問題児達の参謀 作:カフェシリトレ
出会い、そして
■一
トレーナーの才能が無いことは分かっていた。それでも努力をすればなんとかなると思って中央のライセンス取得までこぎつけた。担当した子を必死に勝たせようとして、もがいて。どうにもならず、既に四人の子から契約解除を言い渡された。一年契約が続いたこともない。
それでもトレーナーとして全力を尽くして。今担当している子が一週間前、メイクデビューを制し、自分のキャリアで初めての勝利をくれた。
俺は今、その子から渡された契約解除の用紙を握り締めて、立ち尽くしている。
「あの子の判断は間違ってはいない。間違ってくれてたら、良かったのに」
彼女の新しいトレーナーは、同僚の間ではハイエナと嫌われている男だった。メイクデビュー後の、新人だったりパッとしないトレーナーから担当を掠めとっていく。そうやって少しでも自分の成績を高めている。悔しいことにトレーナー間での評判は悪いが、ウマ娘からの評価は悪くない。指導は実際堅実でちゃんとしているし、何より実績がある。今のトレーナーに不満を感じているのなら、選ばない理由もない。
そう、結局は。自分じゃ力不足だったというだけの話だ。
「……これから、どうしようか」
掴みかけた光が遠ざかっていった。これからどうすれば良いのだろう。曇天の中、行くあてもなく歩き出す。家に帰るつもりにはなれなかった。模擬レースを見に行くつもりもなかった。ただ、足はなんとなくグラウンドへと進んでいた。
「……ん?」
グラウンドが騒がしい。何事かと思って耳をそばだてて見れば、二人のウマ娘が言い争いをしているようだった。片方は見たことがある。名前は確か、シリウスシンボリ。問題児の王と恐れられている存在だ。時々グラウンドを不法占拠しているという話は聞いていたが、今回はそれでいざこざが起きているのだろう。トレーナーの姿が見えないのは気になるが、それだけだ。
関わるべきではないと分かっていながらも、自然と体は近付いていった。
■二
言い争っている二人も、俺の存在に気が付いたようで、視線がこちらに向けられる。
「なんだアンタ? 何か用か?」
シリウスシンボリが挑発するように笑った。或いは、もう一人の方のトレーナーに間違われているのかもしれなかった。
「いや……」
言葉に詰まる。俺自身、何か言いたいことがあって来たわけじゃない。誘蛾灯に引き寄せられたように、無意識のうちにここまで来てしまっただけだ。だから、口から零れ出た言葉は、間違いなく俺の本心だったのだろう。
「時間の無駄だ、って思って」
「時間の無駄、だと?」
シリウスシンボリの目付きが険しくなる。もう一人のウマ娘も不服そうに鼻を鳴らした。そりゃそうだ、第三者がいきなり割り込んできて馬鹿にしてきたのだ。誰だって良い気分にはならない。
「やる気がある、時間もある。それなのにここで騒いで時間を潰しているのが、無駄に見えてしょうがないって言ったんだ」
後悔する心とは裏腹に、流暢に言葉は出ていった。後になって思えば、ヤケになった八つ当たりみたいなものだった。担当に捨てられ、トレーナーとしての職務も果たせない俺の前で、ウマ娘が練習していないことに、勝手に苛立っていたのだ。
「あなた──」
「……ハハハッ!」
■三
耐えかねて抗議しようとしたウマ娘の声を、シリウスシンボリの笑いが遮った。
「アンタ、随分勝手な理想を私達に押し付けるんだな。私達が時間をどう使おうが私達の勝手だろう? それこそ練習よりも、くだらない口喧嘩に人生捧げてっかもしれない。そういう可能性は考えないのか?」
「だったら好きにすれば良い。別にお前達の行動を制限しようってんじゃないんだ。こんな気狂いは放っておいて、どうぞ気が済むまで騒いでいれば良い。それでお前達の走りがどうなろうと、俺には関係ない」
売り言葉に買い言葉だった。ウマ娘にぶん殴られたら死んだっておかしくないのに、どうしてか強気だった。
「ああ、全くもって関係ないな」
俺はそこでようやく初めて、シリウスシンボリが怒っているわけではないということに気が付いた。だからといって受け入れた訳でも、無視を決め込むことにした訳でもない。獰猛につり上がった口角がどういう感情を秘めているのかは分からなかった。
