タイトル通りリコリス小説の短編をまとめているだけ。
元々一つだけにしようと思ってたけど派生とか書いてみたいかななんて思ってこういうタイトルにしました。一話完結型を目指したい。

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千束が聞き分けよく世界に貢献していたら、というif小説。最後には反抗期も迎えて巣立っていくお話です。

リコリス・リコイルというアニメを見て面白かったので不思議と筆が進みました。千束ちゃんもたきなちゃんも皆いい子で見ていて面白かったです。





バイバイ、彼岸花

 暗い室内で服を着替える。カーテンから僅かに差し込む光と、外でざわめく雀たちの鳴き声で既に日が昇り始めることが窺える。少し離れた場所でテレビの画面が茫々と光っていた。テレビの中で女性キャスターが朝の挨拶を始める。

 

『おはようございます、東京の桜の満開が発表されました』

 

 昨日の天気に始まり聞き慣れた天気模様の様子を話し出す。カーテンが開けば穏やかな日差しが眩しい程に室内を照らした。んん、と伸び伸びと背筋を伸ばす。暖かな陽だまりに当たる頭髪が淡く反射した。

 

「今日も天気で私も元気、ありがたい!」

 

 その身を揺らし、思い思いにストレッチをするその人物はそう呟く。窓から壊れた電波塔が見える。ニュースではそれに代わる新たな電波塔を映した。コポコポと湯気を立てたお湯が音を立てる。ドリップしたてのコーヒーの香りが室内に充満し、鼻腔をくすぐらせた。外にはまだ出歩く人はない、まだまだ人が起きる時間ではないことは確かだった。

 

 

――大きな街が動き出す前の静けさが好き

 

 

 平和で安全、綺麗な東京。日本人は規範意識が高くて、優しくて温厚。

法治国家、日本。首都東京には危険などない、社会を乱す者を許してはならない。存在していたことも許さない。消して消して消して、綺麗にする。

 

 危険は元々なかった、平和は私達日本人の気質によって成り立っているんだ。

 

 そう思えることが一番の幸せ、それを作るのが私達リコリスの役目。なんだってさ!

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

――かつて旧電波塔はテロリスト達に占拠されたことがある

 

 東京の象徴でもあった巨大電波塔、その場所で銃弾が飛び交い爆弾が使用された。国内で起きた衝撃的な事件、だがそれと同時にこれ以降大規模な事件は起きていない。現在に至るまでの間平和は保たれており、電波塔事件は日本人の中では痛ましい最後の大事件でもあった。

 

――今となってはそんな忌まわしい建造物も過去の遺物

 

 保たれた秩序と平和は誇りとなり、今となっては美談とまで持て囃される始末だ。斯くして旧電波塔という廃墟は平和の象徴たるオブジェと化した。今となっては傾いて老朽化した鉄塊を有難がり、年金投資で現状を維持。奇跡的に怪我人も少数、死者もゼロ。まさに奇跡ともいえる事件だったと後の人は語る。

 

――そんな馬鹿げた神話を、日本人は信じた

 

 死傷者の有無も所詮はテレビの字幕の数字、テロリストのその後も結局は曖昧だ。事なかれ主義の日本人にはそれ以上の情報は求めてはいない。全てが見せかけのまやかし。そんなことすら、誰も気付くことはなかった。テロリストが立てこもって何も持たぬ筈はないのだ。あの電波塔内に残る無数の弾痕と傾いて半壊する建物が何よりも生々しい事実を見せつけている。

 

――実際には怪我人はもっと居た上に、死者だって数えきれない

 

 何せその陰で骸になるのは人として数えられないのだから。そんな都合の良い人間は、戸籍のない孤児が望ましいだろう。そんな名もない子供たちが危険な犯罪者を秘密裏に殺し、隠蔽する。事件は事故に悲劇は美談に、日本はそうして平和な均衡を保つのだ。

 

――字面で見れば、人道的に反する程の代物であるがそれが現実である

 

 年端の行かぬ少女ばかりで構成される組織はDAと呼ばれている。正式名称は『Direct Attack』、秘密裏にテロリストなどの犯罪者たちを暗殺することで犯罪を未然に防ぐ治安維持組織。政府には協力するが、警察などの機関とは異なり独立した特権が認められる。

 

――その構成員たる彼女たちの総称はリコリスと呼ばれた

 

