問題児達の参謀   作:カフェシリトレ

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年明けて

■一

 

 年明け、チームレグルスにとって初めての新年を迎えた。昨年はアクシデントも色々とあったが、プレオープンのひいらぎ賞をトロピカルエアが、G3の東スポ杯ジュニアステークスをシリウスシンボリが勝利。ザッツコーリングもオープン戦のクリスマスローズステークスで二着に入るなど、結成早々のチームとしては中々の滑り出しを見せた。

 コンテストアバターもサポートに回ることで吹っ切れたのか、チームの為に献身的に動き回っている。データ分析のノウハウもスポンジのように吸収していて、このままなら四月のクラシック戦線が本格化する前に、幾らか任せきりにできるかもしれない。

 

 それはそれとして、年明けと言えば初詣ということで、俺はシリウスシンボリに叩き起こされ、レグルスのメンバーでトレセン近くの神社まで来ていた。

 

「ねむ……」

 

 あくびが漏れる。朝も寒いのも苦手だ。三ヶ日なんてこれまでは寝正月だった。

 

「そんな大あくびしてると甘酒注ぎ込まれるぞ」

「そんなことすんのはお前かビューティモアくらいだろ」

 

 暖かそうなダウンジャケットに身を包んだシリウスシンボリにコップを傾ける仕草で脅される。

 

「お参りってこんな並ぶんだな。御苦労なことだ」

「まあここはトレセンの奴らが多いからな。必勝祈願のお祈りってのも多いんだよ」

 

 言われてみればウマ娘の姿をちらほらと見かける。それと、ウマ娘を目当てに来たっぽい人の姿も。神頼みは今まで殆どしたことが無かったが、これだけ人がごった返していると、確かにご利益がありそうな気もしてくるな。

 

■二

 

「シリウス! あっちにおしるこあったし後で飲もうぜ!」

「人混み……こわい……こわい……」

 

 ビューティモアは既に甘味に気を取られているし、クライネキッスは相変わらず人見知りを起こしている。

 

「ザッツコーリングは?」

「あっちでコンに抱えられてたぜ」

 

 体が丈夫でないから、コンテストアバターが気を遣っているようだ。その様子ならトロピカルエアも一緒に居るだろう。

 

 人の波が動く。大きな賽銭箱が見えてきた。確か、賽銭は五円が良いんだったか。今のうちに財布から取り出しておこう。

 

「あ」

「どうした?」

「財布忘れた」

 

 何やってんだこいつ。溜め息を吐きながら小銭入れを開く。五円玉は三枚あった。一枚をシリウスシンボリに渡す。

 

「後で返せよ」

「なんだケチだな。ツケにしといてくれ」

「あー! シリウスだけずるい!」

 

 げ、賽銭を渡したのがビューティモアにバレた。仕方が無いので彼女にも五円玉を渡し、そうなればクライネキッスにも渡さないわけにはいかない。気が付けば五円玉がなくなっている。まあ験担ぎだ、そこまで気にしなくても良いか。

 

 人の波がまた動き、俺達のお参りの番になった。

 

■三

 

 二礼二拍手一礼だったか。十円玉硬貨を放り投げて手を合わせる。願いはもちろん、メンバーの全員が夢を掴めるように。少し早く目を開けると、シリウスシンボリはまだ祈っていた。ビューティモアは早々に終わらせたのか既に脇にそれ、クライネキッスは今年こそはと何度も呟いている。

 

「終わったか。あいつらに早いとこ合流しないとな」

 

 二人のお参りが終わったのを見届けて、ビューティモアと合流する。しかしこうも密集していると人探しも楽じゃない。残りの三人は一体何処にいるというのか。

 

「一旦神社から出るか。合流するなら人の少ない場所の方が良いだろ」

「トレーナー、おしるこは?」

「後で買ってやるから落ち着けって」

「私はあっちの甘酒が良いな」

「さっきから甘酒好きなのかお前」

 

 ここぞとばかりに集ってくるお調子者二人組をあしらいながら、三人との合流場所を連絡取り合う。境内から出た近くのコンビニ前に合流することでまとまった。

 

 参道を降りる途中、ちょっとだけ回り始めた頭は職業病のようにこれからのレース戦略について頭を巡らせていた。

 

■四

 

