問題児達の参謀 作:カフェシリトレ
暴君と金細工
■一
「シンセダイナ、逃げ切れるか! それともシンボリルドルフが差し切るか!」
テレビから叫ぶような実況が流れる。トレーナー室に新たに置かれた小型テレビを、レグルスの面々で覗き込んでいた。今年もそろそろ終わる頃、画面の先では今年の集大成として有馬記念が行われていた。先頭はシンセダイナ、だがシンボリルドルフがその横まで追い付いた。残り数百メートルのところでシンボリルドルフが一気にかわす。
「かつて七冠を抱いた皇帝が、再びグランプリを手にしました! シンセダイナは惜しくも二着」
「それでもシニア級のウマ娘が集う有馬記念でこの結果は十分すぎる程ですね」
誰もが皇帝の復活を喜んでいた。テレビ越しにも伝わる歓声は他の奴らの心も震わせる。
「……勝ちたい、あの人達に」
呟いたのはトロピカルエアだ。今回は人気投票で出走が叶わなかった。しかし有馬記念は来年もある。その前には宝塚記念だって。これから迎えるシニア級のライバルに対しても、彼女は臆すること無かった。
勝たせる、とは言えないが土俵までは連れて行く。それが自分の願いだ。レースで雌雄を決するその場まで、彼女達を磨き上げ、前に進ませる。その為にするべきことは幾らでもある。
「よし、有馬記念も終わったところで。今年最後のミーティングするぞ」
ホワイトボードを引っ張ってくると、興奮冷めやらぬメンバー達は、ギラついた目を輝かせた。
■二
「これからシニア、クラシックをそれぞれ走っていくことになる。先ずはシニア組から話そうか」
シニア級になれば、出られるレースは一気に増える。世代限定戦では会うことのなかった、一つ二つ上の世代とも当たるようになる。
「シリウスは秋まで休養。怪我しっかり治すぞ。来年も毎日王冠から秋の天皇賞を目指す」
「おう」
シリウスは素直に受け入れる。秋の天皇賞で、シリウスは骨折した。半年以上の休養とリハビリだ。しかし、彼女の目には闘志が残っている。問題はもう無い。
「トロピカルエアは大阪杯、ビューティモアは高松宮記念を目指して調整する。合間にオープン戦かG3を一戦挟むことになるだろう」
春のシニアG1戦線に挑むのはこの二人だ。贔屓目かもしれないが、G1を勝つだけの力は十分にあると思っている。
「クライネキッスはG1に出られるだけの実績を積む。長い距離でも問題ない筈だ。阪神大賞典を勝ちに行くぞ」
クライネキッスは最近メキメキと力を伸ばしてきている。G1に挑むのも夢物語ではない。
「ザッツコーリングはオープン戦を中心にしていく。大目標は地方トレセンとの交流重賞だ」
今、中央のダートは魔境だ。ザッツコーリングを低く見るわけではないが、歴代屈指の怪物揃いと言われる今のダートに無策で走らせることはできない。ゆっくりと、確実に経験を積んでいく。
■三
「次にクラシック。と言ってもツヴァイスヴェルとアクアスワンプはシンプルだ。未勝利戦勝ちに行くぞ」
メイクデビュー戦から後一歩が届かない彼女たち。残された時間は後約半年。それまでの間に未勝利戦を勝ち、次のステップを目指す。当人二人だけでなく、コンテストアバターも拳を強く握った。
「ジュエルビスマスはクラシック戦線を狙おう。皐月賞を取る為に先ずは弥生賞を目標にする」
唯一クラシック組の中で未勝利戦を取っているジュエルビスマスはクラシックの冠を目指す。現状では実績が足りない。トロピカルエアと同じように、トライアルレースでの優先出走権獲得を目指す。ジュエルビスマスの視線が先輩のトロピカルエアに向き、彼女も応えるように頷く。
「年明けからは目標達成に向けてツーマンセルで動いてもらう。今までは控えていたが、先輩後輩間での併走練習も増やしていくぞ。ローテについては」
