CyberPunk-OVER the EDGE- 作:コーカサスカブトムシ
ワインレッドのミズタニシオンがゴミ捨て場を後にしていく。無性にあの男は信じても良かったのではないか、なんてらしくもない考えが浮かんで来たのはどうしてだろうか。それもついさっき目の前でデクスを撃ち殺したような奴……いやそれは別に良いのか。
細かいゴミを弾き飛ばしながら荒野を往く車の影も見えなくなった頃、ヒゲ面の男が顎をしゃくってそこらに座るように促して来た。
苛立っているようなニヤついているような形容し難い表情を浮かべたそいつ、何ともいけすかない雰囲気がするな。先程のマッチョマンとのやり取りからしても自己中心的で傲慢な性格が見て取れたが……それを裏付けるような気迫と自信に溢れた表情、それはそれで人を惹きつける物がありそうだ。
『しっかしヒデぇ匂いだ、こりゃしばらく居ても慣れねぇもんだな。コーポの犬にゃあ長居するのも堪えたと見える。これだから微温湯に使った連中は駄目なんだ』
一方でマッチョマンは怪訝な顔を浮かべ、スクラップになって元がなんだったのかもわからない車のボンネットに腰掛けた。俺やあのヒゲ面よりも若いのだろう、幼ささえ残すような顔が仕上がりに仕上がった筋肉の上に乗っているのは少しばかりギョッとする。
だがそれはナードのガキがジョックを見返す為に見栄を張ったようなものではなく、サイバーパンクとして確固たる理念の元身につけられ……そして歴戦の如く使い熟されているのがわかる。
特にあのゴリラアーム、大層古い型に見えるがひょっとして絶版になったミリテクのランチャー内蔵式アームじゃないのか? 話を聞くにリアルスキンでの若作りでも無し、見た目通りにティーンなんだろうが……そんな歳の奴がなんであれを……
『んでだ、ねぇのか、タバコ』
「悪いがあまり好きじゃなくてな。吸いたけりゃ最寄りのスタンドでも、ってところなんだが……今のあんたに吸えるようには思えない」
『ちっ、使えねぇ野郎どもだ。そこのガキはまだしも、あー……まどろっこしい。ここは一つ自己紹介と行こうじゃねぇか、俺の事も知らねぇようなモグリ共の為にな』
『……さっきから偉そうにしてばっかだけど、これで全く知らないような小物だったらお笑いだな』
『んだとクソガキ?』
「こんなところで喧嘩を始めるのはやめてくれ、頭に響く」
全く素性が知れないが、2人は共通してその身体が時折ノイズでも走ったかなように波打ち、青い波紋と共にバリバリと電子音を振り撒く。さながら古い時代のVR映像、ホログラムのような姿をしていて、先程のコーポが2人の声を全く拾えていなかった事からも……俺にしか見えていないし聞こえていない事がわかる。
人工知能、学習式AIにしたって仕草やらがあまりにも人間臭すぎる。オールドネットの向こう側にいるデータの塊なら多少の情緒もあるだろうが……間違いなくこの2人は『Relic』、アラサカの開発した人間の人格をインストールしているチップから生じたデジタルゴーストだろう。
「一応俺から名乗らせてもらおうか、Vだ。まぁ見てくれの通りしがないソロってところだが……」
『お、あんたも傭兵だったのか。それなら話は通じやすそうだな……こっちのおっさんと違って』
『聞こえてんだよガキが。どうにも身の程って奴がわかってねぇらしいな』
『あぁ? そういうあんたはちっとも強そうには見えねぇけどな、アームにスキン貼る金もねぇのか?』
「喧嘩はやめてくれって言ったよな」
だがこの同居人2人の性格は水と油だったらしい。正直俺もこのヒゲとは馬が合わないような……こいつは誰かに合わせるのではなく、自分に合わせろというタイプなのだろう。
サイバーパンクは我が強くてなんぼと言ったところではあるが、協調性が無いやつは爪弾きにされるもんだ。マッチョマンの方は同じ傭兵だったようで、共同で仕事をするという事も慣れっこか。ヒゲの方はなんだろうな、決して荒事と無縁という風貌でこそ無いがそれが主という雰囲気でもない。
『じゃあ今度は俺だな。デイビッド・マルティネスだ、Vと同じでソロを……』
「デイビッド……マルティネスだと!?」
『んだよ、有名人か?』
紺碧プラザへと向かう前、アフターライフで耳にしたその名前。このナイトシティの影の歴史に名を刻んだ年若い最新鋭のレジェンド……デイビッド・マルティネス、こいつがそうだって言うのか!?
