問題児達の参謀 作:カフェシリトレ
■一
◆
「あっ……」
「お、こいつは偶然だな」
オルフェーヴルは反射的に他の席を探したが、昼飯時の食堂は何処もいっぱいだ。観念してシリウスシンボリの向かいに座る。
「どうだ、謹慎は解けたか?」
シリウスシンボリはにんじんハンバーグをフォークで乱暴に切り分けて食べていた。少食なオルフェーヴルの倍はあるだろう量を軽々と減らしていく。
「まだ……っすよ。もしかしてそれ聞くためだけに待ってたとか言わないっすよね」
「お望みならそう言ってやろうか?」
「……遠慮しておくっす」
オルフェーヴルはもそもそとにんじんを噛みながら、目の前の眩しいくらいに強いウマ娘を見る。どうして彼女は自分に付き纏うのか。
トレーナーなら分かる。というより有り難いものだ。オルフェーヴルは未だ一度もスカウトを受けたことが無い。トレーナーを見つけられないウマ娘の未来は暗いものだと彼女でも知っている。自分を売り込むには引っ込み思案過ぎた。だから、走りでスカウトを待つしかないのだが、肝心の走りがあの惨状だ。
しかしシリウスシンボリと違って、チームレグルスのトレーナーは乗り気じゃないように見えた。確かにこちらが望めば受け入れてくれるかもしれないが、積極的に欲しがっている様子ではない。飼い殺しにされて放っておかれるのではないかと、そんな不安が拭えない。
「……なんで、シリウス先輩はアタシに構うっすか」
いつの間にか、思考は言葉になってこぼれ落ちていた。
「おねだりか? 素直なやつだな」
トレーナーにすら最初は言わなかった。オルフェーヴル本人に対して言う筈もない。
だからこれから話すのは、本音ではあるが同時に建前だ。
■二
◆
「レースに勝つのに必要なのはなんだと思う?」
「急になんすか」
「答えてみな。それが分かってないと、いつまで経っても暴走車のままだ」
嫌だろう、と言われれば考えない訳にもいかない。
「努力、才能、運」
「ああ、模範解答だ。だけど、努力ってなんだ」
「スタミナをつけるとか、フォームを良くするとか」
後半の言葉にオルフェーヴルの視線が下がる。自分が何度も挑戦して挫折している事柄だ。人事を尽くしていないとすれば、間違いなくここは原因の一つだろう。
「いいや、もっと簡単な話さ」
シリウスが身を乗り出す、鼻と鼻がぶつかりそうな距離まで顔が近づいた。
「速くなることさ」
速くなること。乱暴で無造作な結論で、しかし疑いようのない真実。
「スタミナもフォームも速くなる手段の一つでしかない。遊び呆けてたって、寝っ転がってたって速くなりゃそれが正義だ」
「何が、言いたいんすか」
オルフェーヴルはすっかり雰囲気に呑まれていた。シリウスの自信げな態度と強い言葉に、心を揺らされていた。
「言ったろ、簡単な話だって」
シリウスは言う。
「クソつまんねえ普通にこだわるな」
■三
◆
「フォームなんか直さなくて良い。暴走したって良い。アンタに必要なのは付き合い方を学ぶことだ。強みを殺すことじゃない」
それは無責任な言葉だ。
「だから、それをどうしろって言うんすか!」
両手を机に叩きつける。食器が跳ねて、鈍い音と金属音は、喧騒を一瞬で静かにさせる。驚いたウマ娘達の視線が一斉にオルフェーヴルへと向かう。元来小心者の彼女が、自身が耳目を集めてしまった事実に身が竦んだ。いつもと同じだ。カッとなって騒ぎを起こして、爪弾き者にされていく。聴衆はすぐに興味をなくして元の空気に戻ったが、体の震えは収まらない。
反発して怒らせてしまったかもしれないと、シリウスを見る。
「……ハハッ」
シリウスは笑っていた。怒らせたことを、まるで悪戯が成功した子供のように思って得意げな顔をしていた。
「どうしろってか。どうすりゃ良いだろうな。私には分かんないな」
「分からないなら」
「答えだけ教えてもらいたいか? 誰かの言う通りに、ってんなら多くはアンタに走るのをやめろって言うだろうな。怪我する前に、取り返しの付かないことなる前に、ってな」
「それ、は」
オルフェーヴルは言葉に詰まる。未だ直接は言われていない言葉だが、彼女と走ったウマ娘ならそう言うに決まってると、彼女自身が確信している。聞きたくはないと、ずっと耳を塞いでいた台詞を、防御する暇もなく突き付けられた。
