務める花江智子氏や同じく理事委員会に所属するメジロ家の大奥様はこの法案に対し、断固反対の立場をとっている。また、URAを管轄する文部科学省のトップ、古屋敦士大臣も否定的な意見を述べていた。

 

 そして世論にも否定的な声は少なくない。特にレースに参加するウマ娘の大半は未成年であり、子供を賭博に巻き込むのかという倫理的な問題や、多額の金銭が絡むことによりイカサマや八百長が多発し、レースの公平性が損なわれるのではないかという指摘、ギャンブル依存症などへの危惧、また、過去の事例からドーピングの蔓延を危惧する声なども数多く上がっている。

 

 だが、これらの意見に対し熊谷大臣は増税を避け、社会保障費等を削らずに財源を確保するためであると語った。賭博化を行うのは新たな財源を設けるためであり、国民に負担をかけず、最低限の投資で財政の安定化を狙うものである。その為に、ウマ娘の皆様にはどうか協力を願いたい。そう語る姿がニュースで報道された。

 

 その姿は日本の為にウマ娘達に負担を強いてしまうことを断腸の思いで決断した憂国の政治家という印象を持たせるのに十分なものだった。

 

 トレーナー室。

 アルチョムはタブレットでニュース記事を見ていた。公営賭博化法案に関する記事の英語版だ。最近は日本国内のニュース記事も英語版が充実している。ありがたいものだ。

 

 その記事には最新の世論調査が載っていた。

 公営賭博化法案の賛否を問う内容で、結果は賛成が46%、反対が48%、残りの6%はわからないまたは無回答と言う結果だった。

 反対意見が僅かに優位だが、世論調査の2%などあっという間にひっくり返る。それに、世論調査がいくら反対だろうと強行採決で無理矢理可決だってあり得るのだ。早々起こり得ない事態ではあると思うが、可能性がある以上油断はできない。

 

 もしそうなればどうするか。いっそテイオーや周りのウマ娘達だけでもアメリカ辺りに逃すか……? だが、それ以外のウマ娘は? そもそも本人達がアメリカに行くことを望むか? 

 

 そこまで考えて正気に戻る。落ち着けセルゲイ。ここは日本だ。民主主義が生きている国だ。国民が声を上げることができる国だ。デモ活動をしても捕まる国ではない。政府を批判したら警察がやって来る国じゃない。

 なら、ちゃんと議論でもって賭博化が孕むリスクや問題を提示し、国民が納得した上で反対してもらう。そうすればこの法案は廃案になる。

 

 そんなことを考えていると、トレーナー室のドアが開いてテイオーが現れる。その顔はどこか神妙で少し怖がっているような表情だった。

 

「あ、トレーナー……」

「……どうした?」

 

 一応尋ねてみるが、その理由は聞かなくてもわかる。

 

「ボク達のレースにお金賭けられちゃうのかな?」

「安心しろテイオー。俺達大人にまかせろ。何があってもテイオー達が夢に向かって走れるようにしてやる。だから心配するな」

 

 そう言い、テイオー励ます。しかし、テイオーの口から出てきた言葉にアルチョムは驚くことになる。

 

「あのね、クラスの子の中にさ、賭博化したら何がダメなのかわからない子いたんだ。それにたくさんお金貰えるようになるならいいんじゃない? って言われて、ボク混乱しちゃって……」

「……本当か?」

 

 アルチョムは耳を疑った。もちろん、この法案に関してはウマ娘一人ひとりの意見があるだろうし、どのような意見を持とうが個人の自由だ。ただ、そういう子がいれば、法案の可決を推し進める側の付け入る隙になるし、そもそもその子が賭博化の孕むリスクや問題などを理解しているのかは不明だ。

 

 金銭的な見返りという短期的な利益のために、八百長やドーピングの蔓延などの長期的なリスクを負うべきではない。まずはそこから説明する必要がある。

 

「……とりあえず、その事は報告させてもらう。俺1人で判断できるものじゃない」

「ボクもさ、実はその話を聞いてから賭博化がそんなにヤバいことなのかなって、少し思っちゃって」

 

