問題児達の参謀   作:カフェシリトレ

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チームへ

■一

 

「よう、お前ら。今日は見学者込みで練習するぞ」

 

 シリウスシンボリの言葉に、彼女達の反応はまちまちだった。怪訝そうな顔で俺を見る子、怖がって他のウマ娘の影に隠れる子、全く興味のなさそうな子。分かっちゃいたが好意的な反応は無い。

 

「トレーニングの邪魔はしねえから、遠巻きに見てる奴らと一緒だと思ってくれ」

 

 俺がそう言うとさらに視線は厳しいものになった。とはいえ、それを気にするつもりもない。別に、まだチームの件を受けると決めた訳じゃないんだ。コミュニケーションの改善はそれがどうなるか定まってからで良い。

 

 俺の扱いについては無視で総意が取れたのか、しばらくしてトレーニングが始まる。遠巻きに陰口を叩く他のトレーナーやウマ娘の矛先が俺にも向けられていることに嫌悪感を覚えながらも、愛用のノートパソコンを開いて気を紛らわす。

 

 正直な所、想像以上だった。シリウスシンボリの言った通り、彼女達は問題児ではあっても落伍者ではない。出だしが優れている者、位置取りが得意な者、末脚が切れる者。強いウマ娘たる要素は上げればキリがないが、彼女達は確かにその素養を持つ原石だった。

 

「勿体ない」

 

 だから、その言葉が漏れたのは当然だった。同じ言葉でも、昨日抱いた感情とは全く違っていた。

 

■二

 

「どうだったよ。ウチの連中は」

 

 トレーニングが終わり、ウマ娘達がまばらに解散していく中、シリウスシンボリはその足で俺の所まで歩いてきた。併走を何度も繰り返したせいか、息は上がり頬も上気していて迂闊にも見惚れてしまうほど色めかしい。

 

「良いウマだろ?」

「……ああ、そうだな」

 

 それに関しては否定のしようがなかった。未勝利戦どころか、オープン戦、重賞の勝ちすら狙えそうなウマ娘がこんな所に眠っているとは。

 

「あいつらがレースに出れないのはおかしいんだ。それが規則って奴のせいならなおさらな」

「だから、わざわざ俺を引っ張り出してきたのか」

「ああ、それが一番でかい理由だな」

「他に理由があるのか?」

「アンタの目だよ」

 

 ぐっ、とシリウスシンボリの顔が近くなる。クッソ顔が良いなこいつ。ウマ娘が優れた容姿だってのは知識としても実感としてもトレーナーは知ってるもんだが、こうやって近づけられるとより思い知らされる。

 

「昨日のアンタの目はギラギラしてた。今よりもずっとな。それで分かった。アンタも──"こっち側"の人間だ」

 

■三

 

「周りに反発し続けた、ひねくれ者の目だ。私達と同じだろ?」

「…………」

 

 もっと良い仕事につけと言われ続けた記憶が蘇る。中央のトレーナーは間違いなくエリートだが、だからと言って安定した職業とは言い難い。むしろ、要求される実力に対して報酬が得られる可能性の低い、博打のような職業だ。だから、トレーナー業は血統主義と言われることもある。安定した地盤のある名家からしか、名トレーナーは産まれないという皮肉だ。

 

 恵まれた指導力がある訳でも、トレーナー業をするだけの家格がある訳でもない俺は、ただのワガママと反骨心でこの道に進んだ。

 

「……そうかもな」

 

 この問題児達も、周りを見返そうとしている。少なくとも、このシリウスシンボリというウマ娘はそのつもりだ。

 

「お前以外のウマ娘は……トレーナーをつけることに了承してるのか?」

「反対はしてない。不満そうな奴は居たがな」

「そりゃそうだ。お前を信じてついてきたような連中だ。外様が何を言ったって通じないだろうな」

「なら交渉決裂か?」

「まさか」

 

 挑発的な言葉に笑って返す。

 

「良いよ、お前たちのトレーナーになってやる」

 

■四

 

 チーム結成の手続きは、思っていたよりもサクサクと進んだ。理事長はあの感じだから、そう大きな問題にならないだろうとは思っていたが、意外だったのは生徒会が横槍を入れて来なかったことだ。もしかしたら生徒会としても、トレーナーというブレーキができることは有り難かったのかもしれない。

 

 そうして、チーム『レグルス』は、一人のトレーナーと六人のウマ娘で発足した。だが、必ずしも順風満帆な滑り出しという訳ではない。

 

「どうしたものか」

 

 新たに与えられた専用のトレーナー室は決して広くないが、今までの共同トレーナー室よりはずっと快適だ。それでも今の悩みを吹き飛ばす程の力は無い。

 今、頭を悩ませていたのは一人のチームメンバーからある相談、というより要求を受けたからだった。

 

