問題児達の参謀 作:カフェシリトレ
■一
シリウスがダービーを獲ってから二週間。これまでにない忙しさに追われていた。ダービーウマ娘に対する世間の反応を完全に甘く見ていた。雑誌のインタビュー、写真撮影を申し込む電話が途切れることなく鳴り続け、眠る時間もまともに取れない。今ほどコンテストアバターがチームを見てくれるのをありがたいと思ったことはない。
それに、シリウスが取材を受けることになれば、必然トレーナーの俺も矢面に立つことになる。メディアへの対応なんてトレーナー講習で習ったくらいの知識しか持たない俺にとっては、取材の質問攻めは地獄のようだ。曲解されないようにと言葉は選んだつもりだが、正直自信はない。普段のトレーニング指導と合わせてこんなハードスケジュールを過ごしているなんて、シニア一線級で戦うウマ娘のトレーナー達はどんなタフガイなんだろうか。
それでもどうにかこうにか仕事を回し、世間の注目が直近の安田記念。そしてグランプリレースの宝塚記念に移っていったお陰でようやく心安らぐ時間が取れた。といってもやらなきゃいけないものは山積みだが。
「よう」
指定席みたいに、顎が肩に乗せられる。流石のこいつもメディア攻めは多少なりとも堪えたようだ。いつもより声に覇気がない。
「お疲れさん。練習はもうあがりか?」
「ああ。私だけ抑えめメニューだ。流石に疲れた」
「まあ、だろうな」
心なしか肩に掛かる重量がいつもより大きい。このまま眠ってしまいそうだ。せめて寝るならソファを使え、俺の肩が壊れる。
「秋に備えてしばらくは休みだ。よく休め」
「おう」
■二
そうは言いつつシリウスはその場から離れようとはしない。気にしてもしようがないので、いつも通り仕事を続ける。サマースプリントシリーズ、夏は短距離の晴れ舞台だ。ビューティモアも復帰するこのレース群を避けては通れない。
「そういや、ずっと聞けてなかったんだが」
「なんだ?」
「あいつのトレーナーに、病院とかの資料渡したんだろ。お人好しだな」
「ああ、その話か」
日本ダービーが終わった直後。取材攻めになる前に、シンセダイナのトレーナーに渡したのは、足の治療に適した病院のリスト。元々はビューティモアの疲労骨折の際に作った資料を加筆したものだ。
「喜ばれたか?」
「いや、怒られたな」
「怒られた? そりゃ狭量過ぎないか」
「ああ、そういう意味じゃねえよ」
デスクの引き出しから、俺が作ったものよりも更に分厚い資料を取り出す。
「これは?」
「先方のトレーナーが用意してたもんだ。見ての通り、俺が作ったものよりずっとちゃんとしてる」
そうでなきゃ困る、という思いはあった。試すようなやり口で申し訳ないとも思う。先方のトレーナーだって、ウマ娘のことを真摯に考えていて、しかしシンセダイナの意志を尊重した。アフターケアを万全にしているのは当たり前のことで、外野が口を挟めば怒られるのを当たり前だ。
「なんだ、良いトレーナーじゃないか」
「ああ、シンセダイナにとっては俺なんかよりずっとな」
自虐ではない。俺とあいつが新しい契約を結んだことは、結果的にWIN-WINのやり取りになったというだけだ。
「そういうもんか」
「そういうもんさ」
それ以上は興味をなくしたようだった。
■三
「お前は、秋に出たいレースとかあるのか?」
ダービーを獲る。それは年明けからずっと目指してきた目標だ。それを達成した今、次の目標を設定するのは普通だ。クラシック路線の秋と言えば菊花賞だが、こだわる必要も特にない。
「あー、考えてなかったな」
「おいおい……まあすぐにじゃなくていいさ。夏の間に考えておけば良い」
「いやー、最初はよ、しばらく海外行こうと思ってたんだよな」
