「春が来た。」
と、仙蔵は嬉しげに私に告げた。
その根拠を問うと、「ほら、其処に花が咲いているだろう」と、返ってきた。
生憎この辺りは呆れるほどに殺風景で、可憐な花達の姿などなかなか見当たらないが、仙蔵にはそれらが見えているらしい。
奴の瞳は光を映さなくとも心を映すことができるのであろうか。
あとどのくらい生きられるのか。それを問えば、仙蔵は
「花と共に散るのもまた一興かな」などと言い出す。
元は名家の三男坊だった仙蔵は、不治の病を患ったが故に村外れの苫屋に隔離され、今ではただ己が命の尽きる時を待つのみという堕落ぶりだ。
鬼は人の心の陰りを喰らう。故に奴の境遇は、私にとって至高のものであった。
しかし極上の蜜を期待してわざわざ人里に出向いたというのに、この仙蔵という男の心はとても私の腹を満たすような代物ではなかった。
人とは自らの生に執着するが故に愚かで、利己的な生き物であるべきだ。
だというのにこの男は、死を目前にしてもなおこの世の美しきものを愛でたがる。
「なぜ一点の曇りすらないのか」
その疑問だけが、私をこの苫屋に足繁く通わせていた。
「こいつを飲めば少しは生き長らえることができるやもしれんぞ」
鬼の一族に伝わる秘薬を手の中で玩びながら切り出すと、仙蔵は首を振った。何度聞いても、奴は受け取らない。
それどころか
「散ればこそなり美しき」
などと抜かすこいつはとんだ酔狂だ。
人を遥かに上回る寿命を持つ私にしてみれば、そんなものは脆弱な存在のための慰めにしか思えない。
「お前の美学は到底理解できぬ」
そう嘯くと、仙蔵は苦笑し、ただ
「花は刹那に散り月は刻を経れぞ形を変えるこれぞをかしき美し」
と。
その仙蔵の言葉を聞き、嘯いていたと思っていた言葉が私の真の意となった。
「つまらんな。」
そう吐き捨てると、仙蔵は又候くすりと笑った。不快に思って眉を顰めると
「君にもいつか解るさ」
と宥められて益々悔しくなった。
それからおよそ一月が経った夜。
満月の下、私は花を摘んでいた。なぜ自分がこんなことをしているのか、自分でもわからない。黙々と名も知らぬ花を摘み取っては着物の袂に詰め込んでいく。
「なぁ、仙蔵」
返事は無い。
私は摘んできた花を、横たわる仙蔵の周りに敷いて、その亡骸を飾る。天窓から差し込む月光が仙蔵の頬を白く照らし出して、私は何故だかその様を"綺麗だ"と、ただ漠然と感じていた。
「お前が言っていたこと、今なら解る気がするな」
散ればこそなり美しき。
頬を何かが伝い落ちたその時、漸く確信した。
私は、刹那を生きたこの男を愛していたのだと。