問題児達の参謀   作:カフェシリトレ

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反省

■一

 

 

 カツン。

 

 ボールが弾かれる。ウイニングライブに使われる楽曲をジャズアレンジしたバックグラウンドミュージックにアクセントを加え、狭い室内をさながらコンサートホールのように作り変えている。空気中にはアルコールの鼻につく匂いが充満し、アクアスワンプとツヴァイスヴェルの二人は場違いさに身を縮込ませた。

 

「おいおい、せっかく連れてきてやったんだ。借りてきた猫みたいになってんなよ」

 

 シリウスシンボリは自分のキューを握ると、手近な台に手を乗せる。その向かいではコンテストアバターがラックを並べていた。トロピカルエアは興味深そうに手玉を持ち上げ眺めている。

 

「あの、ここは」

「見りゃ分かるだろ。ビリヤード場だ」

「そうですけど、そうじゃなくて」

 

 突然チームリーダーのシリウスに付き合えと言われ、何が何やら分からぬままに辿り着いたのがここだ。二人は意図が読み取れず困り果てる。何より、練習をしなければならないというのに遊んでいいのだろうかという不安が胸中にあった。

 

「オーバーワークも悪くはねえが、お前らは肩の力入り過ぎだよ」

 

 見透かしたようにシリウスが言う。

 

「気付いてたんですか」

「全員な。直接見てなくたって、切羽詰まった様子見れば誰だって気付く」

「そんなに余裕無いように見えてましたか」

 

 居心地の悪さにツヴァイスヴェルが目を逸らす。後数ヶ月。タイムリミットは刻々と迫っていた。

 先日のオルフェーヴル逃亡事件からその秒針はボリュームを上げている。

 

「でも、遊ぶような気分には」

「誰が遊ぶって言ったんだ?」

 

 反論しようとしたアクアスワンプの口をシリウスが人差し指で塞ぐ。

 

「これからやるのはテストだ。コンとトロ。今からこの二人に負けたら、お前達にはレースを諦めてもらう」

「……え?」

 

 彼女達の表情が凍りついた。

 

■二

 

 

「やったことねえって話なら安心しろ。トロも初心者だ」

「前はそんな暇なかったから」

 

 レグルスが出来る前はバイトの掛け持ちで忙しく。メイクデビューしてからは練習に明け暮れ皆足が遠のいていた。シリウスは趣味で何度か通ってはいたが、それも二、三回程度のことだ。

 

「意味が分からないですよ!」

 

 ツヴァイスヴェルが叫ぶ。甲高い声はホール中に響き、何人かの客が困惑で視線を向ける。ビリヤードで負けたら引退しろ。なんて馬鹿な話だ。付き合っている暇などないと、彼女は荷物を手に取る。

 

「トレーナーに話は通ってる。不戦敗でも良いが、損するのはお前だけだ」

 

 シリウスの言葉に足が止まる。脅迫としては効果てきめんだった。たとえそれがハッタリだったとしても、レグルスを追い出されれば、先の無い彼女についてくれるトレーナーは居ないだろう。救いを求めるようにコンテストアバターを見る。信頼に足る二人目の参謀は、シリウスの横暴を無表情のまま見ていた。だが、どれだけ待っても助け舟は出て来ない。

 

「分かりました」

 

 隣から聞こえてきた了承に驚き振り返る。アクアスワンプは真剣な顔でキューを握った。

 

「アクア……」

「やろう、ツーちゃん」

 

 他に選択肢はない。普段主張の弱い彼女の方が、先に決心したようだった。先輩も、同僚も。全ての逃げ道を潰され、ツヴァイスヴェルは震えながら手を伸ばした。

 

■三

 

 

 ナインボールは、ビリヤードで最も大衆的なルールの一つだ。ルールは簡単。一から九まで振られた番号のうち、九番目を落とした方の勝ち。ただし、最初にぶつけてよいのは一番小さな番号のみ。

 

「五ラック先取。ただし一ラックハンデをやる。ラックを組むのは私がやるぞ」

 

 簡単にルールを教え、テキパキとボールをビリヤード台の上に並べる。

 

 

「そっちから先に打って良いよー」

 

 コンテストアバターがにっこりと笑みを浮かべて二人を促した。

 

「あの、先輩」

「んー?」

 

 こらえきれずツヴァイスヴェルが問い掛ける。

 

「冗談ですよね。シリウス先輩の……発破を掛けるための」

「分からないかなあ」

 

 でも、と彼女は続ける。

 

「私達は手を抜くつもりはないよー? そんなことしたら怒られちゃうもの。トロちゃんはどう?」

「ん、私は初心者だから、手加減する余裕なんて無いよ」

 

 仮に経験があったとしても、トロピカルエアが加減することはないだろう。ボールを見る目つきは真剣そのものだ。何事にも全力で、だからこそシリウスは彼女を連れてきたのだろうから。後輩に甘いクライネキッスだったならば、シリウスにも噛みついてくれたかもしれない。

