問題児達の参謀   作:カフェシリトレ

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ウマ娘が二周年を迎えたので実質初投稿です


慇懃で無礼な無意識

■一

 

「どうしたもんか」

 

 三月の陽気は暖かいとは言え、トレーナー室は一人考え事をするには少し冷える。自販機で買った缶コーヒーを開けて喉に流し込む。微糖の甘さが絡まってむしろ気分が悪くなりそうだった。

 

 オルフェーヴルの暴走癖の改善は一切進展していない。改めて彼女の家庭環境を調べてしたりは見たものの、子供の頃は凶暴だった。それがいつからか大人しくなった。それくらいのことしか分からなかった。ザッツコーリングから、彼女がマスクに執着しているという話は聞いたが、直接的にそれが絡むとも思えない。むしろ逆、マスクが外れたときこそ彼女は暴走するのだ。解決策も無く取り上げる訳にも行かないだろう。

 

「おい、トレーナー」

 

 珍しくシリウスが声を掛けながらドアを開けて入ってきた。誰が見ても分かる程に不機嫌で、爆発しそうだ。こんな様子のシリウスは珍しい。彼女はどれだけ腹立たしいことがあっても、中々表面には出さない。挑発と揶揄を絡めて、本気であるかどうかを隠そうとする。

 

「どうした」

 

 シリウスもリハビリが概ね終わり、練習に戻っていた。この時間ならコンテストアバターが見ている筈だ。理由なく彼女がトレーニングを抜け出すとは思えない。

 

「オルフェーヴルを見なかったか」

「……練習中じゃないのか」

 

 嫌な予感がした。そして、次に彼女が放つ言葉も分かってしまった。

 

「あの野郎、バックレやがった」

 

■二

 

 来る者拒まず、去る者追わず。レグルスのポリシーに則るのであれば、オルフェーヴルが練習をボイコットしたとして、強く言うつもりはない。それはシリウスだって同じだろう。俺は現場に立ち会ったことはないが、かつて彼女についていけず去っていったウマ娘たちを、シリウスは何も言わず見送ってきた。

 

 オルフェーヴルが特別なのか。それは半分が真ではある。オルフェーヴルのことを高く買っている彼女にとっては信頼を裏切られたようなものかもしれない。だが、それだけなら彼女は内に飲み込んでしまう。

 

「……アクアスワンプとツヴァイスヴェルは」

 

 問い掛けたのはオルフェーヴルではなく、クラシック組の二人について。

 

「あいつらだってガキじゃねえ。癇癪起こしても足が早くならねえことは分かってる」

「だからといって、オーバーワークは肯定できないけどな」

「ああ。だが、勝手に加害者ヅラして逃げる奴よりはマシだ」

 

 オルフェーヴルは、あの二人のタイムをたやすく抜いてみせた。そして、ジュエルビスマスにも並び、追い抜こうとしている。クラシック組の三人は、後から入ってきたダイヤの原石に、才能の違いを見せつけられていると言ってもいいだろう。分かっていても、簡単には受け入れられない。彼女たちの焦りが、深夜のオーバーワークという形で表出していることは認知していた。

 

 そして、オルフェーヴルがそれを負い目に感じていることも、分かっていた。

 

■三

 

 自分より後に走り始めたものが、あっさりと自分を抜いていく。ウマ娘に限らず、よくある話だ。それで心が折れて諦めてしまうものも珍しくはない。俺だって、俺より後にトレーナーになって、すぐに結果を出している奴に嫉妬しないかと言われれば嘘になる。嘆いたところでどうにかなるわけもない。多くは呪いにも似た劣等感と向き合いながら、それでも前に進んでいく。

 

 アクアスワンプとツヴァイスヴェルの二人は、特に繊細な時期にそれと衝突してしまった。未勝利戦を勝てず、精神的に追い込まれている時期にオルフェーヴルという存在は劇薬だった。シリウスも俺も、こうなる可能性を分かっていて、むしろそれを起こすためにオルフェーヴルを入れたとさえ言える。オーバーワークという、焦り混じりとはいえ前向きな形でストレスが発散されていることは歓迎すべきことで、俺がやるべきは、そのエネルギーが彼女たちを壊さないよう守っていくことだ。

