CyberPunk-OVER the EDGE- 作:コーカサスカブトムシ
「勿論俺たちの仕事はスマッシャー相手に何かするって訳じゃない。これを見たからって俺たちがすることは何も変わらない。ただなぁデクス。何がいるかわからない洞穴に突っ込むより、中に明確なバケモンが『いるかもしれない』洞穴に突っ込む方が怖いってのは理解してくれるよな」
「……ハッ、俺と交渉しようとするやつなんざそうはいないぞ。しかも馴染みの顔ですらなく新入りがとはな。いいだろう、40と60だ。それ以上は聞かんぞ」
「マジかよデクス! んだよやっぱ出せんじゃねぇかぁ!」
暫く睨み合いのような空気が流れた後、先に折れたデクスが報酬の分配にメスを入れた。元よりデクスにとって取り分が70%だろうと60%だろうとその腹周りと懐事情は変わりはしない。大物フィクサーである彼の元には額の大きな仕事など幾らでも転がって来る。V達に30%という低めの取り分を提示したのは彼らがデクスと仕事をするのが初めてであり、彼が初めて仕事をする相手との報酬はこの割合だと決めているからだった。
だがしかし、Vから提示された情報によって事情が変わった。彼は自分のやり方や流儀を曲げる事には難色を示す質ではあるが、それ以上にフィクサーというのは信頼や信用を失えば、何より不信感を持たれてしまえばおしまいの仕事だ。
元々この辺りで大物のフィクサーであったデクスではあるが、一度雲隠れした彼が再びこのポストにつけたのも、それまでメジャー級の仕事を斡旋していた別のフィクサーが失脚したという背景がある。話によるとそのフィクサーは去年デイビッド・マルティネスが引き起こしたアラサカタワー襲撃事件に巻き込まれて命を落としたという。デクスはその後釜に収まったような形であり、それだけに今は誠実な立ち回りが求められていた。
あのアダム・スマッシャーと鉢合わせるリスクを傭兵に背負わせながらこの配分にしたとなると、デクスには安い報酬で使い倒されるというレッテルを貼られかねない。それを考慮した上での一割増し、バグから報告が無かったとはいえ見落としがあった事への帳消しにもなるだろう。
「最後に一つ。フラッドヘッドの時にも言いはしたが紺碧は武器の持ち込みが厳禁だ、隠し持とうとしたところでセキュリティーゲートに引っ掛かる。銃は車の中に置いていけ」
「おうし了解だ!」
「了解、それじゃあ早速スーツに着替えたら出るとするか」
「タクシーはもう外に待たせてある。ではなバグ、Vにジャッキー、良い仕事を期待している」
「まぁ着る前からわかってた事だが、死ぬほどコーポのスーツが似合わないなジャック……」
「逆にお前さんはどうなってんだV! アトランタに飛び出す前はどっかのオフィスにいたんじゃねぇだろうな!」
アフターライフの洗面所で髪型や身嗜みのチェックをするVとジャッキー。コーポの社員が身に纏うバイオシルクの黒スーツ、それに袖を通した彼らは互いの出で立ちに難をつける。その内容は180度反対だ。スーツがまるで似合っていないジャッキーと、スーツがあまりにも似合い過ぎているV。
ジャッキーは体格からしてデスクワークのデの字も知らなさそうな大男だ。コーポに勤めている者にもそういった体格の人間がいない事もないだろうが、その人の良さそうな愛嬌ある顔立ちはどうも人の毒気を抜く。
反面、髪を整えて髭を剃り落としたVの方は仕立ての良いパリッとしたスーツがよくマッチしていた。傭兵の変装にしては、というレベルではない。鏡の前で酷薄そうな表情を浮かべたVは、まるでずっとコーポの諜報部にでもいたかのような凄みとらしさを醸し出している。
「産まれも育ちもヘイウッドでござい、そこまで言うもんか?」
「まぁ……似合ってる分にゃ問題ねぇか! うし、じゃあタクシーに乗って紺碧に行くぞ」
そんなくだらないやり取りに笑い合ったVとジャッキーだったが、気を引き締め直してバーの出口へと足を進める。バグはもう既に自宅へと帰り、ランナーチェアの上でバックアップの準備に移っている。一変して仕事へ向かう傭兵の顔に切り替わった彼らは表に停められていたタクシーにフラッドヘッドを乗せ、席に座り込む。
『いつも安全、快適なドライブを御約束。デラマン・サービスへようこそ』
「いつも思ってたんだが、AIが自動操縦する車に運転席は必要なのか?」
『有事の際、お客様自身で運転いただけるよう備え付けられている機能になります』
「それってつまり……快適なドライブを御約束出来ないって事になるんじゃないか?」
高級感ある白張りのシートに座った二人を合成音声、人工知能である『デラマン』が出迎えた。前座席の後部に設けられたモニターに、デラマンのアバターであるスキンヘッドで真白い肌の男性が写し出される。搭乗者の本人確認の手続きを済ませ、二人を乗せたタクシーが紺碧プラザへ向けて走り出す。
