問題児達の参謀 作:カフェシリトレ
■一
ビーチで散々遊んで、うまい飯を食って、殆ど一人貸し切りの大浴場にも入って。合宿というよりはツアーのような一日が終わりを迎える夜。俺は眠れずに砂浜を歩いていた。普段なら、考えをまとめるときは部屋にこもりきりなのだが、俺も少しは浮かれているらしい。
「都会と違って星がきれいだな」
適当な場所に腰掛ける。夜空はトレセン学園から見る空とは比べ物にならない程たくさんの星が瞬いていた。
波の音がざあ、ざあとくり返し聞こえる。それに混じって誰かの足音が聞こえた。
「早く寝ないと、明日に響くぞ」
「アンタ、その言葉そっくり返されるとは思わなかったのか?」
隣にシリウスが座る。振り返らずともなんとなく分かった。
「ありがとな」
いきなりシリウスがそんなことを言った。
「何か礼を言われるようなことをしたか」
「この合宿だよ。私だって、迂闊なことを言ったって自覚くらいはあるんだぜ」
シリウスは、合宿をしたいという気持ちを、自分でもワガママだと思っていたのだろうか。まあ、今回は偶然シンセダイナが手引してくれたが、無理難題に奔走していたのは間違いない。
「気にするな。俺だって、お前らに何かさせてやりたかったんだ。それに、まだ初日だぞ。礼を言うなら、この合宿で何か掴んでからにしてくれ」
「言ってくれんじゃねえか」
星空の下、シリウスは一等強く輝く星を指差す。
「この合宿、やって良かったって思うことになるさ、絶対にな」
「……俺も、そうするつもりだ」
俺とシリウスは、顔を見合わせて笑った。
■二
合宿二日目。朝からハードなランニングスケジュールが組まれている。俺は直接ついていく訳ではないから少し気が楽ではあるが。原付の運転なんて出来ないし、自転車じゃ追い付けないからな。そっちの方はコンテストアバターが見てくれるので、その間に合宿前のデータを一元化して、後々比較しやすいよう整形する。
「ぜー……はー……」
「ら、ランニング終わりました……」
「これ、毎朝やるんですか……?」
一足先に、アクアスワンプとジュエルビスマス、ツヴァイスヴェルの下級生三人組が帰ってくる。彼女達はまだメイクデビュー前で体もできていないということもあり、他のメンバーよりも軽いメニューで調整していた。ランニングも、他の奴らの半分少しくらいだ。
「お疲れさん。もう少ししたら先輩も帰ってくるだろうから、休憩で体冷やすなよ。風邪引くだけじゃなく、後の練習が辛いぞ」
「はーい……」
「先輩方凄いっすね……コンテストアバター先輩も平気な顔でついていってるし……」
まあ、コンテストアバターはレースだったり加速を求められる場面でなければ、今でもレグルス上位のペースランナーだ。クライネキッスやザッツコーリングよりも長距離走のタイムは良い。
とはいえ、ただ先輩が凄いという話で終わらせてしまうとモチベーションに影響が出るかもしれないな。
「まあ、あいつらも最初から凄かったわけじゃない」
そう言ってこいつらに見せるのは、去年の秋。チームレグルスが発足した当時のデータ。
「……シリウス先輩以外、今の私達とそんなに変わらないですね」
「あいつらも練習を続けて速くなったんだ。焦るなよ」
「……はい!」
上手いこと元気づけることが出来たようだ。三人は目を光らせて、次のトレーニングメニューに向かっていった。
■三
合宿の成果は目に見えて上がっていた。特に新入りの三人はメキメキとタイムを上げている。シリウス、トロピカルエア、シンセダイナは秋からのレースに向けて鎬を削っているし、怪我から完全復帰したビューティモアも夏終わりの短距離に照準を定めている。
その中で伸び悩んでいるのは、クライネキッスとザッツコーリングの二人だった。質の良いトレーニングがそのまま成長に直結するわけではない。必ず全員が伸びることはないと分かっていたが、伸び悩んでいる彼女達を放っておくわけにもいかない。
どうしたものかと考えている昼休憩。ザッツコーリングがこちらに向かってくるのが見えた。
「トレーナーさん。一つ相談があるんです」
「……どうした」
ほんわかした彼女らしくない真剣な表情だ。彼女なりに伸び悩んでいることに何か思うところがあるのだろうか。何かアドバイスが出来ればとデータを開いた俺に対して、彼女は言う。
「ダートに、転向しようかと思うんです」
ダート転向。それは、ある意味では今まで磨いた技術の殆どを捨てる選択だ。芝とダートでは求められるものがまるで違う。ダートで活躍したウマ娘が鳴り物入りで芝のレースに出て結果を出せないことも、その反対も見たことがある。そして、それは何よりも本人の適性に依存する。
ザッツコーリングにダート適性があるかどうかという話ならば、俺は、あると感じてはいた。
■四
「理由を聞いてもいいか」
ザッツコーリングがダートを走れるとして、本人がそれを望んでいるとして。手放しでそれを受け入れる訳にはいかない。ダートに進むという言葉の意味を彼女が理解しているのか、確かめる必要があった。