ホワイトボードに併走のローテーションと具体的な練習メニューを書き連ねていく。自分の名前が書かれていないボードをシリウスが真剣な表情で見つめていた。
■四
年が明け、二年目も慣例となった初詣が終わる。ツーマンセルの練習は順調に進んでいるようだった。トロピカルエアはそのストイックさを武器に後輩のジュエルビスマスからも吸収し、また自分の武器を惜しみなく教えている。クライネキッスは以前と同じように後輩達をまとめ、コンテストアバターもその補助に回りつつ、それぞれのパートナーと高めあっていた。ビューティモアとザッツコーリングは芝とダートで違いこそあれど、元々の仲の良さもある。感覚派のビューティモアからきっかけを得たザッツコーリングが言語化することによってうまく回っているようだ。本当は俺が全部出来たら良いんだが、過ぎたことは望まない。今俺が注力するべきなのはシリウスのリハビリだ。
いつものようにトレーナー室でノートパソコンを弄る。シリウスの回復は予想よりも早かった。あと一ヶ月はギブスが必要だと最初は言われていたのだが、もう外しても問題ないくらいだ。計画を少し前倒しにしつつも、彼女の負担が大きくならないよう調整する。
「よう、トレーナー」
背後からシリウスの声がした。こういう時にもたれかかってこないのは珍しい。いや本来それが普通の距離感なのだろうが、少し麻痺している気がする。ともあれ、呼びかけられたので一旦ノートパソコンを閉じて振り返る。
「こいつ、チームに入れるぞ」
「……はあ?」
何処の誰とも知らぬウマ娘を担いで、意気揚々とそう言い放った。困惑の声一つで収まったのは嫌なことだがある意味慣れだったのかもしれない。
■五
「色々と聞きたいことはあるが、まず状況を整理しようか」
そのウマ娘は誰で、何故シリウスが担いでやってきて、どういう理由でレグルスに入れようと考えたのか。とりあえずの質問はこれくらいか。
「教官に噛み付いてたウマ娘で、良い走りだったし面白そうだから拉致して来た」
「堂々と拉致って言うな」
ゴールドシップじゃないんだから。
「つまり、問題児だからうちで引き取りたいと」
「そういうことだな」
全く無茶を言ってくれる。というか、教官に噛み付いたってその事案についてはもう解決しているのか? この様子ではしていないだろうな。
被害者のウマ娘を見る。手入れされてないとはいえきれいな栗色の髪だ。目は落ち着かなさそうに辺りを見回している。気になるのは何故か口にバッテン印のマスクをつけていることだ。ヤンキーみたいな風体と子鹿みたいな様子がミスマッチ過ぎる。
「お前、名前は?」
そのウマ娘はびくりと肩を跳ねさせて、震える声で答えた。
「お、オルフェーヴル、ッス……」
■六
「オルフェーヴルか。とりあえず、うちのシリウスがろくな説明もせず連れてきただろうことは謝罪しよう」
「私はこれが最善だったと思うぜ?」
「最善かもしれないが話が別だ」
その時の様子を俺は見ていないからな。教官に噛み付いたとは言うがそういうタイプには見えない。
「うちはいろんなウマ娘の可能性を拓くためにチームを作った。もし、トレーナーにアテが無いなら、こいつの言う通りうちで面倒を見てやることはできる」
「えー、えーと?」
「ま、早い話がちょっと乱暴なスカウトってところだ。もちろん断ったからってお前に不利益になるようなことはないと約束しよう」
口約束にどれだけ意味があるか分からないが、というよりこれじゃ殆ど恐喝だな。いやどうすれば良かったんだよ。
ただ、シリウスが彼女をチームに入れたいと思ったのならば、それに足るだけの理由か、直感がある筈だ。結局のところ贔屓目で、片棒を担いでいるだけに過ぎない。
「その……持ち帰って検討したりとかは……」
「もちろん構わない。ほらシリウス、離してやれ」
「仕方ねえな」
シリウスがオルフェーヴルを降ろす。彼女はそそくさと頭だけ下げると逃げるようにトレーナー室を出ていった。
