問題児達の参謀   作:カフェシリトレ

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吠え立てる

■一

 

 コンテストアバターの合図と共に二人が走り出す。スタートダッシュはどちらも悪くない。ビューティモアの方がポジショニングはやや後ろ。ロングスパートで差し切るのが得意なビューティモアらしい良い位置どりだ。新入りが相手だろうと手を抜くことはない。だが、オルフェーヴルの走り方のせいか、少し走りにくそうにしている様子だ。

 

「アクアちゃんみたいなストライドですね」

 

 クライネキッスが言った。今回のオルフェーヴルはかなり広めにストライドを取っていた。独特のリズムを刻むロングストライドは、他のウマ娘からすると気になるものらしい。

 

「上体も崩れてないね。レースになると急に落ち着くタイプかな」

「腕も振れてる。デビュー前だとまだばらついてる子も多いのに」

 

 ザッツコーリングとトロピカルエアもオルフェーヴルの走りに興味を示していた。流石というべきか、よく見てる。良くも悪くも、新人を見る優しい目ではなくライバルから技術を盗む目つきに変わっていた。

 

「私より、速いかも」

 

 そう呟いたのはツヴァイスヴェルだった。残酷ではあるが、その見立てはかなり正確だと思う。ポテンシャルだけで言えば、オルフェーヴルはこの場の誰よりも、もしかすればシリウスよりも高い。それを殆ど引き出せていない今の状況でも、未勝利のウマ娘よりスピードはあるだろう。ただ、それは最後までちゃんと走れれば、の話だが。

 

 走りにくそうにしながらも、ビューティモアはG1レースにも出走経験のあるウマ娘だ。しっかりオルフェーヴルの後ろを維持している。

 

 タン、タン、タッタン、タッタン。

 

 マークされるのを嫌ったのか、オルフェーヴルのリズムが変わる。ピッチはそのまま、ストライドがさらに長くなった。もはや走っているというよりも跳ねているような走り。

 ビューティモアが少し距離を空けた。あの走りをマークするのは難しい。相手のペースに揺さぶられて、自身のテンポを見失うだろう。それを避ける為に即座に対応してみせた。1000mまでの僅かな時間で、オルフェーヴルの稀有な才能と、ビューティモアの練習の成果を同時に確認できる。

 

 だが、問題はここからだ。

 

「おらおらおら!」

 

 最終直線に入るコーナー、ビューティモアが早めにスパートをかけた。一気に横に並び、内側から進む道を無理やりこじ開けようとする。ロングスパートで差し切る、彼女の得意なパターンだ。オルフェーヴルをかわして先頭にたとうとしたその時だった。

 

──ズドン

 

■二

 

 地面が揺れる音が聞こえた気がした。それがオルフェーヴルの踏み込みだと気が付いたのは一瞬遅れてからだった。

 

 マスクが外れて、オルフェーヴルの凶暴な笑みが見える。内ラチに叩きつけそうな勢いでビューティモアに競り合っていく。普通のレースなら危険行為で失格になるだろう走り。

 

「ひっ」

 

 小さく悲鳴をあげたのはアクアスワンプか。怯えるのも無理はない。鬼気迫る走りは、見てるこちらすら背筋が凍る。だが、心配はない。

 

 

「舐めんじゃねえよ、新入り」

 

 ビューティモアがオルフェーヴルを弾き飛ばす。元々、ビューティモアも血の気の多さが原因は爪弾きにされていた問題児だ。多少身体をぶつけられたくらいではかえってその反骨心を煽るだけになる。

 ビューティモアが少しずつポジションを取り戻していく。迫力はあるが、オルフェーヴルの小柄な身体は相手を押し潰すには頼りない。もはやベクトルが前なのか横なのか分からないくらい、お互いに身体をぶつけ合いながら走っていく。

 

「うおおおおりゃああああ!」

 

 もつれ合うようにゴール板を通り過ぎていく。勝ったのは、ビューティモアだった。ハナ差とはいえ、経験の差が如実に出たレースだったと言えるだろう。むしろ、反撃に慣れていないだろうオルフェーヴルが失速すると思っていたんだが、最後まで競り合っていたな。

