元ロシア最強傭兵、祖国に棄てられて亡命したらトレセン学園のトレーナーになりました   作:武装田んぼ

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第49話 二度目の夏合宿

 

 

 七月下旬。

 世間が公営賭博化法案で揺れる中、トレセン学園の夏合宿が始まろうとしていた。政治のあれこれも大切だが、それでトレーニングを疎かにはできない。それにどこかで息抜きをしなければ、ストレスで身体が参ってしまう。こういう時こそ楽しまなければ。

 

 連日の猛暑は地球の人類に対する殺意の表れかとも思えてくる。とめどなく流れる汗をタオルで拭いながらアルチョムはバスを待っていた。時刻は現在午前8時半。しかし、照りつける日差しは日中のそれと大差なく、肌を容赦なく焼き付ける。

 

「……ちくしょう、この暑さは本当にどうにかならねぇのか?」

 

 確かに中東やアフリカでも暑い地域に派遣されたこともある。だが、日本の暑さはあちらとは比べ物にならないほど湿気を含んでいる。おかげでべったりのまとわりつくような暑さが彼を包み込み、その不快感は未だに慣れない。

 

 だが、そんなアルチョムと対照的に、テイオーはマヤノやツインターボと一緒にはしゃいでる。

 

「テイオー! 合宿の間にどれだけカブトムシ捕まえられるか勝負だ!」

 

 虫取り網と虫かごを持ったツインターボがテイオーに向かって宣戦布告をする。それにノリノリで応えるテイオー。

 

「へぇ〜、春シニア三冠バのボクに挑むとはいい度胸だね……。受けて立つよ! てな訳でトレーナー、虫取り網取ってきていい?」

「バカ言うな。強化合宿で虫取りなんてしてんじゃねぇ。ガキじゃあるまいに」

「えー、いーじゃん」

「あのなぁ……」

 

 どうしたものかと額に手を添えるアルチョム。多少の自由時間はあるだろうし、リフレッシュする日も何日か設けるべきだとは思うが、それでわざわざ虫取りに行くのは気が進まない。彼は戦場で何度も害虫に悩まされた為か、虫が苦手だった。もちろん、触れられないほどの潔癖症ではないが、接触を避けられるのであればそれに越したことはない。

 

 虫取りに行くのは自らエンカウントを行う行為であり、可能ならば、というか絶対に行きたくない。

 勝手に行ってくれ。そして何を捕まえたとしても俺に見せなくていい。そっちで処分しろ。

 頭の中に浮かぶ本音。

 そんなことを考えていると、テイオーがこちらを見ながら一言。

 

「トレーナー虫取りの話してるとめちゃくちゃ嫌そうな顔してるね」

「そりゃ嫌いだからな」

「そうなの? カブトムシとかクワガタとかカッコいいじゃん」

「目が覚めたら自分の頬にゴキブリが這いずり回ってた経験をしてみろ。この世の全ての虫を駆逐したくなるぞ」

 

 そんな話をした瞬間、それを聞いていたテイオーやマヤノ、ターボの顔が青ざめる。もっとも、アルチョムからすればこんなの序の口だ。兵士の亡骸に涌くウジ虫やゴキブリの話もあるが、流石にショックが強すぎる。

 とりあえず虫取りは俺の知らない場所で勝手にやってもらおう。そんな話をしていると、移動のバスが到着した。これでしばらくは猛暑から解放される。

 

 バスに揺られて数時間。再びやってきたトレセン学園合宿所。海辺の保養所を思わせるシンプルながら豪華な造りは祖国ロシアのサナトリウムを彷彿とさせる。そんな施設を天野トレーナーは興味深そうに見ていた。

 

「去年初めて来ましたけど、やっぱりすごい施設ですね」

「タダでこんな場所に泊まれるんだ。それだけでもトレーナーという職に就いた甲斐がある」

「それもそうっすね。新潟にいた頃はこんなチャンスありませんでしたし。華鈴も連れてくれば良かったなぁ」

 

 妹想いなのかシスコンなのかは定かではないが、やはり彼にとってもここに来れるのは貴重な経験のようだ。

 