思わず立ち上がって息を飲んだ俺、そのリアクションを見て今度はヒゲ面の方が怪訝な顔を浮かべた。どうやらこっちはこっちでデイビッドの事を知らないようだ。最も俺にしても彼のことを知ったのはほんの少し前のことだが……こいつが、本当にあの……
「2076年にミリテク、アラサカ、マックスタックをぶちのめしながらアラサカタワーを襲撃……嘘か本当か、アダム・スマッシャーの出動でようやく食い止められたっていう……」
『なんだと?』
『……大体はVの言う通りだ。にしても2076年に、か。今は何年なんだ?』
「2077、そう時間は経ってない。ナイトシティでもアフターライフでも、一番新しいレジェンドはあんたになるな」
俺の説明するようなぼやきをマッチョマン、デイビッドが肯定した。とすると、マジなのか。ミリテクは押しも押されぬ軍事産業の大御所、アラサカもそれに喰らい付き踏み潰さんとする程の力を持つ大企業で、マックスタックにしてもナイトシティのギャングではまるで歯が立たない精鋭部隊。それを噂通りに……
俺が呆気に取られている中、ふとヒゲ面の方を見ると先程まで浮かべていたような軽薄な笑みは消え失せ、燃え盛らんとする業火を抑えるような表情がそこにあった。
『そうか、俺は……死んでから一年も……』
『俺に関しちゃあ2020年だ、知らねぇ間にウラシマタローになっちまったみてぇだが……デイビッドつったか』
『あ、なんだよオッサ……なんだよ』
座り込んでいたヒゲ面はツカツカとデイビッドの側に行き、サングラスを外してその顔を覗き込むようにかがみ込んだ。初めは冷たく返そうとしていたデイビッドだが、その先程とは違う真剣な様子にその表情が釣られて硬くなる。
『教えろ、お前はなんだってそんな真似をしでかしやがった』
『俺か? 俺は……大切な、人がいたんだ。俺にとっては何よりも大切で、俺の夢そのものって人が。それを、フィクサーと組んだアラサカが拐いやがって……それで』
『なるほどな。ハッ、いいじゃねぇか。シケたガキだと思ってたが……思ったよりも仲良くやれるかもしれねぇな』
『はぁ?』
完全に置いてけぼりにされてる。確かにデイビッドの打ち立てた伝説と比べると俺の経歴は見劣りしかしないが、2人だけで盛り上がっているのはどうも面白くない。
しかしこのヒゲ面……様子からするにアラサカとの因縁があった人間だろうか。デイビッドとは打って変わって2020年というだいぶ古い時代の人間のようだが、2020年と言えば第四次企業戦争でモーガン・ブラックハンドを筆頭としたミリテク勢力がアラサカタワーを襲撃して……確かそのメンツの中に、銀色の腕の男が、まさか。
『俺はジョニー・シルヴァーハンド、女の為にアラサカタワーに乗り込むとは、気が合いそうなもんだな』
「本当に、アラサカタワー襲撃コンビかよ……」
目を丸くしているデイビッドを前に、ジョニー・シルヴァーハンドが何処から取り出したのかもわからないギターを掻き鳴らす。一体何がどうなったらこんな希代のテロリストを頭の中に飼う羽目になるんだ。俺は信じてもいない神に祈りつつ、ヴィクターの診療所でチップを除去出来ることを心の底から願った。
「ひさしぶり」
「ええ、そっちは最近どう?」
「ぼちぼちってところだな。……デイビッドには稼がせてもらったからな、ほんと……頭が上がらねぇよ」
