問題児達の参謀   作:カフェシリトレ

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問題児の論理

■一

 

 

 オルフェーヴルは寮のベッドの上で今日の出来事を思い出していた。怒られて、カッとなって噛み付いて、騒ぎになったところをシリウスシンボリというウマ娘に攫われて、そしてスカウトされた。

 

 意味が分らない。結局逃げた扱いでさらに怒られたし、模擬レースはしばらく出られなくなった。風邪の時に見る悪夢だってもう少し脈絡があるだろう。

 

「なんかもう、ほんと嫌になるっす」

 

 机の上に置いたマスクを取る。人前に出るのが恥ずかしくて、いつも、走る時でさえマスクをつけている。教官に目をつけられたのもそれが理由だ。マスクをしている間は落ち着いていられるのに、怒られて、口論になって、むりやり剥がされて、頭に血が上った。学園内でも噂になっているらしい。狂暴すぎてルームメイトが居ないのだと。実際にはたまたま同室だった子がトレセンをやめてしまっただけなのに。

 

「チームレグルス、かぁ」

 

 シリウスシンボリの居るチームについては一応調べてみた。一昨年出来たばかりの新しいチームで、元々問題児達が集まっていたらしい。G1ウマ娘を擁するチームでありながら、入るのに試験は無い。面談はあるらしいが、これまでに落ちたという報告はされていない。結成からまだ三人しか新しく入っていないらしいから当然か。

 

■二

 

 

「っていうかなんで三人しか?」

 

 G1ウマ娘の居るチームともなれば普通は入団希望が殺到するものだ。実際現在も走っているG1ウマ娘は、担当と専属契約を結んでいる。数十人規模のマンモスチームのエースである。厳しい試験を設けた少数精鋭のチームに居る。そのどれかであり、試験が無いのに少人数というのは異様に映る。

 

 その原因は前身である問題児達の集まりにあることを、オルフェーヴルは知らなかった。不法にグラウンドを占拠したこともある問題児達は、多くの"普通の"ウマ娘にとってはこうなりたくないという忌避の対象だった。そのイメージが一年や二年で薄れることもなく、チームレグルスの結成前に被害にあったウマ娘達は、彼女達を避けるように動き、知らないウマ娘達も不穏な気配を感じ取って離れていく。レグルスに入ろうとするのは無知か勇者か、そんなところだった。

 

 オルフェーヴルも怖くないといえば嘘になる。そもそも、突然拉致するような不良を怖がるなという方が無理な相談だ。だけど、やはり自分を見留めてくれたのでは、という気持ちが拭えない。

 

 何しろ、自分も問題児なのだ。彼女にはその自覚があった。常識的な感性を持ちながら、一度頭に血が上ってしまうと抑えられない。それで何度チャンスを不意にしてきたことか。

 

 自分の進むべき道は何処か、彼女は未だ決めきれないでいた。

 

■三

 

「オルフェーヴルの退学、ですか?」

 

 急にトレーナー室までやってきた、シンボリルドルフのトレーナーから告げられた一言は、動揺するには十分だった。先の騒ぎが原因ではあるのだろう。シリウスがうやむやにしたことから俺まで話が繋がっていることを察して、わざわざ話しに来てくれたのだ。

 

「まだ議論に上がっただけではあるけどね」

「どうして。教官と騒ぎになった例なんて珍しくもないでしょうに」

 

 ウマ娘というのは気立ての良い子が多いと言われているが、それと同じだけ跳ねっ返りも多い。教官と衝突するウマ娘というのはもはや恒例行事の一つであり、今回のように怪我を負わせたケースも少なくはない。というよりも、ビューティモアが教官を蹴り飛ばして問題児送りになった例だ。

 

「一度ならそうだけどね。一度ではない。彼女が模擬レースで順位を得たことがないのは調べているだろう?」

「それは……そうですけど」

 

 オルフェーヴルの着順は競走除外、斜行、進路妨害とまともに走った結果ではない。

 

