借金・リコイル 作:ノー借金・ノーライフ
世界一治安が良い国である日本。その比喩の通り、道行く人の身なりは清潔で、不快な印象などは与えない服装をしている。だが、その中でも異質な雰囲気を放っている人物が居た。くたびれたジャケットを着ており、目付きが若干鋭く、気力の無い眼をしていた。
「金が無い……仕事で日本に来たとはいえ、余りにもひもじい。仕事が終わるまでは素寒貧だな。食費も何もかも節約しねぇと……」
ブツブツと独り言を言いながら歩く男はスマホで現在地を確認している。背後に何者かの気配を感じながら。
(空港を出た時から尾行されてるな。日本は治安が良いって聞いてたが、変なのは居るもんだな。取り敢えず撒くか)
男はスマホから眼を離し、一目散に走り出した。男を尾行している人影も、やはり追ってきていた。
(丁度良い路地裏があるな、ここでご対面といこうじゃないか)
男は路地裏に駆け込み、物陰に隠れた。後は追跡者を待つだけ……の、筈だった。
(反対側からも誰か来てやがる……挟まれたか。行動を何処かから監視してるな。日本人は治安の代わりにプライバシーを捨てたのか?しかし……)
足音は近付いてきている。男は打開策を考えたが、先ずは相手が何者かを明らかにするのを優先した。つまりは相手の目の前に出て、投降する事にした。
「日本は治安が良いって聞いてたが、白昼堂々と人を追い回す奴が居るなんてな、思ってもみなかったぜ。降参だ」
男は両手を挙げ、追跡者の前に出た。そして男が眼にしたのは、制服を着た少女だった。
「……お嬢ちゃんみたいなのが人を追い回すなんてな。一体何も……ッ!?」
制服を着た少女は、男に対して発砲した。警告も無しにである。
「うおぉう!?いきなり撃つか普通!?こっちは投降の意思見せてるんだぞ!?しかもサイレンサー付きとか殺る気満々じゃねぇか!!」
「避けた!?この距離で!?」
男は身を躱し、物陰に隠れた。だが、反対側からも弾丸が飛んできた。
「挟まれてるんだった!!クソ!!こうなりゃ逃げの一手だ!!」
男は走り出す。路地裏の壁に向かって。
「壁を走って!?あり得ない!!」
「驚いてないで構えろ!逃がすな!」
「畜生!!悪いなお嬢ちゃん!!」
「手榴弾……!?」
男が取り出したのは、筒状の物にピンが刺さった物体だった。それを見て、咄嗟に少女は身を伏せる。
「そんな危ない物、持ってる訳が無いだろ。ジョークグッズさ!一瞬気を惹ければヨシ!じゃあな!」
「なっ……バカにして!!」
少女が立ち上がり、銃を構えるが、男の姿はどこにも見当たらなかった。
「っ……逃がした。本部に報告しないと。私達の存在を知られて、生きて返す訳にはいかない」
「すみません先輩……私があんな玩具に騙されなければ!!」
「玩具……か。本当にあの人は人相が悪いだけで、武器は未所持の人間かも知れない」
「動きは化物でしたけどね……素人ではないでしょうし、ラジアータの判別は間違ってないとは思いますけど……」
「それも含めて報告する。あぁ、司令に怒られる……」
少女の気まずそうな声が路地裏に木霊した。
逃げおおせた男は、スマホで上司である人物に連絡を取っていた。
「ありゃ何だよ!!いきなり発砲して来たぞ!」
『ああ、そりゃ“リコリス”だね。日本の治安を人知れず守る殺し屋。日本の犯罪の少なさは、事前に犯罪の芽を摘んでるからさね。武器とか持って入国すれば、AIに判別されて空港付近で御用って寸法ささ』
「俺、武器なんて持ってないんだが……」
『じゃあ人相が悪いんだね』
「玩具の手榴弾!!あれが原因だな!!」
『空港の荷物検査は?』
「……玩具で普通に通った」
『じゃあやっぱり人相だね』
「帰りたいんだが……それに人相なんて言われたら、アイツ等とか絶対引っ掛かるだろう」
とある三人組を思い浮かべる。三人とも銃で撃たれた程度では死にそうにないが。
『帰るにしても、帰りのチケットは自費になるよ。それでも良いなら私は構わないけど?』
「仕事の報酬無いと帰れないじゃねぇか……」
男は項垂れた。帰りのチケット代など全く持ち合わせていないのだ。更に男に追い討ちを掛けるように、凶報が電話口からもたらされた。
『そろそろリコリスがアンタの居場所を突き止めて、追い掛けて来る頃合いだよ。まぁちょっと時間を稼いでくれれば、アタシがリコリスの司令と話を付けてあげるから、頑張りなよ』