 彼女たちはいずれも殺人が許可されており未然に犯罪を防ぐために、日夜平和を保っている。年端の行かぬ少女ばかりが陰で殺し殺されることが今の現実だ。孤児故に居場所も戸籍もない彼女たちはそれ以外を知らない。幼い頃から殺しの教育を施され、むしろそれを誇りにすら思うリコリスすらも居るのだからどうしようもない。

 

――錦木千束とて、それは例外ではなかった

 

 その価値観の惨さも分からないまま、刷り込まれた教育を千束はそのまま吸収する。色分けされたリコリスの制服は強さのランクを示し、千束の強さは一番上の赤。その服の色の強さの通り、千束の才能は遺憾なく発揮されていた。常人離れした視覚は相手の筋肉の動きすら読み取り、更にその卓越した洞察力で次の動きを読み取り回避すらしてみせる。

 

――千束はまさしく殺しの天才だった

 

 まさにリコリスに生まれるべくして生まれた逸材。だが、それでも千束には致命的な欠陥があった。天は二物を与えずとはよく言ったもので、千束が生まれつき持っていたモノだった。その病魔の名称は、先天性心疾患。生まれつき心臓に欠陥のある彼女はあらゆる動きに制限が掛けられていた。年齢が上がり成長していく身体に心臓が限界を告げる。訓練でペイント弾を容易く避け急所を撃つたびに、千束は息を荒くして倒れた。

 

――最早余命が幾許とない命だ

 

 リコリスの司令官であるミカは道具として千束を惜しんだ。どうにかして存命を望み、そしてようやく運に恵まれた。死に瀕していた彼女に救いの手を差し伸べたのはアラン機関だった。百年も前から存在する謎の支援機関であり、スポーツ・文学・芸能・科学などあらゆる分野の天才を探し出し無償の支援を行う。

 

――聞こえは良いが彼らの言う『天才』には見境がなかった

 

 殺人の才能も戦争の才能も、彼らにとっては純粋なギフトであり、法も倫理も関係なく分け隔てなく才能を支援する理由だ。

 

――千束もまた、彼らに支援される人間に数えられた

 

 アラン機関が千束に見出した才能はそういった後ろ暗い類のモノである。訓練時の彼女を見せれば構成員である吉松シンジは素晴らしいと千束を賛辞した。

 

『天才は神からのギフトだ。必ず世界に届けなければ』

 

 生まれながらに役割が示されると構成員である吉松シンジが言うように、殺しを提供することを期待されて千束の存命は決められた。次に来た時に吉松が持って来たモノは千束の命を繋ぐためのモノだった。アラン機関が支援した別の才能によってもたらされた人工心臓。完全置換型であり今の医療技術の数世代先を行く。紛れもなく革新的な技術の結晶でありアラン機関の支援の集大成ともいえる代物の一つだった。……それでも完全とは言えない。耐久性に問題があり、彼女が生きられるのは成人するまでと吉松には言われるがミカは問題ないと答えた。

 

『リコリスの現役は精々十八だ、それまで生きれば十分『充分殺せますか?』』

 

 遮るように吉松はミカに問う。戸惑うようにミカが吉松を見れば吉松も此方を見ていた。真っ直ぐとした、純粋な目はいっそ狂気的にも思える。

 

『殺しの才能であれ、世界に届けられることそれが一番重要な条件です』

 

 ……ああ、成程。アラン機関の人間とはこういうモノなのだろう。吉松の言動そのものこそが彼らの理念であり、使命なのだ。世界に影響に影響を与える人間を支援する。環境や怪我・病気が原因で芽吹けない天才を開花させるために彼らは尽力を尽くす。たとえそれが善でも悪でも関係はないのだ。それ以外は知らない、無垢で残酷な天使のようだった。

 

『……期待には、応えよう』

 

 交換条件を出されれば、ミカはそう答えるしかなかった。その後も吉松と交流が続き、術後の千束の面倒を吉松はミカに頼む。アラン機関の人間の秘密主義は徹底的だ。支援者は支援した相手に接触してはならないことも規則として存在し、その後のケアを頼まれているのだろう。ミカはそう考えてDAが責任をもって育てると話すが吉松は遮った。

 

『君に頼んでいるんだよ。もう、私達の娘じゃないか』

 