■七
「で、結局何があったんだ?」
オルフェーヴルが去った後にシリウスに尋ねる。
「何がってなんだ?」
「教官に噛み付くようなタイプには見えないが、お前がそんなつまらん嘘吐くとも思わん」
「言ったままだ。教官に噛み付いて騒ぎを起こしてた。文字通りな」
「文字通り?」
「ああ、腕にくっきり噛み痕がついてたぜ?」
「そんなシンコウウインディじゃあるまいし……」
噛み付き癖で有名なシンコウウインディ以外にそんな奴が居ると思いたくない。いや、一人居るなら二人居たっておかしくはないのかもしれないが。
「まあ、あいつの走りを見れば分かるさ。走らせてもらえるのかは知らないが」
「教官に噛み付いたんならしばらく謹慎だろうなあ」
「もう一回拉致るか?」
「やめてくれ」
こっちも謹慎処分なんて洒落にならないと首を振る。
しかし、シリウスが目を留める程の走り。それが気にならないかと言われれば嘘であった。
「過去のデータ探してみるか。一つくらい走ってるのもあるだろ」
「なんだ、そういうのって簡単に手に入るものなのか?」
「普通はそうでもない、と思う」
選抜レースのデータは、ウマ娘をスカウトしようと試みるトレーナーにとっては宝の山だ。狙っている相手がいるのなら、わざわざ他人に流してライバルを増やすような真似はしない。
だが、交換条件となれば話は別だ。
■八
情報の価値は夏の合宿で教えられた。同期や、多少交流があった他のトレーナーを中心に、半年間コネクションを広げてきた。ダービーウマ娘擁するチームのデータとなれば相応の価値になるようで、手が追いつかない今年クラシック世代の情報などは、交換して集めているようなものだ。
「これか」
選抜レースのデータから、オルフェーヴルの名前が載っているレースを探り当てる。順位は斜行による降着。だが、位置取り自体は一着につけていたらしい。
「動画はあるのか?」
「待ってろ。今再生する」
再生ボタンを押す。雑音とトレーナー達の声。ハンディカメラなのか手ブレもある。どうせならもっと良いカメラを使えと毒吐きながら、レースが始まるのを待った。
スタートは普通。きれいな走り出しだとは思うがそれだけだ。中団後ろにつけ、第四コーナーを回る。ポジションは良い。折り合いもつけている。確かな才能を感じさせる走りだが、シリウスが言う程の魅力は感じない。
そんな感想は、最後の直線に入った瞬間に吹き飛んだ。
■九
暴走機関車、とでも形容するのが良いだろうか。これまでの優等生とは一転して荒々しい走り。フィジカルに物を言わせてポジションを奪い取る、シリウスの走りに似ている。だが、もっと乱雑で、力任せだ。前にいるウマ娘を突き飛ばすような凶暴さが見える。動画内からもどよめきが聞こえる。それはそうだ、レースをしているウマ娘達の中に突然暴走車が現れたのだ。むちゃくちゃな走りで、間違いなく強い走り。
「良い走りするだろ?」
ああ、これは確かにシリウス好みの走りだ。荒削りで、磨き方も分からない原石。輝きたいという願望だけが独り歩きしているような不安定さ。このウマ娘は大成するか、大きな問題を起こすかのどちらかしかない。問題児を集めるうちのチームには、うってつけなのかもしれない。
「……それだけか?」
だけど、何かが引っ掛かった。シリウスシンボリというウマ娘がわざわざ連れてくるには取っ掛かりが弱い気がした。
「私のことを分かったつもりか?」
口調は荒いが、怒っているわけではない。シリウスが挑発混じりに返す時は、大抵的を得ていたときだ。やはり、ただの走り以外に彼女が惹かれるものがあるのだろう。
「全部分かってたらこんな質問しない。そうだろ?」
「言うようになったな。ま、簡単な話だよ」
そうシリウスが言った理由は、俺としては予想もしていないものだった。