「芝をこのまま走っても、私は満足出来ないと思いました」
ザッツコーリングはまだ未勝利戦でしか一着を取っていない。それが才能の無いことだとは思わない。内容は悪くないし、俺にとっては未勝利戦を勝つだけで十分過ぎる程に頑張っていると思う。だが、トロピカルエアは皐月賞を走り、ビューティモアも怪我で回避したとはいえ桜花賞への切符を持っていた。そしてシリウスは日本ダービーを獲った。仲間が前へと進んでいって、彼女が焦りを感じるのもよく分かる。
「だから間違っていたとしても、新しい可能性に賭けたいんです」
「ダートは芝とは全く違う。最悪の場合、どっちつかずになってマイナスの結果になる可能性だってある」
「それでも、今のまま立ち止まっていたくない」
決意は本物のようだった。後ろ向きでも自暴自棄でもない。それならば、全力で応えるのがトレーナーの義務であり使命だろう。
「……分かった。ダート向けのトレーニングを考える。他のメンバーにもこのことは伝えるぞ」
「ありがとうございます。それと、もう一つだけいいですか」
「なんだ?」
「ツヴァイちゃんにも、ダートを勧めてみてくれませんか」
■五
ツヴァイスヴェルの夢は有馬記念や、宝塚記念。グランプリレースだ。人気投票で選ばれた最高峰のウマ娘達が雌雄を決する、トゥインクルシリーズの中でもトップクラスの人気を誇るレース。それを目指すのは何もおかしなことではない。
ただ、不幸というべきか。ツヴァイスヴェルは、芝への適性が無かった。それは相マ眼に優れているとは言えない俺だけでなく、本職ではないウマ娘にも分かる程に顕著だ。
本当は一度、彼女にダート転向を勧めたことはある。といっても、ダートを試してみるか、なんて軽く聞いてみただけで準備も何もしていなかったが。その時彼女は、自分に才能が無くても夢に向かって走り続けたいと答えた。コンテストアバターのように傷付きながらもがいているのなら、その場で意地でも止めたが、まだ彼女は夢見続けていた。だから何も言わなかった。
「一人でダートに向かうのは嫌か?」
自分でも酷い言い方だった。反省するも、飛び出した言葉は戻らない。
「いえ。私一人でもダートは走ります。ただ、ツヴァイちゃんが走っている姿も、私は見たいんです」
ザッツコーリングは真っ直ぐな眼差しで言った。
「……それなら、お前からツヴァイスヴェルに言ってやれ。俺が言うよりも効果はあるだろう」
彼女の言葉はワガママで、俺はそれに手を貸すわけにはいかなかった。
■六
二人分のダートメニュー。自身のレースがあるシリウスに任せるわけにも、勉強中のコンテストアバターに投げるわけにもいかない。彼女達にさらなる負担をさせてしまうなどトレーナー失格だろう。
だが、俺自身もダートの走り方を教えられる程の知識を持たない。今まで担当したウマ娘は全員芝を走っていた。芝とダートを走るウマ娘が違うように、それぞれの走りを教えるのにも別の知識が要る。
俺に取れる手段は、一つしかなかった。
「ハイバラさん、ダート用のプログラムを俺にください」
ミーティング終わり、ハイバラトレーナーに頭を下げる。この人は、シンセダイナの前にも様々な才能あるウマ娘を担当してきた人だ。その中にはダートの重賞で活躍したウマ娘も居る。俺よりも、間違いなくダートに関する知識を持っている。
「…………君は、本気でそれを言っているのかね」
ハイバラトレーナーは、高級そうな眼鏡を外して机に置いた。
「トレーナーが持つ知識は、それ自体が価値を持つ財産であり、実力だ。交流会というものも存在するが、それはあくまで相互に利益を得られるからに過ぎない。一方的な譲渡は、乞食と何も変わらない」
お前は何を差し出すのか。ハイバラトレーナーは言外にそう聞いていた。
■七
「俺は……トレーナーとしては未熟です。俺が集めたデータは、あなたにとっては全く価値の無いものでしょう」
それは、シンセダイナの為に用意した治療施設の情報を見れば分かる。自分が得意だと思っていたデータ収集においても、俺はまだこの人には敵わない。いつか戦えるようになるのかも分からない。
だから絶対に俺しか持ってないものをベットするしかない。
バッグから取り出した、プリントアウトされた大量のデータに、ハイバラトレーナーは目を見開いた。
「俺が今まで記録してきた。レグルスのメンバー全員のスコアです。特に、シリウスシンボリや、トロピカルエアのデータはあなたにとって有用な筈だ。俺は……これをトレードに出す」
「……君は馬鹿かね」
呆れ返ったような声だった。
「仮に最終的に全てを出すとしても、小出しにしようは考えなかったのかね」
「それは」
「もし私がこれで満足しなかったらとは考えなかったのか? 交渉の手札を最初に全て見せるのは下策中の下策だ。仮に今回通ったとしても、次に続かないだろう」