 駄目か、そう問いかける吉松にミカは顔を僅かに背ける。頬が僅かに熱くなるのは同性で子を持つこと故の恥ずかしさからだろうか、困惑したようにミカに反応を返した。

 

『こんな任務は初めてだ』

 

『任務じゃない、約束さ。君と私の』

 

 穏やかに笑む吉松の顔が、綺麗に笑みを形作った。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

――吉松の約束通り、ミカは千束を育てた。

 

 それは、親子ごっこにも思えた。入院して間もない千束は初めて乗る電動車椅子を乗り回し、足の悪いミカは遅れて千束を追いかける。そんな光景が病院内で繰り広げられていた。

 

『おお~……!!』

 

 電動車椅子の取っ手のハンドルを動かして、千束の目が輝く。生まれ持った心臓の欠陥は動きに制限を掛けていたからこそ、余計にこの速さが楽しいらしい。自分の思い通りに動く車椅子がお気に入りのようだった。T字の分かれ道に突き当たれば千束は吉松を見つけて、彼に近付いた。吉松も千束の接近にようやく気付いて僅かに目を見開いた。暫く吉松を見て、気付いた様子で千束が口を開く。

 

『貴方でしょ?私を助けてくれる人』

 

『人違いだよ、私は此処の職員』

 

 天真爛漫に笑む千束に吉松はやんわりと否定する。

 

『ウソ、此処にそんなカッコいいスーツ着た人居ないよ!』

 

 吉松の否定を千束はあっさりと違うと言い切る。それは千束の培われた洞察眼の鋭さ故だろうか、僅かに機敏に動かした目尻の筋肉の動きであっさりと嘘をついたことも見抜いた。僅かに目を見張る吉松だが、曖昧に笑うだけに留めた。

 

『……はは、ありがとう』

 

 それでも吉松はそれには返さずスーツがカッコいいと言われたことにお礼を言うが千束は首を傾げる。

 

『ううん、【ありがとう】は私の方』

 

 どうお礼すればいい?そう返す千束に吉松は暫く口を閉ざす。暫くの沈黙の末、吉松は千束に言い聞かせた。

 

『君には大きな使命がある、それを果たしてくれ』

 

 それはアラン機関の願いであり、吉松自身の込めた想いだった。そのために私は、そう言いかけてクスリと小さく笑う。

 

『さしずめ救世主になったんだ』

 

 アラン機関の機密は絶対だ。こうして支援者が対象と話すのも十分に不味いことでもあった。規律違反であるのにどうしてか吉松の口が動いた。

 

『救世主かぁ……』

 

 千束は感嘆の声を上げて、車椅子から降りる。とてとてと小さな足で吉松の元へと歩み寄り抱き締めた。小さな手が吉松の背の衣服を強く握り締めて。

 

『ありがとう』

 

 私もなる、救世主。そう囁かれる吉松はハッとした様子で目を見開かせた。そっと千束の肩を掴み引き剥がし立ち上がる。最早話すことはない様子で足早に立ち去ろうとすればすれ違うミカは僅かに目を伏せた。

 

『……すまん』

 

 千束には聞こえない程の声量で小さく謝罪が呟かれる。それは千束の言動からか、それともミカ自身から来るものなのだろうか。それを分かる筈もない。吉松が歩けば遠くから千束から声を掛けられた。

 

『救世主さん、チーズッ!!』

 

 なッ、咄嗟に振り返る吉松の姿をカメラが捉えた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 清潔で真白い空間、呼吸心拍監視のピッ、ピッ、という電子音がリズムよく室内に鳴り響く。千束は初めて手術台に乗り、心臓の移植手術を迎えようとしていた。

 

『……先生、怖い』

 

 目の前で白く眩い程の電灯に照らされた千束が不安げにミカを見る。名も知らぬ機械と医療器具の冷たい金属音は幼い少女を怯えさせるには充分だった。

 

『心配ない、お前は元気になる』

 

 ミカの声が聞こえるが、その目に捉える姿はボヤける。それが余計に千束の不安を煽る。麻酔が利いていても中々眠ることが出来ずにいた。

 

『でも』

 

 このまま目覚めなければ、そう言いかける千束の手を誰かが掴んだ。無菌を保つための覆布とゴム手袋の感触が伝わるがそれでも人肌の温もりはじんわりと暖かく千束を包んだ。

 

