問題児達の参謀   作:カフェシリトレ

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ワガママ

■一

 

「お、おい。俺を引っ張ってどうするつもりだ」

「良いから黙ってついてきな」

 

 シリウスシンボリは俺をむりやり連れて行く。その先にあるのは、シンセダイナの控室。

 

「一体なんだってんだよ」

 

殴り込みなんてろくなもんじゃない。こいつがそういうことをするタイプにも見えないが、どうするつもりなんだ。

 

 乱暴に扉をノックする。どちらさま、と問うシンセダイナを無視して、シリウスシンボリは控室に乗り込んだ。

 

「……キミ達、何の用かな。レースで勝てないからって暴力にでも訴えるつもりかい?」

 

 ウイニングライブ後の彼女はすっかり疲れた様子だ。あの悪天候の中、破天荒なレース運びをした上で踊ったんだ。心身ともに疲れ果てているだろう。だが、その眼差しは全く鋭さを失っていない。

 

「そんなことはしねえさ。ま、トロが世話になったのも、こいつを馬鹿にされたままにしてらんねえのも確かだが」

 

 シリウスシンボリは嗤う。誰に向けての笑みなのか分からなかった。だが、面白い玩具を見つけた子供のような、イタズラを仕掛ける猫のような、相手をおちょくる時の笑みだ。

 

「こいつが気付いてなさそうなことを教えにやりに来たのさ。アンタが隠したがっていることを」

 

 問題児達の王は、告げる。

 

「アンタが、こいつを手放したことを後悔したくないともがいているってな」

 

■二

 

「……いきなり何? 陳腐な妄想なら他所でやってほしいんだけど」

「良いのか? 細かく説明しちまっても。アンタがここで認めるならそれで丸く収まってくれるわけだが」

「変なことを言わないで」

 

 シンセダイナは不快そうに眉をひそめる。俺も困惑していた。こいつは何を言いたいんだ。俺は、てっきりダービーに向けて啖呵を切るものだと思っていた。こいつなら、自分が勝つ絶対的な自信があるだろうし、仲間を馬鹿にされたなら、実力で叩き潰しに行く筈だ。

 

「怖いよなぁ。役に立たないって思って捨てた奴が、自分より遥かに落ちこぼれを連れて、自分の横に並び立とうとしてくるんだ」

「何を」

「相性なのか? それとも、自分が見逃していただけでこいつに才能があったのか? もし、ずっと担当契約を続けていたら、もっと高みを狙えたのか?」

 

 珍しく、本当に珍しく。ねちっこい言葉でシリウスシンボリは続ける。

 

「──こいつを手放したのは間違いだったのか?」

「やめてくれ!」

 

 シンセダイナが叫ぶ。

 

「おいおい、図星を突かれたくらいでヒスるなよ。アンタがこいつに言った強がりに比べたら、ずっと生易しいだろ?」

「何なのさ……キミは!」

「シリウスシンボリ、今年のダービーウマ娘だよ。キャリアに傷を付けたくないなら、無理はしない方が良いぜ」

 

 それは、レース前のシンセダイナの言葉が子供の喧嘩に思える程の、傲慢で自信に満ちた王による宣戦布告だった。

 

■三

 

「結局お前は、何がしたかったんだ?」

 

 言いたいだけ言って、立ち去ったシリウスシンボリを慌てて追い掛ける。宣戦布告したいだけなら、なんであんなことを言ったのか。質問には答えず、逆に問い掛けてくる。

 

「なあ、アンタ。あの女がよりを戻したいって言ったら揺れるか?」

「だから言い方」

 

 なんでどいつも元カノみたいな言い方するんだよ。

 

「再契約か……難しいところだな、俺は今このチームをサポートするのに、手一杯だからな」

「……チームを解散して、専属契約は」

「それは無いな。断言できる」

「ほう、どうしてだ?」

 

 義理とか、責任感とか。そんなドライな理由じゃなくなっていることは、自分が一番自覚していた。

 

「俺が、このチームを担当したいと思っているからだ」

「……ハハハッ! 良いじゃねえか」

 

 どうやら俺の返答はこいつのお気に召したらしい。わざわざ肩を組んでくる。人の往来あるところなんだが。問題になったらどうすんだ。

 

「私は、あの物欲しそうな野良猫に、この餌は私のモノだって教えてやっただけだ」

「……人を餌扱いかよ」

「良いじゃねえの。モテ期なんだから喜べよ」

「はいはい」

 

