問題児達の参謀   作:カフェシリトレ

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挫折か、次の旅

■一

 

「コンテストアバター。大事な話がある」

 

 トレーニング始まりに彼女を呼ぶ。シリウスシンボリが怪訝そうにこちらを見ていた。彼女は、何か良くないことが起こると本能で察知したのかもしれない。

 

 覚悟は出来た、とは言えない。あのトレーナーから言われたことを自分なりに噛み砕いて、出した結論は残酷だ。シリウスシンボリには相談していない。彼女に、皆を引っ張っていく彼女にこの決断の片棒を担がせたくはなかった。王は潔白であってほしくて、泥を被るなら臣下の役目だろう。それは俺のワガママで、一人で抱え込む悪い癖だ。それでも、折れることのできない一線がそこにあった。

 

 言うなら早いほうが良い。遅くなれば、遅くなるほど彼女を傷つけることになる。手遅れになるかもしれない。ぶん殴られる心の準備もしてきた。病院送りになるだろうか、キレられてトレーナー契約も解消されるかもしれない。悪い方向に想像を働かせば、嫌な結末が幾つも浮かんできた。

 

 今、言わなきゃいけないことだ。

 

「どうしたのぉ?」

 

 コンテストアバターはのんびりとした声だった。大事な話と言われてもピンと来ていないようだった。罪悪感が込み上げてくる。俺はこの子に、酷いことを言わなければならない。鬼にならなければならない。それがきっと、この子の為になるから。

 

 息が詰まる。言え、言え、言え、言え──

 

「走るのを、やめにしないか」

 

 静寂が訪れた。

 

 俺は宙を舞っていた。

 

■二

 

「もう一度言ってよ」

 

 俺はコンテストアバターに投げ飛ばされ、地面に叩きつけられていた。肺から空気が飛び出して息ができない。頭もチカチカする。胸ぐらを捕まれ、むりやり起こされた。

 

「おい、何言い出すんだクソ野郎!」

 

 視界の隅では飛び出そうとするビューティーモアをシリウスシンボリが手で制しているのが見えた。ありがたい、ここで話をうやむやにされるのが、一番怖かった。

 

「走るのをやめないかと言ったんだ」

「それはあたしが勝てないから? 才能の無いウマ娘に用は無いってこと!?」

「違う!」

 

 それだけは絶対に違うと、言わなければならない。俺の大声に、コンテストアバターも少し怯んだようだった。

 

「俺は……お前達にただ勝ってほしいんじゃない。隅に追いやられていたお前達が、自由に走れるようになってほしかった」

 

 才能が腐っているのが嫌だった。でも、それ以上に、シリウスシンボリに言わせれば『やる気のある』ウマ娘達が機会に恵まれないのが嫌だった。

 

「でも、コンテストアバター。お前、今走るの楽しいか?」

 

 それは、俺の望んでいたことなのか? 彼女達の望んでいたことなのか?

 

■三

 

「俺はお前達に勝ってほしいよ。お前達が勝ちたいというのなら、それを全力でサポートしたいよ。だけど、走るのを嫌いになってほしくはない」

「そんなことあるはず」

「じゃあ、なんで毎回練習であんな辛そうな顔をするんだ。皆、見ないふりしてた。俺だってそうだ。お前が勝ちたいのは本心だと分かってたから、だけど。もう、限界なんだ」

 

 心身をボロボロにしながら走り続けて、その先に何が残る。何も、残らない。たとえ最終的に勝てたとしても、傷は癒えないし、また新たに増えていく。

 

「別に引退しろとも、学園から居なくなれとも言うわけじゃない。まだ半年は猶予がある。その間、一度走ることから離れてみないか」

「離れて、その間……辛いだけじゃん」

 

 レースから離れても、走りたいという欲求からは逃れられない。どうして走れないんだと自分を責め続けるのだろう。

 

「そうかもしれない。そうじゃないかもしれない。でも、今のままじゃお前は間違いなく壊れる」

「……っ」

「残酷なのは分かってる。でも、俺が出来るのはもうこれしか残ってなかった。無能だと笑いたきゃ笑えば良い。無視したいなら、すれば良い」

「無視なんて……できるわけないよ」

 

 コンテストアバターは、ポツリと呟いた。

 