「え、知り合いなのか!?」
『まぁね、女には色々秘密があるのさ』
「知り合いなら最初から話を付けてから入国させてくれよ!!」
『アンタの人相が悪いのが原因だろう?』
「返す言葉も御座いません……じゃあ宜しく頼むわ……」
男は電話を切り、気持ちを切り替えた。
(思ったより面倒な仕事になりそうだな……“ウォールナット”の確保ってのは)
男はまた走り出す。訓練された少女達との鬼ごっこの始まりである。
男が鬼ごっこを始めた数十秒後、リコリスの所属する組織である“DA”の本部に、ハッキングによる通信が入った。
「司令!!ハッキングが……」
オペレーターの報告を聞き、DAの指揮官である楠木は顔をしかめた。
「まさか、またウォールナットか?」
『残念ながら違うね。久し振りじゃないか、頬痩け茸……じゃなかった。楠木司令?』
通信の声を聞き、楠木は更に顔をしかめた。ある意味、最も聞きたく無い声の持ち主だからだ。
「トライア・スコート……何の用だ。私達は今忙しい。貴様までハッキングを仕掛けるのはやめて貰おうか」
『久し振りなのに冷たいじゃないか……あ、今アンタ達が追い掛けてる男、アタシの部下だから追うのやめてくれないかい?』
「……!!」
声の主“トライア・スコート”の発言を聞き、眉間に手を当てる楠木。疲れた声でオペレーター達に指示を出す。
「男の追跡は中止。見掛けても放置しろ。関わるな。ファーストでも恐らく捕縛は不可能だ。殺すならなおのことだ」
「は、はい、すぐに知らせます!!」
楠木の指示を聞き、オペレーターは急いで現場のリコリス達に追跡中止を知らせる。
『相変わらず話が早くて助かるね』
「これで良いだろう。早くハッキングをやめて消えろ」
『ああ、じゃあまた何かあったら連絡するよ』
「二度と現れるな!!」
滅多に大声を出さない楠木の怒声に本部は静まり返るが、すぐに各々の仕事へ戻った。DAの普段からの訓練の賜物である。
「あの、司令……トライア・スコートとはどの様な人物なんですか?」
「アクシオン財団。そこのラボの所長だ」
「アクシオン財団って兵器開発世界一の大企業じゃないですか!?」
驚く楠木の助手に対し、楠木は苦虫を噛み潰したような表情で告げる。
「財団のトップは更に曲者だがな。アクシオン財団が関わっている以上、我々も迂闊に手を出せん」
日本の暗部と言えるDAですら手が出せないアクシオン財団。楠木は溜め息を吐くと、その場を後にした。
一方、リコリスの追跡から逃れた男は、公園のベンチで一息ついていた。全力疾走していたせいで、ぐったりしている。
「流石に疲れた……博士が上手くやってくれたから助かったが、あのままずっと鬼ごっこは無理だぜ。しかも全員が女ときたもんだ。捕まる訳にはいかねぇ……ん?メール?誰からだ?……こりゃ渡りに船だな」
「お兄さん、こんな所でぐったりして、どしたの?馴れない運動でもした?」
ぐったりしながらも、スマホを見ている男に声を掛けたのは、薄い黄色を含んだ白髪の少女だった。赤い制服を着用している。
「あぁ、ちょっと鬼ごっこをな。全く、最近の若者は元気だな」
「いや~、お兄さんも若者でしょ?」
「確かに年齢的には若者だけどよ……エネルギーは空に近いな」
「お腹空いたの?パンあるけど食べる?」
少女は男にパンを差し出した。まだ焼き上がってから時間が経ってないのか、香ばしい匂いがする。
「いや、流石に知らない奴に食べ物を恵んで貰う訳には……」
「私は錦木千束!!お兄さんは?」
「……クロウ。クロウ・ブルーストだ」
「お互いに名前も判ったし、これで知らない奴じゃないよね!ほら、食べる食べる!」
少女……千束に押しきられ、パンを受け取るクロウ。それを見て、千束は満足気にクロウの隣に座った。しかしクロウは千束から少し離れた。
「……ちょっと~?何で距離取るのさ?」
「食べ物恵んで貰っといて悪いが、俺は女が嫌いなんだよ……」
「え、今時そんな差別するの???クロウって石器時代から来たの???」
「どう見ても現代人だろう?」
「……ふーん?」
クロウを上から下まで見る千束。クロウはそれを不思議そうに見た。
「何だよ……?」
「……よっと」
「だから近付いて来るなよ!!」
千束が距離を詰めようとすると、クロウは先程と同じ程度の距離を取る。