 

 その見通しが甘かったのかもしれない。

 

「オルフェーヴルは俺が探す。シリウス、お前はトレーニングに戻れ」

「私も探す」

「いや、お前はあの二人のケアをしてやってくれ」

 

 そういう役はきっと、俺よりもシリウスの方が適任だろうから。

 

「百点満点とはいかないだろうが、話くらいはしてみるさ」

「チッ……分かったよ。アンタに任せる」

「ありがとう」

 

 そうなれば、行動はすぐに起こすべきだ。立ち上がった俺の頭に手が乗せられる。

 

「アンタも、加害者ヅラはすんな」

「……ああ、悪かった」

「なら良い。頼んだぞ、トレーナー」

 

 肩をポキリと鳴らす。オルフェーヴルの勘違いを一つ、正してやらないといけない。残酷でも、それが必要なら。

 

■四

 

 オルフェーヴルを見つけることは案外容易かった。彼女は練習が嫌で逃げ出したわけじゃない。未練はタラタラで、自分が居ないことをどう思ってるのか気にしている。だけど、けして見つかりたくはない。

 

「探したぞ、オルフェーヴル」

 

 教室棟の屋上。滅多に人が来ないところで、彼女はグラウンドを見つめていた。声を掛けられた彼女は悪さが見つかった猫のように体を丸めて、ゆっくりと振り返る。

 

「ト、レーナーさん」

「そういや、タイマンで顔突き合わせて話したことは殆ど無かったな」

 

 強いて言うなら入部届けを持ってきたときくらいか。あの時は踏み込んだことを言う必要は無かった。

 

「練習が嫌になったか」

「そんなこと、は……」

 

 オルフェーヴルは口ごもり、視線は覚束なくゆらゆら揺れる。

 

「いや……そう、です。練習が辛くて逃げてきたんです。ほっといてください」

 

 声が震えていた。精一杯の強がり。或いは、彼女なりの誠意。それが的外れであることに彼女は気が付いていない。

 

「あのな」

 

 ため息が漏れる。俺が今ここに居る理由は彼女の問題ではない。

 

「お前の行動が、他の人の道を閉ざす行為であることは理解しているか?」

 

■五

 

「道を閉ざす……?」

「アクアスワンプとツヴァイスヴェルの前に立っているのはお前だ。もし、お前が彼女達に申し訳なさを感じているのなら。目の前から消えるのはとびきり残酷な仕打ちだ」

 

 競技者にとって最も高い目標は何か。新記録でも、現在の最強でもない。越えることが出来ないのは、もうそこに居ない英雄だ。

 トレセン学園の訓示(Eclipse first, the rest nowhere)にも使われている伝説のウマ娘エクリプス。唯一抜きん出て並ぶ者無しと謳われる彼女がその時代最強のウマ娘に数えられたのは間違いない。

 

 では、現代日本のウマ娘はエクリプスより速いのか。コースレコード、レースレコードは何度も更新された。レース展開が記録には大きく絡むとはいえ、高速化しているのは間違いない。だけど、誰もエクリプスを時代遅れとは言えない。誰も、彼女と蹄鉄を並べて走ったことが無いから。

 

「今、お前が去ったならあの二人はお前の亡霊に一生悩まされ続ける」

 

 俺の言葉は勝手だ。どうしてオルフェーヴルがそんなまだ親しくもなりきれていない二人に配慮する必要があるだろう。オルフェーヴルが本当に自分の意志でやめたいと願っているのなら、心に響くこともない。

 

 だけど、目の前の彼女は明確に揺らいだ。視線が落ちて、唇を噛む。進む先も、戻った場所も地獄しかない。そして、その地獄を生み出したのは彼女でも俺でも、もちろんあの二人でもなく。

 

 だけど、彼女の心をこれからさらに傷付けるのは俺だ。

 

■六

 