「んだよ、戦闘モードは使えないのか。いつかエクセルシオールのデラマンに乗ったら使ってみたいと思ってたのに」
『戦闘モードの起動は緊急時のみとなります』
「まぁまぁ、何事もないのが一番だろジャッキー。それに戦闘モードって言ったってフロントからセントリーガンが出て来る訳じゃないんだぞ」
デラマン・サービスの中でも特に上等なエクセルシオール仕様であることにジャッキーがこれこそがメジャーと興奮し、Vに窘められ不貞腐れる。そんな馬鹿げたやり取りもあったが、ワトソンの市街を抜けたタクシーは何事も無く紺碧プラザの建つアラサカ・ウォーターフロントへと入り込む。
「しっかし……Relicだったか。そんなもん盗んでどう金にするのか」
「チップ一枚で製造技術が全部明らかになる訳でもない。アラサカが研究を秘匿しているとしても、盗みにいかせるのはヨリノブのチップよりラボの開発データだろう。正直……金の臭いがそこまでしない」
「デクス相手に偽の仕事吹っ掛ける程エヴリンってのも馬鹿じゃねぇだろうが、もっと詳細を話してくれても良かっただろうに」
先程までとは違い、神妙な面持ちで窓の外を眺めるジャッキー。大雑把で大胆、豪快で陽気な彼だがその裏に繊細さや思慮深さを持ち、悩みに頭を抱える事もあるのをVは知っている。
「不安か?」
「え、あ……なんだよV、そう見えるか?」
「アフターライフに入る前、ママ・ウェルズから電話が来てただろ。元々はチップを取ってくるだけの仕事……それを事前に教えもせず俺がスマッシャーがいるかもなんて言ったから、もしかしたらって気にしてるんだろ」
人に愛されている事を理解し、人を愛している。自分が親しい者に対してそうであるように、自分に何かがあれば哀しむ者が多い事を理解している。そうだとわかっていながらも彼は夢を諦める事は、この生き方を変える事は出来なかった。
ナイトシティの伝説になる、見方によっては子どもじみた……だが何よりも熱く心の内で滾っている夢。Vとジャッキーはコヨーテ・コホで酒を飲みながら互いに誓ったのだ。鉄火場に身を投じる生き方を是としながらも、自身を案じる者は多いという板挟み。それが今のジャッキーに迷いを産ませていた。
「正直に言っちまうと、な。そりゃ何事もなく終わるのが本来の予定だ。でも何事にも例外ってのはあるだろ……生きた伝説、アダム・スマッシャーって言やぁ、伝説達の死因だぜ? お前さんがさっき飲んだデイビッド某だって、噂ではあるがスマッシャーに始末されたって話だ」
「マジかよ、験担ぎどころか最悪じゃないか。そいつみたいになるのはゴメンだぞ?」
「そうだよ、だから……なぁ。こいつはいつもの仕事とは違ぇ、メジャーリーグの、負けちゃならねぇ大一番なんだよ」
瞳を揺らし、僅かに汗を垂らすジャッキー。デラマンが体温の上昇を感知し冷房を付けたが、平然としているVには少し寒いくらいだった。Vは眉間を指で揉むと息を吐きながら窓の外へ視線を投げる。
「アトランタに行った時、俺はここから何かが始まるんだって思ってた」
「どうしたんだよ急に」
「まぁ聞けって。ナイトシティを抜け出した俺は、それだけで街にいた奴らとは違うと思ってたんだ。俺だけはあそこに縛られてる奴らとは違う、俺だけは特別なんだって……結局、新参の俺が何かやっていけるようなツテも無くて、何の成果も上げられずノコノコ戻ってきたんだけどな」
組み始めてから初めてVが語ったアトランタ時代の話。どんな波瀾万丈の物語が紡がれるのかと思えば、急降下するように終わったVの話にジャッキーは面喰らって思わず咽せた。何の為にそんな話をしたんだと突っ込もうとする自分の心中には、先程まである不安は微塵も無かった。
「でも街に戻って来て、お前と組んでからは色んな区域のギャング達とやり合った。フィクサーとも繋がりが出来て、今じゃメジャー級の仕事が回って来るぐらいになった。その契機は間違いなくジャッキー、お前がくれたものなんだよ。この仕事だって……バグにとってはそうじゃないかもしれないが、俺達にとってはまだ第一歩なんだ。だから……なんだ、そんなに気負うなよ」
「おぉ……おぉ! こんなんじゃ上手く行くもんもいかねぇもんなぁ!」
『間もなく到着致します』
気を取り直し、フラッドヘッドを手にしてホテルへ辿り着いた二人は意気揚々と歩みを進める。大口の仕事をこなしたという実績は、次の使命への契機にもなる。傭兵が得たいもの、必要とするものは
「V……じゃねぇや、ヴィクトリノ。お前さんのマンティスブレードは武器として持ち込めないんじゃねぇのか?」
「ゲートで……多分セキュリティが掛けられるだろうな。とは言っても大抵の場合解除されない事を信頼して施すタイプのやつだから、部屋についたらすぐ外すよ」
「おし、んじゃ……作戦開始だ!」
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