問題児達の参謀   作:カフェシリトレ

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夏来たる


■一

 

「夏と言えば合宿だな」

 

 いつものトレーナー室。シリウスがいきなりそんなことを言い出した。サマースプリントシリーズの情報を集めていた俺は、はあと気の抜けた声で返事する。

 

「夏合宿。チームなら何処もやってるだろ?」

 

 トレセン学園は海岸沿いに合宿所を幾つも持っている。強豪チームや、G1を走るような優秀なウマ娘は夏をその合宿所で過ごすことも珍しくない。砂浜はウマ娘の足腰を鍛えるのに最適だし、合宿所に集まることで競争意識や技術の交換が行われることも価値を高めている。

 

「新入りも何人か入ったことだしな。ここらで親睦を深めるってやつだ」

「親睦を深めるのは構わんが……もう合宿所に空きなんてないと思うぞ。うちはそもそも大所帯だしな」

 

 六月ももう半ばに入ろうという暦だ。合宿所はとっくに満杯だろう。もう一ヶ月か二ヶ月早く思い立ってれば間に合ったかもしれないが、その頃はそんなことをしている余裕もなかった。

 それに、チームレグルスは新たに三人のメンバーを加えて九人にもなる。飛び入りで参加するには多過ぎだ。

 

「どうにかならないのか?」

「掛け合って見るのはタダだが、希望薄だろうな」

「アンタのポケットマネーで」

「零細トレーナーにそんな貯蓄あると思うか?」

 

 シリウスがダービーを取ったのもつい先日のことだ。来年ならまだ実績で給料も上がっただろうが、今年は安月給のままだ。とてもじゃないが団体で宿を取る余裕などない。

 それに、トレセン指定外の場所を使うとなると問題が起きた時に面倒なことになる。トレセンのサポートを受けられないのだから、こじらせれば最悪、キツイ雷が落ちてきてチーム解散という事態にもなりかねない。

 

「結構ややこしいんだな」

 

 残念とばかりにシリウスは首を振った。

 

■二

 

 一応、シリウスの頼みで学園の事務に掛け合ってはみたものの、当然ながら満席だ。合宿というものをさせてやりたいという気持ちはあるが手段が無いのではどうしようもない。

 

 学園内のベンチに腰掛ける。太陽が眩しい。こんな陽気な日にはそのまま眠ってしまいたくなる。

 

「どうしたもんか」

 

それとなく聞いた感じでは他のメンバーも、まあクライネキッスだけは及び腰だったが、合宿に興味はある風だった。なんとなく匂わせてしまったような気もするし、なんか良い妥協案はないものか。

 

「十人くらい泊まれて、ウマ娘がトレーニングしても文句言われない合宿所、なんてそうあるわけ無いよなあ」

「合宿所を探しているのかい?」

 

 独り言に返事が返ってくるとは思わずフリーズした。ひと呼吸遅れて自分の背後に立つウマ娘に気付く。

 

「シンセダイナ」

「こんなとこで呆けているから何かと思ったじゃないか」

 

 俺のかつての担当バであり、日本ダービーでシリウスとしのぎを削ったシンセダイナが呆れた顔で立っていた。

 

「足は大丈夫なのか?」

「お陰様で。秋までには完治出来ると思うよ」

「そりゃ良かった」

 

 関係ないといえば関係ないが、少しだけホッとする。

 

「それで、合宿所を探してるみたいだけど。トレセンのは取らなかったのかい?」

「頭からすっかり抜けててな。うちは人数も多いし」

「ふぅん……なら、うちの別荘使う?」

 

 シンセダイナはからかうように言った。

 

■三

 

「別荘、って」

「あれ、ボクの家結構なお金持ちだって話したことなかったっけ?」

「いや聞いたことはあるが」

 

 確かに金持ちだということは知っていた。高い食べ物を当然のように買い食いしてたし、時々見る私服が明らかにブランドもんだってのも知ってた。しかし、別荘地なんて言葉がぽんと出て来るとは思わなかった。ウマ娘の名家でも別荘なんて言葉が出てくるのはメジロ家くらいのものじゃないだろうか。

 

「一人でトレーニングするよりも、並走相手が居た方がボクもやりがいがあるからね」

「リハビリでトレセンの合宿には行かないのか」

「そ、どうする? どうしてもって言うなら取り計らってあげても良いけど」

 

 考える。シンセダイナがしょうもない冗談を言う性格でないことは知っているから、話自体は本当と考えて良い。別荘にどれだけの設備が整っているかは分からないが、同じクラシック戦線を戦うライバルと共に練習するのは、貴重な経験になるだろう。特にリベンジを狙うトロピカルエアにとっては、間近で走りを観察する良い機会になる筈だ。

 

 俺個人としても、改めてこいつの今のトレーナーと話してみたいことがある。

 

「うちの奴らの意見も聞かないといけないが、出来るならお願いしたいところだな」

「ふふん、これで貸し一つだね」

 

 ニタニタ笑うシンセダイナを見て、判断を早まったかと少し後悔しそうになった。

 