「成る程ね~」
「何が成る程なんだよ?」
「悪気があって避けてる訳じゃないんだな~って」
「どう言う意味だ?」
千束は先程とは違い、距離を詰めずにクロウに話す。
「私がマジマジと見てた時も視線を逸らさなかったし、会話の時もしっかりと相手を見てる。女が嫌いって言うより、身体的接触が苦手なんだ?昔にトラウマでも出来た?」
「そうやってズカズカと物を言うのも女が嫌いな理由だよ」
「男でもデリカシー無い人は居るよ~。その辺り、分かってるでしょ?」
「ぐっ……」
千束の発言に口籠るクロウ。普段の彼なら“だから女は嫌いなんだよ”と済ませていたが、千束にはそれが通じないらしい。
「まぁ無理に治す物じゃ無いと思うけどね。日常生活では困らないだろうし、恋愛関係にでもならない限り、身体的接触なんて中々起きないと思うし」
「君、さっき近付いて来たよな?」
「あはは、まぁ細かい事気にするな~」
クロウとの会話を切り上げ、千束はベンチから立ち上がった。
「そろそろ行くか~。あ、私喫茶店でバイトしてるから、良かったら来てね~。はいこれ」
千束は鞄からビラを取り出し、クロウに渡した。クロウはそれを受け取り、眼を通す。
「“喫茶リコリコ”ね……仕事が一段落したらお邪魔するか」
「最近かわいいバイトも増えたんだ~。っと、流石に時間がヤバいな、遅刻したらたきなに叱られる。じゃあね!!仕事上手く行くといいね!」
「ああ、ありがとう。パン美味かった。いずれ恩は返す」
「大袈裟だなぁ」
「借りた物は返す主義なんでな」
「なら期待せずに待ってる~!!」
千束はそう言って足早に去って行った。クロウも公園を出て、街を歩く。目指す場所は旧電波塔。日本の平和の象徴となった場所だ。
喫茶リコリコ。喫茶店ではあるが、同時にDAの支部でもあるこの店。今日も常連の客で小さな賑わいを見せている。そんな店内に千束が元気に入ってくる。
「錦木千束、ただいま到着しましたぁ!!」
「千束、遅かったですね」
「いやいや、時間には間に合ってるでしょ~」
「また何処かでお節介でも焼いてきたか?」
「先生まで~……あのさ、リコリスに追い掛けられてる人居たよ。しかもリコリスが途中で追跡やめてた。そんな事ある?リコリスの存在を知られてだよ?」
周りの客には聞こえない様な小さな声で、二人に話す千束。同じDAのリコリスである“井ノ上たきな”とDAの教官であった“ミカ”にクロウの事を話す。
「どんな奴だった?」
「えっと、名前はクロウ……クロウ・ブルーストって言ってた。偽名かもしれないけど」
「クロウ・ブルーストだと?……閉店後に話そう。楠木が放置してるのも理由がある筈だ」
「分かった。じゃあ今は普通に仕事しよっか」
「はい」
ミカの言葉を聞き、ただならぬ事情を察した二人は通常通りの仕事をこなす。そして、そのただならぬ人物に狙われているウォールナットこと、クルミは押し入れでクシャミをしていた。
「それで先生、クロウって何者なの?普通じゃないのは見た時に判ったけど。あれはめっちゃ強いね」
閉店後、ミカに千束が話を切り出す。この場にはミカ、たきな、クルミ、そしてDAの元情報部員である“中原ミズキ”が居た。
「名前からして男よね!?イケメンだった!?」
「んー……目付きは少し悪いけど、カッコいい部類じゃない?」
「危ない系のイケメン……アリね」
クロウの容姿を聞き、浮かれるミズキに対し、ミカは溜め息混じりにクロウの事を話す。
「危ない男と言うのは正解だ。クロウ・ブルースト。奴はあの“FA”……ファイヤバグの隊員だ」
「げっ……」
「ファイヤバグ……放火魔の異名を持つ特殊部隊か。とんでもないのが来たな」
ファイヤバグの名を聞き、ミズキが顔をしかめ、クルミが異名を呟く。たきなと千束は良く分かってない表情をしている。そんな二人にファイヤバグの説明をしたのは、意外にもミズキだった。
「ファイヤバグってのはね、海外の特殊部隊なんだけど……まぁDAみたいな物と思っても良いわ。ただ隊員はDAみたいな感じじゃなくて、一人一人の人格は終わってるわよ。DAの仕事で調べた事あるけど、最悪の一言よ。無意味に人を巻き込むし、ファイヤバグが原因で起きたテロも数知れず。やることなす事戦火を広げるから、付いた通り名が“放火魔”って訳よ」
