問題児達の参謀   作:カフェシリトレ

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書く時間が、ない


A=B,B=C,butA≠C

■一

 

 翌日オルフェーヴルの基礎トレーニングは他のメンバーに任せておくとして、彼女のために俺がするべきことは二つ。一つは六月のメイクデビューに向けたライバル達のデータ収集。まあこれはいつもとやっていることは変わらない。ジュニア級のデータはそこまで集めてはいなかったが、三ヶ月もあれば十分だろう。

 

 問題はもう一つ。オルフェーヴルがレースに出ても問題ないと、URAに認めさせなければならない。その為には彼女の悪癖を矯正し、それを証明する必要がある。

 

「で、なんで俺んとこ来たんよ」

 

 頼ったのはハイバラトレーナーでもコレエダトレーナーでも無い。前者はそもそもレースに難があるタイプを指導しないだろうし、後者はマンハッタンカフェ以外に興味が無いだろう。ヒントくらいは貰えるかもしれないが、効率が悪い。

 

 それなら、難のある担当を持ったトレーナーに話を聞くのが一番早い筈だ。

 

「そう言うな。ちゃんと土産は持ってきただろ、クドウ」

「まあな、つっても目当ては俺じゃなくてシャカールだろ」

 

 クドウ──学園でも随一の気性難と呼ばれるエアシャカールのトレーナーは、不満そうにしながらも土産のまんじゅうを受け取った。

 

■二

 

 エアシャカール。トレセン学園でも知らぬ者は居ない問題児。噛みつかれただの蹴り飛ばされただの不穏な噂についてはシリウスよりも多いかもしれない。さらにはつるんでいる相手が超VIPのファインモーションだったり、マッドサイエンティストとして知られるアグネスタキオンだったりと敬遠される理由満貫確定みたいなウマ娘だ。ところが、俺は色々とこのウマ娘とトレーナーに関わりを持ってしまっている。

 

 エアシャカールとシリウスはかつてリーニュ・ドロワットで何かあったらしい。一度関わったらわりと判定の緩いシリウスはそれから何かとエアシャカールのことを気にかけているようだ。

 

 で、俺の方はと言えば単純だ。エアシャカールを担当するこのクドウというトレーナーは、俺の同期なのだ。幾つかの縁があって、トレーナーとして出発したときから関係を保っている、いわゆる腐れ縁という奴である。俺がチームレグルスを担当するようになって、そしてこいつがエアシャカールの担当になってしばらく疎遠になってはいたが、こうして土産を持ってくれば簡単に会うことが出来る。

 

「シャカールは今居ねえぞ」

「それならそれで良いさ。話を聞きたいのはお前の方だからな」

「俺に?」

 

 さも意外そうに首を引っ込める。まあ、言っちゃ悪いが俺もこいつも同じ、平凡でラインギリギリの実力だろう。そして、エアシャカールというウマ娘は問題児でありながら、セルフマネジメントに関しては一目おかれている。シリウスと同じ、という表現が正しいのかは分からないが、自己の確立したウマ娘だ。そう、トレーナーが要らないレベルの。

 

■三

 

「お前の担当バの気性って、どう抑えてる?」

「いや俺は何もしてないし、別に気性が悪いってこともないが」

 

 怪訝な目をされた。読み違えたか。トレーナーの要らない、なおかつ荒っぽいウマ娘がわざわざトレーナーと契約した。しかも信頼を築いていると聞く。

 この男はノーテンキで、馬鹿みたいに純粋だ。話していると毒気を抜かれていく。エアシャカールが選んだのは、その気質が暴走を抑えるストッパーになるからだと思ったのだが。

 

「何もしてないはともかく気性が悪くないは嘘だろ」

「じゃあお前の担当バだって大概だろ」

「いや……」

 

 否定しようとして口ごもる。シリウスも傍から見れば気性難。というか自他ともに認める問題児だ。噂で語られるような性格じゃないことは親しい人間にしか分からない。エアシャカールも同じということなのだろう。

 

「あー、言い方が悪かったな」

「分かればよろしい」

 