 

 オルフェーヴルは辛そうに肩で息をしているのに対し、ビューティモアは息が上がっている程度で済んでいるのも地力の差を感じさせる。

 

「おい、オルフェーヴルだっけ?」

 

 名前を呼ばれた彼女は肩を跳ねさせた。怒られるのを怖がる子供のように上目遣いでビューティモアの方を向く。そこまで卑屈にならなくてもと思うのだが、まあ人のことはあまり言えねえか。逃げようにも肩を組まれて動けなくなっているのを見て、まあ問題は無いだろうと手元のノートパソコンに視線を落とした。

 

■三

 

「やるじゃんかお前」

「へ……?」

 

 怒鳴られるかネチネチなじられるかと身構えていたオルフェーヴルは素っ頓狂な声を出した。

 

「ああいうガッツある奴そうそう居ないからな」

「へ、あの危ないとかそういうのは」

「ん? ああ、レースなら失格かもな」

 

 あっけらかんと言うビューティモアにオルフェーヴルはぽかんと口を開けてしまう。

 

「でもま、今は本番じゃねえし。気にすることはねえよ」

 

 気にするなってのは無理な注文だろうと思うのだが。今はビューティモアに任せて口を挟むことはしない。

 

「なぁに、砂飛ばしたり強気に寄せたり、そのくらいのことしてくる奴は幾らでも居んだ」

「反則じゃないすか」

「バレたらな。でも必死こいてる最中で、故意か事故かなんて分からねえよ」

 

 彼女の言っていることは間違ってない。特に位置取り争いが熾烈になる短距離レースでは、そういう事故は起きやすい。けして正当化するわけではないし、やれというつもりもないが、その手の妨害への対処法を知っておくのはいざという時の助けになる。

 

「それより、お前の走りの方があたしは気になるね。すげぇ良い走りじゃねえか」

「ありがとう、ございます?」

「なんで疑問形?」

「あう……」

 

 褒められ慣れていないのか、しどろもどろになるオルフェーヴル。走り終わった二人に他のメンバーがやいのやいのと集まってくるのを眺めながら、俺はノートパソコンを閉じた。

 

■四

 

「オルフェーヴルには、それぞれツーマンセルを一週間周期で回ってもらう。最初はビューティモアとザッツコーリング、頼めるか」

「おう、任せとけトレーナー」

「はい、分かりました」

「ツーマンセル?」

 

 頷くビューティモアとザッツコーリング。ツーマンセルという言葉が引っ掛かったのかオルフェーヴルは首を傾げた。

 

「現在、うちのチームでは二人組で集中してトレーニングしている。それに混ざって練習しろ。四つペアがあるから、一ヶ月で周り切る想定だな」

「はあ」

 

 理解しきれていないような視線は、「お前が指導しないのか」と暗に語っていた。もしかしたら、やる気のないトレーナーに映ったかもしれない。確かに、出来ないことにむやみに首を突っ込まない、ってのはやる気がないのとあまり違いはないな。思わず自嘲しそうになる。

 

「オルフェーヴル。お前、夢はあるか?」

「夢、すか?」

 

 突然の質問に面食らっている。だけど、今のうちに聞いておかなければならないと思った。

 

「競技者としての夢。ダービーでも、グランプリでも。もっと抽象的な答えでも構わない。お前は走って何を手に入れたい?」

「手に入れたい……夢……」

 

 彼女の答えを待つ。それが、未勝利を勝ち上がるという小さなものでも、クラシック三冠のような大きなものでも構わない。彼女の目指す終着点はどこだ。

 

■五

 

「笑わない……っすよね」

 

 答えが思いついたのか、消え入りそうな声で聞いてきた。肩が震えているのはさっきのレースの疲れとは違うだろう。

 

「どうだか、あんまり突拍子もない事だと笑うかもな」

「茶化すなシリウス」

 

 笑ったとしても、けして否定することが無いのは分かってるが。

 

「笑いやしねえよ。みんな、馬鹿にされそうな夢を大真面目に追いかけているんだから」

「無理だとか、言ったりしないっすよね」

「簡単に諦めろと言うつもりもない。お前がなりたいものでいい」

 