「だけど、今回はアンタに免じて引いてやるよ……行くぞお前ら、今日は引き上げだ」
舎弟のウマ娘達を連れて、シリウスシンボリは踵を返していく。何かが琴線に触れたのかは分からないが、あちらが折れてくれたようだった。
もう一人のウマ娘は俺を不審げに見た後、練習に戻っていく。俺は、どうしようもない虚無感を抱えながら、その場を後にすることしかできなかった。
■四
朝日は燦々と輝いているが、体は昨日の曇天のように重い。スマホの時計を見れば十時過ぎ。可能ならそのまま眠り続けていたかった。だが、トレーナーとしての職務を放棄するわけにも行かない。新しい担当を見つける為に、午後の模擬レースまでにデータを集める必要がある。選抜レースはまだ先だから、そっちで探すのは後回しだ。
頭痛と吐き気をこらえながら体を起こす。スリープモードだったパソコンからトレセン学園のサイトにアクセスすると、トレーナー向けのページにログインした。今日の模擬レースに参加予定のウマ娘達の名前がリストアップされている。その中から、前評判の良いウマ娘の名前と出走レースをメモ帳に書き写す。もちろん、そんな有力なウマ娘は俺のことなど見向きもしないだろう。ただ、有力なウマ娘の出るレースには、伏兵がよく現れる。そういう交渉に乗ってくれそうなウマ娘を捕まえるのが、実績のないトレーナーに必要な能力だった。
十数人の名前を頭に入れると、パソコンの電源を落とす。模擬レースまではまだ時間がある。ウマ娘達は、この時間帯だと教室で授業を受けている頃だろう。
「朝飯でも食うか……」
そういえば、昨日の夕方から何も食べていない。この倦怠感には空腹も混ざっているのだろう。
部屋の冷蔵庫を投げると空だった。そもそも酒とツマミと冷凍食品くらいしか買わないのだから、仕方のないことだ。ここ数日は忙しかったし。
学園のカフェテリアはウマ娘が多くて好きではないのだが、この時間なら居ないか。朝食はそこで取ることにしよう。
■五
「よう、昨日ぶりか? また会ったな」
カフェテリアでサンドイッチとコーヒーを注文して席に着くと、一人のウマ娘が向かいに勝手に座ってきた。ああ、確かに昨日見た顔だ。
「……シリウスシンボリ」
「なんだ、私の名前を知ってるのか。なら話が早いな」
「何がだ」
ただでさえ機嫌が良くないのに、朝食の邪魔をされてさらに機嫌が悪くなった。そもそも、こいつは今授業中じゃないのか。サボりでカフェテリアに隠れていたら俺が来たとかそんなとこだろうか。
シリウスシンボリは昨日とはうって変わって上機嫌そうに俺のサンドイッチをつまみ──
「おい待て、俺の朝飯取るな」
「なんだ、今頃朝飯か。遅起きは体に悪いぞ」
指摘されて渋々皿に戻す。俺が言わなければ本当に食う気だったのかこいつ。そのまま頬杖をついて、俺がサンドイッチを食うのを眺めている。ジロジロと見られると食べにくいったらない。
「用が無いならどっか行け」
「いや、用ならあるさ」
「なら手短に言え」
どうせろくな用じゃないんだろうと、話半分に聞いていた。コーヒーを飲んでいなかったことは幸運だった。
「アンタ、チーム作れ」
「……………………はあ?」
■六
間の抜けた声で聞き返す。チームを作れ、とはどういう要求だ。
「アンタ、担当が居ないんだろ」
「だからどうした」
なんでこいつがそれを知っているのかは分からないが、事実なので素直にうなずく。
「選抜レースまではまだ時期がある。そりゃ模擬レースで担当探すって手もあるだろうが、模擬レース走ってる奴はアンタと同じ担当がつかないとヤバい、って連中だ」
「だから、何が言いたい」
「察しが悪いな。じゃあこう言い換えるか。私達のトレーナーになれ」
私、ではなく私"達"。そして、チームを作れという言葉。ようやく、言いたいことが分かった。
「俺に、お前達問題児をまとめてチームを作らせようって話か」
「やっと分かったな。飲み込みの悪い奴も嫌いじゃないぜ」
「断る。問題児の面倒を見る程暇じゃない」
考慮の余地も無い。どうして冴えない無能トレーナーから、さらに問題児を抱える訳ありトレーナーにならなければいけないんだ。