 明らかに混乱している様子のテイオー。おそらく彼女は今までこのような話と向き合って来た経験はほとんどないだろう。まあ、これぐらいの年齢を考えれば普通そんなものだ。しかし、それでも容赦なくこちらを巻き込んでくるのが政治と言うものである。アルチョムはとりあえず、あの時の会長がどんな様子だったかをテイオーに思い出させ、考えを整理するよう促す。

 

「テイオー、この前の会議での会長さんを思い出せ。会長さんが何の理由もなくあそこまで反対すると思うか?」

「……! そ、そうだよね。いつも冷静でクールなカイチョーがあんなに怒ってるの、初めて見たもん。絶対にダメな理由があるってことだよね」

「ああ。だから会長さんにもさっきのことを話してみるべきだな。会長さんなら、きっとうまいことやってくれるだろうよ」

「そうだね、後でカイチョーに話してくる」

「ああ、そしていろいろ勉強してこい。政治ってのはとにかく頭を使うからな」

 

 そう語りながらPMC時代を思い出す。あの時の自分らは政治の道具だった。ロシアの国益の為に利用され、血を流した同志達。あの熊谷がやろうとしていることはベクトルが違えどそれと同じだ。戦地に送られることも、血を流すことも無いが、結局はウマ娘を利用し、リスクを背負わせて国益にしようとしている。

 もちろん、その儲けの大半が政治家やその取り巻きのポケットに入るであろうことは火を見るより明らかだ。

 

 ……国の為にリスクを背負わせるなんざ兵隊と同じじゃねぇか。アルチョムはそう考えていた。

 

 奴らの好きにはさせない。国に利用されるのは俺みたいなスカムだけで十分だ。テイオーやウマ娘達にあんな思いをさせない。

 トレーナーという立場は、ウマ娘達をあらゆる面でサポートする存在だ。それにはトレーニングなどの指導だけじゃなく、安心して競技に臨める環境作りもそれに含まれる。

 

 秋川理事長だって猛反対している。我々は無力じゃない。だからとにかく今は出来ることをやるんだ。

 

 

 ────────────────────────

 

 

 都内のとあるファストフード店。

 窓際のカウンター席にノートパソコンを置き、ウマチューブで流れるニュース配信を観ている2人の男性。みなみとますおだ。

 

「嘘だろ……?」

「マジかよ……!」

 

 熊谷大臣は賭博化の重要性を雄弁に説いていた。しかし、それを観る2人は唖然とした顔をしている。

 彼らは競バにハマった時、その歴史を調べたことがあり、そこで知ったのが過去の賭博とそれにまつわる事件だ。少なくないウマ娘達が大金が絡む事件に巻き込まれた悲劇を知ったとき、強いショックを覚えたのは今でも彼らの記憶に新しい。

 

 また、ドーピングも蔓延し、身体を壊した子も数多くおり、死亡例の数も少ないとは言えない数だった。そんな危険にウマ娘達が晒されてしまうのか。過去の過ちを繰り返すハメになるのか。そんな恐怖が彼らを襲った。

 

「こんなの賛成できるわけ無いだろ……!」

 

 メガネの奥に、怒りに燃える目が映る。普段は温厚なみなみがいつになく怒りを露わにしていた。

 

「だが世論調査の結果は五分五分だし、与党タカ派はほぼ全員が賛成だが、文科大臣は反対を表明している。まだどうなるかわからない」

 

 そんなみなみを落ち着かせるように、ますおが話す。だが、怒りに燃えるみなみは声を荒げた。

 

「だからって黙って見てろって言うのか? テイオーちゃんやマックちゃんが夢を絶たれ、キタちゃんやサトちゃんがターフに立つ前に夢を諦めるかもしれないんだぞ!」

「それはわかってる! だが俺たちに何ができるんだ⁈」

「いくらでもある! 署名やらデモやら、SNSだってあるんだ。賭博化がどれだけ危険かを世間に訴えるんだ!」

 