■四

 

「海、だー!」

 

 ビューティモアが楽しそうな声をあげた。バスの窓から見える景色はリゾート地のような海岸線。レグルスの他のメンバーも多かれ少なかれ目を奪われている。この一帯プライベートビーチだって言うんだから、凄い話だ。さらに芝とダート両方を走れる小さなレース場まであるらしい。シンセダイナ家恐るべし。

 楽しそうなウマ娘達とは別に俺は胃が痛くなるのを感じていた。シンセダイナの計らいで、合宿機関の一ヶ月、費用は全部相手が持ってくれるらしい。バス代に食費、宿泊費。こともなげに言われているがどれだけお金が掛かっていることか。そっちに思考が向いてしまうのは良いことか悪いことか。

 

 まあ、考えたところでどうにかなるわけでもない。ため息を吐き出して背もたれに体を預ける。

 

「海ってのは、広いんだな」

 

 横にいるシリウスがそんなことを言った。さっきまで眠っていたのだが、いつの間にか目覚めたらしい。朝が早かったのだから、もう少し休んでいても良いのに。

 

「海を見るのは初めてか」

「初めてってわけでもないが……私が見たことあるのは不格好なテトラポッドが敷き詰められてるか、遠くで排気ガスに曇った姿だけだ」

「都会の海岸と、景勝地は全く違うからな。これも一つ楽しみといえばそうだろうさ」

「ああ、せっかくだ。存分に楽しませてもらうさ」

 

 それは娯楽の意味か、それとも。シリウスは不敵に笑った。

 

■五

 

「やあ、よく来たね。ボクの別荘へようこそ。一ヶ月間楽しんでいってくれ」

 

 別荘と言うには広過ぎるというか、何処のリゾートホテルかと困惑するレベルの建物の前で、シンセダイナは自慢げに俺達を出迎えた。その隣には彼女のトレーナーも居る。

 

「あー、今回はお招きいただきありがとうございます」

「変に畏まった言葉遣いをする必要もないよ。今年は使用人も最小限だしね。とりあえず、部屋のキーを渡すから荷物を置いてきなよ」

「あ、ああ」

 

 一人一人に番号のついたカードキーを渡される。他のメンバーもはしゃぎながらそれを受け取って建物の中に入っていく。二○一号室。豪奢なカーペットが敷かれた階段を上り、二階のずらっと並んだ部屋、一番端の扉にカードキーを開ける。

 

「うわ、ひろ……」

 

 ホテルみたい、ではない。これはまさしくホテルだ。それも高級な。うちのトレーナー室より広いワンルームにベッド、それからベランダ。ユニットバスではなくトイレと浴槽も別々に用意されている。これで大浴場もあるらしいのだから驚きだ。

 

「一人で三万くらいはするのか……? 一万切るビジネスホテルぐらいしか泊まらねえから分からん……」

 

 それを一ヶ月。気が遠くなった。

 

■六

 

 正午頃に到着。すぐにトレーニング、という訳ではない。こんなところに来たのだ。少しくらいあいつらも遊びたいだろうし、チームレグルスだけで練習するわけでもない。今日のところは自由行動で、トレーナー同士でミーティングを行う運びとなっていた。

 

「コンテストアバターもあいつらと一緒に遊んでて良いんだぞ」

「いえ、他のトレーナーさんのお話を聞けることなんてめったにないですしぃ」

 

 確かに、あのトレーナーは実力は確かだ。トレーナーを目指しているコンテストアバターには良い経験になるかもしれない。それに、俺だって吸収できるものは幾らでもある筈だ。

 

 馬鹿みたいに広い会議室をノックして開ける。シンセダイナのトレーナーは既にノートパソコンを開いて待っていた。

 

「ハイバラさん。今回はよろしくお願いします」

「ああ、椅子にかけなさい。そちらの子は?」

「コンテストアバターと言います。今回無理言ってお話を聞かせてもらいにきましたぁ」

「…………君もそっちに座りなさい」

 

 どうするべきか少し悩んだ結果、そのまま参加させることにしたようだ。シンセダイナのトレーナー──ハイバラトレーナーはこほんと咳払いをした。

 

「では先ず。お互いの、今回における最終目的の話をしようか」

 

■七

 

「こちらの最終的な目的はシンセダイナくんの脚部不安解消、そして今夏まで出来なかった実践的なトレーニングによって勝負精神を鍛えることにある」

 

 シンセダイナはダービー以降また休養に入っていた。本人は完治できると息巻いていたが、トレーナーにとってはまだそれは努力目標であるらしい。

 

「こちらはチーム全体の目的としては、異なる環境による練習効率の上昇。特に砂浜を使ったトレーニングの経験をさせることが一つの目的。また、そちらのシンセダイナは様々な走りが出来るウマ娘ですから、彼女と共にトレーニングすることによって、自分達の脚質やレース展開について学んでもらう予定です」

「彼女の走りを盗む気かな」

「ええ、もちろん。そちらも盗めるものは盗むつもりでしょう?」

 