『……大丈夫』

 

『……救世主さ……ん』

 

 千束は名も知らぬ吉松を救世主と呼んで、安心した面持ちでその目を閉ざした。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 一室の病室で、千束はベッドの上で上半身を起き上らせていた。患者服を身に付けているが術後の経過は良好でその周辺に重々しい医療機器はないようだ。その膝の上には小さなアタッシュケースが置かれ、開けてその中身を見ていた。

 

『……お祝い?』

 

 アタッシュケースの中身は拳銃とペンダントが二つ。ペンダントは小さな箱の中にはめ込まれ可愛らしい梟がデザインされていた。

 

『……誰から?』

 

『救世主だ』

 

 不思議そうに首を傾げる千束に、ミカが応えれば嬉しそうに薄く笑う。

 

『……なら、人を助ける銃だね』

 

 これ以降吉松は姿を消した、ミカからもDAからも。行方を眩ませる手際は秘密主義のアラン機関らしく、影も形も残らなかった。最早望んでも会えないのは明白だった。残ったモノは、それ程多くはないだろう。

 

――彼の痕跡は千束の人工心臓と彼の与えた拳銃とペンダントのみだ

 

 それだけが残り、千束には二十歳までの余生と自由が与えられた。これからどうしようか、千束は少し考える。そうだ!と声を大きく張り上げて笑った。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 結局、千束は吉松の望む才能を発揮しようとはしなかった。救世主になる、と宣言した通り彼女は彼の影を追った。幼さ故に吉松の顔を忘れた千束は手掛かりを探す。顔も知らない名前も知らない。唯一名乗った救世主という存在のみが千束の記憶の中にあるのみだ。

 

――救世主とは、人を救う救い主

 

 子供でも知っているそれは千束から人を殺すという選択肢を皮肉にも消させてしまった。人に救われた命で誰かの命を奪える訳がない、千束はそう感じている。まずはお礼を言いたいな、そう言いながら吉松に救われた命を大切にして周囲も同様に扱った。

 

――吉松は彼女にとって救いだ

 

 大きくなった吉松への憧れは千束にとっての支えになった。いつ終わるかも分からない命、不安である筈がないのに、千束はそれを感じさせない底なしの明るさで世界を照らした。それは吉松が見出した才能とは真逆の方へと、千束は向かっていった。使う銃弾はミカが作った特別製の非殺傷弾へ、致命傷に至らぬ場所へ撃ち殺す筈の相手も殺さなかった。

 

――相手を殺さない、リコリス

 

 それは道具として致命的なエラーだった。それでも殺さないという我が儘を突き通せる程の実力を確かだった。実際に一人で多数のリコリスの犠牲を出した電波塔事件ですら解決してしまえる程には。彼女の活躍により旧電波塔の事件の解決に導かれ、リコリスの間では有名となった。

 

――流石はアラン機関が見出した天才だ、名実共に史上最強のリコリスである

 

 それでも殺さぬことでやって来る皺寄せがあることも事実で、無視が出来ない事実もあるのも否定できない。今日は敵だっただけだよ、と千束は笑うばかりだ。毒気に抜かれていっそ生意気だった。

 

――それでもまだ千束は吉松を求めていた

 

 今もなお健気に吉松を探す千束はさながら餌を求める雛のようだ。ミカもこの頃になれば千束に対して情が湧いてしまっていた。無自覚で薄々気付いていたことではあるが、最早手遅れであることもとっくに気付いていた。

 

――同時に、彼女の課された使命の過酷さを知るのだ

 

 千束の課された使命は人を殺すこと、……どう考えても彼女の気質とは合わなかった。それでも吉松の存在が彼女の中で育つたびに何も言えなくなってしまう。

 

――その思いは千束の支えだった

 

 それは余りにも眩しくて儚い。脳内の吉松はそんなことのために延命させた訳ではないと失望に満ちた声で、ミカを夢の中で責め立てる。二重苦でせめぎ合う心はミカの精神を蝕ませた。いっそ使命などなければいいのに、そんなことすら思う身勝手さに嫌悪すら湧いてくる。道具として見ていたのは結局のところミカ自身だ、今更そんな虫のいいことなどあって良い筈がなかった。

 

――彼女が彼を追いかける姿は健気でいっそ哀れだった

 