■四

 

「トレーナーが嫌嫌じゃなくて、私達のことをちゃんと考えてくれてるのは分かってるよ。シリウスちゃんだけじゃなくて、皆が勝てるように色んなデータを集めてきてくれて。勝つ方法を考えてくれて」

 

 涙が服に落ちた。コンテストアバターは、泣いていた。

 

「それに応えられないのが嫌で、頑張ったんだもん」

「……分かってる。お前が本当に勝ちたがってることは」

「でも、苦しいのも。トレーナーの言った通りだった」

 

 胸ぐらを掴んでいた手が離れる。

 

「……ごめん、少し考えさせて」

 

 彼女はその場から逃げるように走り去っていった。本当に、酷いことを言った。これでは他の奴らにも幻滅されるかな。

 

「おい、立てるか?」

 

 気付けばシリウスシンボリがすぐ近くまで来ていた。打ち付けられた背中は痛いが、体が動かない程ではない。立ち上がろうとすると、支えるように彼女が肩を持った。

 

「私はこいつを保健室まで運んでいく。練習内容は任せたぞ」

 

 一人で大丈夫だ、とは言わせてもらえないまま、俺はシリウスシンボリに運ばれた。

 

■五

 

 運ばれたのは保健室ではなく、俺のトレーナー室だった。怪我しているわけでもないし、シリウスシンボリも分かっていた。俺を椅子に座らせて、彼女はでんと仁王立ちしている。

 

「私は、アンタに感謝もしてるが、怒ってもいる。どういうことか分かるか?」

「俺一人の判断で、コンテストアバターにあんなこと言ったからだろ」

「ああ、そうだ」

 

 シリウスシンボリの手が俺の頭に伸びた。ひっぱたかれるのかと思ったが、どうやら違う。

 あやすように、撫でられていた。そんな優しくされるとは思わず、何か言い訳を考えていた筈なのだが、何処かに飛んでいってしまった。

 

「アンタ一人に、辛いことさせて悪かった」

「なんだよ、いつも気ままなお前らしくもない」

「私だって、礼を言うべき時はそうするさ。皆が分かっていたことを、誰かがはっきり口にする必要があったってことも分かってる」

 

 なんというか、本当にしおらしい。こんなシリウスシンボリは初めて見たかもしれない。

 

「私に一切相談しなかったことは怒ってるけどな」

「いたたたたたつむじはやめろハゲる」

「おうハゲちまえ。私に黙ってたバツだ」

 

 からかうように俺の頭で遊ぶ。

 

「コンテストアバターの方には行ってやらなくて良いのかよ」

「今のあいつに必要なのは一人で考える時間だろ。それにアンタが心を痛めて言ったんだ。アンタをケアする奴だって必要だ」

 

 自分で思うより受け入れられていることを理解しろ、と彼女は言った。

 

■六

 

「私はもちろん、トロもコンも、モアだってアンタのことをトレーナーとして認めてる。今から他のトレーナーを探そうなんて思わないくらいにはな」

「あんなことを言ったのにか?」

「当たり前だろ。皆分かってた、ってアンタが言ったんだ。アンタがよく考えもせずに、あんなこと言わないってのも分かってる」

 

 それでも感情的になることはあるけどな、とシリウスシンボリは言った。

 

「だから、アンタは自分の選択を後悔するな。考え抜いた結果だろ?」

 

 不思議な気持ちだった。ポツリとスラックスに水滴が落ちて、初めて自分も泣いていることに気付いた。

 

「こんなことじゃ、アンタを嫌いにならないさ。安心しろ」

 

 柔らかな匂いがする。シリウスシンボリに頭を抱きかかえられていた。男として恥ずかしいと、内に押し込んでいた感情が、もう耐えられない。

 

「う、ああ」

 

 涙が溢れるほどにこぼれだしていた。そうだ。担当に嫌われるのが怖かった。何ヶ月も掛けて築いた信頼が、一方的なものだったと知らされるのが怖かった。一緒に頑張ってきたはずなのに、レースに勝てないと、それだけで見捨てられるような気がして。やっと勝たせられたと思った先に、あいつには契約を解消されて。そうやって積み重なった恐怖が今も残っていて。

 

「おう、泣け泣け。私が許してやるよ」

 