 人数はこちらの方が多い。シンセダイナ自身の吸収力もあって、彼女はこの夏で大きく伸びることになるだろう。

 

「特に、結成後に新しく加入した子達は、まだ自分の脚質が完全には定まっていないですからね」

「なるほど、理解した。では具体的なトレーニングメニュー。特に君達との交流トレーニングのプログラムに話を進めよう」

 

 ハイバラトレーナーはプロジェクターを起動して、詳細に作られたプレゼン資料を提示する。

 一ヶ月間のトレーニングスケジュール、ゆとりを持たせながらも効率性を求めた、俺の想像よりも数段上の計画だ。

 

 これを盗みに来たんだ。俺はメモを開き、彼の声に耳を傾けた。

 

■八

 

 ハイバラトレーナーとのミーティングは三時間に渡って続いた。それでも時計の針はまだ四時にもなっていないし、夏の夕方は長い。部屋に戻ってデータをまとめても良かったがせっかくとコンテストアバターに誘われ……いや誘われというか連行されビーチまで来ていた。

 

 メンバー達は皆学校指定の動きやすい競泳水着だが、体のラインがくっきり出るそれは目の保養もとい目に悪い。

 

「お、トレーナーもコンも来たな」

「水ぶっかけるなよ。俺水着じゃねえんだから」

「ちぇっ」

 

 スタンバイしていたビューティモアに釘をさすと渋々水の入ったバケツをその場にひっくり返す。やると思っちゃいたが危なかった。

 

「他の奴らは?」

「シリウス達はあっちでビーチバレーしてる。トロは一人で沖まで泳いでんな」

 

 ビーチ自体はシンセダイナの家の従業員が監視してくれているから、一人で泳いでいても危険があれば気付くだろう。

 

「で、お前はクライネキッスとアクアスワンプ連れて城作りか」

「おう、凄いだろ」

 

 三人で作っている砂の城の出来栄えは驚嘆に値するものだった。

 

■九

 

「あ、アクアちゃんそんなところに居たんだぁ」

「最初から居ましたよ!」

 

 俺の言葉で存在に気付いたらしいコンテストアバターの言葉に涙目になって抗議する、新しく入ったアクアスワンプはなんというか、存在感の薄いウマ娘だ。本人は性格も家庭環境も特に問題を抱えていない普通のウマ娘なのだが、何故か不思議なことにうっかり忘れられやすい。

 

「うぅ……私に気付いてくれるのはトレーナーさんとクライネ先輩だけです……」

 

 申し訳ないが、正直な話俺もよく気が付かなかったりする。そう思われているのは、レグルスのメンバーを集める時に欠かさず点呼を取るからだ。元々そういうのはきっちりやっておきたいタイプではあるのだが、アクアスワンプが加入してからはよりしっかりやるようにしている。

 

「クライネキッスはよく見つけられるな」

「ぴぇ……私が隠れたいって思ったところに、いつもアクアちゃん居るので」

「うぐっ」

 

 とどめをさすような一言を言われ、アクアスワンプはその場に崩れ落ちた。

 

「二人も混ざるか?」

 

ビューティモアは特に気にせず城のディテールに精を出している。

 

「いや、遠慮しとく。ハメ外しすぎてないか見回りに来ただけだからな」

「じゃあ、私は参加しようかなぁ」

 

 コンテストアバターが城作りに混ざったのを見て、俺はシリウス達の方へと向かった。

 

■十

 

「はい、シリウスちゃん、ダイナちゃんチームが十点先に取ったので勝利ですね」

 

 ビーチバレーしているというシリウス達の元へ向かうと、ちょうど試合が終わったところのようだ。しかし、メンバーを組み替えてすぐに次の試合が始まる。話し掛けるタイミングを見失ったので、審判をしているザッツコーリングに話し掛けた。

 

「よう、楽しんでるか」

「あら、トレーナーさん。お陰様で楽しませてもらってます」

「こんな良い場所使わせてもらえるのはシンセダイナのお陰だけどな」

「それもトレーナーさんのコネということで」

 

 始まった試合は、シリウスとジュエルビスマス、シンセダイナとツヴァイスヴェルのコンビか。ジュエルビスマスもツヴァイスヴェルも、横で縦横無尽に動く先輩についていくのがやっとのようだ。

 

「さっきはシリウスちゃんとダイナちゃんが一緒になっちゃったから、すぐに終わっちゃったんですよ」

「そりゃお気の毒に」

 

 G1ウマ娘二人のパフォーマンスに、メイクデビューもしていない後輩についていけと言うのは酷な話だろう。実際、今の分かれた試合では展開は拮抗している。強いて言うなら、あがり症のジュエルビスマスが少し鈍いか。

 

「お前は選手側には行かないのか?」

「さっき一試合やりましたよ。ちょっと疲れてしまったので、休憩ですけど」

 

 病弱故に全力で遊べない、ザッツコーリングの横顔は少しだけ寂しそうに見えた。

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