問題児達の参謀   作:カフェシリトレ

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対抗

■一

 

「トレーナーさーん!」

 

 シンセダイナの別荘地で仕事するのにも慣れてきた頃、ラウンジでノートパソコンを開いていると、ジュエルビスマスとアクアスワンプがこちらに向かって走ってきた。

 

「どうした」

「クライネ先輩見ませんでしたか?」

 

 休憩中にクライネキッスを探しに来たらしい。見ていないと返すと、二人は礼を言って他の場所へと走っていく。

 それを見届けると、俺は足元に話しかけた。

 

「行ったぞ」

「あ、ありがとうございましゅ……」

 

 俺の荷物の陰に隠れていたクライネキッスが、のそのそと這い出てきた。二人が来る数分前に助けてくれと走り込んできたのだ。ビューティモアの悪戯に巻き込まれそうにでもなったのかと思ったがそうではなかったらしい。

 

 どうやら、クライネキッスは他のメンバーと比べても下級生に慕われている。シリウスはリーダーとしての憧れが先に来る、トロピカルエアはストイックだ。ビューティモアは悪戯が過ぎるし、ザッツコーリングは普段の独特なテンポに幻惑されているのをよく見る。コンテストアバターはよく分からないが、後輩からは恐れられているらしい。

 

 そういうわけでクライネキッスは三人組から慕われているのだが、当の本人は未だに慣れていないようだ。隠れる程に逃げてきたのは初めてだが。

 

「にしてもどうしたんだ。別にキレてる感じでも無かったが」

「ええ、と……その」

 

 言いにくいことなのだろうか。シリウスに任せるべきかと考えていると、予想以上にしょうもない理由が返ってきた。

 

「アドバイスを求められて……」

 

■二

 

「いやそれは別に受けてやっても良いんじゃないか……?」

 

 別に二人も完全無欠な答えを求めているわけではないだろう。わざわざシリウスやコンテストアバターではなくクライネキッスに聞いたということは、彼女にしか答えられないものだ。或いは、彼女にこそ答える意味があるものだ。しかしクライネキッスは首をブンブンと振る。

 

「む、無理ですよ、私が、アドバイスなんて」

「あー、どうして無理なのか聞いてもいいか」

「だ、だってシリウスちゃんみたいに自信もないし、コンちゃんみたいにちゃんと言葉にできる気もしないし、と、とにかく無理です!」

 

 思わず眉間を押さえる。嫌なら無理強いすることもないとは思ってはいたのだが、クライネキッスの自己肯定感の低さは中々凄い。バ群に弱かった差しから逃げに戦法を変えたとはいえ、これでよくレースを走れるものだ。

 そしておそらく後輩達は、特にジュエルビスマスはその部分を詳しく聞きたがっている。

 

「あー、分かった。とりあえずいつ二人が戻ってくるか分からんし、早めに他のところに逃げた方が良いぞ」

「そ、そうですね。ありがとうございましたー!」

 

 走り去っていく後ろ姿を見届ける。それから考える。クライネキッスと後輩達を合わせることは、もしかしたら上手く化学反応を起こすかもしれない。

 

 ちょっと荒療治試してみるか。トレーニングの内容を少しだけ修正した。

 

■三

 

「で、あの組み合わせになったのか」

 

 シリウスが玩具を見るような目でクライネキッスの方を指差した。二つのチームに分かれてのグループトレーニングは元々あったプログラムだ。本来はクライネキッスの人見知りを鑑みて、仲が良く引っ張っていけるビューティモアと同じチームにするつもりだったが、直前でそれを変えた。

 シリウス、ビューティモア、ツヴァイスヴェル、シンセダイナのAチーム。クライネキッス、トロピカルエア、ジュエルビスマス、アクアスワンプのBチーム。少し偏った構成にはなったが、これでやる価値は十分にある。

 

「しかしトロとか。保つのか?」

「まあ、本当にヤバそうならストップかけるが……実は案外大丈夫なんじゃないかと思ってる」

「ハハハッ、私もだ」

 

 シリウスは俺よりずっと前から同じことを思っていたらしい。

 

「トレーニングの最後はリレー形式のレースだろ?」

「ああ、アンカーはお前とクライネキッスだ。ハイバラさんと話し合って決めた」

 

 ちなみに一番手はトロピカルエアとシンセダイナだ。菊花賞を巡る前哨戦と言ったところか。

 

「トロピカルエアには、クライネキッスをリーダーとして立てるように言ってある」

「良いな。どう殻破るのか、今から楽しみだ」

 

 そう言ったシリウスの顔は、何故だか少しだけ不満そうに見えた。

 

■四

 

 クライネキッスをリーダーに据えたBチームのスタートは酷いものだった。音頭を取れない彼女はすぐに助けをトロピカルエアに求めたが、トロピカルエアはこれを拒否。ビューティモアだったら耐えきれずに助け舟を出してしまっただろうが、トロピカルエアは必要だと思えばその辺りはシビアに判断できる。後輩からは期待の視線を向けられ、コンテストアバターに見張られているから逃げ出すこともできない。結局、泡を吹くように練習メニューを進めていたが、予定の半分もこなせなかった。

