問題児達の参謀   作:カフェシリトレ

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願いに殺される

■一

 

「おら走れ走れー! 捕まったらお仕置きだぜ?」

「ひぃ……ぜぇ……」

「ス、スパルタだなぁ……!」

 

 クライネキッスにコンテストアバター。シリウスシンボリに追いかけ回される二人を眺めながら、計測したタイムをパソコンに記録していく。

 

「……何やってんのあれ」

「トロピカルエアか。次の未勝利戦勝つ為の特訓だと。傍からだとイジメみたいになってるが」

 

 坂路トレーニングを終えたトロピカルエアがドリンク片手にこちらにやってきた。休憩だろう、ベンチの右に寄ると左に腰掛ける。

 

「トレーナーの差し金?」

「思い付いたのはシリウスシンボリだ。俺も詳細を詰めはしたがな」

「ふぅん」

 

 ドリンクをストローで飲み干しながら、一緒になって地獄の特訓風景を眺める。

 

 シリウスシンボリが提案したのは、脚質の変更だ。元々先行バだったクライネキッスを逃げに、差しウマだったコンテストアバターを先行に鍛え直す。脚質というのは基本的に本人の一番走りやすい形に落ち着くから、外から矯正するのは難しい。しかし、そうでもしないと未勝利戦を勝ち抜けないかもしれない。だから荒療治になる。

 

「脚質を変えるって言うけど、それで本当に良くなるの?」

「分からん。博打みたいなもんだ。だが、良くなる可能性はそれなりにあると思っている」

「どうして?」

 

 説明を求められるとは思わなかったから、すぐには言葉が出なかった。トレーナーとして、質問には答えるべきだと思い直し、頭の中で説明を順序立てる。

 

■二

 

 クライネキッスは競り合いが出来ない。苦手なだけのトロピカルエアとは違い、勝率ゼロパーセントと言っていい。精神的な弱さはトレーニングですぐに治るものではない。そんなウマ娘がレースに勝利するにはどうするか。他のウマが居ないところまで逃げるしかない。

 バ群を嫌って逃げウマに転向するケースは、重賞を勝つようなウマ娘にもしばしばある。他のウマ娘が怖いからこそ、追い付かれないよう、前に前に逃げ道を探す。そうしていつの間にかトップでゴール板を通り過ぎている。

 

 これは元々俺のプランの中にもあった内容だ。遠からぬうちに出来ないかシリウスシンボリに相談する予定だった。

 

「特別なのは、コンテストアバターの方だ」

 

 先行への脚質修正と言ったが、それは適切ではない。コンテストアバターが目指すべき走りは、

 

「メジロマックイーンだ」

「……それって天才中の天才よね。真似しようと思ってできる物なの?」

 

 トロピカルエアの疑問は尤もだった。メジロマックイーンの走り方は、彼女類まれなるスタミナと、たゆまぬ鍛錬によって練り上げられたオリジナルだ。彼女と同じ走り方をするウマ娘は世界を見てもなお殆ど居ない。

 

「出来るかどうか、じゃないんだ」

 

■三

 

 コンテストアバターのイップスは深刻だ。末脚が切れないのにレースに勝とうとするなど、本人は真剣なのが分かっていても、おこがましいとさえ思ってしまう。

 末脚の比重が少ない強い走り方は無いか、という模索をしていた時にシリウスシンボリが言ったのが、メジロマックイーンの走りを真似できないかという質問だった。

 

 序盤から驚く程のハイペースで展開を作り、他のウマ娘達のスタミナを消耗させて失速させる。一歩ペース配分を間違えば自分が先に脱落する危険な走り方だが、なるほど確かにスパートの重要さは差しよりも一段も二段も落ちる。食らいついていけるウマ娘が残っていないのだから。

 

 走りを真似するのが可能かどうか、という質問にはノーと答えざるを得ない。しかし、真似できた時にイップスを抱えた上で勝てるか、という質問については可能性があると考えていた。

 

「苦肉の策、ってわけね」

 

 トロピカルエアの感想は、的確に今回のトレーニングを表していた。

 

「もっと有能なトレーナーなら、何かイップスを克服する方法を思い付くのかもしれないがな。俺には思いつかん」

「まあ良いんじゃないの。そんなスーパーマンみたいなの期待してないし」

 

 そりゃそうなんだがはっきり言われると傷付くな。

 

「そういうことなら、私も手伝いに行こうかな」

 

 返答に満足したのか、トロピカルエアはドリンクをクーラーボックスに入れると立ち上がり、三人の方へと走っていった。

 

■四

 

「二人の調子はどうだ?」

 