「せっかくの昼時だってのに浮かねえ顔してんな」

「だからなんでお前はここに居るんだよ」

 

 トレーナー棟だぞここは。そりゃウマ娘もよく来る場所ではあるが、当然のように居座るな。しかも肩に顎を乗せるな良い匂いがする。じゃなくて重い。

 

「別に良いだろ、昼休みだ。んで、何溜め息吐いてんだよ」

 

 なおも聞いてくるシリウスシンボリに、俺は呆れながらノートパソコンの画面を見せた。

 

■五

 

「メイクデビューの日程表? それがどうしたって?」

「……トロピカルエアが、早くデビューさせろって言ってきてな」

 

 トロピカルエアは、シリウスシンボリと一緒に居たウマ娘達の中でも最も仕上がっていたウマ娘だ。確かに、最初にデビューさせるならこの二人のどちらかだろう。それでも、まだ早いと俺は考えていた。

 しかし、トロピカルエアは俺に直談判でデビューさせるよう求めてきた。

 

「あー、あいつの家、貧乏らしいからな。早く稼いでバイト生活から抜け出したいんだろ」

「確か……そのバイト生活のせいで門限を守れずお前のところに来たんだったか」

 

 そういうウマ娘は多いわけではないが、一定数は存在する。有名なところで言えば、白い稲妻と呼ばれるタマモクロスだろう。レースによる賞金は、もちろんレースにもよるが、一介の女子学生が稼げる額を大きく越えている。メイクデビューを勝利し、プレオープン、オープンの掲示板に載れば、苦学生生活からも抜け出せるだろう。

 

 そういう背景を聞いているから、どうにかしてデビューさせてやりたいのだが、厳しいと思っているのもまた確かだった。

 

「何をそんなに悩むんだ。どうせ負けても未勝利戦があんだろ」

「それはそうだがな……未勝利戦ってのは、一つの魔境だ」

 

■六

 

 未勝利戦。それを勝ち抜かないと、プレオープンやオープン戦には出走すらできない。さらに言えばメイクデビューと違って、一度負けた者達が集まるレースだ。それを弱者の集まりと笑う者も居る。間違ってはないのだろう。勝ち抜け勝ち抜けで、どんどん強いウマ娘は居なくなっていくのだから、未勝利戦を勝ち抜けなかった七十パーセント近いウマ娘達は、世間一般からは才能無しの烙印を押される。

 

「だけど、走っている当人や、トレーナーからすれば、メイクデビューよりずっと地獄だ」

 

 次は無い、と死にものぐるいのウマ娘達がしのぎを削る未勝利戦は、走るだけでも精神を摩耗する。俺が担当した子にも、未勝利戦を三回程走ったところで、耐えられなくなったと走るのを諦めてしまった子が居た。

 

「専属じゃないし、トレーニングもお前達は自分でやるんだろうが、それでも人生に関わる出来事を軽率に判断することは出来ない」

「アンタ、真面目だな……」

 

 何故か驚くような顔をされたが、そういう意識の無い人間はトレーナーにはならない、或いはなっても大成はしないだろう。あったところで俺みたいに底辺なのも居るが。

 

「でも、それならどうするよ。待ってくれって言うのか?」

「だから今こうやって調べてるんだよ」

 

 マウスを動かして別のページを開く。うわ、とシリウスシンボリから声が聞こえた。

 

■七

 

「これ、出走予定のウマ娘全部データ取ってんのか?」

「今月分だけだ。そう大きなデータじゃない」

 

 今月のメイクデビューに出走を発表しているウマ娘達の脚質や距離適性、上がり3ハロンのタイムを並べたエクセル表。今のところは目立つウマ娘は居ない。トロピカルエアも、上がり3ハロンだけを見れば、上から三番目に入る。

 

「これなら別に出走させても良いんじゃねえの」

「このデータだけならな。だが、どのレースに出走するべきかは話が変わる」

 

 トロピカルエアは典型的な差しウマだ。レース展開、特にバ群の形に大きな影響を受ける。そうなれば、単なる脚の速さだけでは判別できない。レース勘という数値化しにくいデータや、位置取りの強さも関わってくる。

 

「そういうとこまで含めると、今のところはこのレースが一番勝率は高い」

 

 俺が指差したのは一週間後にあるメイクデビュー。出走締め切りは後二日だが、既に六人の出走者が集まっている。残りは二枠、決めるなら今日中だ。

 

「トレーナーって、こんな面倒くさいことまで考えてんだな」

「深く考えてない奴も居るさ。俺は考えないといけないだけだ」

 

■八

 

 実に恥ずかしい話だが、シリウスシンボリの方が明らかに指導力は優れている。名ばかりのトレーナーになりたくないなら、こうやってデータ面で貢献するしかない。幸いなことに、データをまとめるのは得意な方だった。それだけで中央のライセンスを手に入れたと言っても過言ではない程に。