「トレーナーちゃん、一番上の展望フロア行こ!」

「ごめんねマヤノ。打ち合わせに行かなきゃいけないんだ。その後でいい?」

「えー、つまんない」

「じゃあ、海にも一緒に行ってあげるよ」

「約束だよ、トレーナーちゃん?」

「もちろんだよ、ほら」

 

 そう言い、マヤノと指切りをする天野トレーナー。そのままマヤノと別れて、アルチョムと共に打ち合わせに向かった。

 

 一時間ほど打ち合わせを行う。その内容はほとんど確認作業だ。緊急時の対応や、想定されるトラブルへの対処を確認し、全体スケジュールの調整を終えて解散となる。この後は特に予定もなく暇だ。担当とトレーニングに励むもよし、遊ぶもよし。なんならさっき見かけたセイウンスカイは待ってましたと言わんばかりに釣り道具を持ち、担当トレーナーと共に海へ向かって行く。

 

 そんな訳でアルチョムが向かったのは海に面したテラスに置いてあるパラソルテーブル。その隣にはデッキチェアまで揃っている。日常を忘れてくつろぐにはおあつらえ向きだ。

 

 持ってきたコーラとタブレットをテーブルに置き、デッキチェアに寝そべる。そしてタブレットの画面からAFNのラジオアプリを起動した。AFN、正式名称American Forces Network。アメリカ軍が海外に駐留する人々に向けて提供している放送サービスだ。今アルチョムが聞いているラジオ放送ともう一つ、テレビ放送の二つがある。彼はこのラジオ放送の音楽番組をよく聞いていた。

 リスナーからのリクエストで流れる楽曲は50年代のカントリーミュージックから最新のパンクロックまで幅広く、一日中聴いていても飽きが来ない。手頃なBGMにはもってこいだ。

 

 爽やかな潮風に吹かれながら、流れる音楽に耳を傾け、よく冷えたコーラを飲む。もちろん本当はビールが飲みたい。が、さっきから近くに樫本代理がおり、生徒会のウマ娘と何か話している。最近はキタサンのトレーニングの件で溝が深まりつつあり、あまり荒波を立てたくない。仕方なく、ここはコーラで妥協した。

 

 妥協とはいえ、やはり炎天下で飲む冷えた炭酸飲料は格別だ。爽快なキレを愉しみながらラジオを聴いていると流れてきた音楽はジョン・デンバーの“Take me home, Country Roads”

 彼の代表曲の一つであり、ウェストバージニア州をイメージして1971年に作られたその曲は、今日でも多くの人に愛されている。アルチョムも二度と戻れない祖国への郷愁を感じながら軽く口ずさむ。

 

 パラソルの日陰で、サングラスの裏に映る彼の眼にはどんな光景が浮かんでいるのだろうか。

 そしてまたコーラを飲んだ。

 

「んだよ、もう空かよ」

 

 飲み口から中を覗くが、空であることは変わらない。他の飲み物でも取って来ようかと思いゆっくりと起き上がり、ふとビーチの方を見る。裾を結んだ白いTシャツにトロピカルな模様のショートパンツ姿が眩しいウマ娘達が元気にはしゃいでる。

 そんな光景につい見惚れるアルチョム。この場にアルセニーがいなくて良かった。

 

 そんなアルチョムの眼に止まったのは水鉄砲で遊ぶテイオーの姿。だが、彼が注目したのはその構え方。両手で保持した水鉄砲を顔の前で斜めに構えている。いわゆるC.A.R.システムと呼ばれるスタイルだ。戦闘に於いては素早い正確な照準と、両手でしっかり握り反動の軽減を図る目的や、至近距離で敵に銃を奪取されないようにしつつ、的確に弾丸を叩き込む狙いもある。もちろんこれらは実銃での話であり、水鉄砲でこれをやる意味があるかどうかは不明だ。そんな訳で興味本位でテイオーに尋ねてみる。

 

「テイオー、その構え方はどこで知った?」

 

 マックイーンの後頭部に的確に水を浴びせていたテイオーに尋ねた。その直後、マヤノがアルチョムの胸部から腹部にかけて数発水を浴びせる。しかしアルチョムは動じない。

 

「この前マヤノと観たアニメ!」

 