言われてみれば、返す言葉もない。目先のものに囚われて、将来的に彼女達の損になるようなことをしている。それでも、ここで引き下がることは出来ない。
ハイバラトレーナーは深いため息をついた。
■八
「ダート用のプログラムが必要なのは誰かね」
「えっ……」
「誰かと聞いている」
「……ザッツコーリングと、ツヴァイスヴェルの二人です」
「ならば、その二人のデータを渡しなさい」
言われた通りに、二人のデータをハイバラトレーナーに手渡す。
「これは貸しだ。早くに返さなければその分利子が嵩むと思いたまえ。それが嫌ならば、実力を積むことだ」
「……! ありがとうございます」
また一つ、未熟な自分は誰かに助けられた。その事実を噛み締め、深く頭を下げる。そして頂いたデータを飲み込み自分のものにしてみせると強く決意する。
「ついでだ、プログラムの他に、一つ忠告しておこう」
「忠告、ですか」
「支えてるつもりで、寄りかかるな」
「それは、どういう」
「意味は自分で考えたまえ。無能の烙印を押されたくなければね」
この人が言うからには、きっと必要なことなのだろう。
寄りかかるな、誰に。その答えは、考えるまでもなかった。何に、という問いには答えは出なかった。
■九
ツヴァイスヴェルから話がしたいと連絡が来たのは、その翌日のことだった。他の人には聞かれたくないということで夜のテラスを集合場所に指定する。テラスまであるのは本当に凄いなここ。
俺が定刻十分前に着くと、ツヴァイスヴェルは既にそこで待っていた。
「待たせたか」
「いえ……まだ時間になってませんし」
ツヴァイスヴェルは沈痛な面持ちだった。何の話をしに来たのかは、聞くまでもない。
「一応先に言っておくが、ザッツコーリングの言葉は彼女が感じたことを、彼女の意思で伝えたものだ。それだけは念頭においてくれ」
「……はい」
納得も理解もしている。だが、心はそれでは済まない。
「夢を追いかけるの、って駄目なんでしょうか」
彼女の夢は、グランプリレースだ。しかし、少なくとも今のままではその願いは叶わない。そして、ダートに転向すれば永遠に叶うことはないだろう。それを、聞こえの良い言葉で誤魔化すつもりはない。
「夢を追いかけるのは自由だ。それが呪いに変わるまでは」
脳裏には、コンテストアバターにあの言葉を告げた時の記憶が過ぎっていた。
■十
「俺はお前の判断を尊重する。お前がグランプリを目指したいというのなら、その為に全力を尽くす」
それは、彼女の願いによって彼女自身が傷つくことにならなければ、の話だ。ツヴァイスヴェルはまだ本格化を迎えきったわけでもなく、むしろこれからどんどん伸びていく。夢を諦めるにはまだ早い、という気持ちは本心だ。
「ただ、ザッツコーリングはお前のダートでの活躍に夢を見た」
ザッツコーリングがダートへ挑む時に共に切磋琢磨し、きっと自分の先へ行くだろうからこそ、越えるべき目標となる姿を夢見た。それは、ツヴァイスヴェルからすれば勝手な押し付けに思えるだろう。
「だからあいつは俺に、ダートを勧めるよう願ったし、俺はそれを断った。あいつのエゴで誰かの進路を変えようとするのなら、あいつ自身の言葉で変えなきゃ意味がない」
「……トレーナーさんは、私がグランプリを目指すのを否定しないんですね」
「ウマ娘の夢を支えるのがトレーナーの仕事だ。間違った道から引き戻してやるのも仕事だけどな」
ついでにワガママを聞くのも、とおどけると彼女もつられて笑う。
「夜遅くに相談乗ってもらって、ありがとうございます」
「答えは出たか?」
「まだですけど……ちゃんと出せると思います」
ツヴァイスヴェルの目は、月に照らされて光を取り戻していた。
■十一
ツヴァイスヴェルが出した答えは、芝を走り続けるというものだった。ザッツコーリングは残念そうにこそしていたが、二人の関係性が(俺が見た限りでは)悪くなるということもなく、腹を割って話し合えたのだろうと思う。そこにまで首を突っ込むのは流石に野暮というものだ。
基礎トレが終わると、ザッツコーリングは一人ダート用のトレーニングをこなす。ハイバラトレーナーから貰ったものを俺とコンテストアバターの二人で噛み砕いた内容のお陰か、トレーニングの進み具合は順調のようだ。
「トレーナーさん、今のタイムどうでしたか?」
「50秒7。平均が51秒1だからかなり良いタイム出てるな。安定してタイムは縮んでるぞ」
ダート800mのタイムはぐんぐん伸びている。URAで800mの短さはそうないが、ザッツコーリングはスタミナに不安があるタイプでもない。この調子で仕上げていけば、きっと良い成績が残せるだろう。
「トレーナーさん、ありがとうございます」
「なんだ急に」
「私のワガママを聞いてくれて。それでズルをしようとしたら叱ってくれて」
礼を言われると、なんだか急に気恥ずかしくなる。当たり前のようにこういうことができるシリウスは、本当に凄いんだな。なんともなしにそんなことを思った。