 悪く言えば独りよがりで、愚か。吉松が今の千束を見れば才能の損失を嘆くだろう。だが、千束の想いは誰よりも芯があって綺麗だ。だからこそ、余計にミカは耐えかねた。ミカは千束の想いを聞く度に罪悪感ばかりが湧いて心を抉る。痛々しい程の千束の純粋な想い、吉松が千束を責める未来しか浮かばない。そこで彼女が酷く傷付くことも分かるのだ。

 

『もうやめてくれ……ッ!!』

 

 そうじゃないんだ、ミカは頭を抱えて千束の言葉を止める。最早聞くに堪え切れず、ミカは千束の言葉を制止した。

 

『な、何、先生……?大きな声出して』

 

 困惑する千束をよそにミカは重い息を吐き出した。ああ、言ってしまったという後悔がミカの胸に重く圧し掛かる。同時にそれは今まで持っていた重荷を下ろした徒労感もあるのだが。……最早隠せることはないのかもしれない、そう考えたミカはポツリポツリと千束に救世主の話をしてしまった。吐き出して楽になりたい、そんな身勝手な思いもミカの中にはあるのだから最早どうしようもなかった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

――会員制の高級バー、【Bar Forbidden】

 

 室内は薄暗かったがそれでも所々に設置された明かりで周囲は見渡せた。僅かに明るいその光景は圧巻で、窓のように大きな水槽で魚たちは泳ぐ。高級で会員制。そう言うだけあって、落ち着いた音楽と高級そうなソファとテーブルが重厚な雰囲気を作り上げていた。そんな大人びた場所でミカと吉松はカウンターテーブルに座り、互いの肩を並べていた。二人が大っぴらに話せる内容ではないものの大半はこのバーで語らった。

 

――心臓にアラン機関、そしてリコリス

 

 物騒な言葉の飛び交いはあるものの、そういった情報漏洩は教育の行き届いたこの場所では心配はないし、所詮此処は酒の席でしかない。酔った勢いの戯言で片付けられる。その上大半の人間は単語の意味すら知らない上そんな重要な会話もこんな場所でする筈がないと勝手に思い込む。だからこそ堂々とした様子でいつもの様子で酒を飲み合っていた。

 

『リコリスの現役期間だけ生きればいい』

 

 当時のミカは千束を道具として考えていた。それは司令官としての利益のため、ただそれだけだったが吉松もまたミカ同様に変わりはなかった。

 

『そういうことなら引き受けよう、……だがこれだけは約束してくれ』

 

 グラスをテーブルの上に置けば、振動によってカランカランと大きな丸い氷が酒の中で音を立てた。

 

『彼女を最強の殺し屋として育ててくれ』

 

 真剣な目で此方を見る吉松の姿が鮮明に記憶に残った。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

『嘘、うそうそだって自分は人を助ける救世主だって言ってた』

 

 ミカの話に千束は動揺が隠せない、彼女の眼窩に収まる赤い瞳が何度も揺れる。小さく縋るような声でミカに話すがミカは重く首を振るだけだった。その動作と筋肉のこわばりで事実であると千束が理解するには充分であった。僅かに顔を伏せてまた顔を上げる。

 

『じゃあ、どうして……』

 言ってくれなかったの、そう言いかける前にミカは答えた。

 

『言えなかった……ッ、お前の中でどんどん大きくなるシンジに対する憧れはいつ終わるかも分からない命を支える力となっていった……それはとても眩しくて……儚い』

 

 頭を抱えて苦悩するミカの言葉、その姿は千束と共に生きた年数分の重さを如実に表していた。

 

『……先生、』

 

『言った方が良かったのか!?お前の生き方は間違いだ、殺しを重ねればシンジがまたお前を助けてくれると……ッ、言えば良かったのかッ!?』

 

 教えてくれ、千束……。そう最後に消え入るように話すミカは許しを乞う罪人にも見えた。……否、実際にこれは懺悔なのだ。かつて道具として千束を見ていたミカ自身の。長い沈黙の末、ようやく千束は口を開いた。

 

『……ありがとう、先生。そんなに私のために悩んでくれて』

 

 震える千束の声と息だけが響く。ようやくミカは顔を上げて千束を見るが、その顔は背を向いて見えなかった。

 

『それ聞いたら、負けたってなったわ。こんなに思われて自分優先とか、出来ない。そんなの我が儘じゃん、うん。ないない』

 