 

「半分弱はこなせた、の間違いなんだよな」

 

 休憩時間にデータを入力しながら独り言で修正する。初日は全く動けないことも考慮に入れていた。しかし、クライネキッスはたどたどしくもリーダーとしての役割を果たして見せた。

 荒療治だが、本当に性格的に出来ないのであればその段階にすら進まない。ストレスで体調を崩すか、逃げ出すかのどちらか、クライネキッスは立ち向かって見せている。それは間違いなく彼女は次のステップに進むのに必要となる。あとは、後輩二人がどれだけ動くか。

 

「シリウスの方は見た感じ問題無いな」

 

 Aチームはリーダーとしてシリウスを立てているものの、実際にはシンセダイナとのツートップだ。彼女達はしばしば意見をぶつけ合わせていたが、すぐに妥協点を見つけて練習に戻っていく。残りのビューティモアとツヴァイスヴェルの二人は自分で考えて動くよりも言われたことを純粋にこなす方が得意で、ロスなくトレーニングを続けている。

 

「グループトレーニングは後五日。それまでにどれだけ進むか」

 

 そして、グループトレーニングには参加していないザッツコーリングの練習も見なければと、パソコンを閉じた。

 

■五

 

 

 どうしてこんなことになってしまったんだろう。クライネキッスは後悔に使える事柄を思い浮かべようと頭をひねる。しかし、こんなことになってしまうような心当たりは無い。

 

「クライネ先輩、今日もよろしくお願いします!」

 

 後輩二人が、きらきらとした眼差しでクライネキッスを見る。今の自分はグループのリーダーなのだ。シリウスシンボリにも、ビューティモアにも頼れない。唯一の助けだと思っていたトロピカルエアも、彼女に手は貸さなかった。

 

「え、あ、えっと……まず、は15kmの、ラン、ランニングから……」

「分かりました!」

「お願いします」

 

 どもりながら渡されたメニューをそのまま口にすると、無邪気な後輩は勢いよく返事をした。あまりに元気が良くてクライネキッスはさらに縮こまる。

 

「アップはしなくていいの?」

「あ、そう! うん、えと。まず準備運動から」

 

 トロピカルエアの言葉で忘れていたことを思い出す。やっぱりこんなこともすぐ抜かしてしまうなんて、自分はリーダーには向いていない。トレーナーは何を思って自分をリーダーにしたのだろうか。

 

 それでも、なってしまったからにはやるしかないと、クライネキッスは後ろ向きに覚悟を決めていた。

 

■六

 

「クライネキッスがリーダーで、どうだ?」

 

 ジュエルビスマスとアクアスワンプを呼び出して尋ねるのは、クライネキッスのリーダーとしての評価だ。俺が見た限りでは、ちゃんとやれているように見えても、当人達の間では不満が溜まっていることもある。

 

「どうだ、って普通に練習してるだけですよ」

 

 いまいち質問の意図が分かっていないのか、頭に疑問符でもつくような声でジュエルビスマスが答える。賢しくおべっかを使われるよりも、ずっと生の声だ。

 

「トロピカルエアがリーダーだったら良いのに、とは思わないのか?」

「……決めたの、トレーナーさんですよね」

 

 そんなことを思っていたのか、と言いたげな顔だ。まあ、トロピカルエアにリーダーをしてもらいたいとメンバーが思っているのに、わざとクライネキッスをリーダーにしたのだとしたら、嫌がらせの類いにもなるだろう。

 

「ただのヒアリングだ。トレーニングに支障が出るようなら変えなきゃならないしな」

「別にそうは思いませんけど。トロ先輩がリーダーは嫌だって話じゃなくて、その……」

「俺しか聞いてないから気にせず言ってくれ」

 

 続きを促すと、ジュエルビスマスは視線を宙にしばらく漂わせた後、意を決したように言った。

 

「クライネ先輩がリーダーなの、シリウス先輩とかよりも、良かったって思うんです」

 

 そこまでの好評価は少し意外だった。俺の見立てだと、リーダーが出来ないわけじゃない、くらいでシリウスやビューティモアより評価が高いとは思わなかった。

 

「それはどうして?」

「クライネ先輩、一番色々見てくれてるから」

 

 それはある意味で納得の答えではあった。

 

■七

 

「シリウス先輩やモア先輩って、前に立って引っ張ってはくれるんですけど、こっちを振り返ってみてくれることってあんまりなくて」

 

 俺が力不足なせいもあるが、シリウスはレグルスのメンバー全体を見回した上で自分の走りも磨かなければならない。目立つ問題ならばまだしも、個別個別に事細かく見ている余裕はあまり無いだろう。ビューティモアは行動力があって周りを巻き込んでいくから、支えるというより支えられるタイプのリーダーだ。

 

「トロ先輩とかは、真面目で融通がきかないっていうか」

「ザッツコーリングは?」

「あの人はよく分かんないです……」

 

 よく分からないは流石にかわいそうだと思いつつ。

 