ミズキの説明にミカとクルミが頷く。しかし千束は納得が行かない様子だった。
「え~、クロウはそんなに悪い人には見えなかったけどなぁ?」
「それが敵の作戦かもしれませんよ千束。相手を油断させて隙を伺うのは犯罪者の常套手段です」
「でもなぁ……」
「油断ならないのは確かだ。楠木が放置している理由も聞かなければならないが……クロウ・ブルースト、奴の目的は何だ?」
ミカは考えながら、電話に向かった。楠木にクロウを黙認している理由の確認を入れる為だ。ミカが離れたタイミングで、千束がぼやく。
「やっぱ悪い人じゃないと思うんだけどなぁ……」
「ファイヤバグ所属ってだけで私はパスね。顔が良くても中身が最低なら嫌よ」
「それはミズキにも言えるがな」
「何だとドチビ!!」
クルミとミズキがじゃれ合いを始める。そうこう騒いでいると、ミカが電話を終えて戻って来た。
「先生、どうだった?」
「私も意外だったんだが……クロウ・ブルーストは恐らくファイヤバグを抜けている。楠木の言っていた事が正しければ、奴は今はアクシオン財団の人間だ。しかも楠木はクロウ・ブルーストがフャイヤバグ所属の経歴は知らなかったらしい」
「店長、アクシオン財団とは?」
「「「え?」」」
「な、何ですか?」
たきなの発言に、千束、クルミ、ミズキが信じられないといった顔をする。たきなは訳も分からずオロオロするだけだ。
「DAに居てアクシオン財団を知らないなんてあるのか?」
「たきなはそう言う所あるかな……」
「これはちょっとヤバいわね」
「え?えっ?何ですか?」
「楠木、その辺りの教育を疎かに……いや、京都の支部の問題だなこれは」
京都支部、お叱り確定の瞬間である。
「だがアクシオン財団所属なら目的は分かった。恐らく目的は……ボクだ」
「成る程、ウォールナット狙いか。だがウォールナット死亡の話は……」
「無駄だ。あの程度の情報操作ならトライア・スコートが見抜けない筈がない。死亡説など毎回だしな。だがまぁ、彼処ならボクを邪険には扱わないだろう。後々の就職先としては悪くない。うん、アリだな。トライア・スコートは気に入らないが」
「……」
「大丈夫だよたきな、私もトライア・スコートって人は知らないから!!」
トライアについて聞きたげなたきなだったが、先程の様に扱われるのではないかと思っていた。そこに千束が助け船を出す。
「トライア・スコート……アクシオン財団に所属するエンジニアだ。ボクは世界一との噂がある、だがそれはハッキングに限った話だ。しかしトライア・スコートは機械系統全てが超天才級だ。機械製作は勿論、それこそハッキングだってボクに並ぶ。だが奴はハッカーじゃないからな。そちら方面ではまず名前は挙がらないだろう」
クルミは澄ました顔をしているが、少し不愉快そうにしていた。
「クルミは何でトライアって人が嫌いなの?」
「知識も理論も完璧に近いのに、感情を優先する所だ」
「人をおちょくるアンタに感情どうこう言われるトライアって人には同情しとくわ」
ミズキの発言にクルミはバカにした様な視線を送り……鼻で嗤った。
「アンタ本当に性格悪いわね!!」
「感情を処理出来ん人間はバカだぞ。だから結婚出来ないんだ」
「ちょいちょいストップ!!」
今にも掴み掛かりそうなミズキを千束が止める。
「取り敢えず、クロウ・ブルーストと言う人物は今は真っ当な仕事をしているって事ですね。良かったですね千束、悪い人ではなさそうで。油断はまだ出来ませんが」
「本当に良かったよ~千束さんの勘は外れないからね!」
ミズキを羽交い締めにしながらも、笑う千束。
「だがアクシオン財団は武器の製造会社だ。銃が千丁も消えた件もあるからな。本当に油断するんじゃないぞ」
「はーい」
「アクシオン財団は武器の製造会社だったんですね……!!」
「今や世界の殆んどの武器がアクシオン製だよ?リコリスの武器も半分以上はアクシオン製だし」
「……知らなかったです」
落ち込むたきな。先程のリアクションの理由が判明したが、居たたまれない光景である。
「そんな事より!明日の松下さんの護衛の準備しないと!!」
千束は勢い良く椅子から立ち上がり、明日の護衛任務の準備を行う。
その護衛任務の途中で、またもクロウと再会する事になるとは知らずに。
続くかは未定。反応が良ければアイデア自体はあるので……