 じゃあ、仕方ないかぁ~……。いつもの調子、変わらない物言い。だが、それでも千束が何かを諦めてしまったのもミカは理解する。千束、そう言いかけた言葉は千束の指先で止められた。唇に押し付けられた人差し指が僅かに震えるのが伝わってくる。

 

『……分かったよ、先生』

 

 にっこりと、笑むその瞳の中で水が膜になって煌めいた。

 

『それが救世主さんの願いなら、私は死神にだってなってしんぜよう』

 

 何処か芝居がかった言い方で千束が茶化す。

 

『すまない……ッ!!』

 

 ミカは千束に涙を流して謝ることしか出来なかった。ほら、先生泣かないで。肩を叩く千束の手だけがミカの唯一の救いにもなれた気がした。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

――大きな街が動き出す前の静けさが好き

 

 

 平和で安全、綺麗な東京。日本人は規範意識が高くて、優しくて温厚。

法治国家、日本。首都東京には危険などない、社会を乱す者を許してはならない。存在していたことも許さない。消して消して消して、綺麗にする。

 

 

 危険は元々なかった、平和は私達日本人の気質によって成り立っているんだ。

 

 

 そう思えることが一番の幸せ、それを作るのが私達リコリスの役目。なんだってさ!

 

 

 

 リコリスとしての職務は国を守る公的機密組織のエージェント。そう言えば聞こえは良い。映画みたいで格好いい。けど、結局は凶悪犯を殺し回る殺し屋だ。学生服に模した制服で生活に混じればもう集団で誰か分からない。誰もが無警戒になるそのどさくさに紛れて重い鉛玉をぶち込んでいく。撃って、撃って血で流れた手の色はまさしく制服の色の通りだろう。

 

――千束は今日も銃を持つ

 

 既に千束の持つ銃弾は非殺傷ではなく、火薬の出る鉛玉。非殺傷弾とは違って弾道のブレが少なくて当てやすい。有効射程も広くてありがたい。避けていた致命傷にもしっかり当てて、今日も沢山の人が千束の手で死んでいく。犯罪者とテロリスト、それからリリベルも須らく平等に死を提供し世界に貢献して見せた。冷たくなって静かになる鼓動の音は、まるで千束自身の心臓の音のようだった。

 

――その度に叫びたくなるこの衝動はなんだろう

 

 救われた命で救いたかった筈なのに、この心臓のように止める私は何だ。いっそ私も冷たくなればいいのに、そう思えば思う程に心は凍り付いていく。見える弾道をわざと避けなければ、とふと考えて冗談だよと独りごちてクスリと笑った。

 

――この辛さも嫌なことも、あの人たちのせいなのかな?

 

 だけど、私はあの人たちに救ってもらったんだ。千束はミカと吉松を想うのに、その想いはいつしか恨み言に変わっていく。だが、それでもやめる訳にはいかない。やめてしまえば、ミカと吉松を裏切ることになる。

 

――どうせ既に止まっていた筈の心臓だ

 

 もう死んでいた私が好き勝手に生きたのだからこのまま道具と生きよう。そう決めたじゃないか、そう言い聞かせて重い鉄を持って見知らぬ敵を撃ち殺した。頬に濡れた血は生温かいのにすぐに冷めて固くなった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

――千束は今日も銃を持つ

 

 今年でようやく二十歳。定期健診の頻度は増えて人工心臓の寿命も間もなく尽きる。終わりが近いのだと、千束は悟った。

 

――ああ、ようやくだ

 

 無い筈の鼓動が高鳴るようで、気分が上がる。そんな日々を過ごせば男が一人、千束を訪ねた。素晴らしい、そう言って興奮した面持ちで男は千束を見る。僅かに皺が増えていたが吉松だということはすぐに分かった。

 

――写真だけで知る顔だった

 

 その眼はオペ室で千束が知る記憶の通りだった。綺麗な記憶だったからこそ、千束は吉松に微笑む。吉さんなんて、呼びながら交流を重ねて日を重ねた。ミカにも会えば吉松が彼を引き寄せて抱き締めた。

 

『ありがとう、約束を守ってくれたね』

 

 千束は吉松の人となりを実感する。ああ、こういう人なんだ。話で聞いていたよりもずっと綺麗に笑う人なのだと初めて知った。吉松は本題だと言わんばかりにアタッシュケースを持って千束に渡す。