 

 だけど、()()()()()()()はここにはいない。

 

■四

 

 

「ツーちゃん、私から先に打つね」

 

 アクアスワンプのショットでゲームが始まる。初心者がブレイクショットでポケットに入れられるわけもなく、コンテストアバターにターンが回る。彼女は手慣れた手付きでキューを構え、迷いなく打ち抜く。手玉がぶつかって跳ねた一番ボールはクッションに跳ねて、ポケットへと吸い込まれていった。

 

 続けてツヴァイスヴェルのショット。

 

「あっ」

「ファウルだな」

 

 彼女の打った手玉は宙を舞い、テーブルの外へと落ちていった。ターンプレイヤーがそのままトロピカルエアに変わる。

 

「……コン。どう打つのが正解だと思う?」

「んー、理想は二番をそっちのクッションで跳ねさせてシュートかなー」

「シュート?」

「ポケットにボールを入れることだよー」

「なるほど」

 

 言われた通りの軌道を狙い、彼女はキューを持つ。狙いは外れ、二番ボールはポケットのすぐ近くに転がった。

 

「難しいね」

「でもいい感じだったよ」

 

 何処か重苦しい空気の後輩たちと違い、先輩の二人は和気あいあいとしている。様子だけを見ても、どちらが勝つかは分かりきっているようなものだった。

 

■五

 

 

 ゲームは中盤に差し掛かろうという時間。一点の有利などとうに無くなっていた。ラッキーショットで一つはラックを取れたものの、その後連取され二対三。次を取られればいよいよ後がなくなる。

 

 何よりも絶望的だったのは、トロピカルエアの上達速度だった。コンテストアバターのアドバイスを受けながら、ゲーム中でもめきめきと精度を上げていく。片方が初心者というハンデも薄らいでいた。

 

 ツヴァイスヴェルのショット。手が震えて上手くキューを持てない。負けが見えてきて、いよいよ恐怖が体を支配し始めた。

 

 走るのを諦めたくない。だけど、シリウスシンボリは嘘を吐くことはしないだろう。こんな、馬鹿みたいな終わりを迎えたくない。

 

「どうした、早く撃てよ」

 

 シリウスが彼女を急かす。怖くて彼女の顔を見れない。どうして、こんな目に。

 

「ツーちゃん」

 

 その手に寄り添ったのはアクアスワンプだった。彼女の手も震えていた。

 

「たぶん。私達は大事なことを見逃してる気がするの」

 

 アクアスワンプはそれだけ言うと、シリウスの方に向き直る。

 

「シリウス先輩。タイム良いですか?」

 

 タイム。要するに、少し休憩を挟ませてほしいということ。思考を整理する時間か、覚悟を決める時間か。ともかく、猶予が欲しいと彼女は言った。シリウスは時計をちらりと見る。

 

「良いだろう。十分インターバルをやる」

「ありがとうございます」

 

 それは、ある種最後の慈悲にも思えた。

 

■六

 

 

「シリウスちゃん」

 

 インターバル。時計の秒針を眺めていたシリウスにコンテストアバターが話しかける。彼女は後輩のアクアスワンプとツヴァイスヴェルの二人をちらりと見て、ニッコリと笑い掛けた。

 

「後でお説教ね」

「は?」

 

 予想外の言葉にシリウスも困惑の言葉が漏れる。だが、コンテストアバターの表情は反論を許さない。トレーニング中の鬼教官の顔よりも、もっと私的な怒りを滲ませた笑顔は、怒らせてはいけない人を怒らせてしまったと理解させるのに十分だった。

 

「あの子達に伝えたいことは分かったけど。こーんなやり方は無いんじゃないかなー」

「だけど、そのまま言っても」

「言い訳は後で聞きます。私も最初は意図が掴めなかったから乗ったけど。それでも言うよー」

 

 それはシリウスの魅力であり、悪癖でもある。

 

「シリウスちゃんが嫌われ者をやる必要は無いからね」

 

 はい、十分経つよ。コンテストアバターは言ってトロピカルエアのもとへ戻っていく。残されたシリウスは気恥ずかしいと頭をかいた。

 

「まさか、コンに怒られるとはな」

 

 昔ならけして考えられなかったこと。だが悪い気はしない。説教は憂鬱だが、それ以上に嬉しかった。

 

■七

 

 

「やっぱり無理だって」

 

 ツヴァイスヴェルから弱音がこぼれた。

 

「頭下げて許してください、ってシリウス先輩に言ってみる?」

 

 アクアスワンプの提案に首を横に振る。数ヶ月の間でも、シリウスに泣き落としが通用しないことは分かり切っていた。

 

