CyberPunk-OVER the EDGE- 作:コーカサスカブトムシ
「か、ははは、へははははっ……」
【結構面白かったぞ】
眠らない街、夢が叶う街、ナイトシティ。その心臓部とも呼べるシティセンター、アラサカタワー正面の円環道路は戦場と化していた。数え切れぬ程の屍、血と硝煙の匂いが充満するその中で、倒れ伏し血溜まりへ沈む黒鉄の巨人と、それを見下ろすように佇む機械兵士の姿があった。
大企業アラサカが従える鬼札、ナイトシティのリビングレジェンドが一角、アダム・スマッシャー。そしてそれと対峙したサイバーパンクの若きホープ、デイビッド・マルティネスはスマッシャーとの交戦にて四肢を失い、右眼を欠損させながらも不敵に笑い声を上げる。
彼が道を踏み外した、いや道を歩み出したあの日から、ずっと自身の力として共にあったサンディヴィスタンもその負荷に耐え切れず損壊。手足代わりであり武器でもあるサイバースケルトンも、スマッシャーに反重力装置を破壊された事によって自重を支えられなくなった。動けなくなったところを破壊し尽くされ、それは最早ただ物騒なだけのオブジェクトと化している。
デイビッドには戦う為の力など何一つとして残されていない。
その精神をサイバーサイコシスの領域にまで窶しながらも、自身に課した最後の目的。『彼女』を助け出す、仲間達の協力もあってそれは確かに果たす事が出来たのだから。
(レベッカ……本当に、本当にありがとう。俺もすぐそっちに行くよ。ファルコ、最後まで仕事させて、悪いな)
狂気を越えた、エッジを越えたその先へ至ったデイビットは狂いながらにして平常な思考を取り戻すに至る。だがそれも永遠に続くものではない。尋常ではない規格の抑制剤を幾度も打ち続け、マックスタックにもサイバーサイコとして補足された彼の身体は、もう何もかもが手遅れだ。
(あ……? なんだこれ、周りが遅くなって、サンディ……いや違うな、これは)
そんな彼の目に見える景色、それがあたかもサンディヴィスタンを起動させた時のようにゆったりと……スローモーションになって見えた。サンディヴィスタンを搭載し、加速された感覚の中に着いて来る事のできたアダム・スマッシャーの僅かな身動ぎさえも遅くなって見えている。自身の脊髄と一体化していたサンディヴィスタンは最早ひしゃげてズタボロだ。ならばこの現象は一体何だろうか。
(走馬灯、だっけ。ははっ、アカデミーで習ったようなこと、こんなとこで思い出すなんて……見えるんだ、今の俺にも)
それは彼が人間であるという証明、人間の範疇にあるサイバーパンクに許された最後の追憶。人間性の発露、容赦なく彼を殺すだろう粉砕者を前に想いへ耽る猶予を与えられた彼はただ笑っていた。割れたガラスの天蓋から差し込む月光がデイビッドを照らしている。
そう長い月日では無い、楽しい事ばかりではなかった。だがメインやドリオ、ピラルにレベッカ……ファルコに、キーウィも。大切だった仲間達との楽しかった記憶が、やり取りが、思い出が、顔が浮かんでは消えていく……みんながみんな、高みを目指して派手に死んでいった。指示を出して逃げてもらった、ファルコは生き延びてくれるだろうか。そして最後に彼のニューロンが想い描いた、一人の少女の顔が幻となってキロシに焼き付く。
(あぁ……ルーシー……月、一緒に行けなくて、ごめんな)
悔いは無い、彼女と結んだ約束を果たせないという事を除くならば。あの儚げで美しい、愛する人の事を思うと空っぽになった身体の内へひたひたと寂寥感が滲み出てくるようだった。
【お前なら良いコンストラクトになるかもしれんのになあ】
腕部のプロジェクタイルランチャーを展開し、その銃口をデイビッドへ突きつけるスマッシャー。様々な思惑に呑まれていた中で、コンストラクトというこれまでに聞いたことのない言葉に疑問が浮かぶ。これ以上にまだ自分の知らない思惑が展開されているのか、水を注されたように苛立つデイビッドだがその声に最早勢いはない。
「なんだよ、それっ……」
【
何を思ったのか、そのまま殺すつもりだったのだろうスマッシャーはプロジェクタイルランチャーを格納し何処かへと連絡を取り出す。それを見たデイビッドは訳もわからないまま、意識を闇へと導かれる。連絡を取り終えたスマッシャーが何かしようとしているようだったが、最早それを気にするだけの余裕さえも無い。
(終わり、か。さようならルーシー、どうか、どうか君は……君の夢を叶えて……)
デイビッド・マルティネスという青年はその短くも苛烈な人生に幕を降ろした。アラサカのてっぺんを目指し、奇しくも異なった形でそれを果たした彼の物語。愛する者に夢を託し、祈りの中で終わりを迎えた……
【サイバーサイコシス発症者の記憶痕跡、クロームによって引き起こされた不全はRelicに移された後でも継続されるのか。或いは記憶は記憶そのものとし、本人の健常な記憶のみを保管するのか】
『一考の余地はあるか、処理はお前に任せたぞ』
筈だった。
もしも本来散り逝く筈のデイビット・マルティネスの魂が、かつての銀腕の男と同じように記憶痕跡へと、ソウルキラーを用いてRelicへと封じ込められていたのなら。
二つの記憶痕跡、どちらが何ともわからないそれを両方盗み出し、脱出の過程でケースが破損。それが正史通り、傭兵の一人であるジャッキー・ウェルズが託した男、Vの脳内へとインストールされたのなら。フィクサーに嵌められ、裏切られて謀殺された彼の脳を、二つのチップが鬩ぎ合うように侵食したのなら。