 シリウスシンボリは優しく、俺の頭を撫でてくれるだけだった。

 

■七

 

 すっかり涙も枯れ果てて、ようやく心が落ち着くと、女子生徒の胸に顔をうずめているという明らかな事案のヤバさに気が付いた。慌てて離れようとするが動かない。

 

「あのー、シリウスシンボリさん?」

「このままの誰かに見られたらどうなるか、も思ってな」

「いや誰に見られてもヤバいというか普通に良くないんですが」

「おいおい、私に抱かれて良くないって言うのか?」

「そういう意味じゃなくてクッソ外れねえ!」

 

 ウマ娘の膂力で固定されるとびくともしない。いや確かにおっぱいは柔らかいがそういうことじゃなくてウマ娘とはいえこの細腕のどこにそんなパワーがあるんだほんと。スキンシップの限度を超えてるぞ。

 

「ぶべらっ」

 

 急に手を離されて背もたれに頭を思い切り叩きつけた。背もたれの高い椅子で良かった。ひっくり返ったら目も当てられない。

 

「ハハハッ、少しは元気出たか?」

「どっちかと言うと肝が冷えたわ……」

「軽口叩けるなら十分だな」

 

 シリウスシンボリは悪びれもせず笑う。やっぱこいつはなんというか、自由な奴だ。

 

「今日は良いが、明日には戻れよ? アンタは、私達の"トレーナー"なんだからな」

「……ああ、分かったよ」

 

 問題は何一つとして解決していないが、心のつっかえは少しだけ軽くなった気がした。

 

■八

 

 翌日、練習は無かったがシリウスシンボリはいつものようにトレーナー室に入り浸ってきていた。気にすることもなく、いつものようにデータの整理を続ける。

 コンテストアバターに関しては、トロピカルエアやザッツコーリングが対応してくれていると、連絡をもらった。俺がまた何かを言うよりもずっと建設的な結果になるだろう。

 

 彼女が走ることとどう向き合うのか。それは俺には分からない。だが、彼女が考え抜いた結果を尊重しようと思う。仮に走ることが呪いだとしても、その呪いと正面から対話して決めたことだろうから。その思いに応えないのは、トレーナーとして最も恥ずべきことだと思うから。

 

 トレーナー室の扉をノックする音が聞こえた。入ってきたのは紫のお下げ。コンテストアバターだった。

 

「結論は出たか?」

 

 聞いたのはシリウスシンボリだった。台詞を取られた気分だが、彼女なりに思うことあっての言葉なのだろう。

 

「私、走ることを諦められません」

「……そうか」

 

 それが彼女の選択なら、地獄に共に立ち向かう覚悟もしよう。

 しかし、彼女が続けた言葉は予想外のものだった。

 

「でも、今走っても辛いだけなのも分かります」

 

■九

 

「走れなくて、走りから逃げられないのなら、皆を支える方に一度回ってみたいと思います」

 

 彼女が取り出したのはノートと、タブレットPCだ。

 

「これ、コーちゃんの次のレースの出走相手をまとめてみたんです」

 

 タブレットには、ザッツコーリングが次に走るクリスマスローズステークスに出るウマ娘達の脚質や前走の順位などが、ノートにはそれらを踏まえたレースの作り方に関するアイデアがびっしりと書き込まれていた。

 

「これ、一日で作ったのか?」

「えっとぉ、実はめぼしいライバルについてはコーちゃんが自分で調べてたんです。だからそれに追記する形で。戦法についてはトロちゃんも協力してくれて」

 

 粗は見えるが、よく考えられている。もしこれが課題だったとしたら最高評価は間違いないだろう。

 

「皆の役に立ちたいんです。だから、トレーナーさん。私にトレーナーの仕事を教えてください!」

 

 彼女が出した結論は、俺の想像には全くないものだった。いや、当たり前なのだろう。彼女達は一生懸命でそれゆえに迷いやすいが、簡単には折れない心の強さも持っているのだ。

 

「……分かった。ただ、教えるからにはチームに必要な分析も手伝ってもらうぞ」

「……はい!」

 

 憑き物が落ちたようなコンテストアバターの声。落ち着くところに落ち着いたみたいだな、とシリウスシンボリが肩をすくめるのが見えた。

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