 つまんなさそうにするマヤノの横で答えるテイオー。

 

「そんなアニメがあるのか?」

「うん! 女子高校生のコンビが日本の治安を守る組織に入ってて、バイト先の喫茶店のみんなと協力しながらテロリストと戦うの! その中でチョー強い千束(ちさと)ちゃんって子がこういう風に構えてたんだ」

 

 一体どんなアニメなんだ。そもそも一国家を治安を学生なんかに委ねて良いものなのか。そんな突っ込みが浮かぶが、とりあえずそれは隅に置いておく。

 するとマヤノが口を開いた。

 

「銃がたくさん出てくるからアルチョムさんも好きなんじゃない?」

「別にそこまでガンマニアじゃないぞ」

「えー、そうなの? つまんない」

「あのなぁ」

 

 銃が好きかと尋ねられてもどうとも言えない。彼からすれば仕事道具の一つでしかなかったからだ。その銃火器に関する知識も、興味と言うよりは仕事で必要であったからというのが大きい。

 

 確かにその造形や仕組みに魅力を感じる部分もあるが、それを熱心に調べたりコレクションする程かと聞かれたらそれほどではないと答えるだろう。もちろん、映画のようなガンアクションは好きだがあれは映っている銃より派手なアクションが好きだからだ。

 

「とりあえず観てみなよ! チョーカッコいいから!」

 

 そう言うとテイオーはアルチョムにLANEで動画配信サービスのリンクを送った。そのリンクを確認していると、マヤノがまた尋ねてくる。

 

「アルチョムさんって昔軍人さんだったんでしょ? 銃の構えてみてよ」

 

 そう言うと、手渡されたのはかの有名な軍用拳銃、グロックシリーズを模した水鉄砲。最近の水鉄砲はリアル志向のようだ。

 

 手渡された水鉄砲をしっかりと握り、軽く見回す。やはり本物よりは随分軽くスライドも動かない。細部の寸法も本物と違う部分がある。が、想像以上に作り込みはしっかりしており、またバッテリー駆動のためか、水鉄砲にしてはかなりの射程を持つとのこと。

 

 まずは基本的な構えから。右手でしっかり握り、それに左手を添えて腕をまっすぐ伸ばす。アイソセレススタンスと呼ばれる構え方だ。アルチョムも現役時代にはよく使っていた。

 

 その次、左腕を少し曲げて、右脚を半歩ほど引く。ウィーバースタンスだ。ほとんど使ったことはないが、知識として知っていた。

 

 そしてテイオーもやっていたC.A.R.システム。オリョールにいた時、海軍スペツナズ出身の同僚はこの構え方をしており、何度かレクチャーを受けたことがある。

 

 アルチョムは完全に無意識だったが周りで見ていたテイオー達は、彼の目が変わったのを感じ取れた。感覚を研ぎ澄まし、感じ取った敵意を即座に射殺する。そんな気迫を感じるような目つき。実際に戦場に立った人間しかできない目だ。

 

 この男はまだどこかで戦場に囚われている。そんなことを思ってしまう。

 

「ざっとこんなもんだ」

 

 一通り構えを披露したアルチョム。我ながら動きが鈍ったなと思うが、もう二度と握るつもりは無い。なら、改めて感覚を取り戻す必要は無いであろう。だが、それでも十分動けるのはやはり体に染み付いてしまったが故か。

 

「さて、俺は戻るぞ」

 

 水鉄砲をマヤノに返したアルチョム。その目はいつものトレーナーの目だ。だが、あの水鉄砲を構えた瞬間の目は当分忘れられないだろう。テラスに向かって歩いて行く男の背中を、テイオー達はしばらく見ていた。

 

 

 ────────────────────────

 

 

 夏合宿が始まって数日後。テイオーは海で水泳のトレーニングをしていた。もちろん、アルチョムは遠くからドローンを飛ばしてテイオーのトレーニングを見ている。

 

「ふぅ〜、トレーナー! 泳いで来たよー」

「おうお疲れ。いいフォームだったぞ」

「トレーナーも泳いだら? スッゴク気持ちいいよ!」

「溺れた時に人工呼吸してくれるなら考えてやる」

「絶対嫌」

「だろうね」

「泳がなくてもいいからあの辺歩いてみたら?」

「……まあそれぐらいならいいかもな」

 