 戻ってきたシリウスシンボリにスポドリを投げてよこす。さっきまでトロピカルエアが座っていたところにどっしりと座り込み、勢い良くドリンクを飲み干していた。

 

「ぷはっ、まあクライネは上手いことハマりそうだな。逃げの方がむしろ調子良いくらいだ。スタートでこけないようならもう十分だな」

「まあ逃げウマはスタートが一番難しいって言うけどな。上手く行きそうならそれで良かった」

 

 少なくともこれで悩みの種は一つ減りそうだと胸をなでおろす。彼女の見立てなら間違いはないだろう。

 

 だが、とシリウスシンボリは表情を曇らせた。

 

「コンはやっぱキツいな。言ったのは私なんだが……無理な注文だったか?」

「……イップスの治療にはこれまでの動作を封印する、という研究もある。たとえ芽が出なくても、今までとは違う挑戦をすることに意味があると思う」

 

 別に、メジロマックイーンのようにならなければならないわけではない。ただ、真似をすることで殻を破る何かのきっかけになれば良い。まだ、時間はある。試せることは他にもある筈だ。俺にも何か出来ることが、

 

「おい」

 

 シリウスシンボリの手が、俺の頬に触れていた。

 

■五

 

「うだうだ考え過ぎだアンタは」

 

 彼女の目が、真っ直ぐに俺を見据えていた。

 

「アンタも私も、コンが戦えるようになる為の、手伝いをしてるだけだ。もしどうにもならなかったとして、アンタ一人の責任じゃない。抱え込み過ぎなんだよ」

「俺は……」

「アンタは頑張ってる。私が保証してやる。私達に出会う前、どんなことを言われてたかは知らないけどな、私からすりゃアンタは十分、私が思っていた以上にトレーナーやってるよ」

 

 それは、俺が一番望んでいる言葉だったのだろう。それを受け入れられる程、俺が俺自身を認めてやれていないだけで。

 

「ありがとな……」

 

 シリウスシンボリが本心からそう言ってくれていることは痛い程伝わってきた。だから、今は礼しか言えなかった。

 

「……ま、コンと一緒でアンタもそう簡単には行かないか」

 

 ぺちぺちと頬を叩かれる。少し強過ぎないか痛いって。赤くなるって。

 

「私がG1取ったときには、そんな卑屈な態度許さないから、覚悟しとけよ?」

 

 分かったとは、返せなかった。

 

■六

 

 結局の所、二人とも、次の未勝利戦を勝つことは出来なかった。トロピカルエアがプレオープンのひいらぎ賞を勝った横で、クライネキッスは三着、コンテストアバターは最下位の八着に沈んだ。その内容には大きな差があった。

 

 クライネキッスはレース序盤から最前列に位置取り、後半までハナを取って良いレース運びをしていた。一人抜け出している状況に慣れていなかったのか、スパートのタイミングを誤り、後続に差しきられてしまったが、勝っていてもおかしくない走りだった。

 対照的に、コンテストアバターはバ群の前につけたはいいモノのペースを掴めず、いたずらに体力を消耗して脱落していった。もちろん末脚が戻ることもなく、最後にはぽつんと一人残されるような形だった。マックイーンの走りを真似ようなど、最初から無理があったのだ。後押ししてしまったのは自分だ。

 

 どうすれば彼女を願いを叶えることができるのか。泥沼をさらに踏み込んでしまったような気分だった。

 

「抱え込み過ぎ、か」

 

 シリウスシンボリに言われたことを思い出す。トレーナーはスーパーマンじゃない。文句の出ない程完璧な結果など出せない。それは分かっている。それでも、全力を尽くすのは当然の義務じゃないのか。

 

 駄目だな。俺までナーバスになってる。何かで気を紛らわせないとやってられない。特に改善方法も思い付かず、逃げるようにトレーナー室を後にする。

 

 そんな気分だからか、向かいから来る人影に気が付けなかった。

 

■七

 

 ぶつかってしまい、よろけたのは相手の方だった。あまりの感触の無さに、気付くのが一瞬遅れる程だ。

 

「あっ、すいません……」

「ううん、前を見てなかったこっちが悪いから、気にしないでくれ」

 

 第一印象は針金か幽霊だった。俺よりかなり背が高いが線が細く、少し力を入れたらポッキリと折れそうな弱々しいイメージのある男性だ。何処かで見たことあるような気がするが、こんな知り合いが居たら忘れないだろう。

 

「ああ、君。少し待ってくれないかな」

 

 そんなのんびり相手を観察するのも不躾だと、謝罪もそこそこにその場を立ち去ろうとすると呼び止められる。

 

「なんでしょう」

「いや、思い詰めたような顔をしているからね。君の担当と何か問題でもあるのかと思って」

 