仕事をしていた手が止まる。海外とはまた突飛な選択だ。アメリカか、フランスか、イギリスか。近場なら香港もある。海外遠征は無理ではないが、負担が大きい。
「最初ってことは、今は?」
「このチーム。手放すにはまだ惜しいってな」
楽しそうにシリウスは言う。
「トロも、モアもこれからもっと走っていくだろうし新しく入ったポニー達も、私がすぐに抜けたんじゃ拍子抜けだろう」
シリウスの居ないレグルスは、確かに大きく変わるだろう。海外にいる時期が長くなればなるほど、今の形には戻らなくなっていく。
「それにレグルスにはまだアンタが必要だ」
「俺も居なくなるみたいな言い方だな」
「そりゃそうさ。もしそうなったら連れて行くからな。ま、言わなくてもついてくるだろ?」
苦笑いでごまかす。その時になって見なければ分からない、とは思っているが、否定はできなかった。俺はこいつの奔放さに、懐の広さに、その優しさにすっかり魅入られてしまった。
■四
「じゃあクラシック路線続けるか?」
「トロがリベンジしたがってるからな。邪魔するのも無粋だろ」
皐月賞で掲示板に入れなかったのが余程悔しかったのか、打倒シンセダイナを掲げ、トロピカルエアは菊花賞に向けたトレーニングを重ねている。それに横入りでチームのエースが出るのは確かに無粋だろう。
「つか菊花は私にはちと長い」
「まあ、それはそうだな」
シリウスの適性はだいたい1800mから2400mまで。日本ダービーの長さが全力で走れるギリギリと言ったところだろう。菊花賞でこいつのポテンシャルを十分に発揮するのは難しい。
そうなれば、G2レースを中心に出るか、それとも
「天皇賞秋、なんてどうだ」
「ああ、良いなそれ。モアが秋華賞に間に合えば、クラシックもシニアもレグルスで独占だ」
トロピカルエアが菊花賞。ビューティモアが秋華賞。シリウスが天皇賞秋。それぞれのトロフィーを持っている姿を見たいかと言われれば、間違いなく見たい。
「いつの間にか欲深くなっちまったなあ」
「良いじゃねえか。欲が無いよりずっとマシだろ」
「違いねえな」
どうせならもっと欲深く。こいつらが全員、自分の望みを叶えられますように。口には出さずそう祈った。
■五
チームレグルスの、夏前最後のレース。それを走るのはトロピカルエアでも、ザッツコーリングでも、クライネキッスでも無かった。
「お疲れ様。惜しかったな」
「はいぃ……でもなんか苦しくはないというかぁ。一つの区切りだったので。無理聞いてもらってありがとうございました」
コンテストアバターの未勝利戦。彼女の最後のレースは二着に終わった。これからはスタッフ科の方に編入して、本格的にチームレグルスの裏方に回ることになっている。結局、最後まで勝つことは出来なかったが、トレーナーになるという新たな夢を見つけたコンテストアバターは晴れやかな顔をしていた。
「そういえば、また加入希望者が来てましたよぉ?」
「あー、またか。人が多くなると管理が面倒になるんだが」
「そう言っても形ばかりの面接で、通さなかったことないですよねぇ」
「まあな」
シリウスと約束したわけではないが、間違いなく彼女の影響だ。こぼれ落ちていった問題児達を彼女が繋ぎ止め、レグルスという新たな居場所を作った。それならば、来る者を拒むわけにはいかないだろう。
「二人ともお疲れさん。トロ達がパーティの準備してるぜ」
「あっ、シリウスちゃん」
「シリウス」
後ろから肩に手を回して寄りかかってくる。俺とコンテストアバターは結構身長差あるのによくやるわ。
「ま、感慨にふけるのも良いが、アンタらはこれから忙しくなるだろう? 頼りにしてるぜ、自慢の参謀達!」
シリウスが王なら確かに参謀か。なんだか面白くて笑みが溢れた。
第一話、完