 アテは外れたが、何か知見は得られるかもしれない。気を取り直して質問を続ける。

 

「それなら……抽象的な話になるんだが。自身の暴走を抑えきれない担当バが居たとして。お前ならどう対応する?」

「そうだなあ」

 

 腕を組んでクドウは考え込んだ。

 

■四

 

「暴走ってのは、こうテンション上がっちゃって凄いことになるってことで良いんだよな」

「語彙力よ」

 

 間違ってはないんだが。

 

「それって、楽しくなってんのか、怖がってるのかで変わんねえか?」

「それが、両方なんだ」

「両方ってどういうこっちゃ」

 

 クドウは意味が分からないという顔をする。だが、オルフェーヴルの場合はそう表現せざるを得ない。走ることをを何より楽しんでいる。それなのに、走る自分を怖がっている。今の暴走癖は、恐怖心が彼女にブレーキを掛けた結果としか思えなかった。もしも恐怖がなければ、もっと恐ろしいことになっている。そんな予感がする。

 

「ふんわり過ぎるし……原因を探ってみないと分かんないだろ」

「まあ、そうだよなあ」

「それ、シャカールに聞いたら要件定義が足りねえって怒られるぞ」

「よく分かってンじゃねえか」

 

 ガラの悪い言葉と共にドアが開く。目つきの悪いウマ娘が入ってきた。彼女がエアシャカールか。動画で見た姿とも一致する。

 

■五

 

「で、こいつは誰だよトレーナー」

 

 エアシャカールはがつがつと進みトレーナー室の奥にあるゲーミングチェアに座る。ギザギザした歯をむき出して威嚇するように睨んできた。俺も人相の良い方じゃないから、お互い完全にメンチ切っている状況だ。

 

「俺の同期だよ。目つき悪いのは素だからあんま気にしないで」

「余計なお世話だ」

 

 自分で言うのは構わんが、他人に言われると腹が立つ。

 

「チームレグルスのトレーナーをしている」

「レグルス……? ああ、あいつ(シリウスシンボリ)の居るチームか。それが何の用だよ」

「ちょっとした相談だよ。情報が足りないって怒られたところだけどな」

 

 興味なさそうにエアシャカールは自身のノートパソコンを起動した。あれが噂に聞くParcaeって奴か。エアシャカールがOSから作ったという彼女専用の演算器。どれだけの性能かは知らないが、俺じゃ到底太刀打ちできないだろう。

 

「そうだ、シャカールならどこから手を付ける?」

「話も聞かされてねえのにどこからもクソもあるか」

「暴走癖があって、暴走の原因が分からないウマ娘を改善する為に」

「知るかよ……原因が分からないってどこまで掘ったんだ」

 

 歯をギリギリ鳴らす。突き放すような言い方だが、その後の言葉からすると乗ってくれるらしい。

 

「とりあえず当人がトレセン学園に入学してからのエピソードや評判は探った。当人自身の過去については、軽くは聞いたが心当たりは無さそうだったな」

「本当にデータが足りてねえな。当人以外から過去の話を聞き出すしかねえだろ」

 

 エアシャカールの言葉は全くその通りで、愚問でしたと肩をすくめるしか無かった。

 

■六

 

 

「お前、いつもマスクしてるけどきつくねえのか?」

 

 オルフェーヴルがビューティモアとザッツコーリングに混ざって練習を始めてから二日が過ぎた。坂路トレーニングを終えた二人にザッツコーリングがスポーツドリンクを手渡す。今日は調子が良くないということで彼女はサポートに回っていた。

 

「キツイっちゃキツイっすけど……」

 

 オルフェーヴルは自分のマスクに触れる。全力で走るウマ娘にとって、呼吸を阻害するマスクは邪魔でしかない。勝負服のように自身の潜在能力を引き出すような不思議な力があれば許されもするだろうが、彼女のマスクは本当にただの口元隠しだ。

 

「落ち着くんスよ。これしてると」

 

 彼女は身構える。譲れないラインだった。教官と騒ぎになったのもこのマスクについて糾弾されたからだ。もし、同じように否定されるのなら、噛みつくかもしれない。そんな自分を押し込める為の緊張。