 テイオーに誘われるがまま波打ち際に立ち、水平線を眺める。目の前に広がる大海原は地球の巨大さを物語っているようにも見えた。船やら飛行機やらで地球のどこへでも行けるようになろうとも、この広大な海を物理的に越える必要がある限り地球は広いままであろう。

 

 ぼんやりとそんなことを考える。海を眺めていると少し哲学的になれるようだ。その隣でテイオーも海を眺めていた。

 その透き通るような蒼い瞳に空と海を映す。テイオーも何か考えているのだろうか。

 しばらくすると、テイオーが口を開いた。

 

「トレーナー、これからもボク達は走れるよね……?」

 

 少し不安げな声で尋ねる。楽しんでいるように見えても、やはり頭のどこかでいろいろ考えてしまうのだろう。

 

「ああ、もちろんだ」

「本当に?」

「……」

 

 言葉に詰まる。なんと言えば、テイオーの不安を拭い去ることができるのか。

 

「テイオー、不安なのは俺も同じだ。未成年を賭博に巻き込んでまで金儲けをするなんざ正気とは思えない。だがな、今秋川理事長を中心にいろんな人がいろんな場所で動いているんだ。それに元から反対している人だって少なくない。だから心配するな。テイオー達が賭博に巻き込まれることはない」

 

 そう言い、優しく頭に手を置いた。

 アルチョムの言う通り秋川理事長は連日、日本中を駆け回り法案の反対に協力してくれる有力者を募り、そのお陰か著名人の中にも、法案への反対を表明する人が出てきた。

 またURA内の反対派も、各地方のトレセン学園やウマ娘の支援団体、市民団体などと協力し、署名活動などを通じて世論に訴えている。

 

 だが、そのような活動が見られるにつれてネット上を中心にウマ娘やその周囲に対する批判が強まって来ていた。特にウマッターでは、法案に反対したウマ娘個人のアカウントに誹謗中傷としか言えないリプライが山のように送り付けられ、ウマ娘を非難する事実無根のつぶやきに6万を越えるウマいねがついた。

 そしてウマ娘に対する蔑視を煽るようなつぶやきが一部の政治系インフルエンサーによって拡散される。挙句の果てにはトレセン学園に対する爆破予告すら行われ、警察まで介入する事態となった。

 

 これらは確実にウマ娘達の精神衛生を蝕み、それが原因でレースへの出走をしばらく取りやめる子も一部で出てきている。そのことはもちろんウマ娘達の間で話題となり、目に見えて悪影響が広がりつつあった。

 

 トレセン学園はこの事態を重く見て法的措置も検討しているが、有象無象の内の一つや二つを潰したところでそれらが消える訳ではない。だが、このまま放置すればウマ娘達へどんな影響を及ぼすかわからないし、事件に巻き込まれる可能性は否定できないのだ。

 

 どうにかしてウマ娘達を安心させることはできないのか。そんなもどかしさを抱く。

 

「だからな、テイオー。今俺たちがやる事は夏合宿の目的をしっかりこなすことだ。こちらが萎縮して、トレーニングやレースを出来なくなれば、それこそ奴らの思う壺だ」

 

 だが、そうは言ってみるもののアルチョム自身、この先どうなるか不安でならない。

 その不安は戦場にいた頃、明日の我が身を案じるものよりずっと大きなものだ。今の自分はその命より、テイオーや周りのウマ娘達の明日を心配している。

 

 我ながら自分の人間らしさに感嘆を覚える。

 確かに戦地で出会った子供達には何度も複雑な感情を抱いた。それでもどこかで所詮は他人だと割り切っていた。生き残るので精一杯の状況において、他人のことを心配している余裕はない。

 

 しかし今は違う。テイオーや周りのウマ娘達のことを他人事として割り切ることはできない。出来るわけがない。今の彼にとって、ウマ娘達の姿は生きる糧であり、彼女達の夢は生きる意味なのだ。

 

 目の前に広がる太平洋は穏やかに波打っている。そんな様子とは対照的にアルチョムの心中は不安が荒波のように荒れ狂っていた。

 

 