 シンセダイナの真意が本当にこいつの言った通りなのかは分からないが、こいつらに手放さないと言われるのは、口元が少し緩んだ。

 

「ダービー、勝つぞ」

「おう」

 

■四

 

 日本ダービーまではもう残り一ヶ月もない。俺がシリウスシンボリの為にできることは余りにも少なかった。元々、トレーニング指導に関してはシリウスシンボリの方がずっと上手なんだ。オーバーワークへの注意や、栄養バランスを考えた食事なんかはコンテストアバターに任せた。俺にできるのは、今までと同じ。データ面での貢献だ。

 

 一番のライバルは皐月賞ウマ娘となったシンセダイナなのは間違いない。だが、シンセダイナはきっとダービーは勝てない。彼女が全力を出せれば、シリウスシンボリとも競合えたのだろうが、その未来はおそらく来ない。

 

「馬鹿野郎が……」

 

 言葉が漏れる。だが、彼女の選択を否定は出来ない。俺だって以前なら、それこそ一ヶ月前なら、同じ判断をしたかもしれないのだ。

 

「誰が馬鹿野郎だって?」

 

 いつものように肩に顎を乗せられる。なんというか、もうすっかり慣れたものだ。

 

「トレーニングは?」

「休み。もうちょい詰めたいんだがな、コンに怒られちまった」

 

 コンテストアバターはしっかり管理してくれているらしい。彼女もきっと、知識と経験を積めば立派なトレーナーになるだろう。そうでなくとも、指導者としての経験は、彼女が復帰した時にきっと役に立つ。

 

「それで、誰が馬鹿なんだ? あいつか?」

「本当なら言うべきじゃないんだろうが……お前は薄々気付いてるだろ」

 

 ああ、もちろん。

 

「あいつの足、もうかなりぼろぼろだろ?」

 

■五

 

 シンセダイナの身体は、元々強い方ではない。それは、ザッツコーリングのような病弱とは違う。彼女の才能の代償とも言うべきもので、身体が思うように"動き過ぎて"しまうのだ。その結果、足首や膝、股関節にかかる衝撃は普通のウマ娘よりもずっと大きい。

 

 担当だった時、何度かオーバーワークで衝突したことがある。俺は安全を勧め、彼女は勝利を求めた。売り言葉に買い言葉で、そんなんだから勝てないんだ、と言われたこともある。その時は俺も最低な言葉を言ってたから、仕方ないのだが。

 

 シンセダイナは無敗だが、その内メイクデビュー以外は全てクラシック期に入ってからのものだ。初めは怪我を未然に防ぐために基礎トレに力を入れていたのだと思っていた。しかし、彼女のレース映像を見てその仮説は覆された。

 どんどんと、少しずつ悪くなっている。皐月賞に至るまで、微かに疲労が溜まり続けているようだった。そこに来て、あの走りだ。もう限界を迎えているだろう。

 

「なんだって、あんな無茶を」

 

 三冠路線を目指す上で皐月賞を落としたくないのは分かる。だが、普段の走りから変えてまで博打する必要はなかった筈だ。その結果、ダービーや菊花賞が走れなくなるかもしれない。それが分からないほど、シンセダイナは愚かではない。

 はぁ、と耳元にため息が吹きかけられた。

 

「アンタ……鈍いな。一から説明してやらないといけないか?」

 

■六

 

「そんなもん、アンタに勝ちたかったからに決まってるだろ」

「俺に? だが、クラシック路線はまだ始まったばかりだぞ。皐月で勝ってもその後をふいにするものか?」

「ま、ぶっちゃけあいつは。あの時まで私には負けても良いと思ってただろうからな」

「どういうことだ。負けたくないと言ったのはお前だろう」

「……ほんっとーに理解してないのな。私もこんなことは自分から言いたくないんだが、物分りの悪い奴だ」

 

 呆れられていることは分かるが、本当に分からない。トロピカルエアに負けるのは駄目で、シリウスシンボリに負けるのは良い、ってどういうことだ。

 

「アンタ、世間での私の評判知ってるか?」

「……問題児達の王。シンボリルドルフに匹敵する才能」

 

 それが世間一般でのシリウスシンボリの評価だ。

 

「それが勝ったとして、トレーナーがすこぶる優れてたから、って論調になるか?」

「まあ……微妙なところだな」

 

 トレーナーとして一定の評価は当然されるだろう。しかしそれは、才能あるウマ娘を潰さなかった、というものであって、新たな才能を、原石を見出したわけではない。優秀なトレーナーを妬む論調の一つとして、ウマ娘に背負われている、なんて言われることもある。