 

「そうか。なら仕方ねえな」

 

 しかし、ビューティモアはあっさりと受け入れた。

 

「でも、そんなら水分補給はしっかりしとけよ。倒れてたらコンにきっつく怒られるからな」

「あ。は、はい。あの……怒ったりとかしないんすか?」

 

 そういえば、シリウスシンボリも、トレーナーもマスクに対しては何も言わなかった。不安になって、問が口をついて出てしまう。ビューティモアは、つま先で地面を叩いた。

 

■七

 

 

「願いは尊重されるべきだ。それが呪いに変わるまでは」

 

 唇を噛み締める。つま先で叩いた地面に小さなへこみが出来た。彼女の表情の意味をオルフェーヴルは知らない。ただ、プラスの意味ではないことは分かった。

 

「呪い……」

「うちのトレーナーが時々言う言葉でな。いつからか、うちのチームのポリシーみたいになってる」

「どういう意味なんすか?」

 

 呪いという言葉が、心臓を深く抉ったような気がした。

 

「私達は皆、自分の夢を叶える為に走ってる。それは話しただろ」

 

 たとえそれが本人の適性にあっていないとしても、当人が望むなら走らせる。ザッツコーリングのダート転向も、ダートに向かわず芝を選んだツヴァイスヴェルも、願いを尊重された結果と言える。適切な道を進ませないことは、指導者としては間違っているかもしれない。それでもトレーナーは肯定し続けるし、周囲もそれを受け入れ続ける。

 

「だけど、それのせいで苦しむこともある。どうにもならないくらいにな」

「そんなの、普通じゃないっすか。簡単じゃないから、頑張って走って」

 

 反論するように叫んだ。苦しまずに夢を叶えるウマ娘がどれだけ居るだろうか。七冠の皇帝でも壁にぶつかったことはあるはずだ。

 

「おう、そうだな」

 

 ビューティモアは粗野な彼女に似合わない、寂しげな笑みを浮かべた。

 目標を追い続けることは普通だ。実現しないと誰が決めつけることができる。走っている限り、可能性はゼロじゃない。スタートラインに立てば、ゴールラインを一着で走り抜ける未来は残されている。

 

「でも、なんつうかな。あるんだよ。いつの間にか後ろ向いてることが」

「後ろ?」

「そう。進んでんじゃなくて、足首掴まれて引き摺られてんだ」

 

 その先にあるのは、明るい結末ではない。自分の足で選んでもいない末路を誰も喜びはしない。その前に誰かが止めなければならない。

 

 自分もそうなってしまうことがあるのか。背筋が凍りつく思いだった。

 

■八

 

 

「でも、アタシには呪いかそうじゃないかの違いなんて分からないからな。とりあえずキツイって分かってんなら良し!」

「良くないことなら、シリウスちゃんかトレーナーさんからお話があると思いますし」

 

 すっかり萎縮してしまったオルフェーヴルを元気づけるように、ビューティモアが彼女の肩をバンバン叩く。しかし、オルフェーヴルの顔は晴れない。

 胃がぎゅっと締め付けられた。二人が許しても、上が許すとは限らないのだ。今言われていないとしても、これからもそうならない保証はない。

 

「これから言われることは……あるんすかね」

「そりゃ……」

 

 言いにくそうに頭をかくビューティモアの代わりに真剣な顔で語りかけるのはザッツコーリング。

 

「余程じゃないとねえとは思うけど……」

「それが、オルフェちゃんの問題の原因だったら、かな」

「これが……?」

 

 マスクが暴走癖の原因になる。荒唐無稽と言ってしまえばそれまでだ。むしろ、暴走するのはマスクを外している時なのだから、関係がない。

 

「もしもの話だよ。でも、もしその時になれば、オルフェちゃんも選ばなきゃいけないと思う」

 

 走り続けることと、それを諦めること。きっとその瞬間に願いが呪いに変わるのだろう。

 

「私は……」

 

 彼女は、その問題に答えを返すことが出来なかった。

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