 

『君の次の心臓を用意したよ』

 

 言葉通りアタッシュケースの中身は鉄の心臓だった。完全置換型、数世代先を行くアラン機関が産み落とした産物。更に技術を向上させた心臓は更なる耐久性が見込めるようになった。そう言う吉松はまるで興奮を隠せない子供のようだった。屈託のない笑みを隠さず千束に向ける。それは更なるアラン機関の支援に他ならず千束の延命の決定であった。

 

『ありがとう、吉さん』

 

 私はこんなに思われていたんだね、そう言って千束は静かに微笑んで唇を噛み締めた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

――手術当日、千束は一人病室に座っていた

 

 電動車椅子に座り、独り頭上の天井を眺める。無菌の真白い空間、潔白なその色は透明にも思えるが残念なことに空は見えなかった。天国があるとすればこういう色なのだろうな、なんてことをぼぅっとした様子で眺めていた。

 

『失礼、入るよ』

 

 病室の扉が開く音と共に、向こうから吉松の声が聞こえてくる。近付いてくる気配と共に扉の方に視線を向ければやはり吉松の姿を千束が捉えた。

 

『元気かい?』

 

『うん、とっても元気だよ吉さん』

 

 いつもの調子で答える千束の顔はやや気怠そうに見える。耐久の限界は間もない人工心臓の調子は悪いようだ。心配そうに見せる吉松の顔は千束に近付いてくる。

 

『それでも顔色が悪いようだね、無理はしないで』

 

『……色々ありがとう、吉さん』

 

 心臓だって持ってきてくれるとは思ってなかったし、そう千束が漏らせば吉松はとんでもないと首を大きく振った。

 

『君は若い、まだまだ生きてすべき使命があるのだから』

 

 これからも世界に殺しの才能を提供して欲しい、そう言って千束を優しく抱きしめる。温かくて硬い、男性的な温もりが千束を包む。

 

『君の才能は唯一無二だ、これからも大切にして欲しい』

 

 人類と世界に貢献できる、これ程幸せなことはないのだから。吉松は千束の耳元に囁く。それは心からの言葉だった。それ以外のモノはいらない、そんな心情すら篭ったモノが千束に重く圧し掛かる。

 

『……くすぐったいよ、吉さん』

 

 千束が僅かに身げば吉松がそうだねとあっさりと離れて行った。これだけであるならば千束と吉松は親子のように見える。吉松とミカ、二人も父親を得たことは千束にとって幸福であり不幸でもあった。

 

『ねぇ、吉さん。私の心臓見せてくれる?』

 

 私の身体の中に入るモノだからしっかり見たい。そう言えば吉松は勿論とアタッシュケースの中身を見せる。握り拳くらいの大きな機械だった。同じモノは千束の胸の中にあり、千束の命を今日に至るまで生き延びさせていた。

 

『こんなモノが……、』

 

 そっと胸を置き、千束は暫く口を閉ざす。長い長い沈黙の末、千束が動く。カチャリ、重い金属音が響けば千束の手には拳銃が収まっていた。

 

『……吉さん、覚えてる?この拳銃を私にくれたの』

 

 吉松に拳銃を手の中で動かして全容を見せる。手に馴染んだそれは年季が入ってはいるがきちんと手入れされて大事に使われていることが見てとれた。

 

『勿論だよ、君は私の願いを叶えてくれたね』

 

『うん、だって救世主さんにもう一度会いたかったからさ』

 

 私は、貴方にお礼を言いたかった。それはずっと千束が長年抱いていた願いだった。もうそれだけがしたかった千束に後悔はなかった。もうこれだけで十分だった。

 

『今までありがとう、吉さん』

 

 終わりにしたくて拳銃を人工心臓目掛けて撃ち抜いた。バン、と一発、更に一発。拳銃の弾が無くなるまで何度も何度も壊すように。弾すらなくなっても何度も引き金を引く姿はまるで仇を討つような執念すら感じた。

 

『千束……ッ!!やめてくれ!!』

 

 途中で焦る吉松が声を荒らげて千束からアタッシュケースを取り戻すが、中身がぶちまけて人工心臓は虚しく砕けた。最早直せない程になってしまった残骸を吉松はかき集める。だがそれも無駄だと悟れば呆然とした面持ちでそれを眺めた。