 幾つもの予防線。小心者の彼女は何度も何度も念を押す。

 

「……門賞」

「……なんだって? すまん、もう少し大きな声で頼む」

 

 声量があまりに小さくて、よく聞き取れなかった。オルフェーヴルは顔を真赤にしながら、今度は叫んだ。

 

「……日本で初めての凱旋門賞ウマ娘になりたいっす!」

 

 怒鳴るような声で、一際静寂が長く感じた。

 

■六

 

 凱旋門賞。フランスで行われる、世界でも最高峰のレースの一つ。同時に、日本で走るウマ娘にとっては、羨望と呪いの対象だ。

 これまで、凱旋門賞を勝ったウマ娘は日本に居ない。怪鳥と謳われたエルコンドルパサーも、博打打ちという揶揄を跳ね除けたナカヤマフェスタも、後ちょっとのところで栄光には届かなかった。いつしか多くのウマ娘にとって、そしてトレーナーにとって、凱旋門という言葉は軽々しく口に出すことすら出来ないものになっていた。

 

 だが、オルフェーヴルははっきりと宣言した。凱旋門賞を勝ちたいと。世界で最強のウマ娘になりたいと。

 

「……ハハッ」

 

 静寂を破ったのは、シリウスの笑う声だった。オルフェーヴルの表情が一気にこわばる。馬鹿な話だと、有り得ない夢想家だと貶されたような顔をする。それが間違いであると気付くのは、彼女にとってもそう時間は掛からなかった。

 

「やっぱり、私の気に入ったウマ娘だ。そのくらい言ってもらわねえとな」

 

 シリウスの笑みにあったのは、自分の見立てが間違っていなかったことに対する自賛の念と、言ってみせたオルフェーヴルに対する賞賛の念。彼女も、海外遠征を目指しながら、一度取りやめた経験がある。もしかしたら彼女にとって凱旋門賞は、取り逃した獲物の一つなのかもしれない。

 

「日和るわけはないよな、トレーナー」

 

 ため息が漏れる。お前にそう言われたら、引き下がるわけにはいかないだろう。

 

「当たり前だ。トレセンで最初の旗、奪ってやろうぜ」

 

 馬鹿げた夢を全力で肯定している俺たちは、傍からは確かに狂っているように見えるのかもしれない。

 

■七

 

 トレーニングが終わり、ウマ娘たちは寮の門限も近づいてきた。解散した後、トレーナー室で今日の併走で取れたデータを整理していると、ドアが開く音がする。

 

「どうしたシリウス」

「電気がついているのが見えたんでな。不審者でも入り込んだかと思ったが違ったみたいだ」

「そりゃ警戒ありがとさん」

 

 ふわ、とあくびが漏れる。今日は流石に疲れた。オルフェーヴルの退学云々の話は俺が思っていたよりも進んでいたらしく、理事長に呼び出されるわ理事会を納得させる資料を作らされるわ、息をつく間も取れなかった。

 

「お疲れだな」

「問題児の世話は大変だってことだよ」

 

 自分のことは棚に上げる。トレセンからすれば面倒なメンツ集めて幅きかせてる自分も十分問題児扱いだろう。言う事聞きゃまだ良いが、躾のなってない狂犬と来た。

 

「無理はすんなよ」

「難題押し付けたのは誰なんだか」

 

 顔も合わせないまま同じタイミングで笑う。

 

「さ、俺も帰るからお前も寮に戻れ。門限過ぎるぞ」

「別に門限なんて今更気にしないさ」

「お前が気にしなくても俺が気にするんだよ」

 

 年頃の娘が夜遊びして何か問題でも起こしたらどうする。いくらウマ娘で、トレセン学園の敷地内とは言え、危険が無いとは言えない。

 

「心配性だなお前は」

 

 ぐい、とシリウスが俺の襟を引っ張る。

 

「なら、寮まで送ってけ」

 

 ……全く、甘えるのが上手くなったもんだ。




リアルが忙しく執筆時間を取れない現在
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