シリウスからすれば、それはトレーナーがしていた会話の焼き写しでしかない。事実かどうかは確かめていないし、そのつもりもない。ただ、オルフェーヴルが悲観的にそう考えていることを察したから突き刺しただけだ。
■四
◆
「だけど、アンタは走りたいんだろ」
シリウスは懐かしさすら覚えていた。彼女がかつて拾い集めてきた問題児達も同じだった。上手くいかなくて、誰にも頼れなくて。それでも走ることだけはやめられない。そんなワガママな問題児達。そんな不器用な奴らを見捨てられなくてシリウスは問題児達の王になったし、王であることをやめた今も本質は変わっていない。
「なら私の所に来い。私はアンタと走ってやる。アンタの弱点が武器になるように、一緒に考えてやる。見せてやれよ。乱暴で、暴力的な走りでアンタの強さを」
「あ、あんたは良くても。あんたのチームはどうなんすか」
突然新しいウマ娘が入ってきて、その上自分をコントロール出来ない特大の問題児だと来た。そんな相手を歓迎するウマ娘はそう多くない。現に、彼女のトレーナーだって渋い顔をしていたではないか。
その質問をした時点で、自分の気持ちが加入に向かっていることにオルフェーヴルは気が付かない。
「アンタは少し、自分のことを過大評価しているな」
「過大評価?」
「私達は元々ハグレ者だ。アンタ程度の厄介者が一人増えたところですぐに慣れる」
レグルスのメンバーは誰だってトレーナーがつかない厄介者だった。ビューティモアを連れてきた当時なんて、生徒会と全面対決にまで発展しかけたこともある。
「アンタは自分のことを大層な困ったちゃんだと思っているみたいだがな、私からすれば、自覚してるだけずっとマシさ」
シリウスの笑みは、オルフェーヴルには挑発的に見えただろう。そこに自虐の色があることになど気付きはしない。他人から見ればシリウスシンボリというウマ娘は自信家で、アウトローであること以外欠点がないように見える。彼女の弱みに気が付いたのは、幼なじみであり、決別した同士であり、倒すべきライバルでもあったシンボリルドルフ。そして、彼女のトレーナーの二人だけだ。
■五
◆
「さあ、後はアンタが首を縦に振るだけだ」
残りのハンバーグにフォークを突き刺す。それは最後通牒のようだった。シリウスにその意図は無くとも、オルフェーヴルにはそう聞こえた。
「シリウス、何後輩の子脅してるの?」
助け舟が出たのは、シリウスの背後からだ。
「おう、トロ。別に脅してるわけじゃないさ。うちのトレーナーは勧誘に対しちゃあの無気力だからな。代わりに青田買いしてるってわけだ」
「私には脅迫に聞こえたけど」
いつの間にか空いていたシリウスの隣にトロピカルエアは腰掛ける。シリウスよりは少なく、オルフェーヴルより多い。結果的には普通程度の量に収まったプレートを置くと、卵焼きの一つを箸でつまんだ。
「食べる?」
「ん」
すっと差し出された卵焼きを何の疑問もなくぱくつく。傍目には仲の良い恋人のようにも見えるが、本人達にとってはコミュニケーションの一環でしかない。
「それでこの子がお気に入りの子?」
「お気に入りって、誰が言ったんだ?」
「トレーナー」
「あいつ」
シリウスは不満そうな表情で卵焼きを飲み込んで喉を鳴らす。御執心なのはトロピカルエアから見ても明らかだった。
■六
◆
「ええと……」
「ああ、ごめん。自己紹介がまだだった。私はトロピカルエア。チームレグルスのメンバーよ」
突然増えた新しい人物に戸惑っていたオルフェーヴルに気が付くと、トロピカルエアは会釈として首を傾げた。表情が顔に出にくい彼女の仕草は、オルフェーヴルの小さな心臓には毒だった。
「オルフェーヴル、っす……」
「オルフェーヴル。うん、覚えた」
「えっと、トロピカル先輩は、メンバーが増えるの嫌だったりしないんすか?」
「ん、うちは基本来る者拒まず去る者追わずだから」
かつて、トレーナーを迎え入れることに難色を示していた彼女があっさりと言う。チームになってから一年と少し、彼女にとってチームは閉じたコミュニティではなくなっていた。
「選ぶのはアンタ。私達じゃない。シリウスは入ってほしいみたいだけど」