サントドミンゴの小さなバー、他に客もいないような萎びたバーではあるけれど、密会じみたやり取りをするにはうってつけの場所。先に飲み始めていた私に声を掛けて来た彼と会うのももう半年以上は前かしら。
「それにしても珍しいじゃないかルーシー、たまにメールは来てたが俺はてっきり……いつか自然消滅する仲なんじゃないかと」
「ふふ、何よそれ。そういう気分だったのよ、昔の仲間なんだしそれぐらいはいいじゃない、ファルコ」
暫く会わない内に白髪が増えたような、一年もしない内にやたらと老けたように見えるわね。裏切ってたキーウィ、そしてレベッカにデイビッドが死んでから私たちチームは自然と崩壊……アラサカの目も厳しい中で動き回る事も出来ず、彼も私も隠れ潜むような隠居生活。バリバリに鳴らしていた頃とは……もう違う。活力も無く、もしかしたら私も老けて見えたりするのかしら。
「……アラサカのニュースか」
「ほんっと笑えるわよね。どんだけ警備が杜撰だったんだって話よ、それで面白いのが……実行犯っぽい男とすれ違ったのよね」
「なっ……なるほどな。拠点を変えるって言ってたのもその為か」
「そ、んでそいつも後でフィクサーに始末されたみたいで……なんていうかもう、変に笑えてきちゃって。ほんと、馬鹿みたい」
グイっとグラスに注がれた酒を呷る。ウォッカのロックのニコーラ割り、アフターライフに彼の名前を付けてメニューに載せてもらった彼の
「……ルーシー」
「『そんな心配』しないでよ、彼の願いだもの。それが、彼の……レベッカも、彼女にも生かされた身だし」
「そうか……俺も、それを頼ませてもらおうかな。ところで知ってるか? デイビッドが住んでたメガビルディングでバイオハザードが起きてな……」
「嘘でしょ、そんな事起きてたの!?」
ファルコと会うどころか、誰かと会話をしたのも本当に久しぶりだ。慣れてはいるしそれが苦になりはしないけれど、一度騒がしかったのを知ってしまった身としては、それに寂しさを覚えるのも事実。さっきはああ言いはしたけど、本当は……
「アフターライフにもあれ以来は行って……ないだろうな。デイビッドの酒がどれだけ出てるか聞いてみたいもんではあるんだが」
「そこでも人気になってほしいとまでは思ってないわ、そもそも伝統ってだけで……大概のサイバーパンクが頼むのはシルヴァーハンドでしょ。あのバー、思いっきりSAMURAI贔屓だし」
彼は、高みを目指して派手にくたばった。奇しくもアラサカタワーのテッペンに物理的に登り詰めて、多くの奴らの度肝を抜いた。なんて、そんな事はどうでもよかった。いつか彼に、サイバーパンクはどう生きるかではなくどう死ぬか、なんて説教じみた事を言ったけれど……結局私は、どうなってもいいから彼に生きていて欲しかった。
「……とりあえず、今日は飲むか。俺が奢ってやるよ、ルーシーの新天地へってところでな」
「いいの? じゃあ、私も今日は……」
どれだけの夜を越えても、私の夜明けはやって来ない。あの満月の夜に私の時は止まってしまった。こんなどうしようもない考えばっかりが浮かんでは津波のように哀しみが押し寄せて来る。
それが、私と彼の見た夢の末路だなんて、信じたくはなかった……なかったのよ……
「はぁ……全く、罪な男だよな、お前は……」
見ろ621、ルーシーの哀しい現在が2話連続の2度打ちされていく。破綻したプラットの妥当な末路だ
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