 

「だから、私に負けても私が強かっただけの話だ。だが、レグルスは元々私一人が目立ってたチームだ」

 

 トロピカルエアが皐月賞を取ったらどうなっていたか。

 

■七

 

 トロピカルエアはデビュー前には燻っていた才能だ。俺は、彼女に光るものがあるということも、仲間と一緒に全力でもがき続けていたことも、シリウスシンボリという強い光がそれを支えていたことも知っている。仮に、彼女が皐月賞を取っていたとして、喜びこそすれど驚きはけしてしないだろう。

 

 しかし世間から見れば、トロピカルエアは突然現れたダークホースの側面が少なからずある。その認識はシンセダイナだってそう変わらない。

 

「……ああ」

 

 ようやくシリウスシンボリの言いたい事が分かった。そして、こいつがわざわざ乗り込むような真似をしたのかも。

 

「"俺が育てたウマ娘"に負けるのが、あいつは嫌だったのか」

「ま、そういうことだ。私からすれば、アンタがトレーナーとして仕事してる以上皆変わんないけどな」

「俺だってそうだよ。俺はただサポートしているだけだ。俺のお陰なんておこがましいことは思わん」

 

 俺の能力でどうにかできるんなら、前の担当の子達だって勝たせてやれた筈だ。

 

「思ってたらもうちょい早く気付くだろ」

「反論できねえ」

 

 それがアンタらしいけどな、とシリウスシンボリは言った。

 

■八

 

 日本ダービーは、瞬く間にやってくる。皐月賞を勝ったシンセダイナか、鳴り物入りのシリウスシンボリか。観客達の期待はこの二人だろう。だが、レースは二人だけのものではない。皐月賞のリベンジを狙うツナイーグル、ホープフルステークスを勝利しつつもその後中々勝鞍に恵まれていないコンプリート。その両者に勝利したことのあるリッチブロッサム。一生に一度の栄光を掴むべく、準備を続けてきたウマ娘達が、死にものぐるいでぶつかる場所。それが日本ダービーだ。

 

「想定されるレース展開を改めて説明するぞ」

 

 控え室、チームレグルスの全員が集まって、俺の言葉に耳を傾けている。本来ならば、シリウスシンボリ以外は聞く必要は無いのだが、彼女と共に戦いたいという気持ちの表れだろう。

 

「今回は天気もバ場も良い。前のレースで芝が荒れた形跡も無い。基本的には全員が得意な形をぶつけ合うレースになるだろう」

 

 皐月賞のような奇策を講じる隙間は無い。良くも悪くも、実力そのものが試される展開になるだろう。

 

「出遅れることがない限り、コンプリートとスパークルが前に出て流れを作る形になる。それに追従する形でシンセダイナが三番手から四番手につけるだろう」

 

 今回は差しウマが多い。今名前を挙げた三人によってペースが決まり、シリウスシンボリを含む後方につけるウマ娘達は如何に好位置でコーナーを迎えられるかが重要になる。

 

「シリウスシンボリ、お前の得意な形だ」

 

 だからこそ、こいつの勝ちを確信できる。

 

■九

 

「競り合いなら負けやしない。思う存分走っていけ」

 

 シリウスシンボリの一番の強みは、ポジション取りの上手さだ。体幹の強さと本人の気質が相まって、多少の衝突ではびくともしない。他人より走りやすい位置を強引に奪い去っていく暴君のような走り。

 

 ミーティングはこれで終わり。だけど、まだ言っておかなければならないことがある。

 

「それと、一つワガママを言わせてくれ、シリウス」

「なんだ? アンタがワガママ言うなんて珍しいな」

「……勝ってくれ。このダービーを勝って、俺達の力を見せつけてやれ」

 

 シリウスだけの力ではない。俺だけの力でもない。トロピカルエアが、コンテストアバターが、ビューティモアが、クライネキッスが、ザッツコーリングが。チームレグルスのメンバー全員で高めあった力を見せつけてくれ。そして

 

「逃した魚はでかかったって、あいつに思い知らせてやってくれ」

「ハハハッ! 欲が出てきたじゃねえか。私達の仲間だ、そのくらいがっついてないとな」

 

 皇帝と並ぶもう一人の獅子は、獲物を見つけたように牙を見せる。

 

「契約通りだ。アンタにG1、取らせてやるよ」

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