「クライネ先輩って、私が靴紐解けたとか、ちょっと足つったとかそういうのにもすぐ気付いてくれて」

「私が置いてかれそうになっても気付いてくれます!」

 

 横からアクアスワンプが口を挟む。すまん俺も話してる間ちょっと忘れてた。

 

「贔屓っていうか。リーダー選ぶなら、やっぱり私達のことちゃんと見てくれる人が良いなって」

「なるほどな。それ、クライネキッスにちゃんと言ってやれ。お前達の言葉じゃないと、信じられないだろうからな」

 

 思いの外クライネキッスの評価が高かった理由を知れて良かった。だが、一人だけ名前が出ていないことに気付き、聞いてみる。

 

「そういやコンテストアバターは」

「あの人鬼なんで嫌です」

 

 即答だった。

 

■八

 

 

「クライネ先輩。リレー、絶対に勝ちましょう」

 

 ジュエルビスマスの言葉に、クライネキッスは目を回しかけた。リレーに勝つ。それは、シリウスシンボリに勝つという意味だ。

 

「そ、それは負けたくないとは思うけど、勝てるとは、その」

「勝ちたいんです。今しか無いから」

「い、今しか?」

 

 今、という言葉の意味が分からずオウム返しになる。合宿は終わるが、トゥインクルシリーズとしてはこれからが本番だ。けして今しか出来ないことない。

 

「クライネ先輩がリーダーで良かった、って証明したいんです」

 

 この後どれだけ結果を残そうと、この合宿でクライネキッスがリーダーだったことの正しさを示さない。シリウスシンボリではなく、シンセダイナではなく、ビューティモアでもなく。クライネキッスだからこそ、が欲しい。

 

「私も、アクアも。勝つ為に全力で繋ぎます。だから、最後勝ってください。シリウス先輩より先にゴールしてください」

「ちょ、ちょっとねえ……ト、トロちゃん」

 

 真剣だと理解したクライネキッスはトロピカルエアに助けを求める。決意に満ちた眼差しにどう答えれば良いのか分からない。

 

「私だけ蚊帳の外にはしないでよね。勝つなら、第一走の私だってコケるわけにはいかないでしょ」

「ト、トロちゃん……」

 

 乗り気のトロピカルエアを前に、クライネキッスはへなへなと座り込んでしまった。

 

■九

 

 合同トレーニングの最後のプログラム。合計8000メートルのリレー形式のレースがやってきた。レース場を走るが、バトンではなくタスキを繋ぐ形式だ。

 

 一番手、2000mを走るのはトロピカルエアとシンセダイナ。皐月賞と同じ距離ということもあり、リベンジの意味もあってトロピカルエアは燃えているだろう。惜しむらくは、後輩のバランスを鑑みて5秒のハンデがあることか。

 

 第二走はデビュー前の二人、アクアスワンプとツヴァイスヴェル。この二人は1500m走り切ることが目的だ。スタミナだけならば問題はないだろうが、実際のレース形式という感覚が不必要に体力を消耗する可能性は高い。ハンデ的には競り合う可能性は低いが、何が起こるか分からない区間だ。

 

 おそらく両者が隣になるのは第三走。ジュエルビスマスとビューティモアの2000m。ジュエルビスマスは実力は光るものがあるとはいえ、極度の緊張しいだ。息が上がって急ブレーキがかかる可能性が高い。対するビューティモアは距離の短い方が得意とはいえ、中距離もこなせる。5秒のハンデはここでなくなる。

 

 そして最終走者。クライネキッスとシリウスシンボリの2500m。実力、という話をするならばシリウスの方が間違いなく速い。だが練習とはいえレースに絶対は無い。ジュエルビスマスが粘ってクライネキッスがより先にタスキを受け取るようなことがあれば、シリウスも簡単には捕まえられないだろう。

 

■十

 

「コンテストアバターはどっちが勝つと思う?」

「んー、賭けるならやっぱりシリウスちゃんも居るAチームですけどぉ」

「けど?」

「そんなに、差は出ないんじゃないかなって思いますねえ」

 

 コンテストアバターは勝敗を半々寄りにとらえているようだ。

 

「やっぱり5秒は重いか」

「それもありますけどぉ」

 

 その視線はクライネキッスでもシリウスシンボリでもなく、ジュエルビスマスに向いている。

 

「結構面白いことしてくれるんじゃないかなぁ、って」

 

 ジュエルビスマスは、三人の中では一番タイムも速いし、コース取りや仕掛けるタイミングも一つ抜けている。確かにポテンシャルを発揮できればビューティモアに競り合える逸材だろう。距離の適性を考えれば有利でもおかしくない。だが、彼女は彼女自身が嘆いて直そうと努力する程に本番に弱い。今回の合宿で、きっかけを見つけることが出来たのだろうか。勝負根性の部分はデータを見るだけでは分からない。

 

「じゃあ私はBチームに一票でー」

 

 ザッツコーリングが、俺はどちらに賭けるのかと目で聞いてくる。トレーナーとしてどちらかに肩入れするつもりもない、俺は苦笑しながら首を振った。

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