トロピカルエアが流し目で見るとシリウスは視線を明後日の方向に逸らす。
「上からなのは多少大目に見てあげて。慣れてないのよ、素直に誘うの」
「言うようになったなトロ」
「長い付き合いだからね」
随分と仲が良さそうだ。肩をすくめる二人を、オルフェーヴルは羨んだ。自分にはこんな風に軽口を叩ける相手が居ない。もしかしたら、このチームに入れば同じように友人が自分にも出来るのだろうか。
その視線に気が付いたトロピカルエアは柔らかく微笑む。
「アンタがチームに入ったなら。アンタを見捨てるようなことはしないよ。そんなことするなら、私達はとっくに見捨てられてるからね」
だけど、シリウスは見捨てなかった。トレーナーは折れなかった。だから、彼女たちは今もここに居る。自分もそうなりたいと、オルフェーヴルは思ってしまった。
■七
「それじゃ、書類は無事に受け取った。何はともあれ、チームレグルスへようこそオルフェーヴル」
どういった心境の変化があったのか、俺の想定よりも早くオルフェーヴルは入部届けを持ってきた。おそらくはシリウスが何かしら手を回したのだろうが、そこは俺には関係がない。当事者の問題で、彼女自身が納得したから持ってきたのだから、変にツッコミを入れるのも野暮って奴だ。
「今日からもう練習には参加できるがどうする?」
「あ、お、お願いするっす」
「よし、それじゃあジャージに着替えたらグラウンドの方まで来てくれ」
びくびくと怯え半分にトレーナー室から出ていくオルフェーヴルを見てため息が漏れそうになるのを我慢する。なんというか、出会った頃のクライネキッスを思い出す怯え具合だ。やっぱ怖いのか俺。クライネキッスの時ほど警戒されてはいないと思いたいんだが。
「それより考えることが他にあるか」
オルフェーヴルの気性をどう制御するか。少なくともトゥインクルシリーズに出られる程度には矯正しなければならない。自分では幾ら考えようとも答えは出なかった。自分程度の頭で考えて出るものならもっと有能なトレーナーが幾らでも解決法を提示していることだろう。まあ、専属契約で手が埋まってるから出来てもやらないって層は居るかもしれないが。
ああ、それはあったな。思いつかないなら、思いつきそうな相手に相談するのが一番早い。気性難と関わりが強くて、専属契約で他のウマ娘に興味がなさそうな奴。アテは一応ある。
「ま、それはあとで手配するとして」
先ずはオルフェーヴルがチームに受け入れられるための準備が先だ。あの様子では、オルフェーヴルから歩み寄るということは考えにくい。だからといって、シリウス頼みと言うのもな。
幸い、ウマ娘同士が互いを理解する時は、何よりも簡単で効果的な方法がある。それを試してからああだこうだと考えてみても遅くはない。
■八
「つーことで、オルフェーヴルとビューティモア。二人に併走トレーニングしてもらう」
「……え?」
オルフェーヴルの顔が青褪めた。顔合わせで終わりだと思っていたのが突然走らされることになった。そんな感じの表情だ。言わなかったしな、わざと。
「よう、新入り。あたしと走ろうってのは良い度胸だ」
「いや、あの」
助けを求める視線を俺もシリウスも見ないふりした。荒療治ではあるが、ウマ娘同士が相互理解を深めるには走るのが一番手っ取り早い。本当はシリウスが相手してやれれば良かったのだが。あいにくとまだリハビリ中だ。万が一があってはならない。
クラシック組の三人はまだ不安定、クライネキッスはレース中はともかくその後はお互いに遠慮ばっかで面倒になりそうだ。身体をぶつけられても気にしない気の強さと実力があるビューティモアは、こういうときには適任だろう。
「距離は1600mで右回り芝。他に質問は?」
「……ないっす」
何か言っても無駄だと悟ったオルフェーヴルは肩を落としてスターティングゲート代わりの白線へと向かう。
「コンテストアバター、タイム計測頼んで良いか」
「はぁい、分かりましたー」
ラインに立った二人が構える。オルフェーヴルのフォームはビューティモアより少し前傾姿勢が強い。コンテストアバターが右手に持ったストップウォッチを掲げた。
「よーい……」
一陣の風が吹いた。