はい。というわけで、かつて寮として使われていたらしい廃墟にやって来たよ。
…うん、ごめんちゃんと説明する。とは言っても「帰り方を調べるので、その間はここを宿として使ってください」程度のことだけど。
…ほんとは帰る場所なんてない、ということは伝え損ねた。だって言っても意味不明でしょうこんな境遇。いや境遇はともかく、最後の記憶が惨殺だなんて。
学園長は調べものをすると言って出ていき、ひとまず掃除に取りかかるとしよう。なんか床板も割れていたりして掃除どころじゃない気もするけど。
少しして雨が降ってきたのがわかった。しかも結構強いな…確認できる範囲とはいえ、割れている窓がなくてよかった。
「ぎえ~!急にひどい雨なんだゾ!」
あっ。
聞き覚えしかない声がした方を見ると、予想通りの黒猫…グリムの姿。
「なに、オレ様の手にかかればもう一度学校に忍び込むことぐらいチョロいチョロい!ちょっと外に放り出したくらいで、オレ様が入学を諦めると思ったら大間違いなんだゾ!」
え何この子自発的に語るじゃん。どうしてそこまでして入学したいんだろう。
「単純な話なんだゾ、オレ様が大魔法士になるべくして生まれた天才だからなんだゾ!いつか黒い馬車が迎えに来るのをオレ様はずっとずうっと待ってた。なのに…なのに……
ふん!闇の鏡も見る目がねーんだゾ。だからオレ様の方から来てやったってわけだ!オレ様を入学させないなんてこの世界のソンシツだってのに、ニンゲンどもはわかってねーんだゾ!」
…正直に尋ねたら自己肯定力150%の回答が返ってきて戸惑っている。なんと返せばいいのか脳内でお問い合わせ(概念)していたけれど、状況を変えたのは環境の方だった。
「に゛ゃっ!?つめてぇ!天井から雨漏りしてるんだゾ!」
「…ずいぶんとオンボロのようですね。バケツを探しますか」
「オレ様のチャームポイントの耳の炎が消えちまう~!」
「よければあなたも手伝ってもらえますか?」
「やなこった!オレ様はただちょっと雨宿りしてるだけの他人だゾ。ツナ缶も出ないのにタダ働きするのはゴメンなんだゾ!」
…そういえば、談話室というらしいあの部屋しかまだ触っていなかった。廊下はまだ埃っぽい。悠々と出てきたけどどこにあるんだろうバケツ…
「ひひひひ…イッヒヒヒ…」
「久しぶりのお客様だぁ…」
「腕が鳴るぜぇ…」
廊下を歩くと埃が立つ。…前世ではほぼ施設の中で暮らしていたから、こうまでボロボロの場所に足を踏み入れたことはなかった。…よく覚えてないけど、たぶん前々世でも。あ、階段…埃が積もってるけど、踏み抜くほど傷んではいなさそうだ。よかった。
「あ…あれ?」
「気付かれてないな…」
「見えてないのか?」
何か聞こえた気がするけどまあ気のせいだろう。それにしてもほんとにどこにあるんだ?バケツ。物置?物置ならどちらかといえば外「ギャーーー!おおおお化けぇぇぇぇぇ!!」
尋常じゃない悲鳴がして、見ると白いふわふわした何かめがけてグリムが火を吹いていた。めちゃくちゃ避けられてるけど。
「ふんな゛ーーーーーっ!!」
「お化け…?」
「お?お前さん見えないのかと思ってたぜ?」
声に振り向くと、いつの間にか背後に二体移動してきていた。なんと瞬間移動もできるとは。
「ここに住んでた奴らは俺たちを怖がってみーんな出ていっちまった」
「俺たちずっと新しいゴースト仲間を探してたんだ。お前さん、どうだい?」
「あなたたち二人で協力してゴーストを追い出してしまうとは…ふぅむ」
「協力とは聞き捨てならねーんだゾ。ソイツはほとんど見てただけだったし?オレ様はツナ缶がほしくてやっただけだし?」
あのあと、暴れまわるグリムをなんとか御してゴーストを追い払うことに成功した。入居早々火災になっても困るので。ツナ缶で釣れることがわかっていてよかった。まだ手元にはないけど。
そして現在。夕食を届けに来て、追い出したはずのグリムに驚いていた学園長に事情説明を済ませたところ。
「…おふたりさん。ゴースト退治、もう一度見せてもらえます?ゴースト役は私がやりましょう!」
…はい??
「ぜえ、はあ…どうだあ!」
「なんと…まさかモンスターを従わせることができる人がいるなんて」
何が楽しくてこんな…と思いながらも、学園長を納得させることには成功したようだ。なんか猛獣遣い的素質とか言われた。いや知らないけどそんなの…前世では猛獣なんか……あ、いやそもそも外に出たこと自体あんまりないか。
そして結果的に、私とグリムは雑用係として学園に置いてもらえることになったのであった。
「…あぁ」
洗面所で鏡を見つけた。床をきれいにした後で、曇ったままの鏡を磨く。確か、水拭きしたあと柔らかい布で拭うんだっけ。
そうしてだんだん見えてきた自分の姿…こちらでこうして見るのは初めてかもしれない。…え、闇の鏡?あれは何か違ったでしょ。
やっぱり、学園都市で見ていた姿より成長してる。だいぶ着痩せしてはいるものの、見た目だけなら番外個体に近いだろう。…直接会ったことはない。ただ"私"…"ユウ"の記憶に、"本で読んだ情報として"あったものだ。
「こんなテンプレな憑依とか…いえ、テンプレではありませんね。今はさらに違う場所にいるわけですし…」
あの街でこの体の中にいる間、私は表に出ることができなかった。どういうわけか、立場や体裁を抜きにしても技術的に不可能だった。ただ五感と経験を共有するだけの無力な傍観者。…そこから劇的に変わった状況に、私はまだついていけていない。こんな感じでこれからうまくやっていけるのか、少し不安になる。
「…考えても、仕方ないですね」
ちらりと見た窓の外はもう暗い。…残りの部屋は明日に回そう。急ぎで使うことにはならないだろうし。
・ユウ
図太い。脳内は騒がしいが感情は希薄。心の声と普段の言葉遣いが違うのは仕様。
・グリム
自己肯定力150%
学園長からの試練は何が楽しくてこんな…と思ったけど雑用係の地位をゲット。ツナ缶早く寄越すんだゾ!
・学園長
とりあえず有用な人物であると判断。物で釣るのも悪いことではありませんよ。
・ゴーストの皆様
無視されるわ追い払われるわの不憫枠。あとでちゃんと出番はあるよ。