 

 才能あるウマ娘に恵まれたり、指導力に定評のあるトレーナーには、そこまで他者を気にしない奴も居る。相手を警戒するより、担当の実力を伸ばす方が勝利への近道だと考えているからだ。上に行けば行くほど、見なきゃいけないライバルの数は減っていく。だからそっちの方が本来は正しいのだろう。

 

「アンタ、ギラギラしてる割に卑屈だな」

「現実的と言ってもらいたいね」

 

 ビッグマウスで才能が得られるなら幾らでもしただろうが、そんな都合の良い世界でもない。だから、大言壮語するつもりはないが、

 

「勝つことを諦めるつもりはない」

「ああ、そうだな」

 

 レースに絶対は無いと分かっていても、出すからには必勝を。気が付けば口角がつり上がっていた。それを見たシリウスシンボリも身を乗り出して笑う。おい胸当たってるんだよいい加減にしろ。

 

「見せてやろうぜ、問題児の力って奴を」

 

■九

 

「トロピカルエア、少し良いか」

 

 練習が始まる前の彼女を呼び止める。本当は練習が終わった後にしたいのだが、彼女のバイトを邪魔するわけにも行かない。

 

「何?」

 

 つんけんした口調で返される。やはりまだ信頼は得られていないのだろう。それにこれから練習というタイミングで話しかけられて良い気がしなかったのかもしれない。

 

「レースの話だ。出たいって言ってたろ」

「レース……!」

 

 その一言で目の色が変わる。他のウマ娘達も耳聡く聞きつけて、トレーニングは中断の形になった。普段は路傍の石みたいに俺のことを気にしないウマ娘達から注目を浴びるのはむず痒い気持ちになる。

 

「調べた結果。メイクデビューするならこのレースしかないと思う。有力選手のタイムも、お前の方が上だ」

 

 タブレットに移したデータを皆に見せると、興味深そうに見る娘と、見たくないとばかり顔をしかめる娘に分かれる。こういうちょっとした反応も、データ重視か感覚派か、みたいなデータになるんだよな。

 

「…………」

 

 トロピカルエアは、データを精査するように見つめる、前者のウマ娘だった。

 

■十

 

「先行ウマが多い」

 

 彼女が最初に口にしたのはそれだった。

 

「確定してる六人の内、三人が先行バ。一人は逃げ。私の前が塞がれる可能性は?」

 

 想定内の質問。ここを上手く返せるかどうかが、トレーナーとして信頼を得られるかどうかの分け目だと思うと肩が震える。

 

「今までのレースを見た感じ。競り合いを嫌う傾向が見えた。隣がシリウスシンボリみたいな強気なウマだと特にその傾向が強い。だから差しが多いレースは除いて考えた」

 

 バ群に呑まれると抜け出すことは難しいだろう。メイクデビューは逃げ勝ちするウマ娘が多いが、それはバ群をいなすレース勘がまだ育ってないから、抜け出したウマ娘がそのまま勝ちやすいことに起因する。

 

「その代わり、スタミナは十分にある。今回のレースは1600mだが、ここのウマ娘は皆2000mは走れるからな。多少外に回って走ってもスタミナもスピードも持つ筈だ」

「……外から走っていけ、ってこと?」

 

 それは強者のする派手な勝ち方だ。不安に思われることも予想済みだった。しかし、これについては明確な答えは用意できなかった。

 

「勝つ可能性が一番高いのは、このレースだと判断した。お飾りのトレーナーだから信用ならないならそれで良い。だが、俺なりに考えた結果だ」

「ふーん……」

 

 トロピカルエアの視線は、俺ではなくシリウスシンボリに向いた。

 

■十一

 

「良いんじゃねーの?」

 

 シリウスシンボリはあっけらかんと言い放った。

 

「レース展開とか考えるのは私は得意じゃないし、こいつの言ってることが正しいかも知らん」

 

 それは擁護なのか。嘘でも正しいと言ってほしかったが、まあそういうことをしないから好かれているのだろう。

 

「でも、こいつがアンタを勝たせる為にめちゃくちゃ考えてたのは知ってる。だから心配すんな。私が保証してやる」

「…………」

 

 トロピカルエアは俺とシリウスシンボリを何度か交互に見ると、意を決したように頷いた。

 

「分かった。トレーナーの意見に従うわ」

「……ありがとう」

 

 完全に信頼してもらったわけじゃないが、信じてもらったことに胸をなでおろす。トレーナーとしてはここからも仕事があるのだが、まだ、俺が関わるべきではない。

 

「それじゃあレースまでそれに向けたトレーニングを頼めるか」

「ああ、任せときな。アンタの判断、合ってたことにしてやるよ」

 

 シリウスシンボリは力強く頷いた。

 

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