「俺は別に、お前を無理に引き留めようとは思ってない。やめたいのならばやめれば良い。他のチームを探したいというのなら、俺の伝手で良ければ探してやる。お前はどうしたい」

 

 トレーナーとしては、俺の言葉は間違っているのだろう。全部が不正解の選択肢を押し付けている。その上、俺に言われたから、という逃げ道を塞いでいる。

 

「……どうすれば、良いんすか」

 

 オルフェーヴルがぽつりと言葉を漏らす。

 

「私は、ただっ、走りたくて、力いっぱい速くっ、速くなりたっただけなのに」

 

 堰き止めていた感情が溢れ出す。オルフェーヴルの目尻は濡れ、強く握りしめた拳からは血がにじみそうな勢いだ。

 

「私はっ……!」

「凱旋門、獲りたいんだろ」

「……っ」

 

 彼女は俺のことを強く睨みつけた。

 オルフェーヴルは優しい子で、優しすぎるからこそ矛盾に耐えられない。それでも、彼女が掲げた目標は何よりも大事なものである筈だ。

 

「凱旋門賞でのお前の相手はアクアスワンプか? ツヴァイスヴェルか?」

「それは……」

「それはないだろう、って?」

 

 つま先で床を叩く。

 

「あの子達じゃ力不足だと」

「そんなことは……!」

「良いんだよ別に」

 

 今にも噛みつきそうなオルフェーヴルを前に、俺はわざとらしく手を広げて見せた。

 

「その方が勝ちやすい」

 

■七

 

「えっ……」

「あいつは自分より遅い。相手にする必要はない。そういう奴が勝つことはある」

 

 統計によると、トゥインクルシリーズにおける一番人気の勝率はおよそ三割。二番人気と三番人気を合わせても、彼女達が勝つ確率は六割程度に収まる。

 

「有象無象の確率はもっと低いさ。だけどゼロじゃない。そうやって油断した一番人気が七割を引いてくれれば一着を取る確率はぐんと上がる」

 

 レースに絶対はない。たとえ七冠の皇帝であろうと。

 

「なあ、オルフェーヴル。お前は三割にかまけて掴み損ねるタイプか? それとも、一パーセントでも、小数点以下でも、自身の勝率を積み重ねるか?」

 

 オルフェーヴルの瞳が一際大きく開く。彼女が持っていた幾つかの思い違い。その中でも、最も傲慢なことにようやく気が付いたようだった。

 

「俺はお前の選択を尊重する。だけどトレーナーとして、いや俺自身の意志で。お前が後悔しないように、お前が選ぶ道を伝えなければならない」

「私は、アクア先輩とツヴァイ先輩が私を抜くことはないって。見くびって」

「逃げるという選択で報われるのは、走ることをやめたお前だ。走り続けるのなら、いつか足を掬われることになる」

 

■八

 

 彼女が屋上の柵を蹴った。蹄鉄と柵がぶつかって高い金属音を立てる。

 

「トレーナーさん、ズルいってよく言われません?」

「誰かさんの影響でね。昔はもうちょっと素直だった筈なんだが」

「自分で言いますか」

「根が素直だから仕方がない」

「なんすかそれ」

 

 オルフェーヴルは幾らか元気を取り戻したようだった。自分の懸念がただの思い上がりだと気がついて、肩の荷が下りた。その重しが無くなれば、彼女は自分を受け入れてくれるレグルスが好きなのだ、きっと。

 

「先輩方、怒ってますかね」

「シリウスはカンカンだったな」

「うえぇ……」

「他の奴らは心配してるだろうさ。シリウス一人くらいなら止まる止まる」

 

 ああ、コンテストアバターは内心キレてるかもしれないな。まあ、トロピカルエア辺りがうまく取りなしてくれるだろう。

 

「戻るか?」

「はい。お騒がせして、申し訳ないっす」

「そいつはメンバーに言ってやれ」

 

 屋上を駆け下りていくオルフェーヴルの後ろ姿を見て、シリウスは上手くやっているだろうかと気になった。

 

「……杞憂だな」

 

 俺を変えたのは他ならぬ彼女なのだから。

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