「これは彼女の為でもあるし、他のウマ娘の為でもある。自身をコントロールできない娘が周りに被害を出す前に、諦めてもらう。苦渋の決断ではあるが、理解はできるよね?」

 

 ウマ娘の足はガラスの脚だ。一生の傷を残す前に、というのは責任者からすれば当然の帰結だ。

 

■四

 

「……それをわざわざ伝えに来たってことは、あなたもオルフェーヴルを失うのは痛いと考えてるんですか?」

 

 シンボリルドルフのトレーナーは他に担当を持つつもりはないだろう。全てのウマ娘の為を掲げているとはいえ、一種の機密事項を一介のトレーナーに話す理由は分かっていた。

 

「退学が決まる前に、うちで囲い込めと」

「別にそんなことは言ってないけどね」

「言質を取ろうとしてるわけじゃないですよ」

 

 素知らぬ顔ではぐらかされる。この人と話しているといつも狐か狸に化かされているような気分になる。手のひらで踊らされているが、進む道の手助けもしてくれる。老獪という他ない。

 

「ともあれ、俺から動くことは何も無いですよ」

「ほう?」

 

 確かに、今すぐ理事長のところに行って直談判すればオルフェーヴルの退学見送りとチーム加入は叶うだろう。事情を説明すれば、彼女もおそらく納得する。

 

「でも、押し売りするつもりは無いので」

 

 理由は二つあった。一つは、オルフェーヴル自身の弱みにつけ込むようなことをしたくなかった。極論、彼女を迎え入れるのは誰でも良いのだ。俺達である必要は無い。

 二つ目は、俺から行動してしまえば選り好みしていることになってしまうから。すくい上げる為にこちらから動けば、助ける相手と助けない相手に差が生まれてしまう。オルフェーヴル以外にも悩んでいる子は沢山いる。自身の才能でも、気性でも、或いは巡り合わせでも。オルフェーヴルだけが特別なわけじゃない。

 

■五

 

「手の届く範囲で、助けを求めている奴は助けます。だけど、自分から行ったらそれはもう、打算だ」

「打算で何が悪いのかと思うけどね。僕らは仕事だよ?」

「悪くないですよ。ただ俺が俺を許せなくなる」

 

 誰かを助けに行くということは、同じ境遇の誰かを助けない選択をしたということにもなる。全てを救うことは出来ない。だから前もって線を引く。

 ルドルフのトレーナーはそれを察したのかどうかは分からないが、納得はしたようだった。

 

「僕は一応伝えに来ただけだからね。君がどうするかは君に任せるさ」

「ええ、ありがとうございました」

「お代はうちのルドルフとのレースで良いよ。もちろん本番でね」

 

 手をひらひらと振ってルドルフのトレーナーは去っていく。後ろ姿が完全に見えなくなると、どっと疲れが押し寄せてきた。

 

「あの狸親父はルドルフよりもいけ好かねえな」

「シリウス、来てたのか」

 

 それと、親父呼ばわりするにはあの人はまだ若い。三十路に入って少しくらいだろう。俺より少し歳上なだけで親父扱いされると、俺の将来も心配になる。

 

「あの狸が居たから隠れてたのさ」

「そりゃ英断だ」

 

 肩をすくめてそれに答えた。

 

■六

 

「そんで、実際のところはどうなんだ?」

 

 ノートパソコンを開いて仕事に戻ると、シリウスが定位置に顎を乗せてくる。

 

「まあ、来るんじゃないかと思ってる」

 

 それは打算。自分から向かいはしないが、来ると甘い見通して動いている。ルドルフのトレーナーよりずっと悪辣だな、と苦笑いが浮かぶ。

 

「彼女には走る意志がある。だけど彼女を拾おうとするトレーナーは居ない」

「これから現れるかもしれないぜ」

「それならそれで良いさ」

「相変わらず欲が無いな」

 

 欲が無い? それは違う。

 

「形振り構う余裕があるんだ。随分欲張りなことしてるさ」

「ハッ、確かにな。二年前のアンタなら地べたに這いつくばってでもお願いしてたかもしれねえ」

「微妙に有り得そうなことを言うのはやめろ」

 