「そう言うなよ。アンタにだってメリットはある」
「メリット?」
「G1を取らせたトレーナーの箔がつく」
シリウスシンボリは、親指で自分を指差し、自信満々に言った。自分がG1を取ることは確定していると言わんばかりだった。
■七
俺が知っているシリウスシンボリについてのイメージは、長く学園に居るのに、未だメイクデビューしてない異端児。生徒会と真っ向から反発する問題児、生徒会長シンボリルドルフと正面から渡り合う実力者、と言った所だった。噂混じりではあるが、それが事実ならそのG1宣言もただのビッグマウスでもないのだろう。それ故に解せないのは、
「なんで俺だ」
「なんで、って?」
「お前が自分を餌にするなら、もう少しマシなトレーナーが見つかるだろ。俺は、才能のあるトレーナーじゃない」
「思ってても、自分でそんなこと言う奴に担当されたいって奴は居ないな。気を付けた方が良いぜ」
「普通なら言わないさ。普通じゃないから言ってるんだ」
はあ、とシリウスシンボリは実に大きなため息を吐いた。
「そりゃ面白そうだったからだよ。アンタ、昨日こう言っただろ。やる気があるのに無駄なことしてるのは勿体無い、って」
「それがどうした」
「今まで私に何か言ってきたトレーナーはどいつもこいつもこう言った。『やる気のない奴らとつるんでても良い事はない』ってな」
自信に満ちた笑みはなりを潜め、怒りのこもった表情に変わっていた。
■八
「やる気の無い奴らってのはさっさとこの学園を去るか、そもそもこんなとこには入らない。だったら、残ってる連中は当然やる気のある奴だって少し考えりゃ分かることだ。それなのに、規則を少し破るだけで、やる気のない扱いをされる」
「言いたいことは分かる。だが、不法にグラウンドを占拠する集団が、他から真っ当に見られないのも当然だろう」
「ああ、だがそうでもしなきゃあいつらは練習する場所もまともに手に入らないぜ」
「だから、チームか」
複数人のチームとして認められれば、グラウンドの使用に優先権が認められる。人数が多ければ多い程、それは顕著だ。しかし、だからといって多くのウマ娘を担当しようとするトレーナーは少ない。担当するウマ娘が多ければそれだけで負担が掛かるし、必要になる結果もより大きなものに変わるからだ。名義だけ集めて、という手法もウマ娘からの理解を得られることはない。
「ああ、別に全員面倒見ろって訳じゃない。何なら今まで私だけでも面倒見てたんだ、名前だけ貸してくれりゃ良い。そうすりゃレースにも出れるしグラウンドも大手を振って使えるようになる。アンタはただ結果だけ享受しときゃ良い」
悪くない話だろ、とシリウスシンボリは言った。
■九
「仮に、仮にその話を受けるとしてだ」
念入りに前置きをしておく。少しの失言で言質を取られては敵わなかった。思っていたよりは、真っ当な話だとも思う。チームとして認められるかはさておき、そういう零れ落ちた者達を拾い上げる場所があっても良い筈だ。シリウスシンボリというウマ娘は、もっと傍若無人で、規則に対して無法を貫くタイプだと思っていたが、意外にも柔軟な思考も持ち合わせているらしい。
「俺は非才だが、怠惰に過ごしていたいわけじゃない。口に出せる所は出していくことになる。全員に目は向けられなくてもな」
「それに対して従うかどうかは私達の自由だ。だが、アンタだって中央のライセンスを取ったトレーナーだろ? そこまでトンチンカンなことは言わないと思ってるぜ」
「そう思いたいがな」
これまで何人ものウマ娘から担当を切られているのだ。自分に自信を持つことはできない。よく言われる、無能な働き者って奴なのだろう。
「それに、何か気に入らないことがあればすぐにチームを解散するだろうな」
「そうしたらまた私達は問題児に戻るだけさ。キャリアが傷付くのはアンタだけだ」
「じゃあ、これが最後だ」
気付けば乗せられていた。いや、もしかしたら魅せられていたのかもしれない。
「適性も見ずに迂闊に首は振れない。お前達の練習風景を見せろ」
「アンタ、やっぱり面白いな」
シリウスシンボリは獅子のように笑った。