 ────────────────────────

 

 

 西澤は自室でいくつかの動画を見ていた。

 その動画はテイオーが無敗の春シニア三冠を獲った快挙を伝える動画。しかし、その目的はもちろん、テイオーとその担当トレーナーアルチョムの粗探しだ。

 

 自分より十歳以上年下の子供(しかもウマ娘だ!)が世間からちやほやされるのは見てて不快だし、その担当も外人だ(この外人も外人で、〝男らしい男〟という彼のコンプレックスを刺激するものである)。しかもこの担当の外人は法案に反対を表明したトレセンのトレーナーだ。

 

 ……この外人は工作員に違いない。日本を内部から崩壊させるためにどこかの国から送り込まれた工作員だろう。そしてこのウマ娘はそれを知りながら支援する工作員の仲間だ。

 

 西澤はなんの根拠もなく、ただ思い込みでそう決めつけていた。

 そうなれば次にやるのは動画制作だ。彼らがスパイである証拠を世間に公開し、公営賭博化に反対することは日本に対し、害をなそうとしていることだと知らしめる。

 

 彼は少し前、自身のウマッターアカウントでアンケートを取っていた。内容は競バの賭博化に賛成か反対かを問うものだ。

 

 結果は98%が賛成だった。彼はこれこそ国民の真意であるとし、ウマチューブとまとめサイトで公表する。そしてそれに、大量の賛同コメントが寄せられ、投げ銭が送られる。

 世論調査の結果は日本を攻撃する勢力によって歪められているものだ。真実はここにある。熊谷大臣はその勢力と必死で戦っているんだ。

 

 今こそ熊谷大臣を総理大臣に! 

 

 少し調べると判明したのはアルチョムと言う名は東欧由来であると知る。彼はその名をロシアのスパイである確固たる証拠とした。もちろん、そんな彼の事情を知ってトレーナーとして彼を雇ったトレセン学園も彼はスパイ認定する。

 

 あとはこのネタを動画にするだけだ。音声合成ソフトとフリーのイラスト素材を使い、言いがかりやこじつけのような内容を正当化していく。日本を守るため、ロシアの脅威を伝えるため。もっとも、それは建前の一部に過ぎない。世間からちやほやされてる連中を叩けば、溜飲を下げられるし、承認欲求を満たせて金も手に入る。こんな素晴らしいことがあるか。

 

 毎朝満員電車に押し込められて、くたくたになりながら職場に行って、いけ好かない上司の小言を聞かされ、お局様のご機嫌とりをして、若い部下に振り回されて、終わりの見えない事務作業に追われながら残業して。そうやって真面目くさって働いて手に入る給料は家族を養うのでやっとの額だ。

 そうやって自分を擦り減らして何になるんだ? 彼は自分の父親を見ながらそう思っていた。そうまでして金を稼ぐのか。母親も同じだ。朝から晩まで、隣町のスーパーで働いている。そして彼女の口から溢れるのは頭が固い店長や迷惑な客の愚痴ばかり。一度は真面目に就活をしていた自分がバカバカしくなる。

 

 今の時代はこうやって稼げるんだ。真面目に働くなんてバカバカしい。それに自分は日本の闇を暴いているんだ。そう考えながら彼はただ動画編集を続けた。

 

 ふと時計を見ると時刻は深夜3時過ぎ。もっとも、昼夜逆転と言えるような生活リズムの彼からすれば特に関係ない。眠くなったらベッドに潜ればいい。早寝早起きなんか誰がやるか。生活リズムを気にするなんて意識高い系気取りか? 

 そんなことを思いながら動画を一旦保存し、棚からポテチの袋を取り出して開ける。そしてFPSを起動した。

 

 キャラクターを選択し、電子の戦場へ。スコープやらレーザーサイトやらでゴテゴテに盛り、ビビットカラーの迷彩で彩られたステアーAUG A3を担ぎながら敵に銃弾を浴びせる。3人連続でキルを取るが、角から飛び出してきた敵に至近距離でショットガンを撃たれてデスしてしまう。

 

「角待ちしてんじゃねぇよカス」

 

 そんな悪態をつきながら、彼は夜が明けるまでFPSを続けた。

 

 






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