 熱弁するみなみ。そんな彼に少し気圧されてしまうが、彼の熱弁はもっともだ。そんな時、2人のスマホに通知がくる。開いてみると、LANEでサトノダイヤモンドがこの法案のことを尋ねてきた。キタサンも心配そうなスタンプとメッセージを送っている。

 彼らはそれに、自分達は法案に反対であり、署名活動などのできることをやるつもりだと返した。

 

 だが、そんな中でますおはあるウマチューブアカウントを見つけた。トップページの急上昇欄に出てきたある動画。

 〝ウエスタンラリアットちゃんねる〟と言う名のアカウント。だが、そのアカウントが投稿していた動画のサムネイルはあまりに酷いものばかりだ。まるでウマ娘達が不当に国に寄生し、利益を貪る悪の集団であるかの様にこき下ろす。だが、それらの根拠とされる情報の出処はほとんど明確にされていない。

 

 そしてそのアカウントの概要欄にはウマッターやまとめサイトへのリンクも概要欄に貼られていた。そしてそのリンク先の内容は言うまでもない。

 

「なんなんだこれは……」

 

 言葉を失うますお。とりあえず目に止まった動画を再生してみる。

 

《今日はウマ娘達が持っている特権と、それにより国民がどれだけ苦しめられているかを解説するのだ》

 

 合成音声により始まる解説。もっとも、側からみればそれは解説ではなく事実無根の誹謗中傷だ。

 

《ウマ娘は利権団体と癒着を繰り返し、日本の国庫から不当に利益を受け取っているのだ。そしてさらに、ウマ娘を支援するあの団体も、この団体も、実は裏で中国と繋がりがあるのだ》

 

 そんなセリフと共に表示される英文の報告書。ますおは一時停止して目を凝らし、その報告書を読んでみる。あまり英語力に自信はないが、その報告書の中に中国を示す、“China”または“PRC”という単語は確認できなかった。

 

「酷い……」

 

 だが、その動画の再生回数は70万回に上り、他の動画も少なくても数十万回の再生回数となっていた。さらに、登録者数も20万人を超えている。途中からそれを観たみなみも言葉を失った。だが、これは氷山の一角に過ぎない。似たような動画は幾つも見つかり、それなりの再生回数を記録している。とりあえず片っ端から通報してみるが、焼け石に水だろう。

 

 他にも、彼らはある情報サイトを見つけた。

 

[今話題のトウカイテイオーのトレーナー、ルイシコフ氏の正体は?彼女は?経歴は?調べてみました!]

 

 アルチョムについて調べた記事だが、その内容はあまりにもお粗末なものだった。

 正体について調べると書いておきながら、アメリカ出身の男性と言及しているだけだ。ちょくちょく挟まれる邪魔なフリー素材により、ただでさえ薄っぺらい内容がさらに薄くなっているクセに、彼女や年収に関しても調べてみたがわからないとほざいている。挙げ句の果てに賭博化法案に反対しているならば外国からのスパイかもしれない、などと何から何までめちゃくちゃなことを書いていた。

 

 おまけにそのサイトのあちこちに邪魔な広告表示があり、ちょっとスクロールしようとしただけで広告ページに飛ばされる。こんなものが検索の上位に上がってくるのを見ると、後味の悪い諦めの気持ちしか湧いてこない。

 

 こんな動画やサイトで世論が傾くとは思わない。が、真に受ける人間が一定数いるのは事実だ。そんな人間のせいでウマ娘に危害が加わる可能性は十分に考えられる。

 

「俺らでできることはないのか?」

「わからない。だが、このまま放置はできない。とりあえず、俺は競バファンのコミュニティでこのことを相談してみる」

「そうだな、俺も周りに相談しよう」

「ああ、そしてとにかく一人でも多く法案に反対してもらおう。法案が流れれば、こういうのも少しは大人しくなるはずだ」

 

 自分達の無力さを痛感する。だが、立ち止まるわけにはいかない。一ファンとして、一人の人間として、世間に訴えていくしかなかった。

 

 

 





誤字脱字などございましたら報告願います。

なお西澤に関して一部は私の実体験が含まれてます。(白目)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。