 思わず自分の顔を手で触る。そんな赤の他人に見抜かれる程、顔に出ていたのだろうか。もしそうなら、シリウスシンボリに心配されるのも当たり前だ。

 

「お節介だけれど、予定が無いならこれから一緒にコーヒーでもどうだい? 先輩として何かアドバイスができるかもしれない」

 

 行くあてもなければ、相手の好意を無碍にするわけにもいかず、流されるように俺は幽霊のようなこの男のトレーナー室まで足を運んでいた。

 

■八

 

「コーヒーを淹れるのは実はあまり得意じゃないから、それ程期待しないでね。ああ、お茶菓子の方は自信作だからどうぞ召し上がれ」

 

 彼のトレーナー室は、何処かお高い喫茶店か何かと間違うようなアンティークな家具に囲まれていた。最低限の設備しか置いていない俺のトレーナー室とは大違いだ。ここまで私物化しても許されるものなのだろうか。

 

 テーブルに出されたのは、シフォンケーキ。自信作というからには、もしかして彼の自作なのかもしれない。しばらくするとコーヒーカップを二つ、一つは来客用であろう新品同様のカップにコーヒーを注いで持ってきた。

 

「砂糖とミルクはどうする?」

「あー……ミルクだけ貰います」

 

 貰ったコーヒーミルクを開ける。相手はシュガースティックを二つと、ミルク、シロップを一つずつ入れていた。随分甘くなりそうな入れ方だ。

 

「悩んだり困ったり、そういう時には甘い物に限るよ」

「そういうものですか」

「そういうものさ」

 

 シフォンケーキを促されたので一口食べてみる。甘くて美味しい。店で出しても十分売れそうなクオリティだ。相手は俺が食べるのをニコニコと眺めながら、コーヒーを啜る。

 

「さあ、君の悩みを聞かせてごらん?」

 

■九

 

 何処まで話すか迷った末、曖昧にぼかして、担当しているウマ娘がとても頑張っているのに、未勝利戦を勝つビジョンが見えないとだけ言った。言葉を濁したことを相手が気付いたかは分からない。ただ、彼はゆっくりとコーヒーを飲んでいた。

 

「君はとても真面目なんだね。真面目過ぎる程に」

「抱え込む、とは担当にも言われました」

「うん、それが悪いことだとは言わないよ。でも、もしかしたら君は少し勘違いをしているかもしれない」

 

 勘違いしている、とはどういうことだろうか。

 

「君は、担当を勝利させる為にトレーナーをやっているのかな?」

「そんなの……当たり前じゃないですか」

「本当に当たり前だろうか。担当を勝利させたい理由は?」

「そりゃ……担当がそれを望んでるから」

 

 ここまで言われて分かった。トレーナーの仕事は担当を勝たせることじゃない。

 

「トレーナーの仕事は、担当が夢を叶える手伝いをすること……」

「そう、勝利を目指すっていうのはあくまでウマ娘達が勝ちたがっているからに過ぎない。でも、もしその願いがそのウマ娘を傷付けるものだったとしたらどうだろう」

「それ、は」

 

 答えられない。そんなこと、考えたことも無かった。

 

■十

 

 コンテストアバターは勝ちたがっている。俺もそれも応援しようとしている。それは間違いない。だが、その願いは、本当にポジティブなものなのだろうか。

 

 負けられない追いつきたい。強い渇望はちょっとしたことで呪いに変わる。俺の知り合いにも、或いは俺自身もその呪いを知っている。コンテストアバターが、走る度に、彼女の心を傷付けているのは、本当に彼女の為になることなのだろうか。

 

「彼女に……諦めろって言うんですか」

 

 悪意のある聞き方だった。そんな低俗なことはこの人は言っていない。だが、結果としてはそうなってしまう可能性が高い。彼はそれを分かっていて、俺を見捨てるように首を振った。

 

「それを決めるのは僕じゃない。僕は君のウマ娘の担当じゃないし、君達が実際に抱えていることも知らない。一つの提案としてそれを出すことは出来るけれど、あくまで助言でしかない」

「……そう、ですね」

「ただ……」

 

 彼は重くなった空気を軽くするように、ちょっとだけ声を弾ませる。

 

「俺も、そういう決断をしたことがある。結果が正しかったかは今でも分からないけれど、選んだ先が、終わりではないことは知っている。君は、君自身が心の底から思ったことを伝えるべきだ」

「俺が、思ったこと」

「うん。君の担当のことを真に思って出た結論なら、きっと受け入れてくれる筈さ」

 

 参考になったかな、と枯枝のようなトレーナーは幽霊のように笑った。

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