 クラシック戦線。トゥインクルシリーズは最初の三年が最も大事だと言われているが、その三年の中でさらに優先順位を付けるなら二年目のクラシック期こそ一番重要な期間だと言えるだろう。ジュニアで学び、クラシックで競り、シニアで磨き上げると言われるように、その年にしか挑戦できないレースで同年代の最強を決める。

 

「お前達は、クラシックで出たいレースに希望とかあるのか?」

 

 なんでもかんでもこいつらの希望通りに、というわけにはいかないが、出来る限り希望を叶えてやりたかった。

 

「G1!」

 

 食い気味に答えたのはビューティモアだ。G1と言ってもレースは幾つもあるんだが、彼女の適性は短距離からマイルだ。早く出るならNHKマイルカップだろうか。出場権を勝ち取れるかは微妙だ。もう少し遠くのスプリンターズステークスを意識して短距離の重賞、サマースプリントシリーズに照準を向けていったほうが良いかもしれない。

 

「わ、私は未勝利戦勝てれば……」

 

 控えめなクライネキッスは、先ず未勝利戦。それからプレオープンやオープン戦と順番にステップを踏んでいくことになるだろう。重賞に挑戦できるかは分からない。

 

「シリウスシンボリはどうだ?」

 

 話を振ると、彼女は少し悩んでからこう言った。

 

 日本ダービー、と。

 

■五

 

 日本ダービー。全ての、とは言わないが多くのウマ娘はその名誉を欲しがるだろう。最も運の良いウマ娘が勝つと言われる日本ダービーは、それを一つ取るだけで世代最強の看板を背負うことができる。

 シリウスシンボリには、ダービーを取り得るだけの力があると信じている。だから、その言葉にそれ程驚きはしなかった。自信家のこいつのことだから、真っ先に名前を上げるだろうとも思っていた。

 

「ダービーか。皐月賞はどうする」

「出ても良いが、トロも狙ってるだろ」

 

 トロピカルエアはシリウスシンボリと並んでここのエースだ。同じチームのメンバーで同レースに出走するのは基本的に避けることが多い。他のレースに出れば勝っていたかもしれない片方を、わざわざ身内にぶつけるメリットが少ないからだ。もちろんそのレースを取りたいと強く望むウマ娘ならぶつかり合うこともあるが、シリウスシンボリはそこまでクラシック三冠に執着はしていないらしい。

 

「なら、そういう方向でスケジュール組んでくか」

「そういうお前は望みは無いのか?」

「俺か?」

 

 なんだかんだと言ってこのチームのトレーナーをやっている時点で俺の望みは満たされているような気がする。

 

「お前らが怪我しなきゃそれで良いな」

「欲がねえな」

 

 そういうもんさ。とは口に出さなかった。

 

■六

 

 年明けからのレースは順風満帆に進んだと言って良かった。クライネキッスは未勝利戦をついに突破。脚質を逃げに変えたことがようやくハマり、二着に4バ身差つけての勝利だ。ビューティモアはクロッカスステークスを勝利、シリウスシンボリも共同通信杯を勝利した。ザッツコーリングはエルフィンステークスで4着。

 

 トロピカルエアに至ってはG2の弥生賞で3着を取り、皐月賞への優先出走権を獲得。レグルスのメンバーで一番最初にG1への出走を決めた。

 

 そして今日。

 

「モアちゃん行けるよー!」

「負けるなー!」

 

 ザッツコーリングとコンテストアバターが必死に声援を飛ばす先で、ビューティモアがゴール板を駆け抜けた。最後は差しきられてしまったが、2着だ。

 

「これで、桜花賞への優先出走権獲得か」

「ああ、急にトリプルティアラ目指すって言われた時はどうしようかと思ったが、先ず一つ目への切符は手に入ったな」

 

 桜花賞へのステップレースであるフィリーズレビュー。ビューティモアは3着までに与えられる優先出走権を見事に獲得した。

 

 まだG2以上での勝利は無いが、確実に、俺の想像より遥かに成長している。ビューティモアが足の違和感を訴えたのは、そんな矢先だった。

 

■七

 

「骨折、ですか」

 

 嫌がるビューティモアをコンテストアバターと二人がかりで捕まえて連れて行った病院で告げられたのは、右足、中足骨の疲労骨折だった。

 