 二年前。チームレグルスの結成前で、シリウスに出会う前なら俺はやっていたかもしれない。それだけオルフェーヴルという原石は惜しいものだ。

 

「だけど、そうはならなかったろうな」

 

 オルフェーヴルに他のトレーナーが注目しない理由は、彼女の気性難だけではない。

 

■七

 

「あの子の走りは、かなり特殊だ」

「ほう、トレーナーみたいなことを言うじゃねえか」

「実はトレーナーなんでね」

 

 ノートパソコンから、以前とは違うオルフェーヴルの選抜レースを再生する。

 

 一度見ただけでは分からない。だが、二度三度と別のレースを見ればすぐに分かる。

 

「ストライドが毎回違うな」

「仕掛ける位置とタイミングもだ。このレースなんか序盤に物凄い失速してから追い上げてる」

 

 ストライドとピッチはウマ娘にとって何よりも大事な要素だ。坂道をピッチで登るような意図的な調整はあれど、殆どのウマ娘はまず自分に適した歩幅とリズムを見つけるところからトレーニングが始まる。それがフォームの矯正と言われるものだ。

 

 オルフェーヴルの走りは、常識に当てはめることが出来ない。短いストライドでゆっくり走って後ろに降りたかと思うと、突然ハイピッチロングストライドの怪物みたいな走りに置き換わる。

 

「駆け引きの形すら成してない、野獣でもこうはならないだろうな」

 

 珍獣なんて読んだら憚られるか。UMAみたいなものだ。

 

■八

 

「で、そいつを直す手段はねえと」

「直すだけならできるだろう。オルフェーヴルという規格外を平凡な枠組みに押し込むならな」

 

 間違いなく今より遅くなる走りを教えるなんて、トレーナーにとって最大の侮辱だ。それが身体を痛めるのならまだしも、彼女はまるで負担に思っている様子が無い。

 

「手を加えなくても強いなら、それで引く手数多だったんだろうけどな」

 

 現実は退学が議題に上がる程の問題児。外せない罠が見えてる宝箱にわざわざ手を伸ばす奴が居るのかと言われれば、そいつは余程奇特な奴だろうと答えられる。

 

 才能とやる気はある破天荒な問題児。なるほど改めて言葉にすればシリウスの好みそうな奴だ。

 

「なあ」

 

 シリウスがマウスを勝手に動かして映像を止めた。そこはちょうど追い上げたオルフェーヴルが他のウマ娘と接触しているシーンで、斜行として失格になった部分だった。

 

「なんだ」

「仮にあいつが紙切れこさえてやってきたとして。この問題、アンタだったらどう解決する?」

 

 そう。オルフェーヴルが諦めない限り最後は回答権がやってくる。気性難も、レース下手も、特異な走りも、全部に答えを出す必要がある。

 シリウスは、俺がこうしている以上何か妙案があるのか探っているようだった。

 

■九

 

「そんなん、分かるわけないだろ」

 

 全てをひっくり返すような一手なんて持ち合わせちゃいない。それどころか、どうすりゃ良いのか見当もつかない。

 

「ぱっと答えを出せるようなら、もっと熱心になってるっての」

「そうだな。そんな優秀なら、あんな顔で燻ってた筈ないからな」

「だけど」

「一緒に考えることはできる」

 

 先の台詞をシリウスに言われてしまう。お見通しだとばかりにシリウスは歯を見せて笑った。

 

「だろ?」

「正解だよクソッタレ」

「台詞取られたくらいで拗ねんなっての」

 

 拗ねているわけではないのだが、まあ反論する理由も無い。

 

「私は、あいつが来ると面白いと思ってるけどな」

「お前が気にしてる理由は前に聞いたが。是が非でもチームに入れたいって言い草だな」

「まあな」

 

 狼の王は、意地の悪い顔を見せた。

 

「ちょっと甘え癖のある後輩どものケツひっぱたいてやりたくてな」

「良い趣味してるぜ」

 

 だが、悪くない。俺はノートパソコンの電源を落とした。

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