エッジを越えた向こう側、銀色の輝きを放つ境地にて。2077年のナイトシティに蘇る、二人のレジェンドとその宿主になった特異点。それらが辿る道は何処へ繋がっているのだろう。悪魔か太陽か、星か節制か、あるいは……月へと……
「まったく、今から仕事だってのに……しかも相手はアラサカだぞ? 一杯引っ掛けてろなんて、デクスの奴は慎重なのか大胆なのか」
「ガハハハハハ! まぁいいじゃねぇかそんなこたぁ」
アフターライフ、元々遺体の安置所だったこの場所が腕利きの傭兵達が集うクラブになったのも遠い昔のこと。シティセンターが企業の集う表のナイトシティの心臓部であるのなら、このアフターライフはその影で陰謀の手足となる裏の心臓部と言うべき場所であった。
そのアフターライフのビニール椅子にギシリと腰かける二人の男。見るからに屈強な荒くれ者、新進気鋭の傭兵であるジャッキー・ウェルズと
彼らはフィクサーであるデクスター・デショーンの指示でこれから紺碧プラザ、ヨリノブ・アラサカが所有する最新鋭の機密チップ『Relic』を窃盗する事になっている。だが待ち合わせている当のデクスは何やら立て込んでいるようで、先に酒でも一杯飲んでいろと言い伝えられたところであった。
「何にする?」
バーテンダーのクレアが二人に気づき、カウンターに身を乗り出しながら注文を取る。Vとしてはこれから仕事、何が飲みたいというところでも無い……のでオススメでも出してもらおうと思ったところで隣に座るジャッキーが注文をつけた。
「テキーラオールドファッションにビールを少々、唐辛子入りを」
「予習はしてきたみたいね」
「予習? どういうことだ?」
これを言いたかった、と感極まったような顔でニヤついているジャッキーと、それに対して何処か微笑ましげに頷くクレア。置いて行かれたように状況がわからないVは、少しばかり非難するような目を送りつつその意味を問う。
「このアフターライフでは常連の名前を酒につけるのよ。もしくは……まぁ今その話はいいか。今頼まれたカクテルの名前は『ジョニー・シルヴァーハンド』、バンドマンとしても聞いたことあるんじゃないかしら?」
「あー……たまにラジオで流れてきたのを聞くな。ジャッキーも好きなんだっけ」
「お前ってやつぁ、ほんと世間に関心がねぇなぁV!」
言外にそこまで興味がないと言い放ったVを茶化すように背を叩くジャッキー。Vはそれよりもクレアが言い掛けた言葉が引っ掛かり、何の事だと鬱陶しくなったジャッキーの腕を捻りながら再度問いかけた。
「あー、名前がつくもう一つの理由ね。くたばるのよ、仕事中なら言うことはないわね」
「戦士達の死を弔うように刻まれる名前のついた酒、なんて粋な伝統なんだ!」
「大袈裟だな」
「そっちのお兄さんはクレバーなのね」
帰ってきた言葉が予想外であったことに眉を顰めるV。派手に散るのも確かにナイトシティに巣食う傭兵の本懐かもしれないが、いざその時になれば命が惜しくなりもしそうだ、と。そしてそれに感銘を受けているジャッキーに怪訝な顔をしつつメニューにざっと目を通す。自分でも知っている名前から耳にしたこともない名前まで、正しくありふれた伝説といったところだろうか。
「そっちのお兄さんは何にする?」
「ふむ……何かオススメなのはないか? 今からデカい仕事なんだ、景気の良いやつを」
格好のついた名前が連なる中、それを見続けるのにも飽き飽きしたVはバーテンダーに注文を委ねる事にした。紺碧プラザ、あのアラサカから盗みを働くのだ。厳密に言えばアラサカからチップを盗んだヨリノブからなのだが同じようなものだろう。どちらにせよ得られる報酬は莫大だし、得られる物はそんじょそこらの仕事とは比べ物にならない。
「それじゃあ……ウォッカのロックにニコーラを少々、つい最近のレジェンドよ」
「つい最近? ってことは……俺達と同じくらいの?」
「いいえ、むしろもっと若い。ティーンエイジャーだったかしら、記憶に新しいわ」
「ティーン!? ……そんな若さで、この街に伝説を?」
思いもしなかったその言葉、たった10代の子どもがこのアフターライフに足を踏み入れていたというのも驚きだが、その上でこのバーのカクテルになるほどの死を遂げたというのか。思わずと言った様子なVの声量に、こんどは隣のジャッキーが顔を顰める事になった。
「最新鋭のインプラントを盗んでミリテクにアラサカと大喧嘩、しまいにはアラサカタワーの上層にまで乗り込んだって話よ」
「そんなことがあったのか……」
「おいV……お前そんなことも」
「あ……一年前はまだアトランタにいたからこっちの事は知らなかったんだ!」
この街に住んでいて、こういった稼業に勤しんでいるものなら知っていて然るべき話だった。ジャッキーにとってもその鮮烈にして強烈な伝説は記憶に新しい。相棒の世間知らず具合に呆れて物も言えなかったが、当の本人はその事件が起きた頃、ナイトシティを出ていた為に知らなくても無理はないのだと自己弁護する。
「酒言葉、じゃないけどカクテルにもそれぞれ意味があるわ。シルヴァーハンドは諦めない心、こっちのは高みを目指して派手にくたばれ、ね」
「ふむ……重ね重ね今更なんだが、その伝説もとい酒の名前はなんて言うんだ?」
「このカクテル、彼の名前は──────」
感想や評価をいただけるとありがたいです。しかし……エッジランナーズに心を動かされたから書いたのにそれを求めるのは欺瞞では?