「ええ、初期症状ですから安静にしていれば大きな問題ははありません。手術も必要はないでしょう。ただ、走ることはしばらく控えてください」

 

 本人は病院嫌いで暴れるので別室でコンテストアバターが抑え込んでいる。教えられたのは今は俺だけだ。

 

「完治にはどれくらい……」

「そうですね、早くて一ヶ月。リハビリも含めると二、三ヶ月といったところでしょうか」

 

 一ヶ月。走らせるだけなら桜花賞にはギリギリで間に合うラインだ。だが、本音を言えば出したくはなかった。治り際に無理をした結果、更に悪化する可能性も高い。優先出走権を得たのに勿体ない事だとは思うが、ビューティモアの安全が最優先だ。

 

「分かりました。ありがとうございます」

「お大事にどうぞ。無理に走って、選手生命を完全に絶たれた選手も居ますから」

 

 トレセン学園と縁の深い病院の先生が言うと、言葉の重みが違った。

 

 診察室を出ると、大きなため息が漏れる。どうやってビューティモアに伝えようか。正直に全治一ヶ月と話したらきっと桜花賞に出ようとするだろう。説得に骨が折れるのはこちらの方だと目眩がした。

 

■八

 

「そうか」

 

 病院のベッドに座っているビューティモアの反応は至って淡白だった。念の為ということで右足に添え木と杖を用意しているが、歩く程度なら問題はないらしい。ウマ娘の怪我だからと一日入院にはなったが、明日にはトレセン学園に戻れるだろう。

 どうやって宥めようかと考えていのが肩透かしにあった気分だ。素直に受け入れてくれるのなら、それが一番なのは間違いないのだが。

 

「なんだよ」

「いや……もっと食い下がられるかと思って」

「食い下がったら判断が変わんのか?」

「それはないな」

 

 トレーナーとして、最悪の想定をしないわけには行かない。何を言われようと桜花賞は諦めてもらうつもりだった。

 

「トレーナーがそう判断したなら、別に反抗するつもりもねえよ」

 

 それは、信頼の証なのだろう。桜花賞が駄目になっても、その次を勝たせてくれるという信頼を得ることができたのだろう。

 

「トレーナー、シリウスちゃん達への連絡、終わりましたぁ」

 

 シリウスシンボリ達に結果を連絡しに行っていたコンテストアバターが戻ってくる。

 

「悪いな。お礼に売店で何か買ってくるよ。ビューティモアは何か欲しいものあるか?」

「じゃあミルクティーでぇ」

「……ポッキーが食いてえ」

「分かった」

 

 入れ替わるように俺は病室を出た。

 

■九

 

 売店でポッキーとミルクティーを買って病室の前まで戻ってくる。ドアを開けることはなく、その場で立ち止まった。

 

「ひぐっ……えぐっ……」

 

 ビューティモアが泣いている声が聞こえた。G1レースを夢見ていた彼女にとって、今回の怪我はあまりにも残酷だ。コンテストアバターが慰める声も聞こえる。直接的ではないとはいえ、怪我で走ることができない彼女には、今のビューティモアの気持ちがきっとよく分かる。

 

 廊下の壁に背中を預けて、時間が過ぎるのを待つ。あんなに気丈に振る舞っていたんだ。こんな姿を俺には見られたくない筈だ。

 

「クソッ……」

 

 もっと早く気が付けていれば、と自分を責める。疲労骨折は分かりにくい怪我だ。初期段階で発見できたことはむしろ幸運だ。そういう一般論は何の慰めにもならない。トレーナーとして、ちゃんと見てあげてやれていれば、追い込みは間に合わずとも走らせることは出来たのではないか。

 

 ふーっ、と大きく息を吐く。後悔なら幾らでも出来る。今考えるべきは、ビューティモアのリハビリと復帰のスケジュールだ。NHKマイルカップも間に合わないだろう。シニア世代とも戦うことになるが安田記念か、夏を越えることになるがスプリンターズステークスか。どちらかには出してやりたい。

 

「落ち込んでる暇はねえぞ」

 

 ビューティモアだけではない、トロピカルエアは皐月賞を控えている。彼女達が夢に向かって走れるよう支えていくんだ。そう、改めて決意した。

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