「だよね。でも勝てる気はしないし」

「どうして先輩はこんな条件を。レースとは関係ないのに」

「もしかしたら、レースと関係ないって思ってるのが間違いなのかも」

 

 ビリヤードとレース。一見全く関係の無いように見える二つには、共通点があるということだろうか。

 

「これを通して、レースに関わる何かを掴めるんじゃないか、って」

 

 それはきっと、自分で気が付かなければならないものだ。そうでなければ、こんな回りくどい手段は取らない。

 

「だって、追い出したいだけなら一言で済むもん」

 

 言葉で終わらせなかったのは、言葉にできないから。もしくは、言葉にしても彼女たちが受け入れにくいから。

 

 手はもう震えない。僅かにだが、ツヴァイスヴェルの頭は冷静さを取り戻していた。これはビリヤード勝負などではなく、謎掛けのようなものなのだとやっと気付いた彼女は、ようやくスタートラインに立った。

 

 そして、ラインにさえ上がってしまえば、答えは目の前にあった。

 

■八

 

 

「シリウス先輩」

 

 インターバルが終わる。ツヴァイスヴェルはキューを持ったまま、台ではなくシリウスの方へと歩いていく。

 

「なんだ。休憩は終わりだぞ」

「私達に、このゲームの勝ち方を教えてください」

 

 それが、ツヴァイスヴェルの出した答え。中立を保っている筈のシリウスに助言を乞う。その前提が間違っていると彼女は気が付いた。

 

 シリウスはニヤリと笑うと、台上の九番ボールをつまみ上げる。

 

「ま、一応合格ってことにしといてやるよ」

「じゃあレースは」

「それを選ぶのはお前達だ。コン、トロ。そろそろ切り上げるぞ」

「はーい。二人ともお疲れ様ー」

「助け舟は、必要無かったみたいね」

 

 張り詰めた空気は何処へやら、一気に緩くなった雰囲気にツヴァイスヴェルはドッキリの看板でも持ち出されるのだろうかと変なことを考える。

 

「あいたっ」

 

 その額をシリウスは人差し指で小突く。

 

「一人二人で悩んでるくらいなら、ここには頼れる先輩方がいるんだぜ。もう少し腹の中開いて話してみな」

 

 そういう自分が中々出来なかったのは秘密だが。シリウスは心の中で呟いた。

 

■九

 

 

「アクアは、最初から分かってたの?」

 

 帰り道、横にいるアクアスワンプに尋ねる。彼女はきっと自分よりも先に気が付いていた。もしかしたら、受けるといった時から分かっていたのかもしれない。

 

「ううん。分かったのは、ゲーム中。トロ先輩が、コン先輩から教わってたでしょ?」

 

 何度もトロピカルエアは意見を乞い、それを吸収していた。

 

「こっちには頼れる人が居ないのにズルいな、って思って」

 

 実際には、頼る相手を自ら減らしていただけに過ぎない。コンテストアバターは敵だから教えてくれない()()()。シリウスは審判だから教えてくれない()()()。それは自然な考えかもしれない。だけど、実際にはシリウスに教えを乞う事で彼女達への問題は解決した。

 

 彼女達はチームとは別に自主練習し続けていた。だけど、チームの人間に頼ることはしなかった。それは既に最善を尽くしてくれているという考えと、自分たちのことで手間をかけさせたくないという遠慮がさせたものだ。

 

 ガツガツした意欲を十全に使えていない。勝ちたいと願うなら駄目元でも、迷惑でも一度試してみるべきだった。

 

「普通に言ってくれれば良いのに」

 

 愚痴をこぼす。本当は分かっている。単に言われただけでは自分は納得しないだろうと。リップサービスとまでは言わないが気を遣わせてしまっていると考えてしまう。

 

 その結果が今回だとしたら、それこそ黙っていたことが余計に気を遣わせてしまったのだと分かる。

 

「なんか、ずるい人だなあ」

 

 小さな呟きは、春の空に消えていった。

 

■十

 

「あれじゃ、どっちが先輩か分からないな」

 

 ツヴァイスヴェルとアクアスワンプに質問攻めにされ、オルフェーヴルはあたふたしている。彼女たちにとっては良い傾向だ。オルフェーヴルの強さの秘訣、それを言語化することは間違いなく彼女たちの為になる。

 

「で、お前はなんでグタっとしてんだ?」

 

 いつもの覇気は何処へやら。隣に座って溶けているシリウスに声を掛ける。一年以上関わっていてもめったに見ない風体だ。二人のケアに苦労したと、そういう話でも無いだろう。

 

「ちょっと、コンにこってり絞られてな……」

「いや何やらかしたんだ」

 

 コンテストアバターに怒られるようなことをしたのかこいつは。詳細が気になるところだが、俺に報告が無いってことは、二人の間で終わる話なのだろう。

 

「怒られる内が華って奴さ」

「そうかもな」

 

 耳が痛いと空を見上げた。

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