 

『……君は!!何をしているんだ……ッ!!これは君のための心臓なんだぞ!!』

 

 肩を掴まれて揺さぶる吉松の目は必死さが伝わってくる。何度も何度も揺さぶられるたびに千束の髪が揺れたがされるがまま千束は口を開いた。

 

『……だからだよ、もう私は寿命で死ぬんだからズルなんかしちゃダメだよ』

 人生にコンテニューはないんだよ、千束は吉松にそう言い聞かせて自らの心情を吐露する。

 

『……殺しが私の幸せだったのなら、多分私は幸せじゃなかったんだ』

 

 吉松に救われた命で、命を奪う。その業の深さを誰よりも知っている。元々は死んでいたこの身で見た世界はとても綺麗だった。その人たちの生活も営みも、何もかもが愛おしい。それを殺す自分が嫌いだ、吉松達を何処で恨んでしまう自分にもウンザリだった。

 

『今日で二十歳、これからは私の時間だよ』

 

 死神の千束は売り切れちゃいました、楽しそうに茶化す千束に吉松が千束の名を呼び叫ぶ。怒りに震える声は何処か悲痛で痛々しく思えた。

 

『君のためなんだ、何故それが分からない』

 

『……違う、世界のためなんでしょ?』

 

『……同じことだ』

 

『私には、世界よりも大切なことがあるんだ……』

 

 吉さんがくれた時間でそれで気付けた、そう言って千束はペンダントの紐に手を掛ける。ブチリと、紐を引き千切って吉松の手の中にペンダントを収めた。

 

『これは返す、吉さんには感謝してる』

 

 だから、私の代わりに元気でいて。千束はそう続けて穏やかに笑った。それは吉松に対する千束としての言葉だった。吉松はアラン機関の規律を破ってまで来た。それは支援者として千束の持つ才能のためではあるが、千束に対して情が無い筈がないのだ。それを今千束の目に映るその表情が彼の心情そのものだと思った。そう信じたい千束自身の憶測でしかないが、そう信じた。

 

『じゃあね、吉さん。もう会いに来ないでね』

 

 二人共大嫌いだよ、そう言って千束は花のように明るく笑いかけた。本当の言葉は、死んでも言うつもりはなかった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「ん~!!いい匂い……!!」

 

 ドリップの落ちたコーヒーをマグカップに入れて千束は席に着く。コーヒーの匂いを嗅げば不思議と落ち着いてくるのだから不思議だ。口をつければ思いのほか熱くて思わず熱いと千束が小さく叫び声を上げた。

 

――千束の心臓の耐久性は著しく悪くなり、既に余命宣告を貰った

 

 残りの日数までは定かではないが千束の死は目に見えている。いい天気であるその日を生きれるかもわからない。それでも千束は楽しそうに笑い一秒ごとに生きた。今日も天気私も元気ありがたい、おまじないのように漏らす独り言がきっと千束にとっての今の支えだ。毎日やってくるフキに生きてるかなんて生存確認される日々も悪くはない。

 

――人々の生活の中で営める日々が楽しくて仕方がない

 

 

 千束はにっこりと笑う。それはまるで夜明けのように明るかった。

 

 





此処まで読んで頂き、本当に本当にありがとうございました!!


ミカさんと吉さんの関係はちょっとぼかしてます。そういうの好きですがあからさまなのは嫌いな方も居ると思うので。たきなちゃんの出番は今回はちょっと出せずじまいで。時間軸ばらけるとそうなっちゃったんです、ごめんなさい。

人工心臓の耐久度ってどれだけかな、二十歳までっていうからそれよりも前かもしれないけどその後に設定して今回は余生を過ごす感じで書きました。重ねてごめんなさい。

多分派生で書くなら千束ちゃんは闇落ちしてて原作軸の平行世界に飛んで絶望。真島さんと共謀する展開で書けそう。世界を滅茶苦茶にぶっ潰して、きちんと正しく直すんだってことで仲良くなれそう。趣味一致してるので仲良くなれそうなのよね、あの二人。その後アラン機関もぶっ潰そーって言ってそう。真島さん悪い奴ですがいい性格で好きですね。

色々後書き書きましたが書いてて楽しかったです。長くなったのでこれで失礼します。

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